箱船航海日誌 2009年12月

日々雑感、出来事などを思いつきに任せて綴っていこう

過去の日誌コンテンツ

’09/12/31 (木)

回顧と御礼


 2009年大晦日である。恒例に因ってこの1年を振り返り、あわせて皆様方には心よりの御礼を申し上げたいと思う。

 まず、オーディオである。劇的変化は、なかったと言える。満3年を過ぎたスーパーネッシーMkIIはすっかり安定し、名実共に箱船のメインスピーカーとなった感が強い。もちろん、ここで向上が止まったわけではなく、今後もさらに良くなって行くと思う。

 ハード面での変更と言えば、ADプレーヤー2号である。キャビネット、アームを変更し、使い様にも多少の工夫を加えた。さらに、得難いご縁と有り難いご厚意によって、SUS-TTという強力なパーツを導入でき、質の飛躍的な向上を見たのは、今年最高の出来事だったと感じている。

 2009年はオーディオにおいてもオツトメにおいても、多くの方々からいただいたご厚意、ご親切のありがたさを、ひときわ強く感じた年でもあった。これは、特に強く深く心に留め置かねばならないことだ。皆様方、ありがとうございました。

 webに関しては、どうやら「航海日誌だけ365日皆勤」を実現することができ、これには大変安堵している。2006年以来3年ぶりである。内容については、何とも申し上げようがない。9年間、いささかも変わらぬ駄文の羅列である。そこのところは、どうかご容赦をお願いしたいのである。

 斯くの如くwebページに、今年もたくさんのご閲覧をいただき、唯々御礼申し上げるばかりである。本当に、ありがとうございました。

 満10年へ向け、例によって愚直に続けて行くばかりではございますが、2010年も何卒よろしくお願い申し上げる次第にございます。

 良き新年をお迎え下さいますことを、心より祈念致します。

’09/12/30 (水)

過分なる評価


 写真は、拙システム2000年頃の接続状況である。6NCuケーブルだらけだ。現在は、ADP1号のフォノイコライザー → プリアンプ間、ADP2号のヘッドアンプ → プリアンプ間、の2ヵ所に使っている。

 今回、友達宅での試聴は、プリアンプ → パワーアンプ間をつないで行われた。WAGC302導入前までは、僕も使っていた経路である。送ったケーブルの長さは87cm、何だかヒジョーに中途半端な寸法だが、却ってそれがピッタリの長さだったと聞き、大いに安心した。

 つないだ直後の試聴は避け、CDにリピートをかけ半日間のウォームアップ後に本格的な試聴を実施する、という、大変丁寧な方法を採っていただけたようだ。ありがたいことである。以下にそのインプレッションの一部を引用する。

 「情報量だの繊細感だの、そう言う次元ではない音である。初めてC-280V・HMA-9500IIを聞いた時の時のショックに通じる。非常に生々しく、音場感最高、透明でシャープに切れ込むが、耳障りな感じはまったくない。情報量がやたらに多い。特にマトリックス接続では広大な音場が展開する。すばらしいコードである。エージングで、さらに音質等が向上する事は間違いない」

 過分な評価である。僕がこのケーブルに感じているメリットと、ほぼ同等の印象を持って聴いていただけたことは、大いに意味がある。しかも、友達のシステムに音の向上をもたらしたとするならば、これに優る喜びはない。ああ、ヨカッタ。

 2009年を締め括るイベントとしては、最高の結果になったと思う。来る新年も、気持ちよくオーディオを楽しめるのである。終り良ければすべて良し。

 心から御礼申し上げます。ありがとうございました。

’09/12/29 (火)

接続無事


 23日に発送した自作6NCuケーブルは無事友達のもとへ到着し、既に試聴段階に入ったと連絡があった。

 まず、僕が安心したのは、問題なく機器間を接続していただけたことである。メーカー品ならともかく、アマチュアの自作品である。どのようなトラブルがあるか、わからないのだ。

 上の写真は、僕のシステムでの接続グワイである。このように、自分で作ったものを自分が使って、結果壊したところで(現状壊れてはいないが)何ら問題はないものの、友達のシステムとなれば話は違う。無事でヨカッタヨカッタ。

 友達からのインプレッションは、また明日。

’09/12/28 (月)

ご縁の賜物


 今年1月1日の日誌に「アナログプレーヤーのキャビネットを新調する」と書いた。ADP1号、2号、両方とも新調したかったのが本音。そう上手くは、行かないのである。

 けれども、キャビネットだけにとどまらず、総合的に強化できたADP2号には、大いに喜んでいる。1号とはまた違った個性を持つプレーヤーとして仕上がりつつあるのが、個人的には大変嬉しいことなのだ。

