箱船航海日誌 2001年07月

日々雑感、出来事などを思いつきに任せて綴っていこう

過去の日誌コンテンツ

’01/07/31 (火)

久しぶりに

 スヰッチ切れました。予定できない仕事がドドドと二日間に集中し、電源の弱いアンプはキゼツ寸前。晩ゴハン食べた後から記憶がない。

 気が付いたら朝の6時だった。家族に言わせると、ユーレイのように歯を磨き、フニャフニャと着替え、スライムのようなふうで寝室へのたくり込んだそうである。憶えてねーなー。

 おかげさまで10時間半寝てしまいました。腰は痛いがアタマはすっきり。たまにはこういうこともないと遺憾かな。

’01/07/30 (月)

尋常ではない


 HELIKONを聴いた。やはりこのカートリッジはただものではないのである。スーパーネッシー周りの状況が変わっているせいか、あるいはシェルが違うせいか、2月にお借りして聴いたときよりも、さらにハイの切れが良く聴こえる。ちょっとハイ上がりと聴こえなくもないが、中高域の透明感とトランジェントの凄まじさ、低域の速さ、締りの良さなど、これはもう尋常なことではない。あまりの凄さにまだ頭が混乱している。一体この音はナンダ? こんな音、聴いたことないぞ。

 隠されていた音が次から次へと掘り起こされていく感じ。その現象が全域に渡って起きるのだ。どんなレコードを聴いても新たな発見があり、いくら時間があっても足りないほどである。

 高域のトランジェント、切れ、情報量の多さにも驚くが、もっと驚くのは低域の速さと圧倒的なパワー感である。地の底から一気に吹き上がってくるマグマのようなと言うか、超巨大ダンプが時速300キロでぶっ飛んでくると言うか、なにもかも吹き飛ばしてしまうような馬力があるのである。その低域の上に、触っただけで血が出そうな研ぎ澄まされたクリスタルガラスの斧をビュンビュン振り回しているような中高域が乗っかっている。

 こんなことを書くと、野放図に鳴りまくるただのジャジャ馬カートリッジかと誤解されそうだが、決してそうではないのである。何処をとっても破綻がなく、歪み感は皆無である。二律背反を見事に解決しているように感じるのは、僕だけだろうか。

 安くはないカートリッジだが、これは絶対「買い」である。CPは圧倒的に高いと思う。MC-L1000は定価85,000円。それから16年経った今、HELIKONはちょうど倍の価格である。そう考えれば、ちっとも高くないのである。

 今日明日は何だか忙しい日で、あまりゆっくり聴いていられない。時間ができたらまだまだ聴いてみたいレコードがあるのだ。ああ、楽しみ。

 ダイレクト・オルガン“銀さん”、これは圧倒的だった。

’01/07/29 (日)

速いっ


 7ヶ月かかって昨日の午後販売店へ頼んだら、今日手許に届いてしまった。余りの速さにビックリしている。HELIKON! こうして自分の物として手に入れると、よろこびはまた一入である。

 ライラの製品は、随分前から気になっていたのだった。質実剛健、けれどもどこか優美なデザインが美しく、とても良い音がしそうに思えたのである。ただ、当時まだHELIKONは発売されておらず、ClavisD.C.、ParnassusD.C.tというラインアップだった。圧倒的に評価が高かったのは後者である。チタンブロック削り出しのボディに回路がガッチリと固定され、それはもう見るからに音が良さそうで、実に魅力的なカートリッジである。

 280,000円。ちょっと買ってみるには少々苦しい価格である。しかしおそらく適正な値段であろう。物から見て高いとは思わないのだが。もうちょっとで販売店へ電話するところまでは行ったのである。最後の一歩で踏みとどまったのだった。実はこの直前にMC-Rohmannを買っていて、それがなければ手に入れていたかも知れない。

 そして今に至るわけだが、「ライラ」のネームへの憧れは消えなかった。と言いながら、HELIKONなる新しいカートリッジがリリースされたことは知らなかったのだから、お恥ずかしい。ともかく、憧れのブランドを手にした喜びは、極めて大きいのである。

 音が素晴らしいのは確認済み、あとは僕の使いこなしである。こんなに高価なカートリッジを買ってしまって、僕は支配力を発揮できるのだろうか。

 願わくはこのHELIKONを以って、普くADを能く鳴らせんことを。

’01/07/28 (土)

前振りオワリ


 四六時中とっかえひっかえするわけでもないのだが、ADカートリッジは沢山あるほど楽しいと思う。今、アームに付いているのは先日から使い始めたAT-ART2000、アームボードの上に乗っているのは、奥からMC-L10、MC-L1000、AT-33PTG、MC-Rohmann、EricRohmann-Signitureである。この他にもデンオンDL-103LC、103GT、103C1、103SL、テクニカAT-33ML/OCC、サエクC-3、エクセルC-3IIなどがある。

 小さいものながら、ケースに入っているところを眺めているとそれは宝石にも似て、心が豊かになってくる。そういえば「ナガオカ」(JUELTONE)の社名は「長岡宝石」だったなあ。蓋し、MC-Jubileeのネーミングは言い得て妙、である。

 その宝石達に、やっと件のHELIKONが仲間入りすることになった。ART2000からえらく早いじゃないか? いやその、ART2000を聴き、余計にガマンできなくなってしまったのでゴザイマス。と言っても最初に「買う」と宣言したのは今年の1月5日であって、それからすでに7ヶ月、前振りばかりを続けてきたわけである。ようやく前振りオワリ。永かったですねえ。

 漲る生命力。新しいカートリッジにはそれがある。MC-L1000の音は、今でも確かに素晴らしい。だが生命力溢れる音かと問われれば、答えを逡巡するのである。もう後がないというバイアスがかかっているせいもあるだろう。しかし、それだけではなく、機器としての命脈が既に尽きつつある音のように僕の耳には聴こえるのだ。数年前、MC-Rohmannを聴いたときも今回のART2000にも、音はまったく違うにもかかわらず、共通した若々しさが感じられた。

 HELIKONについては、友人の厚意により自分のシステムで半年前に聴いている。衝撃的な音だった。今でもはっきり憶えているくらい。やはり、このカートリッジからも生命力の強さがヒシヒシと伝わってきたのであった。それは僕にとって非常に大切なことだし、本来のADサウンドとはかくあるべしと、僕は思うのである。

 ART2000とHELIKONと、ここしばらくはAD三昧の日々になりそうである。ソフトもまだまだ買うぞっ。

’01/07/27 (金)

そろそろ


 トゥイーターをドライブする、HMA-9500IIである。僕が持っている9500IIの中ではこれが一番後期タイプである。つまり、新しいわけだ。新しいと言っても中古で入手したものである。電源コードの刻印は1985、基板上のパーツも新しいものが使われている。例えばフィルターコンデンサーにパラってあるフィルムコンデンサー。初期型ではΛ、中期型ではΛまたはμΛ、これにはμΛ-IIが入っている。前オーナー氏曰く、既にカタログ落ちしてから新品で買った、最後期型である、と。

 コード刻印を信用し、1985年製であったとしても既に16年経過の太古アンプである。このところ左chのグワイがちょっとおかしいのである。このアンプの故障によくある、音の途切れ症状が出るのだ。特にスイッチオン直後はそれが著しい。温まってくると収まっていたのだが、最近はそれでも時々途切れるようになってきた。コンデンサーかな?

