箱船航海日誌 2001年04月

日々雑感、出来事などを思いつきに任せて綴っていこう

過去の日誌コンテンツ

’01/04/30 (月)

これは強烈


 木工屋カネゴンさん謹製「スーパースワンK」である。一目見ただけで並々ならぬ音へのこだわりが感じられる、凄いエンクロージャーである。詳細はカネゴンさんのHPへどうぞ。

 まず、重い。35kgくらいとおっしゃるが、もう少しありそう、一人で持つと相当重い。粒鉛を入れると持てなくなるだろう。何処を叩いてもコチコチ、厭な鳴きは皆無である。やはりバーチ合板は良さそうである。工作精度はプロの仕事だから文句なし、シロウト工作とは一味も二味も違う。

 試聴した部屋は、響きが殆どなく相当デッドだったので、ライヴな音が好きな僕としてはちょっと残念だった。が、しかし、このスピーカーの素晴らしさはよ〜く分かった。

 余分な音が非常に少ない。BHシステムによく指摘のある、「ホーン鳴き」など微塵も感じられない。箱の強度と重量が効いているのか、音像の輪郭に滲みが極めて少なく、大変鮮明である。しかもアニメ的な強調感は全くない。踏ん張りが利いて音離れが良く、瞬発力がある。空間表現が豊かで、音の移動感が非常に良く分かり、例えばボーカリストがどっちを向いて歌っているのかも識別できるほどである。もともとスワンにはそういう能力があるわけだが、「K」ヴァージョンではエンクロージャーの良さがそれを更に際立たせている感じである。ESIIの能力をかなりいいところまで引き出していると思った。これは現時点での一つの理想形だと思う。

 完成してからまだ僅かの時間しか経っていないこともあり、箱、ユニットともにエージング不足は否めない。生硬さや、完成直後のエンクロージャーに特有の「湿度の高い音」を感じたのも確かである。しかしこれは時間の問題、鳴らしているうちに必ず解決することである。ただし、これだけ強力な箱とユニット、時間はかかりそうだ。時間かけずにお湯掛けてもダメ。ガンガン鳴らしてじっと待ちましょう。

 これだけ強烈な箱を以って、108ESIIの本当の能力が発揮され始めているようだ。このユニットの潜在能力は半端じゃない。

 やっぱり108ESII最高。それをこれだけ鳴らす、「K」ヴァージョンも最高。

’01/04/29 (日)

それはヒミツです


 某年某月某日、某所において行われた某有名スピーカーの某工作風景である。全国各地から集まった約101人(ウソ)の剛者自作マニアがウデを奮って、あれよあれという間に組上げて行く。

 京都の山奥から呼ばれもしないのに参加した某は、4年近くも工作を怠けていたせいで何をして良いのやらサッパリ分からず、愚の如くただオロオロするばかり、皆の足を引っ張りヒンシュクもの、噴飯モノであった。さりとて何もしないわけにも行かず、某有名メーカー(特に名を秘す)S氏(特に名を秘す)の強力な監修を得、何とか某ボンドを塗りつけるのみに至った。

 夕刻、いよいよ試聴にさしかかろうかという、一番大事なところであえなくタイムアップ、半泣きになりながら帰途につく京都某は、最後までマヌケなのであった。

 炭山さん、Sさん、それから参加された皆さん、本当にありがとうございました。近年にない、楽しい時間を過ごさせていただきました。試聴できなかったのは返す返すも残念ですが、自分で作って聴いてみることにします。

 滅多にお目にかかることが出来ない方々にお出会いできただけでも、参加した価値があったと、京都某は大満足であった。

 満足はいいけどよー、もうちょっとしっかりやれよ、オメーはよー。

’01/04/27 (金)

跳んで源平


 4月17日の日誌に載せた「不思議な桃の木」の正体が判明した。薪人さんからのご報告である。訊ねていただいた、林業試験場の専門家によるとこうである。

 「モモの観賞用品種『源平』のようです。枝変わりによって紅白の咲き分けができると推測されています」

 ? 薪人さんもおっしゃっているが、「推測されている」とはどういうことなのだろう? 紅白の咲き分けができるかどうか、咲いてみるまでわからないということだろうか。あるいは、咲き分けるはずだが、そうならないこともある、ということ? 凄く曖昧で、なんだか僕はこういうのって大好きだ。

 確かに、花の色や果樹結実を完璧に予想するのは、さぞ困難な事だろうと思う。「赤い花が咲きます」ではなく、「咲くはずです」あるいは「咲くようにしたつもりですが、咲いてみないとわかりません」という、不確定な要素は多いのだろうなあ。

 オーディオなんて、その最たるもので、正に「やってみなきゃあわからない」のである。「たぶんこうなるはず」と「推測」し、様々な使いこなしを実行するわけだが、おおよそ推測からかけ離れた結果に泣くこともあれば、それを遥かに超えた結果に感激することもあるわけだ。だからこそ、「予測(予め測る)」のではなく、「推測(推し測る)」という言葉になるのであろう。

 だが、この「やってみなきゃあわからない」もなかなかのクセ者で、経験則によってある程度勘所を掴んでから実行に移さないと、それは「推測に基づく実験」ではなく、「ヤミクモな冒険」に終わってしまうことになる。「やってみないでもわかること」をやってみても、それは詮無きこと、なのである。

 「見る前に跳ぶ」ことの難しさを、この頃ヒシヒシと実感している。「見る前に跳ぶ」そのまた前に、如何に多くの事柄を「看て」きたかどうか。それがうまく着地を決められるか否かの、分かれ道である。

 果たして僕は、どれほどの事柄を「看て」きたのだろうか。


〜閑話休題〜


 明日から29日まで、チョイと東方へ出張ります。申し訳ありませんが、28日、29日の更新を休ませて頂きます。30日に、またお目に掛かれますことを。

’01/04/26 (木)