 思えばこの2号は、多くの方のご厚意とご親切のおかげさまで出来上がったプレーヤーなのである。キャビネット、フォノモーター、アーム、スタビライザー、SUS-TT、TTプレート、すべて極めて得難いご縁あって揃ったものなのだ。ここに改めて御礼申し上げたい。ありがとうございました。

 なればこそ、僕はこのプレーヤーを今後も大切に使って行こうと、思うのである。現状、完璧に使えているとは言えず、まだ伸び代はあるはず。折に触れ、ここで報告したい。

 来年も、僕のオーディオはAD中心になりそうである。

’09/12/27 (日)

エアコン不調


 16年間トラブルなしに働いてきた2階のエアコンが、この寒い時期になって不調である。ユニットエラーで暖房効きません。

 ここ2〜3日は寒さが緩んでいるから、ファンヒーターだけでしのげている。次の寒波がやってくれば、ちょっとキビシイのである。はやり、修理しないと遺憾だろうなあ。

 今年は、プロジェクター、車(車検)、除雪機、エアコン、その他諸々、やたらメンテナンスに出費が嵩む年であった。そういう年回りだったのだろう。使うために買う、使えば傷む、傷めば修理する、というわけで、ある意味、自明の理なのである。

 エアコン修理依頼は、お正月明けにしよう。

’09/12/26 (土)

発熱


 昨夜、突然の発熱あり。37.9℃。すわ、インフルエンザか、だとしたら何ともヤヤコシイ時に罹ったものだと、ともかく解熱剤を飲んでさっさと寝てしまった。

 今朝、起きてみたら、熱はすっかり下がっている。平常どおりである。何となく体の切れが悪いような感じはあるものの、まずまず元気だ。昨夜の熱は、何だったのだろうか。

 何かと慌しい年末である。来年1月3日までは、どうあっても寝込むわけには行かない。どこかに不グワイがあるのかもしれないから、ちょっと気をつけておこう。

 どうも冬には弱くていけません。

’09/12/25 (金)

初期型


 写真は、手許に残っている中で最も初期型に近い6NCuケーブル、Type3である。今回、友達へ送ったものはこれの改良型、Type4になる。「6NCuコード」のページで紹介しているのも、Type4である。

 3と4の違いは何か。まず、ピンプラグが違う。3はハンダ接続仕様のWBT-0101(現行製品)である。これはこれでたいへん優れたプラグだが、どちらかと言えば縒り線向きである。強いテンションがかかり易い単線にはやや不向きと判断し、4ではネジロック仕様のWBT-0108(こちらはディスコン)に換えた。

 もう一点、シース(外被)の構造が違う。自己融着テープの巻き回数が2回分少なく、4では隙間なく巻いてある鉛テープは5mm程度の間隔をあけて巻いている。前者は外径が太くなり過ぎることを懸念して、後者は曲げにくくなることを避けるため、だった。

 結果出来上がったType3は、やや細身で重量も軽いものとなった。鉛テープの巻きに間隔をあけた所為で、表面がデコボコしルックスはイマイチ。特に曲げ易いとも言えない。芯線とプラグの接続部はホットメルトでガッチリ固めた、とは言え、いつハンダが外れるかワカランという疑心暗鬼を拭い切れなかった。

 その不満を解消すべく、Type4へ進んだわけである。実際に作ってみると、3よりもルックスは良く使い勝手は同等。肝心の音は明らかに向上した。但し、製作は実にメンドクサイことになってしまったのだが。

 この後、シースは同構造のままに、芯線に縒りをかけたType5を一組だけ作り、以来、僕はケーブル自作をしていない。もう10年くらい作っていないと思う。材料はまだ残っているし、久しぶりに作ってみようかしら。

 などと、アテにならないことを考えている。

’09/12/24 (木)

迅速


 クリスマスクリスマスと草木も靡く。ウチでも数年前までは、サンタさんだプレゼントだと、ちょっとしたイベントだった。お寺のクセに。

 今では愚息ドモが大きくなってしまい、ずいぶんと静かなものである。ツリーを飾るのもプレゼントを用意するのもメンドウだったけれども、過ぎ去ってしまえば一抹の寂しさを禁じ得ない。勝手なものである。

 予定通りに行けば、来春、愚息1号はこの家を出て行くだろう。さらに2年後には2号もいなくなる。そうなると、今よりさらに静かになるわけだ。このwebページを始めた頃は、7歳と9歳だったのに。

 時が過ぎるのは速く、人生は短い。

’09/12/23 (水)