 トライアンプドライブの一端を担わせているわけだが、いよいよ苦しくなってきたようだ。どうしてもトライアンプでなくてはならない、というわけでもないのである。当初はちょっと実験してみるかと、気楽にやり始めたわけだ。やってみるとこれがなかなかイケるということで今に至るのである。信号経路はできるだけシンプルに、という観点からすれば逆手を行っているわけで、それを敢えて実行するのも趣味かと。

 9500IIに代わる良いアンプがあれば、トライアンプは続けたいと思う。だが、現状そんなアンプがあるのだろうか。TA-N1をトゥイータードライブに使う? そんなアホな。もったいないことこの上なし、余りにも無駄である。

 では、どうするのか。単純にトライアンプをやめ、バイアンプ駆動にする。トゥイーターはSネッシーと一緒にP-700でドライブする。あるいはB-2302で鳴らすのも面白いかもしれない。トライアンプに固執したいのなら、新しいアンプを捜すしかない。音場が広くハイに切れと透明感があり、できるだけパワーは大きく重量は重く、しかも鈍くなく、ゲインは30dB前後で、価格は新品で50万円まで、なんてアンプが何処にあるのだろう。

 何とか良いアンプが見つからないかなあ。もちろん9500IIを修理すればいいのだろうけれども、もうそろそろ新しいアンプにしたいと、痛切に思うのである。

 何か良い方策が、無いものかしらん?

’01/07/26 (木)

花火2001?


 夏の風物詩、庭での花火である。晩ゴハンの買い物に行ったら、花火セットを安く売っていたのでつい買ってしまった。実は僕、こういう花火も大好きなんです。愚息達と大喜びで遊んでしまいましタ。

 なかなか綺麗な花火がたくさん入っていて、小一時間充分に楽しめた。打上げ5連発なんかもあったが、特に綺麗だったのは吹き上げ花火である。写真に撮ると魅力は半減、花火を上手く撮るのは難しいものである。

 セットされていた花火のほとんどは中国産である。今やどこで買ってもそういう状況、国産はどうなっているのだろうか。一昔前までは、わざわざ「中国産花火」と銘打って店先に並んでいたと記憶するのだが。

 花火といえば、今年もカミさんの実家近くの花火大会が近づいてきた。来月の24日である。早いもので、初めて録音してからもう2年が経つのである。今年ももちろん見に行くけれど、さて録音はどうすべえか。やっぱり録るのだろうな。

 それに先立ち、隣町でも花火が上がるのである。昨年その花火を見た人の話に因れば、件の花火大会をかなり上回る迫力であるらしい。花火そのものの規模はもちろん、特に音が凄いらしいのだ。圧倒的な超低域の量感(なんて言わないですケド)で吹き飛ばされそうになったと、こんなことを聞けばアホマニアの僕としては眤としていられないのである。マタタビを目前にした猫のようなものだ。

 両方録音して、良かったほうをCD-Rにしようかな。どっちもしくじったりして。

’01/07/25 (水)

夏が続く間は楽しい


 美味しい冷酒を少しだけ飲む。夏のささやかな楽しみである。純米酒ならちょっとは呑むナドという、ワガママな酒飲みであることを知っている友人から、「小鼓」の純米吟醸が届いた。この酒は、実に旨いのである。

 兵庫県市島町の地酒である「小鼓」。地元産の酒米「北錦」を100%使い、ゆっくりと低温醗酵させた純米吟醸である。やや甘口の「小鼓」純米吟醸は冷蔵庫でよく冷やし、ハモの湯引き梅酢醤油添えなどで一杯やるとヒジョーにうまい。端麗ではなく芳醇なほうなのでアッサリ目の肴、例えばヒラメの洗いなども良く合いそうだ。お飲みになりたい方はコチラ。いや、決して小鼓のマワシモノではごぜいやせん。

 ところで、吟醸と大吟醸のどこが違うかご存知だろうか? 恥かしながら、僕はよく知りませんでした。どちらも普通の醸造酒とは違い、低温で醗酵させることは何となく知っていたが、どういう理由で「大」が付くのか、知らなかったのだ。

 吟醸酒には独特の香りがある。よく「ワインのような」と形容される、果実酒のような香りである。この香りは精米度を大きく取り、低温発酵させないと付かないのだそうだ。この酒造法を以って「吟醸酒」というわけである。

 その精米度の多寡が「大」になるかならないかの別れ道である。精米度40%(醗酵に使う酒米の残り部分が60%)で「吟醸」、50%(同50%)以上が「大吟醸」となるらしい。60%以上の精米度ともなると、米はもうジンタンのような細かいツブツブになってしまうのだそうである。米の6割を糠にして削り飛ばしてしまう。凄く贅沢、別の見方をすれば凄く無駄が多いお酒である。

 無駄を承知でより香り高く旨い酒を造ろうと、杜氏さん達は付きっきりで世話をする。低温下での醗酵だから、非常に長い間面倒を見なければならない。極めて非効率的なハナシだが、それだけの価値が吟醸酒にはあるのだ。

 おいしい酒を造るための、無駄と非効率性。オーディオも似たものかと思う。良い音を聴くための、無駄と非効率性。こんなに重くする必要があるのか? こんなに材料にこだわる必要があるのか? どうしてもそうするのか? 

 どうしてもそうするのだ。良い音を聴くために。

’01/07/24 (火)

鉈とナイフと細密画


 やっと聴けました、AT-ART2000。掲示板にM85さん、Kさんからリポートいただいてからというもの、尚のこと聴きたくなっていたのである。

 シェルはビクターPH-L1000、シェルリードはオーディオクラフトCW-Rh1、標準針圧1.8gで試聴。その他は普段のAD再生に同じである。

 このカートリッジ、これまでのテクニカサウンドとは一味違うようだ。33PTGを超えるトランジェントの良さ、切れ込みの鋭さ、低域の締まりとソリッドさを充分に再生する。特に驚いたのは、33PTGに欠けていると思っていた、骨太な印象が全域にわたって感じられることだった。骨太でありながら分解能の高さ、繊細感も兼ね備えた非常に良いカートリッジだと思う。

 僕の好きな「ジョージ・クラム/マクロコスモスIII」(米nonesuch H-71311 A級外セレ168)B面、金属打楽器の鋭い立ち上がり、ビリついているように聴こえるアンプリファイド・ピアノの音色と余韻、それらが交錯して鳴り渡る場面での分解能など、実に気持ちよく聴くことができた。ヘタなカートリッジでこれを聴くと、音が全部つながってしまってゴチャゴチャ、そこへ歪みが乗り聴くに耐えないヒサンな音になるのである。だが、そういう危機感はまったく無かったし、シラけて鳴っているという感じもない。これは素晴らしいことなのである。

 文句なし、である。だが、敢えて一つだけ注文を付けるならば、それは音場再生能力である。決して悪いのではない。前後上下左右とも、やや圧縮されたように聴こえる部分があるのだ。スピーカーを無視して三次元的に拡がるというタイプではないのである。ここが惜しい。しかし、この点は使い込むうちに解決しそうな気もする。未だあまりにもエージング不足、と言うよりエージングゼロ状態での試聴であることを忘れてはならない。

