箱船航海日誌 2002年01月

日々雑感、出来事などを思いつきに任せて綴っていこう

過去の日誌コンテンツ

’02/01/31 (木)

遠い


 一昨日からの雪でまとまった積雪アリ。30日は青空が広がり、朝日に雪が映えてとても綺麗だった。風景だけを見ていると、雪の魅力も捨て難いものがあると思うのである。だが「綺麗だにゃあ」と見とれたあとには、例によってあの腹立たしい雪掻き作業が待っている。今朝は天気が好かったので、さほどゲンナリしなかったが。

 23日の日誌に載せたイヌフグリが咲いていた土手も、すっかり雪に埋まっている。やはり春はまだ遠かったのである。あのイヌフグリ、どうしてるでしょうね。

 夕方から再び冬型の気圧配置が強まり、外は今しんしんと雪が降っている。昼間晴天、夜間降雪というパターンは、はっきり言って最悪である。積雪量は断然多くなるし、車の事故も増えるのだ。こういう土地に暮らしていると、お日様の恩恵がどれほどのものか、ヒジョーによく実感できるのだった。

 雪が積もると、町じゅう吸音材でくるまれたような状態になり、音場が極めてデッドになる。音の到達力が大きく殺がれる、つまりダンプされるわけだ。真夜中でも馬鹿デカイ音で聴く僕にとって、これは非常なメリットである。

 如何に箱船と言えども多少の音漏れはある。雪のおかげでその遮音特性が良くなるのである。ものごとすべて一長一短、とは長岡先生がよくおっしゃっていたことだが、全くその通りである。大嫌いな雪にも、一長はあるのだ。

 雪に限った個人的なイケンとしては「一長十短」という感じだケドモ。

’02/01/30 (水)

判明


 フライバックトランス。今回の1252故障部品はこれだった。写真は現物ではない。このようなもの、という資料画像である。管が無事だったのにはひとまず胸をなで下ろす。僥倖だった。

 例によって電気オンチ、名前は知っているがその役割を詳しく解説することなど出来よう筈も無い。あちこち調べてみたら、要するにブラウン管に必要な高電圧を発生させるためのトランス、ということらしい。一種の昇圧トランス、かな?

 その発生電圧はもの凄く、20kVとか30kVとかいう世界である。Hzではナイ、Vである。20000Vに30000V? もし感電したら涅槃入り決定だろう。オソロシイことである。

 ある友達に聞いた話。彼の仕事関係の研修で、テレビモニターの構造も知っておくべきと電源が入ったままのテレビのフタを開けて作業実習することがあった。感電しないように気をつけて手を入れると、高電圧がかかっているせいで体毛がゾワゾワ〜ッと逆立つんだそうな。文字通り「身の毛もよだつ」話である。電気が怖い僕としては、絶対にやりたくない作業だ。

 他にも、触れてはならない部分にうっかり触ってしまい、死にはしなかったものの指先の肉が大きく抉り取られたという、怖い話も聞いたことがある。そんな部分が壊れていたなんて、知ってからゾッとするのだった。

 フライバックトランス全交換、周辺の半導体にもダウンしているものがあり一部交換。さてお値段は。

 120,000円強である。もし、管がアウトだったなら400,000円は間違いなかったところだから、まずまず良かったと言うべきであろう。しかしながら12万円、修理代としては非常な多額という印象は禁じ得ない。

 と思いながら、1252が無事直ってくるのをヒジョーに喜んでいる。各方面から、G70、あるいはG90(!)へのグレードアップをお勧めいただいたりもしたが、とても無理である。当分は1252を使っていくことにしよう。僕などには出来すぎた機械でもあることだし。

 フライバックトランスの故障原因は、一体何だったんだろう?

’02/01/29 (火)

ズルてつ


 友達にD-37を作れと言われブータレているクセに、自分はAE86さんにフォノイコライザーアンプを作ってもらっている。日本一の手前勝手ヤロウである。

 昨年11月箱船襲来の折、聴かせてもらったフォノイコアンプである。この音は本当に素晴らしく、市販では絶対に聴けない音だと思う。一度聴いたら忘れられない、と言うより耳に残って離れない、という感じである。公私ともヒジョーに多忙なAE86さんに無理を言うのは憚られたが、僕はもうガマンできませんでした。悲しいかな、僕には絶対に作れない。

 上は製作中間報告として送って下さった、アンプ基板の写真である。電気回路に無知な僕でも、非常にシンプルなものであることだけはよく解る。贅肉を削ぎ落としたようなこの回路と、それに不似合いなくらいの超強力な電源回路を積んだとき、これまで聴いたものとは次元の違うウルトラアナログサウンドが実現されるのである。

 AE86さん製作としては第二作目(ですよね? 違っていたらごめんなさい)にあたるこのアンプ、前回で気になった部分の修正、或いは新しいアイディアを盛り込むつもりだとおっしゃる。ということはAE86さん現用のものを上回る可能性もあるわけだ。「音聞いて送りたくなくなったりして」と、これは御自身の言。

 はっきり言って僕は狡猾である。自分ではなんら苦労もせず頭も使わず、他では聴けないスーパーアンプを易々と手にしようとしているのだから。これじゃくずてつじゃなくてズルてつだ。如何にも申しわけない話だけれど、あの音を聴いたら恥も外聞もないのである。

 AE86さん、ありがとうございます。

’02/01/28 (月)

PC


 PCを使い始めて約一年半になる。HP更新、メールの遣り取りに関しては、どうやらまごつかずに済むようになった。だが、全体的な理解度は未だ極めて浅薄である。少し込み入った作業になると、たちまちわからない。例えば何かの拍子に「OS再インストール必要」なんてことになったら、これはもう全くのお手上げである。考えてみれば、薄氷を踏むが如く状況でPCを使っているわけだ。あぶねいよ。

 ま、しかし、PCを趣味にするつもりはまったくないし、要するにHPBとブラウザとメールソフトと簡単画像処理ソフトとワードが使えればそれでOK、もしOSがぶっ飛んだら「ワシ、自分ではできんもんね」と開き直って流離いの旅人さんにオタスケをお願いしよう。彼は「性悪」だから、きっとココロヨクテイネイニオシエテクレルダロウ。

 僕にとってPCとは、オーディオをさらに面白くするための道具に過ぎない。あくまでもその「手段」の一つがPCなのであって、使うことが「目的」ではないのである。自分の望む作業が滞りなく遂行できる現状に満足している。次々に出てくる新しいハードやOSにはまったく関心が無い。

 特にわからんのはMS社が次から次へと繰り出す新しいOS、である。98SE、2000、Me(順番違ってるかな?)と来て、今度はXP。PCオンチのアッシにゃあ、もうナニがなんだかさっぱり、である。現状Win98を使っているが、少なくとも僕にはこれ以上必要ないと思えるのだ。フリーズし易い、使い勝手が悪い、という話はよく聞くが、あっ、そうか、僕なんかよりずっとヤヤコシイことをやろうとした時、Win98ではダメってことなんだろうなぁ。これも見当違い?