新種誕生


 「箱船のアクセサリー」にも紹介している、ADスタビライザー三種である。写真左が「1」、奥が「2」、右が「3」である。1と2は、僕の独断で製作を依頼したが、3は、2を使ってみてくれた友達(耳は確かで評価は激辛、ウチのシステムなんか恐ろしくてとても聴かせられない、ケド頼りになる)と共謀(!)し、製作依頼したものである。

 この激辛友人から先日連絡アリ。

 「あのな、あのスタビライザー3な、あれ凄く良い音やねんけど、前から考えてる事あんねん」
 「何やねんな、アンタまたムチャゆうんとちゃうか」
 「いや、そんなムチャやないと思う。真鍮と銅の位置関係を反転させたやつって出来へんやろか?」
 「つまりナニかいな、中心に銅、周囲に真鍮という構造にするわけやね?」
 「そうそう、形状、寸法全部同じで、材だけを反転させるわけ。それでどれくらい音が変わるか、どーしても聴いてみたい。ワタシの好みの音が出そうな気がする」
 「ナルホド〜、そーゆーたらどっちを中心に持ってくるか、最初から迷うてたもんなあ」
 「そやねん。どーもやっぱりガマンできんようになった。両方聴きたい。いっぺん頼んでみてくれへん?」
 「ん、分かった。頼んでみるワ。受けてくれたら僕も1個ほしいなあ」
 「お世話やけど、頼むわ」

 大阪喋り言葉で書いてしまうとなんだかキンチョー感がないが、こういうわけで「3」の反転ヴァージョン製作を依頼することになった。さしあたって、スタビ三兄弟に末弟が加わり、「4」誕生ということになるだろうか。

 製作者は快く引き受けてくれた。これを辛友(シンユウと読んでください)に伝えると、普段クールな彼が珍しく喜びを顕わにした。本当に欲しかったんだろうなあ。役に立てれば幸い幸い。

 どんな結果になるか楽しみなのはもちろん、実物を見ること自体も実に楽しみである。「3」と「4」を二つ並べて置いておく。想像しただけで、ワクワクしてしまうのである。

 でも、こんなにスタビライザーばっかりゴロゴロ持ってて、どないするつもりやねんな、と。

’01/04/25 (水)

企て続報


 「JA-0506IIのホーンを砲金でカスタムメイドする」という、神(僕のバヤイ仏?)をも畏れぬ暴挙は、数々の困難を乗り越えて(ちょっとウソ)着々と進行中、見積もりが出ようとしている。相当な価格になりそうだが、ホーン部、イコライザープラグ部ともに微妙なホーンカーブを再現しなければならないことや、砲金製であること、凡そ量産からかけ離れた仕事であることなどを考えれば、これは致し方なしであろう。否、むしろ、この無謀な企てになんら難色を示すことなく気さくに応じてくれている友人には、いたく感謝するのである。

 最初は完全同一形状にコピーしてもらうつもりだったが、ホーンカーブさえ忠実に再現できれば、外形状は一考の余地有りである。気になるのはホーン部側面の段差である。

 根元(磁気回路に近い)部分で70mmΦ、そこから16mm進んだところから直径で6mm小さくなっている。3mmの段差があるわけだ。この段差は何のため?

 当時このトゥイーターにはオプション品として、M-0506Bというバッフル取付け用のリング状アタッチメントが用意されていた。バッフルに指定寸法の穴を開け、裏側にアタッチメントを取り付け、トゥイーターを差し込み、アタッチメントのネジを締め込むと固定されるというものである。下の画像を見ていただけば、凡そがイメージできるだろうか。

 これを使うときのための段差だったのである。ということはつまり、僕のようにスピーカー天板に直置きし、鉛板で挟みつけて固定するという使い方に於いて、この段差は無意味である。ホーン部の肉厚をわざわざ薄くしているわけで、無意味というよりは悪影響しかないのではないか。

 そこで今回の製作にあたっては、この段差を無視し、根元からホーン前端まで70mmΦ一様の径で作ってもらうことにしたのである。肉厚が増え、しかも砲金製、如何にも良さそうに思えるが、これは分からない。

 手間とヒマと金をかけ期待を膨らませてやったことが、悲惨な結果に終わることもあるのがオーディオだからである。

 而してオーディオはオモシロイ。

’01/04/24 (火)

桜色がピンクではないように


 すみれ色は紫ではないのである。あくまでも「菫色」。裏庭に、今年はやや少ないようだがすみれが咲いている。正確な名前はわからない。ただ「すみれ」としか。

 うちに咲く菫には少なくとも二種類あるようだ。一つは写真の背が低く、花も小さい、しかし濃い色の花をつけるタイプ。もう一つは、背が倍くらいあり、花も大きいが、色が薄いタイプ。

 僕の好みは前者、写真に見えるほうである。小さいにもかかわらず、こっちのほうが重厚な印象があるから不思議である。より、野生の逞しさを感じさせると言えばいいかもしれない。下手な写真ではその微妙な色の質感が失われていて残念である。紫ともいえず、青ともいえず、例え様のない「菫色」。大好きである。

 僕はこの系統の色が好きなようで、レンゲ、藤の花、カラスノエンドウなんかの色も惹かれるものがある。青〜赤紫系統である。何かあるのかな?

 サンスイのパワーアンプ、B-2302ヴィンテージを買ったとき、セッティング前に裏返してみてあっっと叫んだ。キラキラ光る純銅製の足の裏には、美しい赤紫のフェルトが貼ってあったからである。普段、全く見えない所にこういうものを貼る。サンスイ、なかなか粋なマネをやるじゃないかと、妙なところで感心したのを覚えている。

 紫系統を好むニンゲンって、どんなヤツ?

