箱船航海日誌 2005年12月

日々雑感、出来事などを思いつきに任せて綴っていこう

過去の日誌コンテンツ

’05/12/31 (土)

回顧と御礼


 2005年も終りである。いや、実に早かった。webページを始めて、最も早く過ぎてしまった感じがする。それなりに歳をとっている証左なのだろう。

 恒例によって今日は2005年を振り返ってみたい。オーディオのほうは、大きな変化はなし。今日の写真と昨年末のものとを見比べていただければ、変化の無さがよくおわかりいただけると思う。ほとんど同じである。

 オーディオに対する熱意が失せた、わけではなくて、専らソフト集めに血道を上げていたのである。この5年間では最もADを増やすことのできた年だった。ソフトあってのオーディオ、来年2006年も、同様になるだろうと思っている。ちゅうことは、ハード入れ替えの大ネタは、ないことになります。つまんないね、どうも。

 webのほうは、おかげさまで今年も過去最高アクセスをいただいた。220,000件超。1日に均せば約600件。大変な数だ。日誌年間休載20回以上という不名誉な過去最高もあったにもかかわらず、である。これはもうひたすらに感謝するばかり。ほんとうにありがとうございました。

 5月までの休みの多さを反省し、6月7日以降は一度も休まず、また6月25日以降の日誌にはすべてに写真を付けることができた。これまた皆さんからの叱咤激励があってこそ。ご縁の在り難さをしみじみと味わっている。

 昨今、blogなるものが大流行している。利用者は350万人を超えたとも仄聞する。大盛況である。web上での日誌日記など、珍しくもなんともなくなったわけだ。すでに拙webページの形式など、古色蒼然時代遅れだと、言うべきなのかもしれない。

 しかし僕は、これからも今までと変らず書き続けたいと、思う。人並みはずれた文才があるわけでもなく、目を瞠るような大ネタを持っているわけでもなく、万人をして唸らせるようなアイディアを繰り出す能力もない。僕にできるのは、ただ愚直に続けて行くことくらいである。

 この1年、多くのご閲覧をありがとうございました。2006年もまた、どうかよろしくお願い申し上げます。

 よいお正月を、お迎えください。

’05/12/30 (金)

三歩あるけば忘れる


 2005年最後のお買い物、三脚を買った。現状、以前から使っているものが1本あり、これが2本目になる。左は従来からあるもの、SLIK製である。今回も同社製品で、SDV-10というモデル。狙って買ったわけではなく、近所の大規模小売店の棚にあったものだ。1,980円と、非常にハイCP。価格.comの最安値は1,500円だったな。

 用途は専らwebページ掲載用の写真を撮るため、である。室内で撮影することが多く、ストロボは使わないほうがきれいだし、何よりも後の補正(ゴマカシとも言う)が利きやすい。ストロボ不使用となれば、手ブレは避けられない。そこで三脚、ということになるのである。

 それでも1本あれば事足りる。2本は要らんだろう、と、そこはガサツで不精な僕のこと、2本あるとヒジョーに便利なのである。

 web用の写真は、箱船1階で撮る時もあれば2階のこともある。カメラを持って2階から1階へ移動、さあ撮るぞと思ったら三脚がない。取りに戻って撮影完了。2階で編集しているうちにふと思いついてそこらの物を写したくなった。そのとき三脚は1階である。また取りに行く。そういうことが僕には多々あるのだった。

 メンドクサイわけである。常にカメラと三脚を一体として考え、移動する時は必ずセットで持ち歩くようにすればいいじゃないかと、それは几帳面で注意力に優れた人だけにできる業だ。僕には絶対不可能。三歩あるけば前のことは忘れる。ニワトリ並みである。

 それぞれを1階2階に常駐させる。こうしておけば、イライラせずに済むと踏んでの作戦である。これで大丈夫。か?

 1階2階どちらにも置いてあることを忘れ、今まで通り持って走って2本ともどちらかに集まってしまう。そういうマヌケな画を想像するのは、ヤッパリ僕がニワトリレベルだからだ。

 新しいほうを1階に、置こう。

’05/12/29 (木)

25周年記念DVD


 今年はオーディオサークル「ミューズの方舟」創立(結成?)25周年の年であった。1980年の創立であるわけだ。僕が入会したのは1990年、ちょうど10周年の年だった。自分なんぞまだまだ新人会員のペーペーだと思っていたら、早15年。まったくにウソのような話である。夢の如し。

 これまでにも節目節目で記念事業を行ってきた。今回の企画は、会員宅オーディオルームを訪問取材し、1枚のDVDにまとめてリリースするというものである。拙掲示板にもご登場の、ばっかす氏による企画制作だ。

 会員のI氏宅、当会の会長M氏宅、N氏宅、本家方舟、定例会に具されている秋葉原庁舎会議室、誠に僭越ながら拙箱船も収録していただき、今回の記念DVDが完成したのである。