 現用のデスクトップ型を買い替えたりグレードアップしたり、ということはまったく必要ないけれど、ノート型PCはほしいと思う。何のために? 最大の目的は出先でHP更新、転送することである。単純明快。だからこれも最新型50萬円もするようなものはまったく必要ないのである。

 ハードもソフトもOSも、ひたすらに実用一点張り。これではどうやったって趣味にはならないのである。

’02/01/27 (日)

目の覚めるような


 「目の覚めるような音」と聞いてイメージするのは、どちらかと言えば「高域寄りで切れ込みの鋭い音」ではないだろうか。ソフトに喩えるなら彼の有名な「ベトナム」とか、或いは「パルクール」とか。

 初めて方舟へお邪魔した時、最も驚いたのはその音場感の凄さだったことは以前にも書いた。同時に超低域の力が圧倒的だったことも衝撃的だった。「目の覚めるような」超低域、そんなものが実在するとは、あの時初めて知った。以来、僕はそれ以上の超低域を自分のシステムで実現させるのを大きな目的にやってきたわけだが、そんなことが簡単に行くわけがないのである。

 晩年、方舟のサブウーファーはFW-208N×3発使用のSW-7に変ったが、僕が聴いて驚いた頃のSWはFW-220×2発のSW-5、或いはSW-5IIだった。20cmウーファー2発、しかもあのエアボリュームのある部屋で、何故あれほどの超低域再生が実現されていたのか、ネッシーの力によるところが大きかったとしても、それは「方舟七不思議」の内の一つである。

 以前先生は「30Hz以下の超低域再生を云々するようになったら、それはスーパーエキセントリックマニアへの第一歩である」と言うような意味のことをどこかに書いていらっしゃった。その伝から行けば先生は「ウルトラスーパーエキセントリックマニア」なのである。

 「方舟の超低域にはいつもながら圧倒されます」

 「でもね、この試聴位置では定在波の影響で20Hzが消えちゃうんだ。何とかしたいとは思うんだけど仕方ないね。ここで聴くしかないんだもん」

 「先生、フツーはね、定在波もクソもないんですよ。それ以前に20Hzなんぞマトモに再生すらできません」と言うと、

 「あっ、そうだね」と苦笑しておられた。

 方舟の超低域に揺さぶられて12年、僕のSWは大掛かりなものになってしまった。ここまでやって、最近ようやく「方舟の裾野」くらいには到達できただろうか。物理的に大きなものを使っているわけだから「低域の量」だけを見れば既に上回っているとは思う。最大の問題は「質」である。しかもそれは30Hz以下での話。そうなるとまだまだ、「裾野」というのもおこがましいかもしれない。

 超低域無間地獄は終らない。前途遼遠である。

’02/01/26 (土)

オーディオ原初体験


 久しぶりに一日お休みを頂いた。最近日誌を書くのが習慣になったらしく、休むと妙な感じである。と言いながら、いつまたスイッチ切れを起こすか分らないのだが。

 では、日誌を再開することにしよう。

 上の写真は小学4年の愚息がお年玉で買ったポータブルラジカセである。AIWA製、4,980円ナリ。安いような高いような値段だ。なんでも、友達の一人がこういうものを持っていて、使わせてもらったら面白かったのだそうだ。僕が小学3年の時に初めて買ってもらったラジカセもAIWA製だったのは、不思議な一致である。これを使って彼は今、盛んにオーディオ遊びしている。

 まずはラジオ放送を録/再してみる。それから、内蔵マイクで自分の声を録音して聴いてみる。だいたいの使い方が分ってきたところで、お気に入りアニメのテーマソングをテレビから録音する。ライン経由なんてシャレた真似はまだできないので、マイクをテレビのスピーカーに近づけ「みんな静かにして!」と、フリーズしたように録っている。友達のうちで「ピクミン」(御存知でしょ?)の歌を録音してきたりもしている。ウチには64もゲームキューブもドリキャスもPSもPS2も、何もないのである。

 まさに僕のオーディオ原初体験そのままである。これが昂じて現在のような有様になってしまったわけで、レベルとしては大した違いはないのである。似たようなモンだ。彼もオヤヂと同じくオーディオマニアへの道を邁進するのだろうか? そんなことはないと思う。昔と違い、今は選択肢が多いのである。彼が成人する頃、僕がやっているようなオーディオはすっかり絶滅しているだろう。

 ムスコが近所で何か新しいことをやってくれれば、オヤヂはそれに便乗して死ぬまで楽しめるだろうという、セコい目論見があるので、せいぜいいろんなものに興味を持ってくれ。身のまわりにあるもの全てが学習の対象なのだから。

 オヤヂと同じ趣味じゃあ、面白くないよ。

’02/01/24 (木)

行方


 オーディオは好きだがマニアではない友達から電話があった。曰く「以前、オマエのところで聴いたバックロードホーンSPの音が忘れられん。作ってクレ」などと、ヒジョーにワガママである。「図面やるから自分で作れ」と言ったら「作れん」という。

 僕はSP工作を嫌ってはいないが、人のために作るほど好きでもない。過去2回(ネッシーJr.とスワンa)だけ友達のために作ったことはあるが、自分で使うために作るのよりもずっと気を遣わなければならず、とてもシンドかった。だからそれ以来引き受けていないのだが。

 まあしかし、永い付き合いの友達である。今のシステムを作って以来永く工作していないし、ここらで一丁何か作っとかないと元々ヘボなウデがもっと錆び付くし、と自分を納得させて、今回は請け負うことにした。

 さて、「オマエのBH」ちゅうことはD-55を作らなければならないのだろうか。「ウチは狭いのであんなにデカいのは置けない。もうちょっと小さくてスゲエ音が出るヤツはないか」と更に自分勝手なことを言う。この辺でコメカミのあたりがピクピクしたが、ぐっとこらえて「んじゃね、D-37ってゆうのがあるからね、それにしようか?」と優しく寸法などを教えると「おっ、それいいね、それにしよう」とアッサリ決まってしまった。う〜む、こんなんでいいのかな〜?

 ちょうどリヤカノンLからリタイヤしたFE-168SSが手許にあることだし、これを付けて法外な値段と手間賃をぶんどってやろう。かな。そうは行かないんだろうケレドモ。デッドストックするには惜しいユニットの行方が決まって、よかったとは思う。

 「いつでもいいよ、気長に待つ」と、その辺は殊勝である。もし、音に文句を付けやがったら、さっさと撤収して僕が使おう。完成して音を聴いたら気に入っちゃって惜しくなり、「やっぱり自分で作れ」なんて言ったりして。ここのところ、仕事が忙しくて今すぐ取り掛かるわけにも行かない。完成はいつになるのだろう。「3年後」なんて言ったらさすがに怒るだろうな。

 困ったヤツだと思いながら、実は久しぶり工作できることを喜んでいるのである。ちゃんと作れるかな? それがいちばんの心配ダ。

 
〜閑話休題〜

 明日、明後日と京都市内へ出張します。1月25日付けの航海日誌はお休みし、1月26日付けから再開いたしますので、よろしくお願い申し上げます。

’02/01/23 (水)

春...?


 ではないはずだが。それにしても先日のフキノトウと言い、今年は春の花が早く咲くのである。昨年この「イヌフグリ」の写真を載せたのは3月1日だったから、やっぱり一ヶ月以上早いわけだ。まだ1月下旬ですよ。

 今日(1/22)はとても天気がよく、日本海側には珍しくカラっとした日だった。風はまだまだ冷たいが、日の光にはわずかながらも春の兆しが感じられる。ので、ナンボなんでも早いかなと思いながら裏庭を歩いてみたら、思いによらず沢山咲いていた。ちょっとビックリ。

 と言って油断はならないのである。おそろしい2月はこれから、節分のあたりがいちばんアヤシイ。せっかく咲いてくれたイヌフグリだが、雪でぺしゃんこにされるのはまちがいないだろう。天気予報でも週末から冬型になると言っているし。

 しかし、1月中にこれが咲くなんてえのはあまり記憶にない。昨年は「寒い冬の終りを告げてくれるようで」なんて書いている。3月1日ならそうだろうけれど、1月23日では早すぎる感じである。

 よく考えてみれば、節分(2月3日)が終れば翌日は立春なわけで、暦の上では春なんだな。春の節分(立春、立夏、立秋、立冬の前日すべてが節分である)だけが特別扱いされるのは、立春が一年の初めとされるからだそうだ。そう考えると春節分は大晦日にあたるわけで、よって追儺(ついな)の儀式として豆を撒き邪気を祓い、新しい年を迎えると、こういうことである。これは陰陽道の考え方(『鬼』なんて正にそうだ)であって、仏教的思想とは異質である。それはさておき、人間様の季節感より、野に咲く花のほうが良く知っているということか。気が付かなかっただけで、毎年今ごろから咲いていたのかもしれない。

 立春。その頃に大雪が多いのは、冬の悪あがきなのかしらん?