ナンギなケーブルですが


 故あって、友達の許へ送ることになった自作6NCu単線ケーブルである。このように梱包した写真では何だか格好良く見えるわけだけれども、実物を具に点検すればやはり「自作」の域を出ない。

 音云々はともかくとして、非常に使いにくいケーブルである。FOSTEXのWAGCシリーズほどではないにしろ、硬くて曲げ辛い。芯線は基本的に2芯平行線(Fケーブルに同)なので、曲げには方向性がある。機器間をつなぐ前に、充分なフォーミング(型作り)が必要である。片方に挿してから無理に曲げると、挿した機器のピンジャックを壊すおそれがある。

 ケーブルとピンプラグのつなぎ目を、強い力で急角度に曲げると、プラグ破壊、或いは内部断線する可能性大。一般的なピンケーブルに比べて重量があるから、その意味でもジャックへの負担は大きい。

 斯くの如くナンギなケーブルだが、僕のシステムには今も2組使っている。捨て難い良さがあるからである。力感と繊細感が両立する音は、6NCu単線なればこそ、ではないかと感じている。

 今回、信頼すべきベテランオーディオファンである友達に使ってもらえることを、僕は大変喜んでいる。良い結果が出ればもちろん言うことなし、仮に悪かったとしても、それは極めて貴重な情報となるのだ。

 楽しみである。

’09/12/22 (火)

風景白黒


 21日は朝から終日雪。午後4時を過ぎてようやく小降りになり、わずかに青空が見え始めた。街の風景は、空の「青」以外に色のない白黒映像のようで、鬱陶しいことこの上なし。

 太平洋側に住む友達に電話して天候を聞けば、「こっちは朝から絶好天だ」と。言うても詮無いことだケレドモ、不公平感は強い。こればかりは、何ともならんのである。

 22日からは冬型が緩み、やや暖かくなるという。ありがたいことだ。だが、この周期で行くと、年末〜正月はまた強烈な冬型になるのではないかな。昨年、一昨年と、除夜の鐘を撞き終わったらカラダに雪が積っていた。今年もそーなるかしら。

 まるで傘地蔵である。

’09/12/21 (月)

エラー


 写真のLPは昨年夏、げんきまじんさんご持参のものを聴かせてもらって感激し、最近ようやく買ったものである。

 「VILLA-LOBOS / THE LITTLE TRAIN OF THE CAIPIRA」(米EVEREST SDBR-3041)。原録音はたぶん1950年代、35mmフィルムによる広帯域磁気録音である。

 このレコードは、CLASSIC RECORDSが200gビニールで復刻した盤である。ジャケットからオビに至るまで、発売当時を忠実に復刻してある。肝心の音も非常に優秀で、以前載せたことがあるジョン・アンティルの「コロボリー」(SDBR-3003)と同様に、オリジナル盤を上回っているのではないかと、思う。

 ところが困ったことに、現状聴けないのである。システムに問題があるのではない。レコードそのものに、ちょっとしたエラーが、あるのだ。

 センターホールの径が規定値よりも小さいらしく、センタースピンドルに嵌らない。穴の内側にバリが残っていて通りが少し渋い、程度のLPはこれまでにもあった。今回はそんなレベルのお話ではない。スピンドルの頭が少し嵌るくらいで、あとはまったく通らないのである。

 無理して押し込めば通るかもしれない、が、そんなことをすれば抜けなくなりそうな気がする。たぶん、押し込むよりも抜く方が難しいだろう。それに、どちらにしてもプレーヤーへの悪影響は避けられない。

 ここは一旦撤退して、善後策を考える。要は、穴を拡げればよいのだ。最適の工具は、適当な径のリーマー、だろうか。下手に拡げて偏芯させないようにしなければ遺憾。

 200g盤は大変結構だが、こういうことではちょっと困るのである。げんきまじんさん収蔵のものは何ら問題なかったから、LOTによるバラツキか、或いは不良品のハネ漏れか。

 考え様によっては、貴重盤、かも。

’09/12/20 (日)

冬型は続く


 日の短さが、寒さをさらに厳しく感じさせるこの時期である。15時になれば既に夕方、17時にはすっかり日が暮れてしまうのだった。如何にも、寂しいのである。

 それもそのはず、明後日22日は、冬至である。今頃から翌年1月半ばくらいまでが、最も日が短く感じられる季節なのだ。毎年毎年同じことを書きますが、僕はこの時期が最もニガテであります。

 冬型気圧配置は、まだ続くそうで。

’09/12/19 (土)