 先ずは部屋の主によるシステム解説があり、共通ソフトを鳴らし、そのあと各々が推奨するソフトを鳴らす、という順序で進んで行く。当然のことながら本家方舟では、長岡先生自身の解説は聞けず。一抹の寂しさを禁じ得ない。が、ホスト役にAE86さんがご登場、方舟を最もよく知る一人である彼の解説は、懇切丁寧である。収録はすべてDVカムによるものだ。

 音もDVカム内蔵マイクでの同時収録である。内蔵マイクと侮る莫れ。このDVDはものすごく貴重で、しかも大変に面白い。レンジや耐入力に限りがあるのは致し方なしとしても、各所再生音の違いが、ものの見事に再現されるのである。

 解説映像も興味深いが、何よりも音である。皆さん実に良い音だ。自作でしか実現できない次元の素晴らしい再生音であり、しかもどこか通ずるところがありながら、それぞれの個性が極めて鮮明に出る。必ず共通ソフトを再生するという企画は、特に秀逸である。瞬時切換えで多くのマニアの音を聴き比べられることが、こんなに大きな感動をもたらすものとは、思いもしなかった。いやもう本当に楽しいンですから。

 百聞は一見に如かず。拙箱船の音なんぞどーでもヨロシイが、他の3氏、本家方舟は一見一聴の価値大いにアリ。あなたのオーディオ観がひっくり返るかもしれません。是非に入手されることをお薦めしたいところだが、今回は諸般の事情により「ミューズの方舟」会員限定頒布である。うーむ、残念。

 尤も、「会員限定」ということは、入会し会員資格を得れば手に入るわけだ。ばっかす氏によれば「(入会するには)基本的に、定例会会場に来られる事が前提となっております」ということである。希望される方は、拙掲示板をお使いいただき、ばっかす氏と連絡を取られたし。関西支部、九州支部への入会も可能である。

 ばっかすさん、ここまでのDVDを製作される御労苦は、さぞお大変だったことでしょう。本当にお疲れ様でした。この企画は大成功です。完全に、脱帽。

 ありがとうございました。

’05/12/28 (水)

ソフトの年でした


 2005年はハードよりもソフトの年だった。元旦に決意したはずのSネッシーIIは、結局実現できず仕舞い。計画を中止したわけではないのだが、周辺環境を考えて凍結中である。ま、いろいろあるわけです。

 ソフト、特にADは玉石バラエティーに富んだタイトルが入手できて、実に楽しかった。永く捜しつづけていてようやく手に入ったもの、今となっては2枚目は難しいだろうと諦めていて見つかったもの、大いに期待して見事にハズしたもの、冒険で買ってみたら大当たりだったもの。それぞれに発見の喜びと楽しみがあった。

 上の写真は、2枚目を捜していてヒットしたうちの1タイトルである。「ROVA SAXOPHONE QUARTET / BEAT KENNEL」(伊Black Saint 120 126-1)。(C)(P)1987。

 グループ名通りソプラノ、テナー、アルト、バリトンのサキソフォン4人組でジャズを演奏する。サキソフォン・カルテットと言えばデヴィッド・マレイ率いるWORLD SAXOPHONE QUARTET(以下WSQ)が有名だが、ROVAは彼らより前衛ジャズに傾いている。このレコードもそういう演奏になっている。

 音については長岡先生の外盤A級セレクション第3集213番に詳しいから、多くを述べる要はない。非常に良い音である。ただ、個人的には同259番「WSQ PLAYS DUKE ELLINGTON」のほうが好きだ。ROVAの音はやや冷たく感じられるし、なによりも僕は前衛ジャズがニガテなのである。これは良し悪しではない、好みの問題だと思う。

 音も演奏もイマイチ好みでないならば、1枚あればそれでヨロシイ。何故に2枚目を欲しがるのか、っちゅうハナシになるわけだ。ご尤も。

 実は、ジャケットが大好きなのである。ディザインがチャーミングでとてもカラフル。子供の頃に買ってもらって嬉しかったおもちゃを思い出させるような、暖かく懐かしい配色が素晴らしい。加えてこのBlack Saintというレーベル、印刷が極めて美しい。ビニールコーティングでつやつやしていて質感が高いのである。さすがトリコロール・イタリアというべきか。兄弟レーベル伊Soul Noteも同様で、やはりジャケットの美しいものが多い。

 同じROVAでも、米Metalanguageや独Sound Aspectsからリリースされているタイトルのジャケットはさほど魅力的なものとは言えず、お国柄が出ているように思われる。

 こんな調子で、2006年も僕のオーディオはAD中心に回って行くのである。

’05/12/27 (火)

ささやかな発散


 大雪と業務に取り紛れ、気がついてみたら2005年も今日を含めてあと5日である。何だか慌しい12月だった。師走。僕は「師」ではないけれど、奔走したことには間違いがない。大晦日までにもう一走り。今日も外は雪降りで、道路は雪だらけである。あわてて走ると滑って転ぶから気をつけよう。