’02/01/22 (火)

何処行ったんだろう


 コンクリート箱からのページにも書いたが、D-55時代の箱船写真がどうしても見つからなくて困っている。撮っていないということは考えられない。何故って、「'93年12月システム全景」と書いたネガの袋だけは残っているのだから。袋があっても肝心の中身がないのである。

 ナンデかな〜、何処へしまっちゃったんだろう。あっ、もしかしたら本家方舟のどこかにポジがあるかも。あの頃は先生に見て欲しくてせっせと写真を送ってたからなぁ。

 しかし、見つからないものは仕方がない。継続して捜索することにして、ともかく「Concrete Box」話を先に進めることにするのである。するのであるが。

 上は昨日の更新で載せたものと同じ時の別アングル写真である。この時期になると基本的なレイアウトなど、今のシステムとほとんど変りがなくはっきり言って画的にはあまり面白くない。それにこれは'95年11月撮影、完成から既に2年が経っているわけだ。搬入直後の写真からイキナリ2年後、これではもう完全に「企画倒れ」である。かっこワル。

 機器搬入から2年間の画的空白。ページ企画を全うするにはこれを探さねばならない。何だか「ミッシング・リンク」みたいだな。

 そういえばsheffield labからそんなタイトルのADが出ていたっけ。ちょっとキタナイ写真になって恐縮だが、左のADである。「THE MISSING LINC」(米sheffield lab S10)。これは確か、シェフィールド最初期のダイレクト盤ではなかったか。早くに廃盤になり、再版が望まれていたにもかかわらずなかなか実現せず、一時相当なプレミア盤になっていたはず。僕の手持ちはもちろん後からの再発盤である。あるはずのタイトルが永い間失われていた。そこで
「THE MISSING LINC」となるわけだ。マヌケな僕の「写真がどっかいった」ちゅうようなハナシとは格が違う。そんなモンと一緒にしたら叱られるのである。

 「Concrete Box」。次の更新は何時になるのでしょう。

’02/01/21 (月)

ダシが決め手


 何のHPだかワカランなどと言いながら、今日もまたオーディオネタを無視してしまうのだった。

 僕は二枚貝を食べると体がカユくなる、つまり食物アレルギー気味なのだが、どういうわけか牡蠣だけは大丈夫である。なぜだかゼンゼンわからない。牡蠣も二枚貝の仲間のはずだが。

 というわけで、今が旬の牡蠣で牡蠣ご飯を作った。これがヒジョーに上手くいって美味かったので、うれしがって日誌に書いてしまうのである。

 まず、牡蠣を仕入れる。これは特にこだわる必要はなく、フツーに売っているものでよい。生食用、加熱用どちらでもよいが、生食用のほうが身がしっかりしていて美味しいような気はする。お米一合あたり100g程度の目算。それからダシを取るための昆布、花カツオ。ショウガひとかけ、醤油に酒、みりん。それに大根おろし。これは牡蠣の洗浄用である。

 以下は牡蠣600g、お米六合でのレシピである。

 ダシは前の晩から昆布二枚をを約1リットルの水につけておき、それを中火にかけ沸騰寸前に昆布を取り出す。そこへたっぷりの花カツオを入れ、グラッときたら火を止めカツオが沈むのを待ってキッチンペーパーかきれいな布巾で漉しておく。

 牡蠣を流水で軽く洗い、大根1本分のおろしで優しく、しかしよく揉む。おろしが薄黒くなってきたら一つずつ丁寧におろしを洗い流し、ボールに取る。

 約500ccの分量でダシを鍋にとり、醤油大さじ2、酒大さじ4、みりん大さじ0.5、ショウガひとかけを入れ中火にかける。このあたりの味つけはお好みで加減してほしい。沸騰しかかったら洗っておいた牡蠣を入れ、2分ほど煮る。煮上がったらボールに取っておく。煮過ぎると身が固くなって美味しくないので注意する。煮汁はあとでご飯を炊くのに使う。

 お米は少なくとも炊く30分前には研いでおく。1回の研ぐ時間を短く、4〜5回手早く研ぐ。ザルを併用し、研ぎ汁が米にしみ込まないようにしないとヌカ臭くなるので注意。冬の水は冷たく、シンゾウが縮んでハァハァするがガマンして研ぐと美味しいご飯が炊ける。イノチがけである。研ぎ終わったらザルにあけて水を切る。

 研いだ米を炊飯器に入れ、牡蠣の煮汁全部と残ったダシで水加減し、炊飯する。この時、牡蠣と一緒に煮たショウガは入れないのが基本だが、好みによって入れても問題はない。

 炊飯器が「蒸らし」になったらフタを開け、ボールに取っておいた牡蠣を放り込み混ぜる。混ぜたらフタを閉め、後は炊き上がりのサインを待つと、ほうら、美味しい牡蠣ご飯の出来上がり。

 炊きたてのアツアツをふうふうハフハフと頬張れば、そりゃあアナタ、極楽やおまへんか。おかずはあまり要らないと思う。あっさりした漬物(野沢菜漬けがよく合う)と味噌汁くらいで充分である。

 決め手はダシ。牡蠣自体の旨みもあるが、昆布とカツオで取るダシが極めて重要である。この工作...じゃなかった料理は、技術的にはまったく難しくないが手間がかかるのである。それを惜しまなければ、きっと美味しい牡蠣ご飯が食べられるはず。スピーカー工作と同じなんだな。是非お試しを。

 うまいぞっ。

’02/01/20 (日)

君子、じゃない


 ここのところオーディオから離れたネタが多く、何のHPだかワケが分らなくなりそうだったので、今日は元に戻そう。

 プロジェクターが留守なのをいいことに、中央のラックの天板に鎮座するのはC-280Vである。その下にはもちろんC-AX10、プリを2台も並べて一体何をするつもりだろうか。

 ちょっと悪戯したくなったのである。と言っても僕は大マジメで、ひょっとすると悪戯が本気になるかもしれない。但し、まだ実験の最中なので決定的なことは言えない。だが、久しぶりに聴くプリとしてのC-280Vの音は極めて強烈、この音こそが280V最大の魅力なのである。C-AX10との違いを、改めて思い知らされたのだった。

  「君子豹変す」という。すると僕は君子なのか? いや、とんでもない。そんなことがあるわけない。強いて言うなら、好奇心がやたらに強いただのオヤジ。目の前にいろんなものがあると、結果はどうあれ試せることは試してみないと気が済まないという、どうにも困ったヤツなのである。

 悪戯が悪戯のまま何も生み出さずに終るのか、あるいは新しい道が開けるのか、はたまた退化してしまうのか、今のところはどうなるかまったく分らない。

 この続きは機会を改めて報告...できるのかなァ?