小雪厳寒


 19日朝の積雪は15cm程度にとどまり、当地のモノサシでは「小雪」ということになる。除雪作業も小一時間で終了。まずは、ヤレヤレである。

 その代わり、というか何と言うか、寒さは極めて厳しい。この時期としては異常である。箱船2階の暖房稼動前室内温度は、ご覧の通りである。10℃。最も寒くなる2月初旬でも、室温がここまで下がることは滅多にない。1階はどうだろうかと調べたら、11℃だった。これまた異例である。

 ADをまともに聴けるまで、何時間かかるのだろうか。

’09/12/18 (金)

12月18日の雪


 寒波のピークは今夜から明日にかけて、というだけあって、現在当地は猛烈な寒さである。雪は今のところさほどではない。写真ではけっこう降っているように見えるけれども、只今の積雪は2cm程度である。尤も、明日の朝にはどーなっているかワカランわけである。

 12月18日の雪、というと僕は2005年を思い出すのだった。その日から降り始めた雪は、24日までに1m、翌2006年1月には2mに達した。あの年の雪は、鬱陶しいというよりも恐ろしかった。まさかそんなことには、ならんだろうな。

 などと考えながら、ムカシの日誌を調べてみたら、2005年12月18日の写真は今日のものとそっくりだった。

 4年経っても、進歩はありません。

’09/12/17 (木)

縦縞等圧線


 天気予報によると、今夜から明日にかけて日本海側は大雪になるという。実際今日は、この冬で最も寒く感じた日であった。今のところ夜空には星がきれいに見えているけれども、これから急転する、のだろう。風も強くなってきたようだ。

 ご覧の通り、日本海は「季節風の吹き出し口に伴う筋状の雲」に覆われている。イワユル西高東低等圧線縦縞模様、典型的な冬型の気圧配置によるものである。僕はこのカタチを見ると、気分がいっぺんに滅入ります。

 いよいよホンマモンの冬が、やって来たのだ。

’09/12/16 (水)

SUS-TT 3ヵ月


 藤崎氏のご厚意により、SP-10MkII(A)専用カスタムメイドSUS-TTをお借りしてから、間もなく3ヵ月になろうとしている。もちろん、絶好調である。

 先日来訪のあったお客様も、SP-10MkIIユーザーである。やはりSUS-TTにはたいへんな興味をお持ちなったようだった。音も聴いていただいたから、その素晴らしさは充分に伝わったのではないかと、思う。「是非、導入してください」と、強力にお薦めしておいた。ヒジョーに価値あるカスタムパーツですよ、Tさん。

 アンプのように複雑な電気回路もなく、スピーカーユニットのように振動系を持っているわけでもない、言わば極めてシンプルなパーツである。にもかかわらず、換装当初に比べると明らかに音が違う。一聴して感じた質の向上はそのままに、滑らかさとしなやかさが一段と向上、やや角張った印象が消え生々しさが冴えてきたように感じている。

 一種のエージング効果、としか僕には考えられない。但し、どこがどのようにエージングされて音が変わったのか、まったくワカリマセン。軸との嵌合グワイの経時変化か、或いはSUS-TTそのものに何某かの変化があるのか。知識浅薄な僕が想像できるのは、それくらいのことだ。

 いずれにしても、日ごと音の向上が見られるわけだから、これほど嬉しいことはない。この様子だと、この先半年1年と、さらに良くなって行くだろう。

 大変ありがたいことに、もうしばらく使わせていただける由、藤崎氏からご許可をいただいている。ご厚意ご親切に甘え、今後もじっくりと音の変化を楽しませていただこうと思うのである。

 心から御礼申し上げねばならない。ありがとうございます。

’09/12/15 (火)

静かを聴く


 今回はげんきまじんさんと、ちょっとご遠方からのお客様お二人、計3名のお越しであった。皆さんそれぞれ楽しんでいただけたご様子で、ホストとしては胸をなでおろすのだった。

 写真は、げんきまじんさんがご持参くださったヘッドフォンである。BOSE Quiet Comfort15。これはちょっと面白いものである。ノイズキャンセリング・ヘッドフォンなのだ。

 持続的なノイズを電気的(音響的、というべきか)にキャンセルし、周囲の騒音を大幅に低減する、というものだ。特に飛行機や列車の客室などで効果を発揮する。イヤーカップ内に仕込まれた小型マイクで周囲の音を拾い、それと逆相の音を耳に送り出すことで騒音を打ち消す仕組みなっている、らしい。

 実際に着けてみると、確かに持続騒音が劇的に低減される。特に低域において効果が高い。すごくフシギな感じです。着けたままでも会話に支障はまったくないし、もちろん静かさを維持して音楽も聴ける。これにアイマスクがあれば、かなり喧しい環境下でも安眠できそうだ。