 暫くはこれを使い続けてみよう。化ける可能性大。これは良い買い物だった。新しいカートリッジって、良いモンですね。こんなの聴いちゃうと、尚更にHELIKONが欲しくなるなあ。

’01/07/23 (月)

失敗


 19日の日誌に書いた、スタビ防錆の続報である。はっきり言ってこれは失敗だ。写真はスタビ1の底面だが、所々褐色に変化しているのがお分かりいただけるだろうか。「錆び」までは行っていないものの、明らかに酸化しているのである。実物を見ても手垢が付いたようで、決して綺麗とは言えない。

 さて、失敗の原因である。第一に考えられるのは、テフロンワックスをかける前のクリーニングが甘かったこと。かなり神経質に拭き上げたつもりでも、何らかの錆びを呼ぶものが残っていたのかもしれない。

 もう一つは、ワックスそのものの問題。やはり保護し切れないのだろうか。スタビライザーは、着脱作業必須のアクセサリーであるわけだから、触らずそっとしておく訳には行かないのである。どうしても手でしっかりと掴まねばならないのだ。その点からしても、ワックスによって形成される保護膜程度では、効果が低いらしいことも考えられる。

 もう一度ピカールで磨き直して、今度はイオンコート系ワックスで試してみよう。それでもだめなら、最後はクリアラッカーへ戻ることになる。

 ひょとすると「労多くして功少なし」ということになる可能性大。最初のまんまが一番良かったりして。しかし、目に見える「功」は少なくとも何らかのノウハウは蓄積されたわけで、また何処かで役に立つこともあるだろう。

 拙掲示板上とんぼさんのメッセージのように、クリアラッカーの中にトプンと沈め、引き上げてそのまま乾燥させる方法も、一度試してみたい。ちょっと無理があるかな。

 悩み多き「防錆」である。

’01/07/22 (日)

夏休み突入記念焼肉ぱーてー


 昨日のタヌキ君は、この匂いに釣られたのかも知れないなあ。例によって備長炭に火をおこし、夏の夜のぱーてーである。外でやるのはとても久しぶり、去年の夏以来かな?

 特に遠出するわけでなく、裏口からすぐそこでやるのである。けれども、外でゴハンを食べると言うのは何だかオイシイのである。冬の間は仕方無しにインドアになるが、やっぱり炭火焼肉は、夏外でやるもんでしょう。って、これもイナカだからできるんでしょうね。

 炭火に炙られるのは肉ばかりではない。周りの人間も、ヒジョーに暑い(熱い?)のである。汗をブルブルかきながら程よく焼けた塩タンをわしわしとほうばる。そこへ持ってきて、このときばかりはキンキンに冷やした缶ビール(アウトドアでは缶がヨイ)をゴクゴクゴクと、喉へ流し込めばそりゃあもうアナタ、極楽やおまへんか。

 昨年9月、げんきまじんさんとげんきまじょこさんが見えたとき、これを実施したのである。そういえば、まじょこさんとは随分お見限りだが、元気にしているのだろうか。また一緒に来てチョーダイね、まじんさん。もちろん何方様も大歓迎、準備をお手伝いいただくことにはなるが、暑い季節にお越しの方はご一緒しましょう。「ご来訪記念特別焼肉ぱーてー」。

 うまいぞっ。

’01/07/21 (土)

2001年タヌキの画


 不鮮明ながら、やっとその姿を画像に収めることができた。夜な夜な裏庭にやって来る、タヌキ君の勇姿(?)である。お分かりいただけるだろうか。

 久しぶりに、外で晩ゴハンを食べることにし、ちょうど箱船の前でガーデンテーブルを拡げ「夏休み突入記念焼肉ぱーてー」を開催したのである。宴も終りに近づいた頃、下の愚息が「お父さん、紫陽花の餌場のところに、なんかおるで」と、ブキミそうに言う。紫陽花の餌場。食べ残しなどを、毎晩そこに出すのである。ノラネコ、ノライヌ、カラス、スズメ、キツネ、タヌキ、時にはクマもやって来る、彼らにとっては貴重な餌場であるらしい。

 愚息の言葉に目を遣ると、確かに何か黒っぽい塊が蠢いている。あっ、あれはタヌキではないか。ほんの3m手前では、僕らが騒々しくゴハンを食べているというのに、なんて厚かましい、と言うか、鈍感なヤツなのだろうか。こんなふうだから、またしては車に撥ねられるんだぞ、キミは。

 気付いていないふりをしながら、そっと近づく。タヌキ君は、写真手前に見える白い容器に鼻面をつっこみ、ヒッシになって餌を食っている。焼肉ぱーてーの写真を撮るつもりでデジカメをポケットに入れていたのは大正解、2mくらいのところから撮ったのが、上の画像である。鈍感なタヌキ君、さすがに妙な雰囲気に気がつき、既に逃走態勢に入っている。この写真には写っていないが、物干し竿の向こう側に、もう一頭いたのである。

 体長は60cmくらい、まだ成獣ではないようだ。夏毛の装いなので、タヌキの一般的なイメージよりはほっそりしている。今年になって生まれた、若い個体であろう。警戒心が希薄なのも、そのせいかも知れない。

 デジカメのストロボに驚いて、バタバタと逃げていった。これに懲りて、二度と来なくなる? いいえ、とんでもない。タヌキはそんなにヒヨワではないのである。獣偏に里と書いてタヌキと読むが如し、彼らはいつも人間の近くで暮らすのである。

 くれぐれも交通事故には気をつけてね。

’01/07/20 (金)

HELIKONは何処行った?


 あれだけ凄いぞ、買わなきゃイケナイと騒いだわりに、未だ買えないHELIKONである。ワタクシにも、いろいろと都合がございまして。などと言いながら、オーディオテクニカAT-ART2000を買ってしまいました。HELIKONはどうした、HELIKONはっ。

 実物を目の前にし、つい食指が動いてしまったのでした。どうもスミマセン。信頼できるスジからの情報ではAT-33PTGを超える音であると聞き、以前からピクピクしていたのである。

 スーパーネッシー周りの変更が多く音が落ち着かないので、まだ聴いてはいない。見た感じでは非常に剛性が高く、良い結果が期待できそうである。自重は8gと重いほう、針圧は1.6〜2.0g、1.8g標準である。MC-L1000よりはローコン、オルトフォン系よりはハイコンというタイプ。出力は0.4mV、L1000のほぼ倍である。

 取説には「ヘッドシェルはできる限り重量タイプのものをご使用ください。AT-LH18/OCCをお使いになると最高のマッチングが得られます」とある。ナルホド。では僕はPH-L1000を使ってみよう。自重はLH18と同じく、18gである。

 オーディオテクニカのカートリッジは、独特の艶と輝きを持っている。もちろんこれまでに聴いた数などたかが知れているが、どこかしら相通ずるものがあるようだ。L1000やHELIKONのような、突き抜けたような凄まじい切れはないけれども、極細の金糸で丹念に編み上げたしなやかな織物(そんなもの実在しないケド)を連想させるような繊細さがあるのだ。

 「20世紀の音の集大成としてオーディオテクニカの最高技術を結集した限定生産モデル」であるというART-2000。どんな音を聴かせてくれるのだろうか。

 その前に、スーパーネッシーを追い込まなきゃなぁ。それと、やっぱりHELIKONだな。こればっか。

’01/07/19 (木)