’02/01/19 (土)

不思議な造形


 15日の日誌に書いたヒマラヤ杉のマツボックリから種が落ち始めた。実がデカいと、やっぱり種もデカいのである。種そのものもデカいが、それにくっ付いている羽がすごく大きい。フツーの松の実に付いている羽に比べ、面積で4〜5倍はありそうだ。薄くて軽い、けれども非常に丈夫にできている。

 実本体が倍以上の大きさがあるわけだから、それを充分に滑空させようと思えば当然これくらいの面積と強度が必要になるのだろう。つまみあげて手を離すと、実に気持ちよくクルクルと回りながら落ちてゆく。実の重さと、羽の面積、ピッチが絶妙にバランスしているのである。

 種に羽を持たせ、勢力拡大と子孫繁栄を狙う植物は取り立てて珍しいものではない。「進化の結果」と言えばヒトコトである。しかしこれを眤と見ていると、植物と動物が融合したようなこの造形が、如何にも不思議なものに思えてくるのである。

 種の形は正しく「松の実」であって、おつまみにして売られているものと良く似ている。やっぱりコリャ「杉」じゃないわ。こっちのほうが相当大きいケレドモ。こうなると、好奇心と食い意地の張った僕としてはムズムズしてくるのである。

 2〜3粒皮をむきゴマ煎り器で煎ることしばし、塩をふって食べてみた。はう〜、コリャダメだ。マツヤニの匂いがひどく、食感もニチャニチャしている。アクが強いのか、ヒジョーに苦い。はっきり言って食べられないものを食べたのだな。これは遺憾。

 だいたいが、大きいものほど大味でうまくないのがほとんどである。って、この場合はそーゆー問題でもないか。ラジオを聞いていたら、丹後半島の海岸に4mくらいのダイオウイカらしき生物が打ち上げられていたと言ってた。これも美味くないんだろうなあ。それとも話が違うな。

 残念ながら食うのには失敗したので、次は発芽に挑戦してみよう。もしうまく芽が出て苗ができたら、ご入用の方いらっしゃいますか?

 んなモン、誰もいらねえって。

’02/01/18 (金)

6400余の無念


 あの大地震から7年である。僕は1983年3月から'88年10月まで西宮市役所前の海清寺という寺で生活していた。5年半の間には、たくさんの知り合いや友達ができ、西宮は僕にとって大変思い出深い街である。

 地震直後、すぐに電話したが当然つながらなかった。やがてその惨状が明らかになってゆく。写真に見える庫裡、鐘楼、開山堂は全壊、本堂、山門半壊、禅堂は支柱が折れひどく傾いた。懐かしい時間を過ごした寺の倒壊を見た時、何ともいえない悲しみが襲ってきたのを今もはっきりと覚えている。不幸中の幸いは、寺の中での人的被害がまったくなかったこと。これは奇跡に近いことだった。

 その後、被害状況が更に詳しく伝えられるにつれ、複数の友人が亡くなっていたことが判明する。天災、しかも希にみるような巨大地震である。人知の及ばぬ災難とは言え、多くの人が大切な人を亡くした。その悲しみや如何ばかりか。

 当時海清寺住職だった僕の師匠(いわゆる『老師』である)はその時90歳。戦後荒れ果てていたこの寺を復興させ、今また危機に遭遇している。矍鑠たるお方だったが、さすがに心労激しいことだろうと見舞いに行った。

 「老大師、このたびはお大変でございました。お見舞い申し上げます」とお顔を見ると、
 
 「ナニおまえさん、大変なことなんかあるかい。90年も生きとりゃあな、いろんなことがあるんだよ。壊れたらもう一回建てりゃア良いんだ。寺を二回も建てられる住職は俺くらいのもんだぞ。こんなにありがたいことはないんだ」と、ニコニコ笑っていらっしゃる。お見舞いに伺った僕のほうが、逆に勇気づけられるような有様だった。

 良寛禅師は越後地震に遭った友人へ向け、

 「災難に遭うときは災難に遭うがよく候、死ぬる時には死ぬるがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候」

 と書簡を書いておられる。これは、決して諦めの言葉ではない。災難を災難と受け容れ、前向きに歩いて行くべきであると、教えられるのである。

 まさにあの時の老師は、90歳にしておそろしく前向きであった。恨みがましさなど微塵もない。ただ、今ある現状を真正面から見つめ受け容れ、あまつさえそれを有り難がっている。その老師も、今はもう逝かれてしまった。

 モノが壊れたことと、人の命が失われてしまったことを同列に語るつもりは、もちろん無い。6400余の無念は、今も多くの悲しみを深く静かに湛えている。遺された者は、これからもそれと向き合って生きて行かねばならない。辛いことだが、永い時間をかけてそれを受け容れ、前向きに歩いてゆこう。

 合掌。

’02/01/17 (木)

行っちゃった


 VPH-1252QJは、行ってしまった。ヴェテラン、若手の二人でやってきたエンジニア氏、ともかく様子を拝見と、フードを開けてクーリングファンの調子を見る。考え込むことしばし、「お客様の御要望は現場修理と言うことでしたが、これはここでは無理なようです」と。

 仕方ない、と言うよりも、この際却ってその方が安心ともいえる。無理をしてもっと壊れたら、それこそシャレにならないのである。

 予想されるトラブル個所は、と尋ねると「回路か、あるいは管ダウンの可能性も否定できません」という答え。もしも管が逝っているなら、RGBいずれにしても1本だけの交換ではグワイが悪い。3本総取り替えになる。そうなれば、修理代はハンパじゃないのである。どーすんのよ、アナタ。元値が高価なものを買ってしまうと、こういう時に困るノダ。分不相応とは、まさにこのことである。

 ここでどうこう言っていても、それは憶測でしかない。修理作業にかかる前に、判明した故障個所と必要経費を知らせて欲しい、と言って送り出した。

 話しを聞くと、1252QJは今のところ修理不能機種扱いにはなっていないそうだ。主要パーツはすべて揃っている。「必ず直しますから御安心ください」ということだった。もちろんそうでなきゃ困るのだケレドモ、僕の心配はほかにあるところがちょっと悲しいのだった。

 定位置にプロジェクターがなくなった後のシステム風景は寂しい。一日も早く戻って欲しいと思うが、少なくとも一ヶ月はかかるのだろう。一度エラーが起きるとそれまでの調整データはすべてぶっ飛んでしまうので、返ってきてしばらくは設置とレジ合わせに腐心することになる。

 それもまた楽し、か。

’02/01/16 (水)

暖冬か厳冬か


 再びイナカネタである。今日はとても暖かい日で、日中の気温は15℃くらいまで上がっていたようだ。天気そのものはあまり良くなく、ぼんやりとしてヌルイ感じの変な日だった。

 本格的な冬はこれからだと言うのに、外を歩くと何となく春の匂いがする。ので、まだ早いかなと思いながら箱船の周りを探してみたら、ありました、フキノトウ。2個だけ、しかもまだまだ硬く葉を閉じている。だが、今年は特に早いほうだと思う。昨年日誌にフキノトウを載せたのは2月19日だった。それからすると1ヶ月以上早いわけだ。やっぱり今年は暖冬なのかしらん?