’01/04/23 (月)

企て


 JA−0506IIのホーン、イコライザー部分である。オリジナルに比べて何となく綺麗? そうなのである。数年前、ホーントゥイーターはホーンの表面を磨くと音が良くなると聞き、そんじゃあやってやろうじゃーねーかーと、ピカールでヒッシになって磨き倒したのである。

 磨くことまる2日、その甲斐あって仕上がりはほぼ鏡面、大変綺麗なホーンになった。ルックスは格段に良くなったが、肝心の音は? やはり良くなるのである。ムツカシイ理論はさっぱりだが、表面が滑らかになって悪いことはないのだろう。高域の伸び、切れ、透明感、歪み感などの点で、グレードが一段上がったような鳴り方になった。

 あれから数年、T-500A、T-925Aを経て、再び0506IIに戻ってきた。文句はまったくないのだが、またぞろ良からぬ好奇心が。このホーン、アルミ削り出しである。これを砲金などの真鍮系合金でそっくりコピーし、換装したらどうなるんだろう。T-500AやFT-90HGに採用されているあの材料である。それを更に、偏執的磨き攻撃をぶちかましたら、さぞ良いものができそうな、良い音が聴けそうな、そんなふうに思うが、皆さんどう思われるか?

 でも、砲金でコピーって、そんなことできるのかな。それが問題だ。

’01/04/22 (日)

測定


 FT−90HG付き108ESIIスーパースワンを測定してみる。スペアナはサンワSS−30RT(3/1オクターブバンド、25Hz〜20kHz全30バンド)、マイクはテクニクスSH−8000に付属のRP−3800Eである。

 リスニングポジションで測定しようかとも思ったが、それではこれまでの測定結果と同列比較出来ないので、同じく軸上3mを正しく測ってマイクをセッティングした。

 結果は「音の形」ページをご参照願いたい。今日もあまり時間がなく、2例のF特しか採れなかった。無かったのは時間だけではない。手許にあったはずの0.33μFのコンデンサーがどうしても見つからないのである。ずーっと前、まだ108Sの時代に確か使ったヤツがあるはずだ。何処へしまい込んだか、全く忘れてしまった。ほんまにエエ加減なこっちゃなぁ。

 0.47μFでつないだときと比較したかったのに、思いっきり計画倒れ。

 0.33、何処いったんだろう...。

’01/04/21 (土)

やっぱりちょんまげ


 今度は載せただけではなく、ちゃんと繋いだところの写真である。108ESII+FT−90HG。とりあえず試行ということで、置き台は付属のものを使った。安定はイマイチ、音源の分散も気になるところである。これは後で何か考えよう。

 コンデンサーは0.47μF、少しばかり大きい感じだが、これも試行。トゥイーターのエージングを早めようという狙いもある。フルレンジに対して逆相で繋いでみる。

 今日は時間に余裕がなく、F特を採れなかった。聴いた感じでは少々ハイが出過ぎているようである。トゥイーターが自己主張しているように聴こえる。だが、30分も聴いているうちに、ぐんぐん滑らかになっていくのがわかる。少なくとも、108ESIIと90HGの相性が悪くないことだけは確認できた。

 後は置き台、Cの容量、位置、位相などを調整していけば、かなりイケそうな感じである。この未調整状態でも、音の抜け、切れ込み、透明感、低域の締まりと伸びなどの点で、かなりの向上があった。音場感への影響はゼロとはいえないが、ほとんど無視してよいと思う。

 もう少し追い込んで、F特写真と共に報告したい。

 でも、やっぱり「ちょんまげ」だなぁ....。

’01/04/20 (金)

御衣黄...?


 黄桜である。清水崑氏のカッパで有名な某日本酒ではない。って、写真を見ればお分かりですね。近所の家の庭先に、この黄桜はある。毎年四月下旬から咲き始める遅咲きの桜である。今年の開花は少し早めである。花弁は八重で、咲き始めは緑色、時間が経つにつれ薄黄色に変わり、花の中心からピンク色を帯びてくる。

 実に不思議な色をしている。この辺りではこの家の庭でしか見られない。非常に珍しい桜である。家の人に「なんと言う種類の桜ですか?」と訊ねてみたが、「いや、ワカランのですよ。誰かが苗をもらって来て植えたらしいんですが、どういう桜かまったく聞いていません」と要領を得ない。

 そこで、ちょっと調べてみた。黄桜にもいろんな種類があるが、この桜は「御衣黄(ぎょいこう)」という種類らしいのである。遅咲きであること、八重であること、咲き始めから散るまでに色を変えること、わりと固まって花をつけることなど、一致する点が多い。但し、相違点もある。写真の桜は樹全体を見ると、僅かに枝垂れている。推測30年の樹齢にもかかわらず、あまり大きな樹ではない。Web上に紹介されている「御衣黄」の画像を見ると、花はそっくりだが、樹形が随分違うように見える。

 なんという桜なのか、正確には分からない。「御衣黄」と何か他の桜とのハイブリッド種なのかもしれない。いずれにしても、極めて美しい桜であることには違いないのである。

 近年、樹勢が衰えたように見えるのが気になるところだ。家の人に「こんなに綺麗で珍しい桜を枯らしてしまうのは如何にも惜しいので、何とか次の若木を育ててください」とお願いしている。今年、花が終わって、もし種が採れたら、ここはいっちょう育ててみるかなあ。うちの庭にこんな桜があれば、どんなに良いだろうか。

 詳しい人に話を聞くと、シロウトが桜を種から育て上げるのは、極めて困難だそうだ。

’01/04/19 (木)

CROSS OVER


 嘗てクロスオーヴァーミュージックの雄であった、クルセーダースの「イメージ」というアルバムである。1978年6月発表。初めて聴いたのはもちろんアナログ時代、今僕が持っているのはCDである。と言ってもこれを買ったのは’86年5月6日だから、かなり古いCDである。CD番号はワーナー・パイオニア32XD−418となっているが多分廃盤だろう。番号が変わり、新盤で出ているはずだ。

 如何にもクルセーダースらしい、明るくスマートで軽快な曲を聴くことができる、良く出来たアルバムだと思う。録音については、音を云々するようなものではないが、比較的歪み感が少なく切れも程々にあり、クセが少ないのでわりと素直に聴ける。ただし、本物っぽい立ち上がり、音場感、レンジの広さなどは望めない。Dレンジも狭め。