 ただし、違和感は皆無、とは言えない。装着してノイズキャンセリングのスイッチをONにすると、鼓膜にぐぐっと圧がかかったような感じになる。見かけ(聴きかけ?)上は静かだけれども、実際には周囲の騒音と逆相の音を「聴いている」わけで、それが一種独特の圧迫感になるのだろう。

 それでも長時間にわたって騒音に曝されているよりは、ぐんと快適である。ピュアオーディオでも個性的な製品をリリースしてきたBOSEらしい、ユニークなヘッドフォンだと思う。

 げんきまじんさん、ありがとうございました。

’09/12/14 (月)

音より掃除


 今夜から明日にかけては、久方ぶりのお客様ご来訪である。となれば、先ずはシステムの調整、なんかやらない。音のほうは現状あるがままを聴いていただくだけで、ソヨ行きお化粧はしないのである。尤も、しようにもできないのが本当のところなのだケレドモ。

 問題は、そーゆーことではないのだ。写真をご覧になればお分かりいただけると思う。掃除である。1階はともかく、ほとんど作業場と化している2階の現状はすさまじいのである。どこから手をつければよいのか、途方に暮れてしまうのだった。

 然れども、やらずばなるまい。エラいこっちゃ。

’09/12/13 (日)

遥かなる夢


 故あって、AE86さん謹製フォノイコライザーアンプ電源部の天板を開けた。不グワイがあってのことではないから念のため。

 2002年3月、無理を言ってAE86さんに作ってもらい、大喜びで使い始めて早8年近く経つ。アンプ部は元々天板なし(そのほうが音がよい)、電源部を開けて中を見るのは初めてである。

 フォノイコアンプとしては異様に巨大なトランス(たぶんEIコア)が2個、10mm厚SUS板を台座に3mm厚純銅板を介して取り付けられている。電源部だけで18kgあるのも納得である。

 取り付け方法は、上記の通り極めて堅牢頑丈である。加えて筐体も100本以上のネジでガッチリと組んである。機械的構造的強度の高さがモノを言い、この電源部はたいへん静かである。トランス唸りはまったく聴こえない。

 8年間使って、今も不満は皆無である。圧倒的な実在感を以って鳴るADP1号の音は、このフォノイコアンプなしには考えられない。僕にとっては唯一無二の存在である。

 しかし上には上があるもので、AE86さんが現用されている改良進化型は、これを遥かに超えるという。これ以上はない、というところがない、のが趣味の趣味たる所以であってみれば、如何にも心躍るお話なのだ。将来、僕もそういうものを自分の手で作ってみたい。と思えども。

 遥かなる夢である。

’09/12/12 (土)

長寿ジカ


 再びニホンジカの話題である。昨日までのレコードは、ジャケットでウシがピアノを弾いていた。ニホンジカは分類学上ウシ亜目に属するから、無理矢理のウシつながりである。

 6日の写真に写る個体が、頭をもたげ辺りを警戒しているところである。正面から撮れればなおよかったのだが、残念ながら後向きの写真になってしまった。けれども、ツノの付き方、形状はよく分る。

 耳よりずいぶん前、頭頂部とするよりは額に近いところから生えているように見える。形はきれいに左右対称で、それぞれ三叉(4本)に枝分かれしている。ツノの叉数で凡その年齢がわかるという。1歳では無叉(1本)、2歳で一叉(2本)、3歳で二叉(3本)、4歳以上で三叉(4本)になるそうだ。

 とすれば写真の個体は、少なくとも4歳以上、と推測される。完全な成獣である。野生ニホンジカの平均寿命は4歳程度とされていることからすると、相当な老齢、或いは長寿とも言えるわけだ。ツヤツヤした体毛とすばやい動きからは、そういった年齢を感じない。

 人里へ進出する群のシカは、草だけでなく畑の農作物もどんどん食べる。芋、トウモロコシ、茄子、きゅうり、トマト、白菜、キャベツ、ウチの庭ではついでにチューリップ。何でも食べる。余談だが、同じ花壇にあるスイセンは食べない。有毒植物であることを知っているのだ。

 山中だけで暮らす個体に比べて栄養事情が格段に良く、長寿命になるンじゃなかろうか。個体数が増え、止むを得ず人里へ進出する。その結果寿命が延び、さらに数を増やす。斯くの如き循環が、完成しつつあるような気がしてならない。

 まったくの素人考えである。

’09/12/11 (金)