 ちょうど一年前の日誌を見ると、70cm超の大雪に文句をタレている。今年は週間予報を見ても、今のところ大雪の心配はないようである。

 近年の冬パターンを思い返してみると、大雪の時期が、年々春方面へズレ始めているように思う。初雪が遅く、暖冬だと思わせておいて実は春近くになって厳冬がやってくるという、あまり嬉しくない型である。

 尤も、ほんの数年を見ただけでは何の証明にもならないわけで、ただ何となくそんなような気がする、程度のことである。しかし、フキノトウがこんなに早く顔を出すのは確かに珍しいことではある。春が待ち遠しい僕としてはとてもうれしいことなのだが、もう一方ではモドリが怖いのだった。

 自然の摂理からすると、冬は寒く雪も降らなければならないのだろう。けれども、そこで生活する人間にとっては、暖かい日が一日でも多いのは福音である。

 箱船の室内も、今日は15℃を下回らなかった。少し暖房を入れるだけでカンタンに20℃になる。こうなれば安心してADを聴けるのである。

 オーディオも暖冬と無関係ではないのである。

’02/01/15 (火)

巨大マツボックリ


 田舎ネタである。写真のブツ、一目で「ああ、あれか」と納得される方は何人いらっしゃるだろうか。少なくとも僕は、これを見たとき俄かには何だか分らなかった。

 直径は7cmくらい、長さ15cmくらいの巨大なマツボックリである。小学校の校庭にあるヒマラヤ杉が剪定され、切り落とされた枝から愚息がもぎ取って来たものである。正体は「ヒマラヤ杉のマツボックリ」だったわけだ。う〜む、僕は初めて見たぞ。

 ヒマラヤ「杉」なのに、どーして「松」ボックリ? これにはふか〜いわけがあるのだそうな。

 この木がヒマラヤから日本へ入ってきたのは、今から130年ほど前、明治時代のこと。松の仲間なのに、どうしたことか誤って「杉」と名付けられてしまった。幹を見ても葉を見ても、明らかに「松」なのだが、日本での正式名称はあくまでもヒマラヤ「杉」である。

 樹が若いうちは花も咲かず実(つまりマツボックリね)も成らない。樹高が10mを超え、年老いてくると実を付けるのだそうだ。余命幾ばくもないことを自ずから予感し、次の世代へ命を遺そうとするのだろう。それがこの巨大な球果(きゅうか)、つまりマツボックリである。

 写真では下のほうからウロコのような果鱗(かりん)が開き始めている。取ってきた直後はこれがぴったり閉まっていて、ますます正体不明の物体X的様相を呈していたのである。部屋に持ち込み暖房で乾燥し、開き始めたのだと思う。こうなって初めて「コリャ確かにマツボックリだわ」っちゅうことになったのだった。

 これが更に開くと、スキマから羽のついた種がヒラヒラと舞い落ちることになる。風に乗ってクルクルと回りながら遠くへ飛んでゆき、子孫繁栄を狙うと、こういうことである。

 前に書いたドングリみたいに、これも植木鉢で育ててみるかなあ。境内を巨木だらけにして、何するつもりなんでしょう。

’02/01/14 (月)

絶縁しない


 インシュレーター[insulator...絶縁体、絶縁器、碍子]。この意味からすると、上の金属製「インシュレーター」も、僕がCDプレーヤーに使っている石英ガラス「インシュレーター」も、インシュレーターではないのである。振動を「絶縁」するのが本来の役割りである。ADプレーヤーに使って効果的なエアクッションタイプ、或いは柔らかい素材で浮かせるタイプなどは、まさにインシュレーターといえるわけだ。

 金属やガラスなど、硬いものが振動を絶縁するとは思えない。そりゃあ何百トンという巨大な塊ならば可能かもしれないが、数g〜数百gのものでは不可能だろう。チマタで有名なブラックメタルなるものなら可能なのかな?

 いや、決してケチをつけるつもりで書いているのではない。要するに、硬い素材のものはインシュレーターにはならないということ。使い道を誤ると、思っていたのと正反対の結果が出ることもある。

 さて、プリを替えてからというもの、CDの音に独特の生硬さが出てしまった。GT-CD1の限界もあるのだろうが、これはひょっとするとセッティングにも問題があるのではないかと。疑われるのは、上にも書いた石英ガラスである。

 確かに優れた製品だと思う。明るく散乱し、粘り気がなく瞬発力のある音を好むのならば。けれども決して万能ではないのである。現用のプリは、どちらかといえばクールな感じ。そこへ更に石英ガラスのキャラクターが加わった結果が現状の音ではないか。

 と、思案しているだけでは面白くないので、ここは試してみるに限るのである。といっても各種素材を取り揃えているわけでもないので、手持ちの中から上の写真、TAOC TITE-46PIN を使ってみる。

 トンガリを下に向け、付属のSUS受け皿を敷く。これはなかなか効果があった。生硬さが取れ、音に深みが出てくる。低域の押し出しも少しではあるが良くなったようである。デメリットとしては、やや線が太くなり音像に滲みが感じられる。スピード感もやや後退、切れが鈍くなった印象はある。

 数と配置でもう少し追い込むことは可能だと思う。4本か3本か、3本なら前2後1か、前1後2か。トンガリを上にするか下にするか。受け皿を使うか使わないか、使うのなら付属SUSか、何か他の素材にするか。ナマケモノの僕のことだから、これら全部をテストしてみるほどの根気はないけれど、上手くやればいいところまでコントロールできるかもしれない。それでダメなら元に戻すだけのことである。

 こういうものは適材適所、使いようで毒にも薬にもなる。でも、ひょっとすると使わないほうがいいのかもしれないね。

’02/01/13 (日)

渺々たる音場


 ローをスルーに変更したSネッシー。低域が力強くなって良いことばかり、と喜んでもいられないようである。Sネッシーのローを切ってしまうことのメリット、それは混変調歪みを低減し中高域の切れや透明感を改善するだけではなく、音場再現性の向上にも大きく寄与していたのである。

 全体的にややクールな感じになるのは否めなくとも、ローを切った時のどこまでも見通せるような渺々とした音場表現には、捨て難い魅力があるのもまた事実。スルーに変更すると、それが僅かながら阻害されるのである。

 では、スルーで鳴らすことのメリットは低域の力感向上に限ったことなのか? 否、それがまたそうでもないから話はややこしくて楽しいのである。

 Sネッシーを鳴らしているアンプはアキュフェーズP-700である。Sネッシーと同時にリヤカノンLをマトリクス接続で鳴らしている。「Sネッシーのローをカットする」ということは、つまりパワーアンプへの入力信号段階で既にローカットになっているわけだから、リヤカノンLも諸共にローカットされていることになる。

 スルーになれば、リヤカノンLにも低域が出力されるわけで、それが実は意外に大きなキーポイントになるのである。

 確かに音場の透明感は阻害される感じは否めないが、リヤからも低域が出ることで却って本物っぽく聴こえる部分もある。どのように表現すれば良いのか言葉に困るのだが、やや誇張して「録音現場の気温や匂いまでが再現されるような感じ」と言えばおわかりいただけるだろうか。見通しの良さと濃密な空気感の再現は、綱引きの関係にあるようだ。

 この背反する二つのファクターが両立させられればいちばん良いのである。見通しが良く透明感があって広大で、しかも空気の動きまでが目に見えて表現されるような音場再生能力。一つの理想、夢である。

 本家方舟システムは、もう何年も前からそういう音だった。少なくとも僕が初めてお邪魔した'89年には既にそうだった。たぶん母屋のオーディオ時代からそうだったのだろう。ちゅーことは、音の差は機器の差、ではないことの証明でもあるわけだ。

 それではいったい何の差であるのか。部屋の差、と言えなくもないが、僕には「人の差」であるように思えてならない。現在の箱船システムは、'89年当時の方舟システム(HMA-9500II、B-2301L、PRA-200ZR、DCD-2000GL、オリジナルネッシー、SW-5、オリジナルリヤカノン)より数段デラックスである。にもかかわらず、音、殊に音場再生能力は完全に負けている、というより勝負にもならないほどである。これはもう人の差、腕の差としか言いようがないだろう。