防錆テスト


 GMホーンの防錆、AE86さんは車用イオンコートワックスを使っているとおっしゃる。7月7日の日誌で「防錆はモウヤメタ」と言ったものの、やはり気になる。日を追うごとに、くすんでくるのが分かるのである。やっぱり防錆しよっか。

 これまで防錆にワックスを使ったことがないので、どんなものか体験的にまったく分かっていない。そんな状態でいきなり実行し、しくじっても面白くない。何かでテストしてみることにする。ちょうどADスタビ1,3の防錆をやり直そうと思っていたところである。それで試してみようかな。

 イオンコートワックスが手許になく、フッ素樹脂(テフロンコート)系ワックスで試行する。このワックスは白スーパースワンの艶出しに使ったものである。もちろん元々は車用。

 1,3ともシンナーで塗装を剥がしピカールで磨き直した後、ワックスをかける。写真右がワックスをかけ終わったスタビ1、左はワックスをかける前のスタビ3である。お分かりいただけるだろうか。ワックスをかけた1の方が、明らかに綺麗である。それに比べて3のほうは、ややくすんで見える。テフロンワックスということで、滑り易くならないかと心配したがまったく問題無いようである。

 現時点では、成功といえるだろう。しかし、目的はあくまでも防錆であって、艶を出すことではないのである。本来の目的が達成されたかどうかは、暫く時間をおかないと判定できない。つまり、錆び方を観察しないと遺憾わけである。

 手っ取り早く結果を知りたければ、わざと汗だらけの手でベタベタ触って放置するとか、あるいはベロベロ舐めてほっとくとか、いっそ塩漬けするとかいろいろあるが、そーゆーキケンでアホなことは止めて、ともかくこのまま様子を見よう。これで上手く行ったら、永い間気懸かりだった防錆法が一気に解決する。

 AE86さん、アドヴァイスをありがとうございました。

’01/07/18 (水)

3年使って


 トゥイーター用SPコードを交換した。これまで使っていたのは日立電線のメルトーン、MTSX-225というコードである。使い始めたときから、何となく生硬さのあるその音にちょっと不満があった。しかし、コードにもエージングがあるからと3年使い続けたのだった。で、どうなったか。結局生硬さは抜け切らず、今もやっぱりどちらかと言えばツッパリサウンドである。

 そこで重い腰を上げてコード交換。高価なコードも使ってみたいけれども、好みに合わなかったときのショックが大きいので、安くて良さそうなモノを捜す。友人がやっている近くの楽器屋さんへ行ったら、カナレのSPコードが置いてあった。

 「CANARE Speaker Cable 4S6」と刻印してある。外径6.5mmの細いコードである。中身は4芯構造になっていて、スキマに綿糸を介在させ、紙が巻かれている。わりと手の込んだ構造である。感触はあまり硬くなく、重量も軽い。芯線はたぶん普通のタフピッチ銅(ひょっとするとOFC?)。素晴らしいのはその価格である。1m100円くらい、ヒジョーに安いのダ。実験するには最適である。

 日立と交換しての感想。威勢は良いが粗い。音離れは良いと思う。だが、ちょっとヒステリックである。一番先っちょまで伸びきらない感じもある。思っていたより芯線が硬かったので、そのせいもあるかもしれない。細いコードなので、パワー感、エネルギー感みたいなものはどうなるんだろうと思ったが、見かけに因らず力もある。しかし、まだ結論は出せない。エージングは大切である。

 時間をかければイケるんじゃあないかという漠然とした感触は、ある。新しいコードの使い始めは、たいがい生硬な音で鳴る傾向にあるからである。確証はないのだが。

 例によって、お湯をかけずに時間をかけよう。なんともならんかったら、また何か考えることにして。

’01/07/17 (火)

親切


 Y31さんから大変親切なご指摘をいただいた。SUSテーブルタップに仕込んだ、サランラップ巻き粒状鉛は危険極まりないとのご指摘である。まったく仰るとおりである。一切反論の余地なし、早速鉛は排除した。と言っても写真ではわからないが。

 このまま使い続けていたら、深刻な事故の可能性が充分にあったわけである。まったくドシロウトは怖い。「解らないことはしない」というのが僕の基本的な考え方であったにもかかわらず、こういう無謀なことをやる。ちょっとチョーシに乗ってしまったようだ。照顧脚下、猛省しなければならない。Y31さん、ありがとうございました。

 さて、つらつら惟みるに、親切とはいったい何ぞや? ものの本を調べると、「親しく接すること」とある。元々は道元禅師が著した「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」という禅宗(曹洞宗)の書物に初出の言葉である。師匠が弟子を教育するに当たって「親しく接する」、つまり、厳しく教え育てると言う意味であろう。それが転じて、人にものごとを丁寧に教示する、さらには、相手の身になって物事を考える、ということにも通じてくるわけだ。

 昨今では「小さな親切、大きなお世話」などという極めて不遜な言い回しが横行している。全く以って不愉快なハナシである。「親切」の意味が「相手の身になる」ということであってみれば、これをありがたいと感じない人間とは、如何なる存在であるか。

 僕には電気回路の基礎知識が、全くといっていいほど、ナイ。それはおそらくこの「戯言」を読んでいただけば一目瞭然であろう。なんともお恥ずかしい限りではあるが、今後とも皆さんからの「親切」なご指摘を、引き続き宜しくお願いしたいのである。

’01/07/16 (月)

重くなっちゃった


 やるときは一気に行くが、やらないとなったら何にもやらない。今はどうもやるときモードに入っているらしく、ステンレステーブルタップも完成させてしまった。そろそろ息切れしそうな感じである。

 一般的なコンセントボックスは弁当箱のような構造で、当然底板は開かない。ところがコチラは6面ネジ止め構造なので、必要とあらばバラバラに分解可能、底板も外せるわけだ。工作するにあたって、これが実にグワイヨイことに気が付いた。コンセントユニットを組み付けた後、配線の様子を裏から確認できるのである。安全性を考えると、これは非常に安心できるのダ。

 デッドスペースには、得意の粒状鉛をサランラップに包んで入れる。底板の内側には吸音材として3mm厚のフェルトを貼る。コードはSFチューブ付き5.5スクエアビニルキャブタイヤ2.5m、ACプラグはCSEのUL規格品ロジウムメッキ仕様を使う。どうだコノヤロウ。

 コード込みの仕上り重量は4,940g。重いのである。はっきり言って正気の沙汰ではない。一般性はまったくないと言っていいだろう。蹴っ飛ばしたら痛いだろうな。

 これで音質劇的向上? そんなことにはならないのである。確かに変化はあるだろう。だが、ここ一点だけを変更して劇的に音が良くなったりしたら、オーディオとは一体何だということになってしまうのである。

 ほんの僅かの向上を幾重にも重ねることで、トータルとしてのクォリティアップを狙う。これがオーディオの本道だと、僕は考えるのである。その「僅かの向上」を、どんなアプローチでどのように実現するか、そこに日夜腐心するわけである。

 見当外れの努力をしているのかも知れない。前途遼遠である。

’01/07/15 (日)

儲からない商品bP


 単売トーンアームである。オーディオテクニカAT-1503IV。これの前身AT-1503IIIが41,000円だったから多分同じくらいの定価だったんだろう。昔のカタログを紛失して、正確なところはわからない。

 全長320mm、有効長257mm、オーヴァーハング15mm、針圧0〜3.0g、適合カートリッジ重量1〜19g、BTS規格適合のプロ用アームである。サポートは水平ボールベアリング、垂直ピボット、少々ラフに扱っても充分耐えられるへヴィーデューティー設計。如何にも使い勝手を最重要視するプロ用らしいアームである。

 付属しているヘッドシェルが面白い。LH-13/OCCのブラックバージョンである。こんなの初めて見た。単売はされていないと思う。「表面はテクニハード処理云々」と取説に書いてあるので、色が黒い以外はフツーのLH-13/OCCに同等なのだろうな。音は違うンだろうか?