RRとLYRA


 さて、PARNASSUS D.C.tで聴く昨日のレコードの音である。

 これは最高。一陣の清風よろしく涼やかで瑞々しい音に、何とも爽やかな気持ちなるのである。ただ爽やかなだけではなく、立ち上がり立ち下がりが非常によい。トランジェント最高。レンジはきわめて広く、どの帯域にも不足感、誇張感がない。

 音場感は独特で、特にドラムの定位に特徴がある。ピアノ、ベース、管楽器よりもかなり後方に、深々としたエコーを伴って定位する。と言っても朦朧とした音ではない。音像は明確で輪郭鮮明である。どうやったらこんなふうに録音できるのだろう。

 曲間には、演奏者の笑い声や会話、それに続くカウント出しの声、足音、衣擦れなどの音がそのまま入っていて、ヒジョーに生々しい。スタジオライブのようにして録音したのだろうか。

 こんなによいレコードだったのかと、16年経って驚いてしまった。ナニをやってるンでしょーか。まあ、システム16年間の進化を今見た(聴いた)ということで、自分を納得させておくのである。かなり無理矢理ですが。

 このレコードは、余程PARNASSUS D.C.tと相性が良い、などと思いながらジャケットクレジットを読んでいて、ちょっと興味深い記述を発見した。当時、RRが使っていたプレイバック・システムを紹介してある欄である。

 使用カートリッジに「Lyra Clavis cartridge」とある。そうだったのか。CLAVISは、PARNASSUS D.C.tの原型にあたるカートリッジである。CLAVIS → CLAVIS D.C. → PARNASSUS D.C.tの順で進化してきたわけだ。そりゃあ相性も良いはずです。

 このレコード、アナログファンには是非とも一聴をお薦めしたい、ところだが、今となっては入手が難しい。CD(RR-53CD 輸入盤)なら、現在もAmazonジャパンで購入可能である。RRはCDも質が高いことが多いから、充分期待できると思う。

 サウンドマニアにも、音楽ファンにも、大推奨。

’09/12/10 (木)

16年前のレコード


 今日話題にするのは、16年も前に買ったレコードである。如何にも旧聞だが、これも戯言の一つとしてご勘弁願いたいのである。

 「MIKE GARSON / THE OXNARD SESSIONS VOLUME 2」(米REFERENCE RECORDINGS RR-53)。(P)(C)1993。2枚組。マイク・ガーソンのピアノを中心とした、ジャズである。1992年8月18日〜19日、カリフォルニア州オックスナードのシビック・オーディトリアムで録音。録音地の「オックス」にかけてあるのだろう、ジャケットにはピアノを弾く雄牛のイラストが描かれている。

 レコーディング・エンジニアはREFERENCE RECORDINGS(以下、RR)の主宰者でもある、キース・O・ジョンソン博士である。ディジタル・プロセスは一切入っていない。ジャケットにも「A PROF. JOHNSON PURE ANALOGUE RECORDING」と謳ってある。

 1993年12月18日、秋葉原の石丸電気で購入したものだ。当時としてはバリバリの新譜である。RRは、最期までADリリースをがんばったレーベルの一つだったのだ。

 箱船が完成して1ヵ月の頃である。持って帰って大喜びですぐに聴いた、はずなのだが、どうしたことかほとんど記憶にない。何故か。たぶん、あまり上手く鳴らせなかったのだ。それ以後、ほとんど聴かないまま、本当の音も知らずにホッタラカシ。きっと、悔しかったのだな。勿体無いお話である。

 先月使い始めたPARNASSUS D.C.t。このカートリッジは、ジャズをたいへんうまく再生することが分ってきた。古楽よりも良いかも知れない。そこで久しぶりに、このレコードも聴いてみる気になったのである。

 試聴記は、また明日。

’09/12/09 (水)

電迺要慎


 写真の物体は、ICやLSIなどを保管、輸送する際に使われる、導電スポンジである。これに挿しておけば、静電気による破壊から保護することができるわけだ。

 買ったのは随分前になる。特に必要に迫られたわけでもなく、持っておけばいつかは何かの役に立つだろう、くらいの考えで購入したものである。

 今、ようやくにしてその出番がやってきた。故あってあるFETを、友達の許へ送ることになったからである。風化してボロボロになってはいまいかと、心配したが大丈夫である。

 うるさいことを言わなければ、今回送るFETなら導電スポンジを使わずともまず問題はないそうだ。実際、専門店から送られてきた時は、ビニール袋にジャラジャラと放り込み封入してある状態だった。

 とは言え、導電スポンジを使った方が、より安全であることに違いはないと、友達から教示があった。ジャラジャラしているのも何となくキボチ悪い。ここは導電スポンジにしっかりと挿し込み、固定して送ることにする。僕がやることの常として、注意を怠って良い結果が出たためしはないのだ。