 雪に降り篭められていると、日照不足も手伝いヒジョーにストレスが溜まる。ちょっと用足しに出かけようと思っても、まずは除雪からっちゅうことになり、それだけで億劫である。当地はまだ積雪1m程度だからマシなほうか。北のほうでは3m近くも積もっているところもあり、さぞお大変だろうと察するに余りあるのだった。

 溜まったストレスを少しでも発散したい。ので、レコードを買うことにする。どーゆー論拠なんだかよくわからんが、ともかく買う。何十万円分も注文するわけではないからカワイイものだ。

 先日から気になっていたものを5タイトルほど、せいぜい100$分くらいである。クリスタル・クリアのD2D盤、ディープ・パープルの180gBBCライブ盤、シンプリー・ヴァイナルが出したフリーの限定盤。そんな程度だ。

 それでも少なからず溜飲を下げることができるもので、天気は憂鬱だが気持ちは晴れた。ヘンピなところに住んでいても、楽しくお買い物ができる。さすがネット、すくうのは得意なのである。

 年内に届くかしらん。

’05/12/26 (月)

箱船清浄化


 昨年の今頃は、ダイソンDC12という強力な掃除機を導入した勢いで、1階の大掃除を敢行したのだった。雪が降らんかったからできたんだなあ。

 それからちょうど1年、ほぼその時の状態を保持できているから、ズボラで馬鹿な僕としては快挙(大げさな)である。

 DC12で掃除すると、ヒジョーにきれいになる。だから頻繁に使いたい。床にモノが散乱していては使えない。ので、できるだけの整理を心掛ける。結果、散らからないしきれいさを保てる。というわけで、すべてはDC12のおかげなのである。良いことばっかりだ。

 継続的に掃除してきたせいで、今年は大掃除の必要なし。普段通りの掃除で充分である。2階は、汚れと臭いの元凶だった喫煙に具するモノを片付けてしまったから、これまた汚れにくくなって結構なことである。

 埃も臭いも少なくなって、空気がきれいになれば、音も良くなる。かな。

’05/12/25 (日)

ローテク暖房


 異常な寒冬とともに、石油価格もまた異常である。ガソリンの値上がり以上に、灯油の高騰がひどい。2003年の冬は45〜50円/1リットルくらいが相場だった。昨年にはそれが50〜60円に上がり、何だか高いなあと思った。今年はなんと、70円を超えているのである。

 冬前から高騰し始めていたことに加え、ひどい寒さで需要が増え、ますます高くなってしまった。一昨年なら18リットルを高くても900円そこそこで買えたものが、今や1,300円に届こうとしている。これはもう異常である。

 僕はヒジョーな寒がりであって、暖冬でも室内はガンガン暖めないとイヤである。寒いの大嫌い。だが、灯油の高騰でこの冬はできるだけ節約すべしと、決めかけてすぐに断念した。こんな寒さに暖房控えたりしたら、僕はたちまち風邪ひいて寝込んじゃいます。

 とは言うものの、湯水の如く使うのはさすがに辛い。あとで請求書を見てひっくり返ること必定。化石燃料は大切に。ので、母屋の対流型ストーブの天板でお湯を沸かし、PETボトルに入れてタオルで包み、即席湯タンポにする。ムカーシ使っていた「ハクキンカイロ」もひっぱり出した。使い捨てよりぐんとハイCPである。ヌクいです。

 カミさんは薪ストーブを設置したいと言う。可能ならやってみたいが、どうだろうか。薪の確保が大変なような気もするが。

 湯タンポ、カイロ、薪ストーブ。歴史は巡るのである。

’05/12/24 (土)

メートル雪


 カメムシの異常発生、カマキリの高所産卵行動は、偏西風の南方蛇行を予告していたのだろうか。だとしたら暖冬予測を誤りと認め修正した気象庁よりよほど智慧がある。今年は記録的な寒冬になるンだそうな。既に充分寒冬ですが。

 今月半ばからの積雪量は、写真の如くである。箱船の北側。60cm尺では測りきれない。すっかり埋まってしまってさらに30cm以上、つまり、累積で1m近く積もったわけである。12月中のメートル雪は、たぶん記録にないのではないか。

 毎日毎日雪の話題ばかりで申しわけないと、思う。思うが生活時間の多くを雪対策に費やしている現状では、仕様がないのである。ホワイトクリスマスだと、浮かれるムキもあるようだが、いや誠に結構なことでゴザイマス。

 一旦は小康してくれんと正月準備ができなくて困るのである。雪はもう要らん。

’05/12/23 (金)

試金石として


 更新が後手に回っていることを、どうかお許し願いたいのである。毎日除雪に追われ、夜のフンバリが利かなくなっている。体のフシブシが痛い。年末を控えての大雪は、カラダに悪いのである。