 希望を含めてモノを考えれば、現在の機器のまま僕自身が進化すれば本家の音を超えられる「可能性」はあるわけで。だがしかし、言うまでもないことだが、僕如きが先生を超えられるはずも無い。オマエなんか一億年早い、という話である。

 可能性を信じるのは自由である。ともかく優れた機器を無駄にしないよう、自身のバージョンアップを心がけたいと思うのだった。

 優れた機器も使い手次第。

’02/01/12 (土)

アニソンの名曲


 なんだか流離いの旅人さんの「本日の一家言」みたいなタイトルだが、正しくアニソンである。「テッカマンの歌」。

 僕はアニメマニアではないが、子どもの頃は当然アニメ(その頃は『アニメ』なんて言わず『テレビマンガ』ってゆってた)が好きだった。1961年生まれ、いわゆるウルトラマン、仮面ライダー世代である。この2作は実写ドラマ仕立てだが、マンガとしては古いところで「鉄腕アトム」「鉄人28号」「エイトマン」「ワンダースリー」「マッハGO!」「宇宙エース」「ハリスの旋風」、ちょっと新しくなって「みつばちハッチ」「科学忍者隊ガッチャマン」「人造人間キャシャーン」「ヤッターマン」「けろっこデメタン」(これ全部タツノコプロだな)、その辺りかな「テッカマン」も。

 アメリカからの輸入アニメも面白かった。指輪を合わせると「パパラパー」と言って出て来る「大魔王シャザーン」、「オーリンーピアー」とポーズを決めて飛んでゆく「マイティ・マーキュリー」、毎回お腹を抱えて「あはははは」と笑う「フィリックス君」、「トムとジェリー」「ポパイ」「スーパー・スリー」「ドラネコ大将」など。他にもいっぱいあるけれど、止まらなくなるのでこの辺でヤメておこう。

 アニソンと侮ってはイケナイ。良い曲があるんですよ、これが。上に挙げたアニメ主題歌の中では「マッハGO!」、「ガッチャマン」などが好きである。「けろっこデメタン」の「けろっこデメタン おまえが泣けば 虹のお池が雨になる」という歌詞で始まる主題歌も、物悲しくて好きだった。「ハッチ」も嫌いではないが、曲も物語りも悲しすぎる感じ。見ると泣いてしまうので親の傍では見られなかった。

 その中でも突出してかっこいいと思ったのが「テッカマン」のオープニング主題歌である。このアニメ、毎週楽しみに継続して見たという覚えがないにもかかわらず、どうしたことか主題歌の印象だけがヒジョーに強く残っているのである。1975年頃のアニメだから僕は中学生、すでにアニメ離れしていたのだろう。それでも悪玉の「ワルダスター」、脇役の「アンドロー・梅田」という人を食ったような名前は覚えていて、ちょっと笑ってしまうのである。とにかく曲にスピード感があり、歌詞のリズムが良く、個人的にはアニソンの名曲だと勝手に決めている。

 アニソンといえば流離いの旅人さん、というわけで、昨年この曲が入ったCDを捜していただいたのだった。さすがと言うべきか、すぐ手に入ったわけだが今回は「お年玉です」といって同曲のEP盤を贈ってくださった。ありがとうございました。

 歌手は水木一郎(水木しげるじゃないよ)である。旅人さんに探索をお願いした時「確かささきいさおが歌ってた...」と言ったら「違います! あれは水木一郎です!」とキツイお叱りをいただいてしまった。閣下と間違えてはイケナイのである。どーもスビバセン。

 曲はやはりカッコイイのである。HELIKONで聴いたらスピード感がさらに上がって、というようなことはなく、かなりうるさい音になってしまった。

 オーディオ的には、ちょっとキビシイみたいだね。

’02/01/11 (金)

スーパーネッシーは全域で


 C-AX10を導入して以来、その冴え冴えとした中高域には大満足してきたわけだが、低域の力感と押し出しにはちょっとばかし物足りなさを感じてきたのだった。スーパーネッシー(以下Sネッシー)の低域を切っていることもあろうが、ともあれ焦らずエージングを待とうとここまで3ヶ月強使ってきた。

 その甲斐あって硬さやトゲトゲしさはかなり改善され、随分とスムースになり艶も出てきた。だが、低域は初期に比べ益々スマートになって行くような印象で、これは思惑通りにはならなかった。

 エージング完了と言うにはまだ早いかと思うが、ここに来て少しくいじってみることにした。調整し得るパラメーターは多い。あれもこれもとやっていると、そーゆーことに弱い僕としては何が何だかわからなくなってしまう。ここは基本に還るとして、サブウーファーの設定はそのまま(70Hz・-96dB/oct)に、Sネッシーの低域をスルーにしてみる。操作は極めてカンタンである。写真のようにスロープ特性の設定を「0」にするだけのこと。こうしておけばカットオフ周波数の設定如何にかかわらず、Sネッシーの低域はスルーになるのである。

 これは非常にうまくいった。使い始め当初、この設定ももちろん試してみたのだが、その時よりもずっと良くなっている。何故だかわからない。アンプもスピーカーも、生き物だということか。

 ただし、このままでは低域にアバレが出ているようで、ソフトによっては違和感が強いものもある。それならばとサブウーファーの位相を反転させる。これまでSネッシーに対して正相だったものを逆相にしてみたわけだ。これでほぼOKである。

 失われていた力感と押し出しの強さが戻ってきた。いちばんの違いは空気感である。オルガンやグランカッサが空気を揺さぶっている感じが良く出るようになった。T・レックスの足音では鼓膜が強烈に圧迫されて気持ちイイ。クラフィンス・ピアノの低弦も厚く豊かに、しかもモタつかずに出てくる。

 やはり共鳴管システムが再生する超低域の効果は相当なものだと、改めて実感したのである。BHやバスレフシステムではどうやっても出せない世界がある。この辺りが、僕のネッシーに対するこだわりになるわけだ。

 Sネッシーの低域をスルーにすることで、確かに混変調歪みが増え、中高域には歪みが乗ることになる。だが、そのデメリットを承知の上でも超低域を得るメリットは大きいと、僕は感じる。

 聴き手によってはこの超低域の豊かさを「ボーボーゆってる」と感じたり、「ゆるい低音」と感じたりするのだろう。僕の耳にはどうしてもボーボーゆってるようにも、ゆるいようにも聴こえないのである。好みや考え方は十人十色、だから面白い。

 しばらくは、というより、これからは基本的にこの設定で行くことに決定。ヨカッタヨカッタ。てなことを言いながら、3ヵ月後には「やっぱりSネッシーの下は切らなきゃダメだよ、オマエ」とかゆったりして。

 いい加減してますな。

’02/01/10 (木)

診断は16日


 メーカーから再度連絡あり、PJ修理訪問は16日(水)の午後と決まった。予測されるトラブルはどうだと訊いてみたら「詳しくは拝見しないと何ともいえませんが、一応こちらからは放熱ファンの代替品を持参します。5〜6年がファンの寿命でして、これがダウンすると電源が入りません」ということだった。

 う〜む、実際に故障の瞬間に出くわした僕としては、何となくファンのトラブルとは思えない感じはするのである。そーゆー切れ方ではなかったような。もっと重大な不都合が起こっていそうな切れ方だった。と言ってもこれはドシロウトのいい加減な勘である。ファンの交換で症状改善できればそれに越したことはない。ファンが新しくなれば、運転音が少しでも静かになるかもしれないし。ファンだけで直るかなぁ。

 久しぶりにこうしてフードを開けてみると、あらためて三管式PJの凄さが実感できる。腰の低いヤクザが本性を現したようなブキミささえ感じるのだった。巨大メーカーがこんなものを製造販売し、しかも万全のサービス体制を維持するのは、さぞ大変なことだったろうと思うのである。

 仮にメーカー引き上げとなった時、何がカナワンかと言ってその搬出と搬入である。重い(約65kg)くせに全体的に脆弱さを感じさせる機器である。動かすたびにどこかが壊れそう。どちらかと言えば搬入のほうがイヤかな。ポンと置いてそれでOKというわけには行かないからである。一度動かした三管PJの再設置は、またイチからやり直さねばならない。ラックの側にマーキングしておけば問題ないかというと、それがそうでもないのである。

 もしそうなったら、これまで以上に正確な設置をする努力ができるということで、逆に喜ぶべきなのかもしれない。こういう機会がなければ、絶対やらないだろう。

 約6年ぶりの再設置は、またマニュアルと首っ引きの作業である。その手間を厭わず、却って楽しんでしまうことこそ、マニアの証しなのかしらん?