 ロックと同様に、クロスオーヴァーミュージックのアルバムにも優秀録音盤には滅多に出会えない。そういう状況の中では、このCDはまあまあ聴けるほうに入ると思う。当然、長岡A級盤等には足許に及ばないが。14日の日誌に載せた、「EAST RIVER DRIVE」にも遠く及ばない。

 この頃の録音を聴いていつも思うのは、音が素直なものが多いことである。悪いは悪いなりに、イヤなクセが少ないのである。音をあまりイヂっていないからかなあ。それとも、時代がそういう音を望んでいたのかもしれない。

 デジタル機器の発達で、いろんな補正が簡単に出来るようになり、それはおそらく音質向上を目指してのことだったに違いないのだが、結果は逆に出ていることが多いようである。

 このアルバム、決して優秀録音ではありません。でも、僕は大好きです。

’01/04/18 (水)

松田かマツダか


 世の中にはいろんな趣味があるそうで、「古い看板をウォッチングする」という趣味もあると聞く。僕はその趣味を持たないが、何となくわからないでもない。街を歩いていて、昔の「ボンカレー」や「金鳥蚊取り」の金属製看板(ポスター?)なんかを見つけると、すごく懐かしい気持ちになるからだ。ノスタルジックなのが一種独特の魅力なのかなあ。こんな生半可なことを言うと、ディープなマニアから叱られるか。

 近くの農協(現在はJAだ)の古い倉庫に、「マツダランプ」の大きな看板が掲げられている。多分元はカラー看板だったに違いないのだが、長い歳月の間にすっかりハゲてしまい、ご覧のような汚いモノクロになってしまったのだろう。

 なぜ、この看板に目が止まったか。確か昔、「マツダの真空管」ってあったなあと思い出したからである。僕は管球の世界には全く暗いので詳しい事はさっぱりである。だが、そのむかし、オヤジが一時管球式ラヂオ自作に凝ったことがあり、馬鹿でかい金属製バリコンや、重いトランス、それらの中に箱入りの「マツダの真空管」を見たような記憶があるのだ。

 ランプと真空管はご親戚さんみたいなもの(こんな乱暴なことを言うと、今度はリアルハード管球マニアから叱られる)だから、きっとこの看板は真空管も作っていた「マツダ」なんだろうなあ。

 ところでこの社名、「松田」だから「マツダ」なのか、光の神様「MAZDA」からとった「マツダ」なのか、どっちなんだろう。ランプも真空管も燃え輝くフィラメントがあるから、やっぱり「MAZDA」かな。

 この看板を見ていると、古き良き時代の日本を思い出すようで、それは不思議なことに日向(ひなた)の匂いを伴って、とても懐かしいような、少しもの悲しいような、なんとも言えない気持ちになるのだった。

’01/04/17 (火)

不思議な桃の木


 写真だけでは何が不思議なのかおわかりいただき難いかもしれない。ピンクと赤の花を咲かせた2本の桃の木が写っているだけに見えるだろう。ところが、あっ、なんということだ(こればっか)これ、1本の樹なのである。つまり、1本の樹に、赤い花とピンクの花が混じって咲いているわけだ。

 こんな桃の樹を見たのは初めてである。良く見ると、枝で花の色がクッキリと分かれている。赤い花の枝にはピンクの花は付かない。その逆もない。花もはっきりと「赤」と「ピンク」に分かれていて、マーブル模様にはなっていない。これ、いったいどうなってんの? なんと言う種類の桃だろう。

 このお家の人に話を聞くと、亡くなったおじいさんが随分前に何処かから苗をもらってきたもので、写真の樹は二代目。初代は既に寿命を終えたという。今のところ、赤よりピンクの花が勝っているが、樹が歳を取ると赤が増えてくるそうだ。

 この二代目のすぐ脇に三代目が育ち、花を咲かせているが、確かに赤い花が殆どついていない。しかも、若木のうちは同じ枝に赤とピンクが混じって咲いている。花弁もマーブル模様になっているし、パッと見では同じ樹とは思えない。樹齢を重ねるにつれ赤とピンクがハッキリと分かれ、やがて赤い花が殆どとなり、遂には枯れて行く。う〜ん、実に不思議な桃の木だこと。

 僕がモノ知らずなだけで、ほんとはちっとも珍しくないのかもしれない。どなたか、桃に詳しい方がいらっしゃれば、是非お教え願いたいものである。

 コレ、なんていう桃ですか?

’01/04/16 (月)

恒例行事


 今日、明日は近隣在住のオボウサン達と、恒例の「托鉢」に出かける。出かけると言っても、僕の住む町と隣町を歩くだけだからたいしたことはない。ナンデ今時托鉢? 建前では、これもオツトメのうち、冷めた見方をすればデモンストレーション、というところかな。公的福祉団体への寄付という目的もある。

 写真は托鉢グッズ三点。網代傘(あじろがさ)、頭陀袋(ずだぶくろ)、脚絆(きゃはん)である。さすがに手甲は着けない。

 コロモにこの三点を身につけ素足に草鞋をかけ、10人以上で長い列になって街をねり歩くわけだ。ここら辺では毎年の恒例行事(聞くところによると100年くらい続いているらしい)なので、ヘンな風に思う人は少ないが、修行時代に神戸三宮商店街をこの格好で歩いた時には、かなり奇異の目で見られたことがある。小学生が、網代傘の下から顔を覗き込み、こう言った。

 「うわ! もの凄いハゲ!」

更に、

 「お〜い、ちょっと来てみ〜、もの凄いハゲおんで〜」

と、仲間まで呼びやがった。アホンダラ、ハゲてんのとチャウわい剃っとるんじゃ!