 今日は久しぶり(では遺憾のだが)にオーディオネタである。MYUタカサキさんからリリースされている「2005年生録サンプラー」を紹介したい。

 MYUタカサキの店長であり、AB誌連載中の「高音質ディスク聴きまくり」でも有名な高崎素行氏ご自身の手による生録集CD-Rである。今年度自衛隊総合火力演習音源5トラック、和太鼓、ディキシーランド・ジャズのライブそれぞれ1トラックの全7トラック。録音データなど詳しい情報はMYUさんのwebページをご覧いただきたい。

 総合火力演習の録音は、やはりすさまじい。超低域までとんでもないハイレベルで記録されているから、音量設定には充分な注意が必要である。油断するとスピーカーが壊れること間違いなし。ウチの環境でもコーンの振れを監視しながらボリュームを決めないと危ない。

 ギリギリまで上げた時の音と音場は、最高である。但し、完璧な再生はまったく不可能。録音は優秀だが、再生系がついて行けないのである。実際に生音を聴いたことのある身としては、オーディオの限界を思い知らされずにはいられないのだった。スピーカーの口径がどうとか、アンプがどうとか、プレーヤーが云々、そういう理屈は一切通じない、異次元の音である。それを知ることができる、貴重な音源だと思う。僕が5年前に録音したものとは、格が違う感じだ。

 和太鼓、ジャズの録音も鮮度が高く雰囲気抜群。トランジェントが良くモタつきがない。生録のメリットがよく出ているのである。リスナーによっては、ドライで鋭さが勝った音と感じるかもしれない。システムによってもかなり違いが出そうな音ではある。もちろん、箱船で聴く音が正解だ、ナドと不遜なことを言うつもりは毛頭ない。間違いないことは一つだけ。このCD-Rは優秀である。

 非売品。しかも今月末までの限定品である。是非ともの入手をお薦めしたい。

’05/12/22 (木)

冬至に雪


 この時期としては異常な雪の多さである。北向きの最も深いところでは80cmを超えている。箱船の入り口もご覧の通り、雪に埋まりそうだ。ここ4日間は業務と除雪に明け暮れ、日が短いことも手伝って気がつけば夜中になっている。オーディオちっともできません。

 22日は冬至である。この日を過ぎれば日が長くなるのだからと言い聞かせ、春の声を待ちましょう。

 1月2月の雪がどうなるのか、ヒジョーに心配である。

’05/12/21 (水)

寒さにご用心


 年末が近づいてきた。例によって慌しくなってくる時期だが、ここに来て村内に不幸の知らせが相次ぎ、弱っている。住職して15年、年末近くにこれだけ続くのは初めてである。先代に話を訊けば在任42年間でも、こんなことはなかったという。滅多にないことなのだ。

 これも巡り合わせなのだろうと思う。しかし、例年になく寒い12月であることも、決して無関係ではないはずだ。健常な者でも、この寒さは堪える。生き物全て、暑さよりも寒さのほうに脆弱なのである。

 明日からは再び寒波がやってくるとの予報あり。皆さん、ご自愛ください。

’05/12/20 (火)

最悪雪質


 オーディオに関係ないネタばかりで申しわけないのである。

 今朝の雪にはすっかり参ってしまった。14日から測って50cmになったこともカナワンのだけれども、今回の雪は異常に水分が多いのである。一踏みでギュムッと固く締まり、すぐに水が染み出してくる。固まりやすく、すくい難く、重く、滑りやすい。最悪の雪質である。

 大型の除雪車が早朝から走る、のはありがたいわけだが、雪が重くて1往復くらいではきれいに除けない。滑りやすい雪質に加えて不完全な除雪状態の路面。この上を朝の出勤自動車が通ればどうなるか。

 坂を下ったところの町道は、エラい騒ぎである。立ち往生する車続出。シャシーの下に雪を噛んでしまっては4WD車もお手上げ(このバヤイお足上げ)だ。裏返されたカメよろしく、雪の中でモガくばかりである。

 スコップ担いで救援に出るが、踏み固められた雪を人力で除くのは容易ではない。最後は除雪車が俄かレッカー車と化し、ゴリゴリ引っ張り上げてようやく救助完了。そんなことを3台ほどやり、境内の除雪が終わったら僕はもうグッタリしてしまいました。ああシンド。

 こんな日はどこへも行かず眤としているがよいと、冬篭りを決め込んだ。と、思ったら急な業務大発生。こうなったら行かずばならぬ。さすがにFFサイファでは不安なので、愚妻のパジェロミニを借りて行く。それでも危うく動けなくなりかけて少々慌てたのだった。雪道怖い。

 こんな調子で、年末年始はどーなるのかと、僕はヒジョーに不安です。

’05/12/19 (月)