 1983年11月に発行された「'84国内・海外オーディオ機器辞典〜COMPONENTS LINE-UP」を開き、「トーンアーム」の項を調べてみると、トーンアームだけでなんと52機種も紹介されている。'83年11月と言うと、CDプレーヤーが発売されてちょうど1年である。この頃だとまだ主流はADだったんですねえ。MC-L1000、PH-L1000ももちろん載っている。しかも新発売(!)である。写真が間に合わなかったらしく、「NOW PRINTING」になっている。嗚呼、時代ですなあ。

 この後、トーンアームは次々と市場から姿を消す。一番儲からない商品なのだそうだ。部品点数が多く、しかもそのほとんどが専用部品であること。組み立てが複雑で、精度を要求されること。ユーザーの頻繁な買い替えは望めない。商品としての割高感も否めない。そこへ持ってきてCDの台頭、益々売れない。メーカーは当然のこととして撤退するのである。

 トーンアームはオーディオ機器の中でも異色の存在だと思う。電気機器というより、あれは「機械」といったほうが良いのである。昔ダイナベクターやサテンがムツカシイ理論を展開して独特のアームを作っていたように、本来は電気屋さんの仕事ではなく機械屋さんの仕事であろう。

 ADファンの僕としては寂しい限りだがこれも時代の流れ、どうにも仕様がない。そういえばEPA-100MkIIも使い始めて13年半、いい加減古くなった。だが、後継者はいない。ADプレーヤー周辺は、そんなんばっかり。どうするんでしょう?

’01/07/14 (土)

裏地にこだわる


 WROMさん、ご遠方をお疲れ様でした。ご無事でご帰還の御様子、安心しました。なんだか慌しくて、ロクなおもてなしもできず申し訳ないことでした。一緒に見た「グラディエーター」、さらには「インヴィジブル」、画像の素晴らしさは圧巻でした。プログレッシヴ映像が本当はとても綺麗だということに改めて気付かされました。DVDは前途洋々ですね。僕もHTPCに食指が動きそうです。ありがとうございました。

 さて、WROMさんを天橋立駅でお見送りし、友人I氏にこの後の予定を伺うと、まだ少し時間に余裕があるとのこと。それではと無理をお願いする。ご持参いただいたお宝第2号、6月15日の日誌に図面を載せたステンレス製インナーリングの取り付けを手伝ってくだせえ、と。「ええ、いいですよ。ちゃんと付くかどうか確認できればワタシも安心ですから」と快諾してくださった。ありがとうございますぅ〜。

 10mm厚、外径238mm、重量1,050g。内側の切り抜きはバッフル板2枚目に合わせて歯車形になっている。例によって工作精度は最高、文句無しの出来である。

 午後3時半から作業開始、間に晩ゴハンを挟んで、取り付けが完了し音を出せたのは午後11時前だった。結果は当然悪いわけはなく、低域の締まり、分解能がさらに向上、取り付け強度を上げることの重要さを思い知らされるのであった。

 リングにヒモをくくりつけ、てっぺんから落とし込み、バッフル裏へ引き上げるという作業でのトラブルを一番心配したのだが、これは非常にすんなりクリアできた。だが、他に伏兵がいたのである。

 それら詳しい作業状況と試聴については、後日「スピーカー達」ページにアップするので、またご一覧いただきたい。全てをスムースに運ぶのは、如何にも難しいものだこと。

 Iさん、本当にありがとうございました。沢山のお宝グッズをお持ちいただいたうえ、遅くまでお手を煩わせてしまいました。おかげさまで、更にパワーアップできました。お礼の言葉もございません。

 でも、インナーリングを取り付けても、見た目には何にも変わらないんですね。当たり前なんだな。見えない裏地にこだわるのも、粋な職人気質?

’01/07/13 (金)

凄いぞっ


 今日は岡山からWROMさんのご来訪である。昨年の12月以来7ヶ月ぶりである。さらにもう一人、友人が頼まれていたものが出来たからと「宝物」を持って来てくれた。その内の一つが上の画像。なかなかの迫力でしょ?

 ご覧のとおり、テーブルタップである。前々からプラスチック製がどうも気に入らず、金属製重量級の良いものが欲しかった。市販品、例えばチクマなどから凄いものが出ているが、値段も凄い。何とかならんかと思っていたところへ、友人が作ってみようかと助け舟を出してくれた。それに乗らない手は無いのである。

 6面8mm厚ステンレス厚板製、重量は2,860gある。コンセントはCSEのCONSENT1を、コードは5.5スクエアビニルキャブタイヤにSFチューブを被せて使うつもり。

 アホやなあと、自分でも思うけれども、好きなんだから仕方がないのである。必ずしも良い結果が得られるかどうか、保証の限りに非ずというところ。しかしこの迫力は凄いのである。工作精度は極めて良く、モノとしての魅力は最高。それだけでも音が良くなるというものである。WROMさんも一緒になって喜んでいる。

 この他にも今日は「お宝」グッズ数点が届いた。それらについては明日以降順次アップしていきたい。

 とんぼさん、DFリングがさらにパワーアップできそうです。

’01/07/12 (木)

忙しくなるね


 本堂前の芝生に今年も沢山咲いたのは、可憐なネジバナである。誰が植えたわけでもないのに、何時の頃からかこの季節咲くようになったのである。最初の頃はほんの数本が、まばらにヒョロヒョロ生える程度だったが去年あたりから急に数を増やし、今年は大発生である。特に手入れも何もしないが、踏みつけないようにはしている。芝生との相性が良いらしい。

 1本の軸に薄いピンク色の小さな花が螺旋状に行儀良く並んで咲いている。正に「螺子」花である。小さい花ながら見事なものである。ここで咲くようになるまでは、図鑑で見たり話に聞くだけだった。実際に見たことは無かったのである。

 極めて地味な花である。雑草の仲間かと思ったらサに非ず、別名モジズリとも言うラン科ネジバナ属の立派な「花」であるそうな。こりゃまたどーも失敬しました。なるほど小さな花一輪を仔細に点検すれば、確かにラン科特有の構造を持っている。たいしたもんだ。

 ちょっとヘンなのは花のねじれ方向である。上の画像、中央の奴は手前から見て左巻きになっている。写真右端の小さな奴は逆方向、右巻きである。どちらかに一定してはいないのだ。ナンデ? 如何にも不思議な花だこと。