 ...ええと、ともかく、托鉢だ。集合時間は午前6時、ハゲしく夜型の僕にはツラいのである。今晩は早く寝るかなぁ。

’01/04/15 (日)

やっぱりこうなるか


 スーパースワンESIIの頭にチョコンと載るは、’93年(8年前!)夏に、一回きりの限定販売で終わってしまったフォステクスFT−90HGである。当時の価格は1本25,000円だった。原型はFT−90H、ホーンの材質にT−500Aなどに使われた黄銅系合金を採用したスーパートゥイーターである。この後、現行品のT−90Aが発売されるわけだ。

 再生周波数帯域5k〜35kHz、能率106dB、マグネット重量100g、総重量1,220g。音はFT−90Hとは全く別物、スムースで切れがあり、歪み感極少、90Hにあったヒステリックな感じは全く無い。非常に優れたトゥイーターである。T−500Aの弟..とまでは行かないが、息子くらいは行っている感じである。

 さりながら、これまでほとんど出番がなく、箱船では大変冷遇してきたわけだ。そこで今回、スーパースワンESIIに載せてみることにした。載せてみただけで、まだ繋いでいないのだが。

 フルレンジユニットとトゥイーターの関係ってやつはなかなか面白いもので、一筋縄では上手くいかないことが多い。スーパーネッシーのユニットを208ESに換えたとき、それまで使っていたT−925Aをそのまま繋いだら、これがマッチングが悪くてどうにもひどい音になってしまった。そこでご老体のJA−0506IIを引っ張り出してきたのである。208SSの時にも一度は0506IIも合わせてみたことがある。これはこれでまたマッチングが悪い。208ESには非常に良く合うのに、SSにはダメである。T−500Aはどちらでもイケるが、能率が少々足りない。大音量を望まなければCを増やしギリギリで繋がるが、僕のようなバカヤロウにはちょっと苦しい。

 ことほど左様にフルレンジ+トゥイーターはヤヤコシイのである。翻って、108ESIIとFT−90HGのマッチングや如何。これはやってみなければ分からない。分からないが、何となくイケそうだなという感じは持っている。208ESと108ESIIの音には共通するものがあるし、90HGの音はT−500Aに通ずるものがあるからである。ひょっとすると、208ES+JA−0506IIの音よりも、108ESII+FT−90HGのほうが質感は高いかもしれない。0506IIは輝かしくエネルギッシュ、極めて切れが良く繊細感抜群だが、やや色が付く感じ。それに比べてT−500Aは、一聴大人しく聴こえるようで実はさにあらず、ソリッドで中身の詰まった実在感ある高域を再生し、色付けなく極めて生に近い音を聴かせる。

 だからと言ってこの実験が上手く行くとは限らない。マッチング最悪かもしれない。エージングもあるだろう。例によって今日は前振りだけで終わってしまうが、結果はまた改めてF特と共に報告したい。

 デモ、結局トゥイーター付加するのね。

’01/04/14 (土)

東河走


 ご存知、AE86さん推奨ソフト「Stanley Clarke/EAST RIVER DRIVE」(SME EK47489)である。昨年9月、AE86仰天シアターへお邪魔した時初めて聴かせてもらい、一発で気に入ってしまった。歪み感が少なく、切れ、透明感があり、何よりも低域の力、押し出しが凄い。ベース、バスドラムとも風圧を伴ってドドッと押し寄せてくるのである。ただし、仰天シアターは46cmサブウーファー、ウチは38cm×2サブウーファー、何だか浮世離れした話はであるナ。

 スタンリー・クラークと言えば、思い出すのは「リターン・トゥ・フォーエヴァー」である。「浪漫の騎士」を初めて聴いたのは高校1年生の頃だったか。この手の音楽を指す「フュージョン」という言葉がまだ無く、「クロスオーヴァー」(ネットワークとは関係ありません)と呼んでいた頃であった。ハードロックとジャズがゴチャ混ぜになったような音楽を聴いて、非常にショックを受けた覚えがある。

 その後、コチラ方面の音楽にチョイとハマる。思いつくままに挙げてみると、アラン・ホールズワース、チック・コリア、ジョージ・デューク、ジョン・スコフィールド、リー・リトナー、ラリー・カールトン、ビリー・コブハム、ハービー・メイソン、ラムゼイ・ルイス、ゲイリー・ボイル(ディープなマニアの方から見ればゼンゼン脈絡なしだろうなぁ...)などを聴き漁っていた。ブランドXなんてグループも、わけワカランぞと言いながらレコードを買っていた。

 結局、暫くしてロックへ逆戻りするのであるが、スタンリー・クラークのベースはその頃を懐かしく思い出させてくれる。基本的にはリターン・トゥ・フォーエヴァーの頃とあんまり変わっていないなあ。なんて言うと、クラークファンに叱られるかしらん。ゴメンナサイ。

 10年程前、長岡先生の推奨盤に「マンハッタン・プロジェクト」(パイオニアLDC PILJ−1009)というLDがあった。スタンリー・クラーク、ウェイン・ショーター、レニー・ホワイト、ミシェル・ペトルチアーニ他というメンバーの演奏を収録したLDである。内容はとても素晴らしいものだが、これを見た時もリターン・トゥ〜を思い出したっけ。

 昔から、どうやったらあんなベースが弾けるんだろうとヒジョーに不思議だったのが、このLDを見てすぐに納得できた。

 異様に手がデカイのである。

’01/04/12 (木)

復刻?


 今週のFMfan(01年11号)誌上「アナログレコードの逆襲」は面白かった。全8ページの特集、とても充実した記事である。さすが炭山さん、思わず拍手したくなった。

 既知の方へのインタヴューもあり、何だか嬉しくなってしまった。その中で、高崎素行さんの記事を読んでいたら、あの「日本の自衛隊」を、今度はCDではなくADで復刻しようと考えているとあった。これは凄い。「ある程度希望者が集まれば」ということだが、僕は希望しまくるのである。MYUタカサキさんへ直接連絡すれば良いようだ。皆さん、バンバン希望の連絡をして、是非ともADでの復刻を実現させましょう。

 2年前、ちょっとしたウラ技を使って中古を入手した。タカサキさんのCD復刻盤と聴き比べると、一長一短、どちらもすさまじい音である。超低域のエネルギー、押し出しの力強さでCD、高域の切れ、瞬発力、音場感でADという感じである。もし、今回ADでの復刻が実現すれば、それぞれの長所を併せ持つ、ウルトラアナログディスクが出来上がるのではないか。ジャケット、解説書まで、忠実に復刻できれば最高なのだが。