’02/01/09 (水)

ドロイドみたい

 正月中の寝不足が祟ったか、昨日の晩は踏ん張りが利きませんでした。「エピソード I 」の「指令船を破壊された時のドロイド」みたいにカクンカクンになってしまったのでした。

 おかげさまで、13時間の惰眠を貪れたのだった。ノウミソが溶けるのである。これでまた、しばらくはもつかな?

’02/01/08 (火)

妙な一致


 プロジェクターがダウンしたと思ったら、今度は照明の白熱球が切れた。視聴位置の真上にある一個である。電球一個くらいなら別段どうということはない。けれども、何だか妙な一致だと思う。

 電球や蛍光管などが同じような時期、一斉に切れ始めることはよくあることだ。個体の寿命が似たようなものだからだろう。だが、PJとは無関係である。

 箱船の照明を蛍光管から白熱球に換えたのは、本家方舟とほぼ同じ時期である。ある日突然長岡先生から電話があってのことだった。

 「もしもし長岡です。方舟のね、照明を白熱球に換えたんですよ。そしたらね、音が凄く良くなっちゃったんだ。ノイズが減ってね。お宅も蛍光管でしょ。 もう換えた? まだなの。じゃあ換えてごらんなさい。良くなるから。それじゃ」

 要件のみの極めてシンプルな電話だった。確か'98年の11月だと思う。ちょっとビックリした。そうか、僕なんかに電話下さるくらい良くなるのかと、早速交換することにしたのだった。さて、傘型ランプシェードは鳴きそうでイヤだし、と言って裸電球を吊り下げるのも趣味ではない。カタログからいろいろ考え、結局ガラス製ボール型のシェードを選んだ。鳴きはゼロではないが、フチがフリーになったタイプよりは良いだろうと。

 それから一月ほど経って方舟へお邪魔し、照明を見て、あっとおどろくタメゴロー(死語)。なんだこりゃ。裸電球がぶら下がっているではないか。ナス型球ではなくボール球だったけれど、それでもこりゃナイでしょ先生、と言いたかったが黙っていた。当たり前なんだな。如何にも長岡先生らしいのである。

 爾来3年と少し、幾度か球切れはあったが写真の位置が切れたのは初めて。これはもう切れても仕方ないのである。天寿をまっとうしたわけだ。ただ、PJトラブルのこの時期に切れて欲しくなかったとは思うが。

 買い置きの球が幾つかあるので即交換した。プロジェクターもこれくらいカンタンに直れば良いのだけれど、もちろんそうは行かないのである。

’02/01/07 (月)

クレマンシックだ


 正月からプロジェクターが休眠してしまって愉快でない気分になっていたら、レコード屋さんからADが届いて少しく愉快になった。

 年末に入荷の連絡があった仏ハルモニア・ムンディのタイトルである。全部で5タイトル。内容は、古楽であるということ以外はっきり言って良くわからない。んじゃいったい何を以って注文したのだ?

 5タイトル全て「クレマンシック・コンソート」の演奏によるADである。つまり、僕の注文が「仏HMから出てるクレマンシック・コンソートのタイトル、あれば全部欲しい」というヒジョーに乱暴なものなのである。だから自分でも内容がどんなモンかわからないまま買っているわけだ。なんちゅうエエ加減なことやってるんでしょう。

 クレマンシック・コンソート。長岡先生のA外セレ、あるいはレコード漫談などをお読みの方なら一度はお耳(目?)にされたことのある名前ではないか。A級外セレ第1番「ロバの祭り」、同147番「カルミナ・ブラーナ」などを演奏している、ルネ・クレマンシック率いる古楽グループである。

 仏HMからはかなりの数のタイトルが出ているようで、とても追い切れるものではない。しかし、できる限り集めて聴いてみたいと思うのである。

 かの有名な「グレゴリオ・パニアグワ/アトリウム・ムジケ」ほど派手ではないが、心に沁み入るような彼らの演奏が僕は大好きである。しかも録音も良いとくれば、これは買わずにいられない。但し、選曲は非常にマイナーで、フランス語やラテン語で書かれた解説を読んだって何のことだかさっぱりわからない。わからなくても良いものは良いわけで、僕は充分楽しめるのである。

 今回届いた5タイトルのうち、先生が紹介されているのは「トゥルバドゥールス」というレコードだけである。これは確かレコード漫談で紹介されていたはず。オケゲムのレクイエム(正月からレクイエム!)があったので、それをちょっとだけ聴いてみたが、録音は大変良かった。音に伸びと艶と透明感があり、エコーがとても綺麗である。切れも良い。このレコードには小鳥のさえずる声がはっきりと入っている。曲間になるとよりいっそう鮮明に聞こえ、これがまたなんともいえない雰囲気をカモシ出すのである。

 ジャケットはフレスコ画などの一部を使い、重厚で深みがあり美しい。一脈音に通ずるものがある。魅力的である。

 しばらくは映画が見られないけれど、その間これを聴いて楽しむことにしよう。クレマンシック・コンソート。

’02/01/06 (日)

お持ち帰り


 PJを買った販売店の対応は早かった。昨日の夜中にお店へメールを打ったら、今日の午前中にはメーカーから電話があった。早速に取り次いでくれたのである。

 週明けには技術者を送り込み、ともかくも故障状況を調査したい。結果、可能であれば設置状態のまま修理する。それが無理なような故障ならば、本社工場へ引きあげたうえで修理する、ということだった。まずまず納得できる対応に安心した。あとは、よく解った技術者さんの来訪を望むばかりである。お願いしますよ、ソニーさん。

 プログレッシヴ入力ボード、色差入力ボードの両方を外し、もう一度だけ電源投入してみる。やっぱりダメである。

 残念ながら僕はPJ関係の知識に浅薄である。どこがどうなってこうなったのか、まったく予測もつかない。takechanさんから御丁寧なメールをいただき、いろいろと御教示いただいた。そのほかにも御心配のメッセージをいただいている。ありがとうございます。

 「管が逝っちゃってるかも」なんておどかされているが、実際その可能性も否めない。週明けまでは医師の診断を待つ患者のような気分である。

 この際だからと電磁管(たとえばG70)へのグレードアップも薦められるが、確かにそれも選択肢の一つになるとは思う。思うがこの1252は使い始めてまだ6年にもならない。実働1,400時間程度である。G70は既に新品では入手不可能、G90は天文学的数字で現実離れしている。個人輸入という手もあるが、僕にはそれほどの熱意がない。

 ということで、今回は何が何でも直ってもらわなければ困るのである。購入設置以来、一度もトラブルがなかったせいか、PJは故障しないという勝手な思い込みがあり今回はちょっと面食らっている。いろんな方にお話をお聞きすると、どうも三管式は故障するものと思っていたほうが自然なものらしい。ウチのようなケースのほうがレアなのである。