 この花が咲き始めると、お盆が近いなあと気忙しくなるのだった。寒い時期になる正月より嫌いではないにしても、気分的には非常にプレッシャーが強いのである。忙しくなると、余計にオーディオしたくなるのはどういうわけか? 方舟へ出かけたのはいつも決まってこの時期だった。

 ネジバナとお盆とオーディオ。疾風怒濤の如くに過ぎ去ってゆくこの季節である。

’01/07/11 (水)

これはMADE IN USA


 一昨日の日誌に載せた、CD版「THE ALL STAR PERCUSSION ENSEMBLE」である。レーベルもナンバーも何も書かなかったので、気になって仕方がない。少し書いておきたいと思う。

 ADのほうは米MMGというレーベル、こちらCDはTHE VOX MUSIC GROUP/VOX ALLEGRETTOとなっている。ナンバーはACD-8195、CDとしてのP&Cは1995年である。DDD。内容はADにまったく同一。

 V24Cさんからのメッセージによると、Golden StringsというレーベルからもCDが、しかも純金蒸着盤で出ているそうである。MADE IN TAIWAN、マスタリングエンジニアが「Dong Sax」とクレジットされているというアヤシイCDらしいが、音は極めて真っ当とのことである。しかし「ドング・サックス」には笑ってしまいました。シェフィールドからクレームつかないのかしらん。このVOXのCDはMADE IN USAである。

 このCDも音は非常に良い。ADと比較試聴すると音場がやや圧縮されたように聴こえるけれども、切れや鮮度は良く保たれていると思う。CDとしては優秀録音である。

 ド田舎に住んでいる悲しさ、こんなCDがあることさえ知らなかった。ADとはレーベルもジャケットも変わっているので、いわゆるカタログショッピングで見つけるのは極めて困難だろう。実際に自分の足で歩いて初めて見つけることができる、そういうCDだと思う。大変ご苦労があったことだろうと、拝察するのである。ありがとうございました。

 僕も億劫がってないでドンドン大阪、神戸などへ出かけて行けば良いのである。東京には比べられないが、それでも歩けば結構な数の優秀AD、CDをゲットできる筈だ。実際にげんきまじんさんなどは、足で相当数の優秀盤を稼いでいる。

 元々出不精、近頃それがひどくなっている。まだ隠棲逼塞するような歳でもあるまいにこれでは遺憾と、このCDをいただいて思うのであった。

’01/07/10 (火)

13年半かかって


 A級外セレを初めて読んだのは比較的遅く、'88年2月19日のことである。その頃はまだ市販品中心のシステムを組んでいた。スピーカーはオンキョーのモニター2000Xだったと思う。

 あまりの面白さに第一巻、二巻の2冊を半日で読んでしまった僕は、その日のうちに本を抱えてレコード屋へ走る。第二巻末の販売店紹介蘭に「尼崎塚口西武百貨店ディスクポート」でも買えるとあり、西宮から石弓に弾かれたような勢いで突撃したのであった。

 当時はまだ第三巻が出ておらず総タイトル数は200、そのうちの188タイトル(!)に丸印を付け、悪くても半分は手に入るだろう残りは注文すれば良い、とディスクポートのカウンターに駆け込んだのである。

 '88年頃というと、これはもうAD大受難の時代であって、はっきり言ってADなんかカスかゴミのような扱いであった。コーフン気味で駆け込んだはよかったが結果は惨憺たるもの、現物があったのはたった1タイトルだけだった。ガックシ、と落胆したが、店員さんが親切な人で、系列レコード店に問い合わせてできるだけ揃えましょうと言ってくれた。その2週間後、店員さんが申し訳なさそうに「20タイトルしか揃いませんでした」と電話をくれたその時から、僕のA級盤探索が始まるのだった。

 当初丸印を付けた188タイトル、その中でも、これはどうしても欲しいと三重丸をつけたものが幾つかあった。M&KRealtimeの「Power And The Groly Vol.1」(RT-114)、所謂「金さん」ももちろんそのうちの一つである。記事中には同時に「Vol.2」(銀さんRT-113)も紹介されていて、どっちでも良いからとにかく欲しいと思ったが、いかんせんダイレクト盤である。そう簡単に手に入るものでなし、以来13年半、ずっと探し求めてきた。

 金さんのほうは、かなり以前に友人から借りて聴いたことがあったし、本家方舟でも聴かせていただいたことがある。銀さんは今年5月、げんきまじんさんお手持ちのものを聴かせてもらったのが初めて、個人的には銀さんのほうが気に入ってしまったのである。B面が特に素晴らしい。実に静かな曲で、しみじみと聴けるのだが、超低域の力感が凄いのである。朗々と鳴り渡るトランペットパイプの輝かしい響きも気分をシアワセにしてくれる。オルガンの距離感も大変よく再現される。ヒジョーにいいレコードである。

 それが遂に手に入った。これも奇特な方からお贈りいただいたものである。僕が死ぬほど欲しがっていることを知り、わざわざお探しくださったのである。何と言の葉を継げばよいのか、お礼の仕様も無いのである。ありがとうございました。僕は涙が出るほど(ホントに出ました)喜んでいます。

 ジャケットには小さな傷みがあるが、盤質はほぼミント状態である。音に出るキズは皆無。センターホール周りの探りキズはまったく無い。ほとんど聴かれていなかったようだ。新品同様である。7/8にこちらへ着いて、既に4回聴いた。何度聴いても素晴らしいのダ。曲が終わってしまうのが惜しい。何時までも聴いていたいほどである。

 昨日も書いたように、夢を見ているようである。ほんとにこれが自分の手許にある? それほど欲しかったこのレコードは、宝中の宝である。

 でもね、あんまり聴くとスリ減っちゃうよ。大切にしようね。

’01/07/09 (月)

お陰様です


 常に何方かから助けていただいている。以前から欲しくて欲しくてたまらなかった「THE ALL STAR PERCUSSION ENSEMBLE」(米MMG D-MMG115)のCD、ADをほぼ同時に、それぞれ別の方からお譲りいただいた。なんということだろう。

 録音の素晴らしさは、筆舌に尽くし難いのである。5月にM85さんが御出でになったとき、初めて箱船のシステムで聴かせてもらった。長岡先生の評価に「fレンジ、Dレンジとも特に広く、音像のリアルでソリッドな表現と、音場の拡がりと奥行感がみごとだ。バスドラムの距離感もこれまでにないもの。これこそ本物のステレオ」とあるが、全くその通り、否、それ以上の音で鳴り、尚のこと手に入れたくなったのであった。このタイトルは本当に凄いのである。

 とは言うもののそう簡単にゲットできるわけもなく、ネット上で捜したり、あるいは懇意にしているレコード店へ声をかけたりしていたわけである。すぐには無理でも、こうして求め続ければいつかは必ず手に入るという確信が、僕にはある。これまでずっとそうだったからだ。モウダメダと諦めてしまっては、絶対にいけない。念ずれば花開く。そう信じて求め続けるのである。

 お二人とも、さぞご苦労なすったに違いないのに「見つけました。送ります」とアッサリ言ってくださる。僕としては何だか夢を見ているような感じである。にわかには信じ難い。こんなものをそう簡単に譲って頂いてよいのか、と。

 信じ難いうちに、CD、ADとも現実に届いてしまった。今、僕の目の前にそれはある、のだ。この喜びを、どう表現すればよいのだろうか。ただひたすらに感謝するばかりである。言葉に尽くせない喜び。お陰様です。本当にありがとうございました。

 音に文句の有ろう筈はない。鮮度、切れ、音場の広さなどではCDがADに一歩譲るが、SNの良さではCDに分がある。どちらも持っておきたい逸品である。

 如何にも大喜びである。しかし、実はもう1タイトル、更に「凄い奴」を送ってもらったのダ。それについてはまた明日。

’01/07/08 (日)

入魂の一作


 今日は久しぶりに一日フリー、途中でチャチャが入ることもなくゆっくり聴くことができた。こんなことは滅多にないのである。GMホーンのご利益かしらん?