コードハンガー


 昨夜からの積雪は40cmを超えた。今回の寒気団はホンマモンである。今も昨日を上回るような勢いで降っている。母屋から箱船へ移動する間にソウナンしそうだ。

 写真のコートハンガーを話題にしたのはいつのことだったか、おそらく4年以上前だと思う。当初はお客様に使っていただくべく設置したものだった。しかし、本来の用途としての稼働率は極めて低い。コートや手荷物は、2階へ置いていただくことがほとんどだからである。完全に企画倒れ、なのである。

 本来の用途に具することなく、されど撤去もせず、今どうなっているかと言えばご覧の通りである。ヘッドホンやケーブル類が雑然と引っ掛けてある。コートハンガー、ではなくてコードハンガーになってしまったわけだ。ウマいね、どーも。

 ケーブルというもの、巻いてビニールケースなどに仕舞っちゃうと、あとで必ず大捜しすることになるのだ。重ねて入れたりしたらもう大変。底の方からひっくり返して、やっと見つかった時にはそこらじゅうに要らんものが散乱してイライラするのだった。

 その点こうしておけば、見てくれはともかくなかなか便利である。捜す手間なく使いたいものがさっと出せる。仕舞うのもカンタンだ。少なくとも床にうっちゃっておくよりは整理されて見えるから、ヨイ。重くて硬いケーブルを引っ掛けたら、コケてしまうのはオーディオ用ではないから仕方ないのである。WAGCナドは危険だ。

 オーディオ専用コードハンガー。なんてえのは売れないか、ヤッパリ。

’05/12/18 (日)

週末悪天候


 如何に当地が日本海側気候といえども、12月半ばにこれほどの激しい降雪になるのは極めて稀である。現在18日午前1時過ぎ、細かく軽い雪が、猛烈な勢いで降っている。外気温は-4℃以下、これまた稀である。明朝は、相当な積雪に、なるだろう。

 明日はいささか業務多忙になる予定だが、こんな天候で大丈夫だろうか。週末の悪天候は、心配することが多くてヒジョーに気疲れするのである。

 ともかく、明日のために睡眠をとることにしよう。業務第一である。

’05/12/17 (土)

本領発揮


 WOWOWで「A RIVER RUNS THROUGH IT」のハイヴィジョン放送があった。'92年アメリカ、ロバート・レッドフォード監督作品。クレイグ・シェーファー、ブラッド・ピット、トム・スケリット。

 アクションでもなく、SFでもなく、サスペンスでもない。派手なドンパチシーンなどとは無縁の地味な、しかししみじみと心に響く良い映画である。繰り返しの鑑賞に堪える数少ない作品だ。

 初めて観たのは'94年、LDである。高画質の呼び声高く、長岡先生の評価も大変高かった。実際、LD映像でも素晴らしく、当時はまだVPH-100QJの時代だったが、それまでになく美しい映像に大感激したのを覚えている。

 '98年にDVDソフトが出て、すぐに買い込んだ。これは期待はずれ。思ったほど良くなかった。LDが頑張りすぎていると言うべきか、DVDがスベったと言うべきか、DVD-H1000になってからプログレッシブで観ても、やはりイマイチであった。だから今回のハイヴィジョン放送には大きな期待を持ったのである。

 HD映像の威力大爆発。最高である。いやもうこれは素晴らしい。これまでに感じた「もう一息細かく観られればもっといいのに」というフラストレーションは一気に解消。明るく高精細、カラフルでナチュラル、抜けが良く立体感抜群。特に、自然光だけで撮影したというフライ・フィッシングのシーンは絶品である。

 太陽の光があたっているところは、一見ハレーション気味にも見えるが、それが自然なのである。自分の眼で見る生きた光の色、日なたの色だ。日陰の風景は、黒潰れ寸前まで行きながらちゃんと情報を持っていて、黒の中の黒、影の中の影が見える。Dレンジが極めて広いのである。旧くなったとは言えそこは三管、見事に分解してみせる。

 演者の中では、やはりブラッド・ピットが良い。この人は破滅型の人間を演じさせると最高である。「レジェンド・オブ・フォール」のトリスタン、「セヴン」のミルズ刑事、「デヴィル」のローリー、近作では「トロイ」のアキレス。しかし、本作のポール役が、僕は最も好きである。上手いねえ。

 映画ファンとしても映像マニアとしても、素晴らしいソフトが手に入ったと大喜び。

’05/12/16 (金)

大江山連峰


 今日も良いお天気だった。昨晩からの新たな積雪はわずか4cm、さすがに警報は解除され学校も平常通りに再開である。寒さはともかく、ヤッパリ晴れているのがヨロシイ。

 業務で隣り町へ出かけたところが、いつになく風景が綺麗である。たまたまデジカメを持っていたので数枚撮ってみた。加悦町の北端から大江山を南に望む。

 酒天(酒呑)童子伝説で有名な大江山である。正確には「大江山」という山はない。写真に見える4つの頂、左(北)から右(南)へ順に、鍋塚(763m)、鳩ヶ峰(746m)、千丈ヶ嶽、そして赤石岳(736m)、これらを総称して「大江山連峰」と呼ぶのが正しいのである。