 それにしてもタカサキさんの熱意には、ただただ感激するばかりである。CD復刻の記事を初めて読んだ時は「どひぇ〜」とのけぞったが、今回もひっくり返った。う〜む、なんとしても実現させて欲しい。というよりも、僕らも実現させる努力をすべきなのである。

 “元祖”生録「自衛隊」、このレコードは、どうしても多くの人に聴いて欲しい。「日本の自衛隊 30万円」などという、常軌を逸した風潮を撃破するためにも、復刻させねばなるまい。

 最新のマスタリング技術で、さらにパワーアップして生まれ変わるか、「日本の自衛隊」。

’01/04/11 (水)

スイッチ切れかけ


 いつもなら、抗う間もなく切れてしまうスイッチだが、今日はその寸前で持ちこたえている。しかしながら、かなりキテいて、これ以上文章を書くとボケたこと(何時も?)になりそうなので、今日はこの辺ですんずれいいたしヤス。

 OFFにしたパワースイッチ画像を掲げて、僕も今夜はパワーOFF。

’01/04/10 (火)

感動の条件


 昨日からの来客の正体。それはROKUさんだったのである。これまでに何度か御出でだが、いつも複数のお客様と一緒、一人で見えたのは今回が初めてである。沢山聴いて、沢山話をし、とても楽しい二日間だった。僕のオツトメが混んでいて、箱船に一人ほったらかしにしてしまう時間があり、大変失礼申し上げた。ゴメンナサイ。

 いろいろ聴いたり見たりしたが、今回の出色は、ROKUさんが持って来てくれたDVD「英雄の条件」(SPE/ディスクナンバー控えるの忘れた)だった。

 「冒頭の戦闘シーン、音がすごんですよ」とROKUさん。選んだ音声は「英語5,1ドルビーデジタル」である。早速視聴する。

 こりゃ凄い。機関銃と迫撃砲のアメアラレ、前後左右上下に銃弾が飛び交い、そりゃあもうエライ騒ぎである。軽機の発射音は極めてキレが良く、血が出そうな音である。迫撃砲の弾着音は超低域で鼓膜が圧迫される。頭の上ギリギリを銃弾がかすめて後方へぶっ飛んでいく。サラウンド感最高、音も最高。僕がこれまでに見たDVDの中では、音でこれを上回るものはない。チャプター3、イエメン米大使救出シーンも凄い。体にチカラが入り、見た後グッタリしてしまった。下の画像は冒頭戦闘シーンのみを採ったF特である。“すさまじく破壊的な特性”だ。おおこわ。

 SPEのDVDには優秀なものが多い。しかし、このソフトには完全に脱帽、完璧な再生は極めて困難であろう。F特だけでなく、実際の聴感にも優れている。ストーリーとしても面白そうな映画だが、この“音”は感動モノである。DVDでここまでイケるなら、もうLDは要らない。

 ここしばらくADにウツツをぬかしDVDはまともに買っていなかった。このタイトルも、買おう買おうと思いながらほったらかし。今日をキッカケに、またDVD漁りが再発しそうである。

 ROKUさん、どうもありがとう。このDVDにはひっくり返りました。

’01/04/09 (月)

仲間

 今日はオーディオ仲間がお泊りで遊びに来てくれている。不健康にもまだ(現在午前2時半)起きていて、今僕の隣で「開拓者 長岡鉄男」をブツブツいいながら読んでいる。「最後のページについている特製CDジャケットはもったいなくて切れませんね〜」なんて言ってる。写真を載せようかと思ったが、どうしても彼と合意に至らず、今日は写真なし。と、彼のせい(ウソ)にしておこう。

 仲間が遊びに来てくれるのは、出不精の僕にとっては大変に嬉しいことである。そんなに近くはないところから、多忙中万障繰り合わせての出張りである。どうもありがとう。

 ついさっきまで、ADをガンガン聴いていた。スーパースワンESIIも聴いた。明朝はゆっくりお休みいただいて、その後DVD、CDなど、また夜中まで聴くことになるのだろう。自分ひとりだけではこれほど集中して聴くことは殆どない。仲間と一緒であったればこそ、長時間楽しく視聴できるのである。

 自分だけでは気付かなかったことに目が向いたりして、実はそれが一番のメリットだと言えないこともない。

 いずれにしても、仲間は本当にありがたいものである。

’01/04/08 (日)

懐かしくて


 神戸へ行った時に使う駐車場は、生田神社駐車場と決めている。理由は単純、東急ハンズが非常に近いから。歩いて30秒、目の前である。レコード屋さんへも行きたかったが、それ以上にハンズを歩きたかった。物の値段が少し高いかとも思うが、やはりハンズは面白い。

 素材、金物、木工、道工具、床材、壁材、接着剤、電材、OA関係、各フロアいろいろ見て廻り、エレベーターで上がったり下ったり、忙しい事だった。

 面白いものはたくさんある。道工具のフロア(だったと思う)「ハカリ」のコーナーに、バネ秤が置いてあった。これを見て、「方舟」を思い出した。

 FMfan「ダイナミック・テスト」の取材をお手伝いさせてもらった時には、これが大活躍したものである。エンクロージャーから外されたスピーカーユニットの重量を量るのは、専らコレ。ネジ穴にフックを引っ掛けぶらさげて目盛りを読み、大声で先生に伝える。「○○のトゥイーターユニットは...○○グラムです」というと先生が「ハイ、○○グラムね」とエンマ帳にメモされる。ああ、懐かしい。すっかり昔話になってしまった。

 これを買って帰ったところで、うちではそんなに使い道があるものでもない。機器をテストするわけでなし。だが、思わず買ってしまった。

 長岡先生との、思い出のために。

’01/04/07 (土)

咲いた咲いた


 咲きそうで咲けなかった桜が、ようやく満開である。今日一日で一気に開いてしまった。写真は町道から境内へ向う石段の桜並木(というほどのものでもないが)である。この石段を登り切ったところから見る桜が、一番綺麗だと僕は思うのでその位置からの撮影。トップページの画像も同じところから撮ったものである。