 見た目はご覧の通り、極めてゴージャスである。砲金色と言うよりは黄金色にみえる。あまり綺麗とも言えない合板製スピーカーの上に乗っかっているのは、一種異様である。はっきり言ってアンバランス。しかし、これもそのうち見慣れるだろう。

 砲金の鳴きが乗って、かなり派手な音で鳴るのかと思っていたら、その予想は見事に外れてしまった。驚くほどスムースなのである。派手さはほとんど感じられない。どちらかと言えば大人しい感じさえある。予想外の結果である。

 ホーンの重さが3.8倍、全体としては約1Kgの重量増加、これが音に利いているらしく実にソリッドな高域である。0506IIの明るさにT-500Aのソリッドさを加えたような印象だ。切れがよく、しかも軽薄な感じがない。

 ADを聴くと、その印象は更に強まるのである。「アイアート・モレイラ/ミサ・エスピリチュアル」冒頭、チューブラー・ベルズが鳴り響く部分では、非常に実在感のある透明度の高い音を聴くことができた。ボーカルのサ行が気になるようなADでも、実に綺麗にクリアする。情報をネグって綺麗に聴かせているという感じではない。何故こんな鳴り方になるのか分からない。

 砲金の鳴きが全く影響なしとは言えないのだろうと思う。指で弾いてチーンと鳴くほど(と言って本堂でリンの代わりには使えませんぜ)だから、その音も一緒に聴いているわけだ。しかし、強いキャラクターを持っているふうには聴こえない。不思議である。

 製作にあたっては、かなり苦労があったらしい。ホーンカーブを再現するにはサンプルのオリジナルホーンからデータを取るわけだ。縦二つに切ってトレースするのが一般的なやりかた、しかし依頼者であるところの僕が「そりゃ困る」などとドシロウトにありがちの身勝手なことを言い、M氏を窮地に追い込むことになる。

 サンプル非破壊のままデータを取る。この難関をハイテク機器によって乗り越え、実際の工作では「サンプルを超える仕上げが至上命令だ!」と職人さんにハッパをかけ、ついにGMホーンは完成したのである。M氏曰く、「これと同等の仕上がりが次回も得られるかどうか、保証できません」。 ...今回限りと思った方が良さそうである。

 M氏入魂の一作、GMホーン。大成功である。とんぼさんのDFリングと同じく、これからのエージングが実に楽しみである。

’01/07/07 (土)

ごめんなさい


 出張の帰り道、事故による大渋滞に巻き込まれ、帰宅時間が大幅に遅れた。何とか今晩中に試聴まで終わろうと頑張ったが、午前4時になってもまだ聴けずにいるのでともかくセットアップ完了の写真だけアップする。皆さんカンベンしてくだせえ。

 帰りが遅かったのも確かにあるが、それよりも防錆に手間取ってしまったのである。今回は直接音に関る部分の防錆である。特にホーンの内側にツブツブや塗りムラができることは絶対に避けたい。となるとスプレーはダメだ。贅沢を言えば、コンプレッサーとエアガンがあればベストかな。次善の策として筆でクリヤーラッカーを塗ってみた。大失敗。刷毛目がデコボコになり見るも無残である。シンナーで落とし、何度かやり直してみるがどうしても上手く行かない。

 ヤメマシタ。防錆するのはヤメ。音にはそれがいちばん良いはずだ。でも、時間と共に錆びてゆく。素手でベタッと触らない限り、汚い錆び方はしないと思うが、全体的に艶がなくなり黒っぽくなって行くだろう。その時はまた外してピカールで磨くことにして、今回は防錆中止である。

 その工程を飛ばしても、結局今晩中の試聴はちょっと無理である。疲労感が強い時に音を聴いても、良く分からないということもあるし。

 明日はきっと試聴したい。AE86さんは既に試用開始しているようだ。さすが、ハイスピードである。悪くはなさそうで、ちょっと安心した。

 昨日来、多くの方々からこのGMホーンに対するメッセージをいただいている。ありがとうございました。ただし、これは決して僕の手柄ではないのである。ヒントを下さったAE86さん、実際に作ってくれた友人のM氏のおかげである。例によって僕は、ただ待っていただけ。アホですな。

 さ、あとは明日である。必ず聴きますから、今晩のところはよろしくご勘弁ください。

’01/07/05 (木)

GMホーン


 「企て」は実現した。砲金製JA-0506II用ホーン、イコライザープラグが出来上がってきたのである。仕上がりは最高、精度とともに文句なしの出来栄えである。真鍮に比べややオレンジ色がかり、側面には砲金独特の結晶が見える。砲金=GunMetal、ということでGMホーン。

 段差を無くし根元から先端まで一様な外径である。オリジナルのルックスは優美な感じだったが、こうなると随分線が太く見える。ちょっとしたことでかなり変わるものである。

 オリジナルホーンはアルミ製で、イコライザープラグ込みの重さは280g、総重量1,300gだった。砲金製にするとさすがに重い。ホーンセットだけで何と約3.8倍、1,080gある。総重量は2,280gに達した。重量級ホーントゥイーターに大変身である。

 例によってピカールでコシコシ磨き倒す。元々仕上げはかなり良かったが、やはりピカールの威力は凄いのである。ホーン内側とイコライザープラグはほとんど鏡面、磁気回路に取り付けるとお互いの鏡像が干渉し合って、オレンジ色の美しい縞模様が現われる。ボカァもう、ウットリ。音を出す前にこれだけで満足してしまいそうである。

 困ったのは防錆である。どうすればいちばん良いだろうか。ヘタに塗料を使って折角の鏡面を殺したくない。ルックスだけでなく音にも影響が出るだろう。さりとてこのままでは経時変化を避けられない。ごく薄く何かを塗るか、あるいは防錆剤を薄く掛けるか。

 肝心なのは音である。残念ながら今日は磨くのにヒッシでまだ聴いていないのである。本体に取り付けホーンの端を指で弾くと、高いピッチでチーンと鳴く。澄んだ綺麗な音だが、これは再生音に大きく影響するはずである。オリジナルのホーンにこの鳴きは無かった。

 はてさて、これが良い方向へ作用するのか、あるいは悪くなるのか。それともあまり気にならないのか、実際聴いてみないことには何も分からない。高域がどんな音になるか、まったく予想がつかないわけでもない。かなり派手目の音になるかな。ひょっとするとコンデンサーもイヂることになるかも知れない。

 昨年9月、AE86さんとの雑談からとびだした「0506IIホーン砲金化計画」。10ヶ月経ってようやく実現できた。AE86さん、首尾は如何なモンでしょう?