 最も高いのは千丈ヶ嶽(右から2つ目の峰)で標高832.5m、これを「大江山」と通称しているに過ぎない。酒天童子の話は有名でも、このことはあまり知られていないようだ。

 8年前、長岡先生にお出でいただいた時、福知山市まで迎えに行き車で大江山の峠を越えた。千丈ヶ嶽と赤石岳の間の谷に、国道176号線が通っている。車中先生が「ここが酒天童子で有名な大江山だね」とおっしゃるので「実は『大江山』という名の山は、ないンです」と、連峰であることをお話ししたら「へえ、そうなの」と驚いていらっしゃった。博学な先生をしてご存知なかったのである。

 昨日今日の晴天で、山頂の雪もほとんど目立たなくなった。以前はスキー場が営業できたほどの安定した積雪があったものだが、近年の著しい少雪傾向で閉鎖に追い込まれたようだ。12月の大雪は珍しいといったところで、昔に比べれば物の数ではない。昭和38年の冬にはウチの村内で2m、なんてとんでもない積雪があったのだから。

 16日からは強烈な寒気が南下してくるという。また降るかな。

’05/12/15 (木)

雪が止めば


 大雪警報は解除されないままである。寒さは厳しいながらも天候はかなり快復し、今朝方の積雪は5cm程度とたいしたことはない。

 日中は晴天が続く。にもかかわらず学校は警報発令中のため2日連続の休校となった。雪が降らなきゃゲンキンなもので、愚息ドモは「タイクツだ。学校行きたい」と文句を言うのだった。不登校とは無縁のようである。ヨカッタヨカッタ。学期末のクソ忙しい時期、先生方はさぞ御大変だろうとお察しする。

 お天道様の恩恵はありがたい。道路はすっかり乾いて安全を取り戻した。ので、重い腰を上げてAUDIO BASIC誌37号を買いに行ってきた。

 今号に掲載されている読者2氏は、両氏ともスジガネ入りのウルトラスーパーマニアである。あまりの凄さに声も出ない。箱船は確かに「女性を招待できない」部屋だと思うけれど、この人たちの部屋はさらに上(?)を行く、と言ってはあまりにも失礼であるか。逆にホメ言葉だったりして。まさに「マニアの鏡」である。

 付録のCDはまだ聴いていない。昨年のオルガン録音からはや1年、今回は小川洋氏による録音だ。前録音とはロケーションも異なり、試聴が楽しみなのである。

 炭山アキラ氏の自作記事、市川二朗、高崎素行両氏の「聴きまくり」も読めて1,300円はハイCPだと思う。

 購読しましょう。

’05/12/14 (水)

雪の日は眤として


 どーん(イヤ、『どん』くらいか)と来ました。30cm。近年、この時期にこれだけまとまって降るのは珍しいのである。ヒジョーにきっつい冬型気圧配置で、明日からもかなり降るように報じられている。やはりカメムシ君予測は当ったようだ。

 AB誌の発売日が過ぎていると知りながら買いに行けない。もちろん行けば行けるンだけれども、雪でボコボコになった道路をキンチョーして走るのが如何にも億劫なのである。スタッドレスではあっても危険なことに違いはないのである。

 その上雪道の本当の怖さも知らず、ノーマルタイヤのまま60Km/h以上で走り回る馬鹿がいたりして、「勝手に電柱にでもぶち当たって死んでくれ。オイラ巻き添えはヤだよ」とイチイチ腹を立てるのもシンドイのだ。

 愚息たちは大雪警報の発令で休校だ。喜んでいる。アホである。仕様がないのである。ので、僕も1日眤としていよう。幸いにして今日は通常業務のみの予定である。

 思い切ってしまえば、雪もまた良し。

’05/12/13 (火)

YESだけれど


 「YES / 90125」(米ATCO 7 90125-2)、邦題は「ロンリー・ハート」。'83年発表の、プログレロックグループYES史上、初の全米No.1にして最大ヒットアルバムである。(C)(P)1983。何作目かは、忘れてしまいました。今、何か(何でしたっけ)のCMにタイトル曲が使われていて、小耳に挿んで突然聴きたくなった。

 僕が好きなYESは「こわれもの」や「危機」、ライブの名作と言われる「イエス・ソングス」くらいまでで、それ以降では足が遠のいてしまった。'70年代後半で時間が止まっているのである。

 この「90125」では、楽曲の主導権を握っていたギタリストのスティーヴ・ハウ(『エイジア』へ行かれました)がトレヴァー・ラビンに代わり、グループとしての音が大きく変化している。YESであってYESでない。初めて聴いた時はそう感じたくらいだ。