 「火迺要慎」ならぬ「電迺要慎」。

’09/12/08 (火)

研究試料


 これまでになく上手く撮れたシカの写真に浮かれ、webページのみならずあちこちの友達に送り付けている。はっきり言っていい迷惑である。と思っていたら、そうばかりでもないようで。

 写真を送った友達のそのまたご友人、僕は直接存じ上げないのだけれども、そのご友人は野生動物のDNAを研究していらっしゃる。特に、ニホンジカの遺伝的多様性を調べておられるそうだ。

 日本に生息するシカは全て「ニホンジカ」と称されているが、その中には7つの亜種(エゾシカ、ホンシュウシカ、キュウシュウジカ、マゲシカ、ヤクシカ、ケラマジカ、ツシマジカ)がある。学究的に言うと、この亜種分類とDNAの系統が一致していないそうだ。大きく分けて北方系と南方系の二つなり、その境が兵庫近辺にあるという。

 DNAを調べるためには、当然試料が要る。通常、血液が有効なサンプルとなるわけだが、野生のニホンジカから採血するのは非常に困難。そこで次善の策として使われるのが、「糞」である。糞の表面に付着した僅かな腸粘膜の細胞片から、DNAを抽出するわけだ。

 シカのフンなら、ウチの裏庭は一大産地である。パチンコ玉を少し大きくしたくらいのコロコロしたヤツが、新鮮品、乾燥品取り合わせナンボでも落ちている。

 ご友人から採取方法をご教示願い、上の写真の通りビニール袋に5つ採ることができた。これらをお送りし、ご研究試料に具していただこうというわけである。僕の如何にも下らない動物ネタが、このようなご縁を結ぶことになるとは、何とも嬉しい限りである。

 見境のない好奇心も、時には役に立つのだなあ。

’09/12/07 (月)

喜んでおりますが


 箱船北側の暗闇から徐に姿を現した、もう1頭のニホンシカである。こちらも立派なツノを持った♂である。最初に確認したヤツよりやや小ぶりに見える。写真に撮り、露出補正処理して初めて気が付いたのだが、ご覧の通り後半身に白い斑点が残っている。

 幼鹿の名残、と思っていたら、大きな間違いだった。よく調べてみれば、白斑付きの体毛は夏毛なのだそうだ。昨日の写真に写ったヤツは冬毛への換毛完了型、この個体は少し遅れているらしい。白斑はバンビの象徴かと、勝手に思い込んでいました。

 庭で野生シカの写真が撮れたと、おめでたくも喜んでいるけれども、実はそんなバヤイではないのである。当地はもちろん、日本各地でシカの食害が深刻化しているのだ。

 思えばホンの数年前まで、庭にシカが現れることなどほとんどなかった。生息数が増えたこと、人工植林の森ばかりになり里山(雑木林)が減ったこと、など、原因は色々あると思う。だが、当のシカたちは粛々と命を繋いで行くだけである。人間の都合なんか、文字通り「シカトウ」するわけだ。

 エコだエコだと草木も靡く。ニンゲン様の都合とシカの命に上手く折り合いをつけるのも、今風に言えば立派なエコロジーだろう。

 言うは易し。現実は、そんなに簡単ではないのである。

’09/12/06 (日)

撮影成功


 昨年来、何度も試みながらすべて失敗に終わったニホンシカの撮影であったが、今回ついに成功した。それが上の写真である。

 成功した、などと大見得を切ったところで、何処へ出しても恥ずかしくないような出来栄えでは、到底ない。だが、「当社比」では相当な質の向上だと、思うが如何なものでしょうか。昨年の写真と比較していただきたい。

 時間は午前1時半頃。箱船階段室の窓を開け、庭を覗いたら写真のヤツがいた。立派なツノを生やした、大型の♂だ。窓の真下である。僕からの距離は3m強。草を食べるのに一所懸命で、こちらへの警戒心が希薄になっていたらしい。

 そっとデジカメを用意し、夜景ストロボモードで撮影する。発光に驚いて一目散に逃げる、かと思ったら全然ヘーキである。毎日毎晩やってきて、少々ずうずうしくなったか。それともこちらに敵意がないことを察知しているのか。

 滅多にないチャンス、と撮影を重ねていたら、さらに手前で黒い影が蠢いている。あっ、なんということだ。もう1頭いたのである。

 その勇姿は、また明日。

’09/12/05 (土)