 ともかく音を聴きたいと思う。思うが明日から出張である。暫しオアズケですね。ということで明日の日誌は一日お休みをいただいて、7/7から再開します。

 次回は何とか試聴記を挙げたいと思う。どんな音なんだろう。

’01/07/04 (水)

共に学ぶ


 我が命の恩人、徳さんがHPを作るというので、少々お手伝いさせてもらった。実は「お手伝い」などと言うのもおこがましいのである。PCを始めて一年程度の初心者である僕に、大したことができる筈もない。極々初歩的なことを、ベテランの人達からの受け売りを交えてお伝えするくらいが精一杯である。

 二人の初心者が、雁首並べてあーでもないこーでもないとPCに齧りつく姿は、他から見ればさぞコッケイなものであるに違いない。笑う莫れ、二人ともヒッシなのである。

 延べ三日かかってどうやらサイトの体裁をまとめることができた。しかし、FTP転送の段階になってトラブル続出、最後の関門でしくじるところなんかいかにも「マーフィーの法則」である。プロバイダ窓口のあまり親切とも思えない対応もあり、要らぬ苦労をしながらやっとのことで転送完了。ハヒー、お疲れさまでした。

 徳さんとは大学時代から、もう20年を超える付き合いである。今に至ってお互い近所に暮らしているが、これも図ってこうなったわけではない。如何にも不思議な縁に因って、たまたまこうなっているだけなのである。この人とは、よほど深い因縁があるらしい。

 彼と言う人は、おんば日傘で育った僕とは違い大変な苦労人である。にもかかわらず何時も飄々としていて、とても頼りになるのである。僕は頭が上がらない。ちょっと面白いのは、資格マニアであること。調理師免許、アマチュア無線免許、大型二種免許、防火管理者免許などを持っている。これらは僕が知る限りのものである。きっと他にも何か持っているに違いない。「軽やかな努力家」と言うべき人である。

 徳さん自身は「ワシ、広く浅くが好きやねん」と言うが、いやいやどれもそれなりに深くはまっているように見える。PCも例外ではないので、この先きっと素晴らしいHPに成長することは間違いないのである。

 ということで皆さん、「龍雲寺ホームページ」まで、よろしくご訪問ください。

 徳さん、これからも一緒に勉強して行きましょうね。

’01/07/03 (火)

見るべきものは


 スーパーネッシーリヤカノンLをドライブする、アキュフェーズP-700である。'97年1月から使い始めて以来、既に4年半である。この前のパワーアンプは、御多聞に漏れずLo-DのHMA-9500IIを使っていた。

 この二つのアンプ、全くと言って良いほど音が違うのである。かたやchあたりMOS-FET4石、2パラプッシュプルというシンプルさ、かたやchあたりLAPT22石、11パラプッシュプル、8Ω/350W+350Wを捻り出すハイパワーアンプ。違って当たり前である。

 9500IIに飽きたわけでも、厭になったわけでもない。故障してしまったのである。もちろん修理は利いたが、いよいよ寿命は近いなと思ったのだった。9500IIを使い続ける限り、将来的に不安は増してゆくばかりである。常に不安を抱えながら使うのも何だか不健康だと思い、P-700に交換したのである。

 9500IIをカミソリに喩えれば、P-700は切れ味鋭い鉈という感じである。音の厚みと重量感が凄い。パワーがあるせいか圧倒的大音量再生時でも絶叫調にならない。と言って、力で押しまくるだけかといえばさに非ず。繊細感がありボーカルの伸び、美しさは比類がない。極めて良くできたアンプである。

 全ての点に於いて9500IIを上回っているとは思わない。壮絶な切れ込み、広大な音場感といったファクターでは一歩譲るのもまた事実。だが僕は、充分すぎるほど満足してこのアンプを使っている。

 ノンキなのか耳が悪いのか、はたまた唯のアホなのか、新しいものを買って後悔したことがないのである。シアワセな奴だ。別の言い方をすれば、悪いところ見ていないのである。セッカチなようで気が長く、エージングを待つ事ができるのも後悔しない大きな理由かもしれない。アンプに限らず新しいものに入れ替えると、たいがいは悪くなるのが当たり前、いきなり良い音が出ることのほうが希である。

 子育てと同じように、悪いところを潰そうとするのではなく良い点を伸ばしながら使ってやりたいと、ボウズは考えるのである。

’01/07/02 (月)

感激


 僕という人間は極めて単純明快であって、わりと簡単に感激してしまうのである。恥かしながら音楽や映画を見ていて、図らずも落涙することしばしばである。

 「ファンタジア2000」を見た。これは秀作である。全16トラック、どれも良く知られた親しみ深い曲ばかり、映像と音楽のマッチングは見事の一言、さすがディズニーである。

 トラック16「ストラヴィンスキー/火の鳥」。1919年ヴァージョンでの演奏だから少々短いが、この曲はクラシックの中でも特に好きな曲である。これに付けられた映像が、言葉を失うほど素晴らしい。

 主役は牡鹿と緑の妖精である。僕がここで愚にもつかぬストーリー解説をゴチャゴチャやっても仕方ないので、ともかくご覧になることをお薦めしたい。殊に後半は、演奏の良さ(レヴァイン/シカゴ響)と映像の相乗効果で凄い迫力である。

 部分的にはCGも使っているように見える。色は極めて鮮やかで、色数も多く、如何にもディズニーらしいのは動きが非常にスムースなこと。スコーンと抜けるような明るさはイマイチだが、それにしても綺麗なアニメーションである。これを見てしまうと、先日の「魔女の宅急便」はやや落ちる感じ。

 好きな曲に、綺麗で感動的な画が付けば、これはもう感激する他にないのである。胸が一杯になって目がウルウルしてしまった。

 僕って、なんてコンビニエント。

’01/07/01 (日)

ファミリーシアター


 土曜日(6/30)の夜ということで、今晩は箱船でファミリーシアター。プログラムは愚息達のリクエスト、「ダイナソー」である。

 月に一度くらいは映画を見せてやりたいと思う。それがなかなか難しい。小学生も高学年ともなると付き合いが多くなるらしい。皆で映画を見るのは久しぶりである。

 このHPをご覧いただいている方々にも、既婚の方は多くいらっしゃるだろう。奥様方のオーディオに対する理解の程は、如何だろうか?

 ウチのバヤイはと言えば、おそらく「理解」はしていないのだろうと思う。理解というよりは、仕方がないからホッタラカシにしているという感じである。とりあえず実害がなければまあいいか、と。時にはこうして好みの映画も見られるし。

 少なくともhamaさんkanaさんご夫婦のように、打ち揃ってオーディオを楽しむという感じではないのである。夫婦唱和のオーディオライフ、これはおそらくレアなケースであろう。

 どう見たって僕がオーディオすることを大喜びで応援するといったふうでないことだけは確かである。僕としてはそれで別段何の文句もない。但し、オーディオにPCにと相当好き勝手にやっているという自覚は、やはりあるわけで、時にはご機嫌取っとかんと遺憾かなとも思うのであった。

 幸いにして映画を見るのは好きである。愚息共々ゴキゲンであった。よかったよかった。カミさん曰く「今度はワタシのリクエストで『グラディエーター』見せてね」だって。

 ハイハイ、ナンボでもどうぞ。それでアナタがご機嫌であれば。