 今もそれほど好きにはなれないタイトルである。ただしそれは「YES」だと思って聴くから気に入らんのであって、全く別物として聴く分には、まずまず楽しめるのだった。ファンの持つ自分勝手なブランドイメージとは、怖いモンです。

 紹介した番号はCDのものだが、ADも持っている。買ったのは'85年1月、ADCDが併売されていた頃である。どちらかと言えばまだADが先行していたような記憶がある。

 録音は、こんなもんでしょう。曲によっては低域が伸びているものもあるけれど、全体的にレンジが狭く歪みも多い。埃っぽい感じもある。Dレンジ、は、まあちょっと苦しいわけです。ロックですから。これがTVCMで流れてくる音を聴くと、それなりに良く聴こえるのは、ナンデかな〜。突然どわっと音場が拡がる一瞬があったりして、シカケとしては面白いところもある。

 と、偉そうにイロイロ文句をつけながら、最後まで聴き通し楽しんだのだった。ゴチャゴチャうるさいことを言って聴くようなものではないのである。

 発表から23年、それが今のCMに使われるのだから、やはり名作なのだろう。

’05/12/12 (月)

習慣を断つことから


 箱船航海日誌が「くずてつ禁煙日誌」になってしまっても仕方がないから、断タバコネタは今日を限りにしたいと思う。後は面白い変化があった時だけにする。決意を強固なものにするために、もう1日だけ、書かせてください。

 昨日写真を載せた「ニコチネル」とは、要するにニコチンを含んだシールのようなものである。それを体のどこかに貼り付け、タバコによって摂取していたニコチンをシールに置き換えるわけだ。こうすることで禁断症状を軽減し、ニコチン離脱を補助しようという狙いである。

 喫煙を止めてもニコチンを体に入れていたのでは無意味ではないか。非喫煙者は皆そう思うだろう。喫煙という行動が、ニコチン依存症だけによって惹き起こされるものだとしたら、確かに無意味である。ところが事態はそんなに単純ではないのである。

 喫煙は生活習慣病とも言える側面を持っている。食後に一服、仕事にキリがついて一服、喫茶店に入ったら一服、コーヒー飲んで一服、本を読んで一服。行動パターンと深く結びついているわけだ。「〜したらタバコ」という習慣性とニコチン依存度が複雑に絡み合っているからこそ、非常に断ち難いのである。

 体にあるニコチンが充分ならば、当然ながら喫煙欲求は低くなる。あとは習慣性をどのようにコントロールするか、だ。ニコチネルによって欲求を下げておき、習慣性を断つことに集中させようという考え方である。

 今日で3日目だ。3枚目のニコチネルTTS30を上腕部に貼った。これから25日間TTS30(高濃度シール)を貼りつづけ、次の2週間はTTS20(中濃度)、最後の2週間はTTS10(低濃度)、最終的にはシールなしタバコなしまで漕ぎ付ける。これが僕の断煙プログラムである。

 効果テキメンである。この3日間で1本も吸っていない。ならヒジョーに立派だが、実は3本ほどやってしまった。シールを貼りながら喫煙するのはルール違反である。身体にとっても危険だから、本当はイケマセン。しかし実験開始前からすれば、飛躍的な減少だ。それに3本と言っても、先から5mmほどで消してしまう。体内のニコチンが充分足りている所為で、厭な臭いがしてちっとも美味くないのである。要するに、習慣だけで火を点けてしまったわけだ。

 これをどのように乗り越えるか。で、買ってきたのが上の写真「FRISK」である。SHARPENS YOU UP! というわけで、吸いたい、と思ったらこれを口に放り込んで誤魔化すことにしよう。

 死んでも断煙する。って、死んだら自動的に断煙ですな。

’05/12/11 (日)

禁煙実験


 例えば僕が、入ったことのない喫茶店(レストランでもヨイ)へ行ったとする。まずは何が気になるかと言えば、それは「タバコが吸えるかどうか」である。昔なら考えられなかった「全面禁煙」の店が、増えているからだ。

 店の都合や他者への迷惑に考えが及ぶようなことは、まったくない。ただ自分のことだけである。「ワシはタバコが吸いたいんや」。かかる人間を以って「卑しい」と謂うのである。妙な目つきで店内を探っている自分に気がつき、厭な気分になることしばしばである。完全に挙動不審だ。

 喫煙可能な場所が、どんどん狭められていく中、喫煙者は常に強迫観念にも似た感情に囚われているのである。ココで吸えなきゃ次はいつ吸えるかワカラン、エラいこっちゃ。僕などはまだ自宅での制限を受けていないから、その点では恵まれていると言える。「ホタル族」なる言葉が、喫煙者の現状をよく表しているわけだ。