 ここまで咲いてしまうとあとは散るだけ、花の命(殊に桜)は短いのである。ここで雨でも降った日にゃあ一発で散ってしまうのだが、来週の木曜日くらいまでは好天が続くそうなので、上手く咲ききってから散りそうである。

 ご覧の樹も随分と勢いがなくなったようである。花の間から幹が見えるようになった。10年ほど前は、樹全体が花に覆われてそれは見事な光景だったのだが。2〜3日前の新聞に、日本全国のソメイヨシノが衰弱しているという記事が載っていた。うちの桜だけではなかったのである。

 桜が弱ってくると、花が白っぽくなるそうだ。そういえば昔の桜はもっと色が濃かった記憶がある。4月3日の日誌に載せた若い桜の花は、確かに色が濃い。

 今年は何だか冬が長かった。この風景を見て、やっと本当の春がやってきたという思いである。

 誰か花見に来ないかなあ。

’01/04/06 (金)

店頭で


 久しぶりに神戸まで出かけた。差し迫った用件があったわけではなく、単なる息抜きである。随分と自動車道が整備され福知山で舞鶴道に乗っかれば、北六甲有料道路、阪神高速北神戸線、六甲トンネルと、全て自動車道を使い三宮まで2時間ほど。便利になったものである。

 三宮のお隣、元町には昔から世話になっているレコード屋さんがある。いつもはほとんど電話かFAXで連絡し合い、専ら通販を利用しているのだが、今日はお店を訪ねてみた。つい2〜3日前にも入荷がありましたと電話があったばかりだったので、それを受け取りに行ったわけである。ついでに何か面白い物はないかしらんとラックを眺めていたら、片隅のダンボール箱に「キズ物、難アリ、どれでも1枚500円」と書かれたレコードがあった。

 これは面白いと、早速漁ってみる。わけのわからんレーベルに混じって、毒々しいジャケットの一群を発見。米nonesuchである。これは買わずばなるまい、何せ1枚500円である。全部買ってしまった。内容や録音については全く不明。でも、ジャケットがヘンで面白いから許しちゃう。

 その中の1枚に、際立って変なジャケットの物があった。それが上に挙げた画像である。『マーラー/交響曲第4番/ロリン・マゼール指揮 ベルリンラジオオーケストラ(C1971 H−71259)』。

 上の写真では分かりにくいが、左の絵の白い外枠にミシン目が切ってある。つまり、絵の部分だけ切り取れるようにしてある?のか、何か他の目的でそうなっているのか? なんだ、これは。サッパリわけがわからん。

 そこで思い出したのが長岡先生の「レコード漫談(赤本)」である。赤本P48から始まる「不思議大好きノンサッチ」の項、P52最下段にこれに類似するレコードが紹介されている。曰く、「 〜前略〜 これも音は悪くないが、それよりジャケットが変わっている。一見なんの変哲もないが、左の絵の部分は四隅でさし込みになっており、これをはずすと下からまったく同じ絵が出てくるという仕組。一体なんのため? 〜後略〜」とある。

 この話から推し量るに、このレコードにも本来はもう1枚差し込むべき同じ絵が付いていたのかもしれない。中古レコードゆえに、その絵がどっか行っちゃって、ミシン目つき差し込まれる側だけが残ったと、こういうことだろうか。

 肝心の内容については、まだ聴いていないので分からない。しかし、こんなにヘンなジャケットなら、持っているだけで楽しくなるというものである。1枚500円だし。

 さすがnonesuch、レーベル名に恥じない意味不明なことをやっていたんだなあ。

’01/04/05 (木)

またも強力アイテム登場


 V24Cさんから、特製の炭化ケイ素ヘッドシェルが届いた。今回僕がお願いしたのは全長を短くし、軽量化を図ったタイプ(No.2)である。写真右がそれである。写真中は重量級タイプ(No.1)、左は既におなじみのビクターPH−L1000だ。

 画像が小さくて見にくいが、V24Cさん謹製シェルのゴツさがおわかりいただけるだろうか。今回確かに短くなってはいるが、その厚みと言いゴツいことに変わりはない。軽量化されても、一般的には超重量級シェルである。

 さてこのシェル、どう使いこなすか? 先ずはいろんなカートリッジと組み合わせて試聴したいと思う。No.1シェルの使用で、凡その傾向は掴めている。あの低域の馬力、底力からして、一番試してみたいのは、やはりMC−L1000か。バカの一つ覚えといわれようが、結局思いはそこへ行ってしまうのである。V24Cさんのご労苦にお応えするためにも、早く聴いてみなければ。

 それにしても、先日からの真鍮サブバッフルといい、このシェルといい、強力なブツの連続登場には、嬉しいやら忙しいやら。しかもコンジョ入れて聴かなければならないものばかりである。昨日の日誌に「前振りばっかりやってる」と書いたが、今日もまた前振りだけになってしまった。なんてこった。

 こんなんじゃ「オーディオファン」じゃなくて「オーディオコレクター」になってしまうぞ。イカン、遺憾な〜。

’01/04/04 (水)

まず片方


 穴開けに四苦八苦しながらも、先ず片方にサブバッフル装着完了。詳しい作業については、別の機会にアップするつもりだったが、思いのほか上手く着いたので嬉しくなって、我慢できずに日誌に載せてしまった。

 本体バッフルの裏に仕込むステンレス製半円形リングも、元の精度が極めて高いので、バッチリ嵌まってズレはなく、大変強固に組み付けることができた。僕が削った端子逃げの位置が、サブバッフルのそれと少しズレてしまったが、ユニット取り付けには問題ナシ。充分なクリアランスが確保できている。

 指で弾いてみたり、小型の木槌で軽く叩いてみたりしたが、真鍮バッフルだけが盛大に鳴いている感じはまったくない。取り付け前、ネジ穴に紐を通しぶらさげて叩いた時には、楽器のように美しい音で鳴っていた。押さえ付けられれば鳴らなくなるのは当たり前、この状態での鳴きを云々するのがオーディオ業界(?)である。