 早く直して、まずは「ハムナプトラ2」、「ハンニバル」も見たいのである。

’02/01/05 (土)

トラブル


 昨日は雪への私怨をぶちまけてしまい、誠にシツレイいたしました。どうか平に御容赦ください。

 そーゆーことをやってしまったバチが当たったのだろうか。トラブルである。「ハムナプトラ2」を見ようとプロジェクターのスイッチを入れ、20分間ウォームアップし本編を見始め、冒頭の群集シーン、おお、なかなか解像度が高いではないかと感心したその時。パチッと音がして画面がまっくろけに。あれ? 何コレ。一瞬何が起こったかわからない。あっ、プロジェクターの電源が落ちたんだと気が付いたのはややあってからだった。

 こういう状況は以前にも経験している。プログレッシヴ入力用インターフェースボードを初めて挿した時の状況に似ているのである。初期のボードは1252対応がうまく行かず、再生を始めて15分くらい経つと電源が落ちてしまっていたのである。もちろんメーカーに改善してもらったが。

 プロジェクター本体のインジケーターは[STAND BY]を表示している。ここは慌てずともかく一旦メインスイッチを切り、もう一度初めから電源投入してみる。ダメである。試しにボードをハイヴィジョン入力用に差し替えて(実はこのボードでも一応プログレッシヴが再生できるのダ)リトライしてみるがやっぱりダメ。ボードが原因ではないようだ。本体のトラブルらしい。これ以上ドシロウトがいじくると更に状況を悪くしそうなので、あとはプロに任すことにする。

 さて、修理といってもどうするかな。メーカーに出すにはこれを動かして梱包し、送らなければならない。一人ではとても無理である。それ以前に、動かすのはイヤダ。できれば技術者にここまで来て欲しいと思う。思うがそれって現実的かしらん? こんなイナカまで来てくれるような良く分った技術者がいるのだろうか。ソニーは三管PJから撤退したしなぁ。う〜む、これは困った。

 困ってばかりでは話が先に進まないので、先ずはこれを買った近くの電気屋さんに相談してみるのが順当である。多少値引率が低くても、こういう時は近くで買っておいて良かったと思う。

 そう言えばメインに使っていたHMA-9500IIがぶっ壊れたのは'97年の正月だった。1252は'02年の正月。どうも僕の正月はトラブル付きで、ちっともめでたくないのである。

 日頃の行いが悪いんだよ、オマエは。

’02/01/04 (金)

40cm


 この冬初めてのまともな積雪だが、もうほんっとに雪は要らん。大嫌いだ。この辺りに降る雪は非常に重く、ご覧の小さな除雪機ではまったくのパワー不足である。雪を巻き込む前の部分にまたしては詰まってしまう。少し進んでは雪を取り除き、の繰り返しである。僕はもうアタマにきてしまいました。

 非建設的な作業である。得るものなんか何にもナイ。まったくの時間浪費。今日もたっぷり3時間、それでもかなりエエ加減な仕事なのである。ああもうイヤダ。といってほっといて困るのはオノレであるだけに、余計に腹が立つのである。くっそ〜。

 あんまりけったくそ悪いので、雪掻きが済んでから近くのCD屋さんへ行ってDVDを5枚買ってやった。どうだこのやろう。って、誰に言ってるんでしょう。

 今日(1/3)で雪の峠は越えたらしいので、多分明日は非建設的時間浪費作業無しで行けるだろう。買ってきたうちの一枚「ハムナプトラ2」をゆっくり観よう。

 なんだか正月という気がゼンゼンしないのは、やっぱり雪のせいだな。見た目は綺麗で良いんだケドね。

’02/01/03 (木)

大雪になる


 今回は本格的である。小一時間で約10cm。これは大雪になる降り方だ。写真を撮ったのは午後3時過ぎ、現在午後8時、積雪30cmである。写真が何となく煙ったように見えるのは降雪のせいだ。今も非常によく降っている。明日の朝までに80cm、というのは天気予報のオネエサンが言ってたこと、実際にはそんなに積もらないと思うがそれでも50cmくらいにはなるかもしれない。雪掻き絶対必要である。 ....イヤだなぁ....。

 ま、しかし、雪掻きさえしておけば明日からは少し休めるし、降り込められたということでゆっくりオーディオできるっちゅうことでもあるわけだ。どこへも出かけず箱船に篭るか。

 そういえば去年もこの時期雪が積もったな。げんきまじんさん宅でOFF会があると聞き、お邪魔する予定にしていながら雪でNGになったっけ。やっぱり冬の約束は、しないほうが無難なようだ。

 ついさっき、永くご無沙汰の友人から「正月休みなので明日遊びに行きたいんだけど」と電話があった。好天なら何の問題もなくOKだが、これではどうにもイケナイ。彼はスタッドレス・タイヤなんぞとはまったく無縁の阪神間住人である。もちろんチェーンなんか持ってもいないだろう。そのようなヒトがやって来ようものならたちまち立ち往生、はっきり言ってイノチ懸けである。何処かのマヌケみたいに大江山の与謝峠で溝に車をハメるのが関の山。残念だ。

 箱船に引き篭もり、したいことはいっぱいあるのだが、たぶんその一割も実行せずにタラ〜ンと音を聴くばかりで終りそうな気がする。

 近頃時間を気にせずに音を聴くということがあまりなかったので、それも良しとしよう。

’02/01/02 (水)

選択肢


 昨日のほぼ全徹夜がたたってヒジョーに眠いので、今日は簡単になることをお許し願いたい。

 GT-CD1の後釜に困り、いろいろ考えている。新しくすることばかりに気を取られ、現在D-Dでプリと繋いでいるDVD-H1000でCDを聴くのを忘れていた。プログレッシヴDVDプレーヤーとしては既に古くなった感じだが、CDプレーヤーと考えればGT-CD1に比べ随分と新しいわけである。

 結果は上々。切れ込み、音のエッジ、スピード感などはやや甘くなるが、キメの細かさ、低域の厚み、音場感、ハイの伸びなど、多くの点でH1000が優っている。なるほど、ここでもまたディジタル進化の現実を突きつけられることになったのだった。あるいはGT-CD1が考えている以上に経年劣化しているのかもしれない。

 写真でご覧いただく通り、今H1000はMDP-999の上に載っている。この状態で真価を発揮しているとも思えない。他に置くところもなく、仕方無しにこうしていたわけだが、この際きちんと設置してみようかという気になっている。

 H1000でしばらくシノぎ、新しいプレーヤー、或いはトランスポートの登場を待つのも一つの手かと考えるのである。

 GT-CD1は箱船博物館で、CDX-10000の隣に並んでもらうかな。

’02/01/01 (火)

年頭ご挨拶


 あけましておめでとうございます。2002年、皆さんにとって素晴らしい年でありますように。

 さて、僕の大晦日から元旦は毎年除夜の鐘に終わり除夜の鐘に始まるのである。31日23時45分から撞きはじめ、1/4ほど撞いたところで新年になる。このサイクルは西宮にいる頃から続いているので、かれこれ19年くらいになるわけだ。

 撞くのにヒッシで新年を迎える感慨などはナイというのが正直なところである。今日の早朝からは年始の接客に忙しく、ヤレヤレとお正月を味わうのは3日以降。オマエの仕事はサービス業の一種だと言われたことがあるが、確かにそういう一面があることを否めないのである。

 そういうわけで、僕のオーディオ事始は3日か4日くらいになるだろう。今年もまた落ち着きのないことになりそうな予感がする。

 懲りずにお付き合いのほどを、よろしくお願いしたいのである。