千年の都


 5日は先週に続きオツトメ出張版である。先週は三重県、今週は京都市内と、距離だけで比較すればずっと近い、はずだが、所要時間は大きく違わない。何故か。言うまでもなく、偏に京都府道路行政の拙さによるもの、である。

 政権交代に伴い、各種公共事業の見直しが進んでいる。道路建設も例外ではない。しかし、この府の問題は、そういった現状とはまったく無関係である。そもそもの整備遅れの起点が、1970年以前にあるのだから。

 この件についてあまり詳しく書くと差障りがあるから、書かない。当時の為政者も、それなりのビジョンがあって政策決定したのだろう。しかし、40年後の今、隣接する府県と京都府との地域格差を見るとき、少なくともその政策が正しかったか誤りだったか、馬鹿でも分るはずだ。

 同府内へ移動するに、まず他府県へ出るルートのほうが早い、などという現状が正常と言えるのか。京都市内への所用があるたびに僕は、怒りと遣る瀬無さを禁じ得ないのである。

 「京都千年の都」なンてゆってるけれど、1000年遅れとるンとちがいますか。

’09/12/04 (金)

一生モノ


 友達から贈られた、アルミナセラミックスプレートを使った実験を始めたのは、昨年の今頃だった。写真はその風景のヒトコマである。もう早1年経ってしまったのか。

 これを契機に僕のアナログ熱は急上昇、今も冷め切らず「オーディオと言ったらアナログ」みたいな状況が続いている。完全に時代を逆行しているようだが、個人的な道楽だから、これでいいのである。たぶん今後も、この方向は変わらないだろう。AD再生は面白いのである。

 ただ、困ったこともある。装置、特にカートリッジなどがヒジョーな高価になってしまった。これは、と感じさせるものなど、すべて30万円以上。40万50万アタリマエ。5年前、かなりの覚悟で買ったeminentですら、今や安い感じがするのだから恐ろしい。

 今あるものを大切に、永く楽しむのが吉。丁寧に使えばそうそう壊れるものでもなし。MC-L1000なんか、22年経ってもちゃんと聴けるのだから。つまり、次回eminentクラスを買うのは、少なくとも17年後で充分なわけだ。

 ほとんど一生モノであります。

’09/12/03 (木)

当たり前すぎる結論


 昨日の思い付きをさっそく実行する。室温16℃の状態で、ADP2号、WE-407/23を聴いてみたわけである。

 指掛けを触っただけで、アーム全体が冷え切っていることが分る。ヒジョーにツベタイ。実験でなければ、積極的に聴きたいとは思えない雰囲気だ。

 何となく不自由な、抜けの悪い音に聴こえる。文字通り、ウォームアップ不足で動きの悪い音、という感じ。やはり影響は小さくないように思われる。

 但し、である。原因がアームだけにある、とするのはあまりにも浅慮に過ぎるだろう。カートリッジ、盤の状態が与える音への影響は、絶対に無視できない。ちゅうことはつまり、アームがWE-407/23であろうとなかろうと「低温下でのAD再生はクルシイ」というごく当たり前の結論が出た、だけなのだ。

 面白くも何ともない。けれども僕は、分り切ったようなことでも、思い付いた限りには実際に確かめてみないと気が済まないのである。これも性分だから仕方ない。

 ADは、部屋を暖かくして、聴きましょう。

’09/12/02 (水)

冬のオーディオ


 箱船1階でも、もちろん既にファンヒーターを稼動させている。先月下旬までなら室温20℃を保つのは容易だったものが、ここに来て難しくなってしまった。やはり、冬なのだ。

 低温期になり最も影響を受けるのは、アナログ再生装置である。特に、夏前に仕入れたWE-407/23は、初めての冬を迎えるわけだ。このアームの音が、どの程度室温に左右されるのか。全身是金属の塊、如何にも精密機械然としたアームだけに、影響は小さくないのではないかと、想像する。

 尤も、違いを聴き分けられるほどの高感度な耳を持っているか、といえばヒジョーに危ういのである。まあ、分らンかったらそれでいいのだ。感知できないほうが幸せ、とも言える。

 などと、徒然に愚考する冬のオーディオ。

’09/12/01 (火)

春への準備


 12月である。2009年残り31日。何かを為さねばと思いつつ、何もできずに今年も間もなく終わる。

 11月はどちらかというと天候不順で、気温が乱高下した感じだった。それでも季節は順調に進む。先月13日に話題にしたイチョウも、ご覧の通りスッポンポンである。常緑樹以外は、すっかり冬枯れ姿だ。

 冬は好まないけれども、モノは考え様。皆が暖かな春の準備をしている最中だと思えば、自然期待感も高まるというものだ。

 今日は穏やかな日和に、なりそうである。