 だがしかし、この状態を見ていると、これは悪い訳がないという気分になってくるのであった。オーディオは見た目も大切、ソリッドで重量感があり如何にも美しいこのルックスから、ヘンテコな音が出るとはどうしても想像し難いのである。好みの差異もあるので、こんな厳ついものはイヤダという向きもあって当然、僕個人としてはホオズリして一緒に寝たいくらい気に入っている。

 前振りばっかりやってないで、早く音を聴けって? ごもっともでございます。今夜は半徹夜でもう片方着けてしまいます。

 仕上げは相変わらず“白黒”だケド。

’01/04/03 (火)

開花


 ここしばらくの寒波で足止めを食っていた桜が、戻ってきた陽気に反応していよいよ咲き始めた。まだ一分咲きという感じだが、これから満開になるという期待感を抱かせてくれるこの時期が、僕は一番好きである。

 ここの庭の桜は、ほとんどがソメイヨシノであって、しかも樹齢が70年を越えたものが多い。ソメイヨシノは寿命が短く、樹齢50年を超えると衰え始める。実際、庭の桜たちも、ここ数年で著しく衰弱してしまった感じである。昨年の秋には土手の際にあった樹がすっかり枯れてしまい、下の道に倒れ込みそうな危険があったので、職人さんに頼んで伐ってしまった。しだれ桜の中には樹齢300年を超える物もあるという。それに比べると、如何にも短い命である。大きく育つ樹の中では、特に短いといえるだろう。なんだか儚い樹である。そう思うと、唯でさえ美しい花がなお一層ひきたつような気がするのは、僕だけだろうか。

 写真は、ウチにあるソメイヨシノの中では一番若い樹である。樹齢はおそらく20年未満、2〜3年前から非常に美しく咲くようになった。今が絶好調である。樹形としては、まだ直線的で味わいに欠けるところがある。あと10年もすれば、花の美しさに全体の風格が備わって、さぞや立派な桜になることだろう。その頃には、他の年老いた桜は全て天寿を全うしているはずである。

 今のうちに、後継の桜を植樹しておかねばならない。数年前に遅咲きの八重桜を幾本か植えたが、今度メインに据えるのはしだれ桜も良いなあと思う。と言っても、その樹が見事な風格をもって咲き始める頃、僕は既に鬼籍に入っているだろう。

 ソメイヨシノだけでなく、人間もまた儚い存在である。

’01/04/02 (月)

アクセサリーにもなる


 愚息がベーゴマを買ってきて、回し方を教えろと言う。ヨッシャヨッシャちょっとかしてみ、と自信満々で言ってみたが、あっ、なんということだ、ヒモの巻き方を完璧に忘却しているではないか。結び目を二つ作り、それを巻き始めの足掛かりにすることだけは覚えている。固定の仕方を忘れてしまったのである。

 ここで「できへんわ、あはは」などと言ってしまっては父親の沽券にかかわる大問題、否、これまで着々と積み上げ構築してきた“父権”が、今日を限りに根底からホウカイするかもしれない。威厳を保つために、ここは何としても首尾よく回して見せなければならない。さて、どうしよう。

 「ちょっと待ってな」。そう言って僕は箱船2階へ走り、Googleで「ベーゴマ」を検索する。うっひゃあ、あるある、見事に「巻き方、回し方」ページを発見。これを見て、言われてみればそうだった、こうやって巻いたっけなあとすぐに思い出した。何食わぬ顔で母屋へ戻り、「あのなあ、やっと思い出したわ。こうやって巻いてな、ほんでこうして回すねん」。ベーゴマが床の上で、ウナリを上げて回り出した。

 二人の愚息はもう大喜び、実はアホな父親を尊敬の眼差しで見つめている。まったくネットのおかげで、くずてつ父権ホウカイの危機を脱することができたのであった。いや〜、ネットって、ほんっとうにありがたいものですね。

 ところでこのベーゴマ、昔の物と質感が違う。昔のはこんなにピカピカじゃなかったなあ。砂型鋳造とダイキャストの違いかな。

’01/04/01 (日)

こんな感じ


 一旦息をついたら、いつまで経っても動かなくなるのが僕の悪いクセなので、気分が盛り上がっているうちに作業開始。詳しいことは取り付け完了後「スピーカー達」のページで改めて報告したい。とりあえず、仕上げが出来ている方(!)のスーパースワンに仮組みしてみた。

 はっきり言って、いかついがカッコイイ。だが、問題が無いわけではない。サブバッフルの平面精度は最高だが、本体バッフルのほうはかなりいい加減である。作った人間がいい加減なので致し方なしである。ぴったり密着というわけにはいかない。「箱船の客室」にM85さんも書いておられるように、この状態では、サブバッフルの鳴きが気になってくるかもしれない。と、言いながら、頭の中ではまあイイかくらいにしか思っていないのだが。ま、なんとかなるだろう。

 ユニットの重量1,450g、サブバッフルが860g、計2,310gがヘッド前面に着くことになる。要するに総重量2,310gの10cmユニットになるわけである。なんちゅう重さだ。前後のバランスを考えると、背面に多少なりともマスをつけたほうが良いかもしれない。TE27さんは背面に鉛円板を付加してバランスを取っておられたっけなあ。個人的には内側に着けたいと思うが、ヘッド内容積との絡みもあるし、少しばかりヒネリが要るか。

 ...なんて色々考えているが、目下の悩みは本体バッフルの穴開けである。穴の位置決めはできたが、そこへ垂直に穴を開けなければならない。これが狂うとヒジョーに悲しい事になるのは既に体験済み、ゼッタイに避けたい。ボール盤を上手く使えば、何とかイケそうな感じではある。

 げんきまじんさんは「効果は絶対間違いないです」とおっしゃる。そんなことを言われたら、益々早く聴きたくなるじゃあありませんか。

 サクサクやるべえ。