 できればこの得体の知れない強迫観念から逃れたいと思う。己が卑しい行動を自覚するのも情けないことだ。どこへ行っても心置きなく喫煙できるような社会、は最早存在しない。制限のない自宅から出なきゃいい。そういうわけにも行かん。根本的解決法はただ一つ。

 タバコをヤメる。これさえできれば全ての問題は雲散霧消。簡単なことである。しかし、言うは易し行うは難し。既にニコチン依存症なのである。特に僕のような克己心の欠如した人間にはとても無理だと、最初から諦めている。ここ数年に至っては「タバコ吸うて何が悪いねん」と開き直っているのだからタチが悪い。

 60本/日というヘビースモーカーさんから、さほどの苦しみもなく完全に断煙したと聞いた。お医者様に相談し禁煙指導をうけたという。「やめたいという気持ちが少しでもあるなら、アナタも是非指導を受けなさい。良い薬があるから」と強く勧めるのである。

 僕の3倍以上吸っていた人をしてこう言わしめるのであればと、昨日から実験開始。上の写真は、日本チバガイギー製(発売元はノバルティス・ファーマ株式会社)禁煙補助薬「ニコチネル」である。指定医薬品、要指示医薬品なので、医師の処方なしでは手に入らない。これに強力なバックアップを期待しながら、絶対成功させるという決意を以って臨む。

 このことを日誌に書くか書かざるか、初めは少々躊躇したのである。web上で表明してしまって、止められなかったら不格好だ。こっそり始めて成功したらネタにしよう。などとセコいことを考えていたところが、友達から「のっけから逃げを打っているようでは遺憾。大々的に宣言して退路を断たねば」と叱られて考え直した。

 さて、どーなるでしょうか。

’05/12/10 (土)

Sweetest


 ここのところ、非常に寒い日が続くのである。寒いといえばコタツ、コタツと言えばミカン。というわけで、今日はミカンの話題である。

 長径50mmほどの、小ぶりでかわいいサイズである。C-280Vのボリュームノブよりひとまわり大きいくらい。ミカンの大きさ規格ではSSSということになるのだろうか。

 ブランドミカンで有名な、和歌山県産田村みかんの「プチスィート」というヤツである。ナリが小さいからといって侮ってはイケナイ。甘さが尋常ではないのである。たぶんこれまでに食べた中で、最も甘いミカンだと思う。果汁は多く香りも豊かだ。まさに「sweet」なのである。ブランドは伊達じゃない。

 僕は料理の風味付けとしての酸味は大好物である。ミカンと同じ柑橘系、レモン、ライム、カボス、スダチ、ユズなどは大いに結構。先月四国へ出向いた折にも「柚胡椒」と「すだち胡椒」を大喜びで買い込んできた。

 しかし果物としてスッパいのは、ヒジョーに苦手である。上に挙げた柑橘類を生のままカジろうとは、間違っても思わない。タレやダシと合わせてこそ、好物なのである。スッパいミカンはキライだ。秋の初めに出回る青いミカン。見ただけでサブイボが出る。カボスやユズも同じようなモンだろうという話だが、反応するセンサーが違っているらしい。果物は甘いに限るのだ。

 だからしてこの「プチスィート」は、たいへんヨロシイ。小さいこともあり、甘い甘いと一気に6個も食べてしまった。風邪予防にはヴィタミンCが良いと言うし、せっせと食べれば冬を健康に過ごせるのである。

 徳さん、お裾分け(と言うにはあまりにも大量)を、ありがとうございました。

’05/12/09 (金)

危ない邦題


 「クロスオーバーミュージック」とは、いつ頃生まれたジャンルなのか、僕は知らない。聞き始めは'70年代後半だったか、それ以前はジャズ・ロックと呼んでいたのだろう。'80年代には「フュージョンミュージック」と名が変っていたような気がする。それぞれ別物なのか同じものなのか、そのあたりも判然としないのである。

 このグループの音楽はクロスオーバーなのかフュージョンなのか。1976年発表だから、時期的にはクロスオーバーか。どっちでもいいか。「Brand X / Unorthodox Behaviour」(米PASSPORT RECORDS PB-9819)。再発盤である。新盤だが500円くらいだった。盤質は良くない。

 タイトルを直訳すると「正統でないふるまい」。これではアルバムタイトルにはならない。ので、邦題は「異常行為」という。尋常ならざる目つきの男がブラインドの隙間からこちらを覗うジャケットディザイン。よく考えられた邦題だと、思うがいささか危険でもある。現在の世相では、シャレにならない部分もあるからだ。今なら邦題を付けずにリリースするかもしれない。

 Brand X。ジェネシスのドラマーで有名なフィル・コリンズ、おっそろしいテクニックを持ったベーシスト、パーシー・ジョーンズ等が'76年に結成したグループである。上のレコードはデビュー作になる。

 メンバー全員英国人で、その所為かどこか世をスネたような音楽である。もの凄いスピード感のある楽曲だが、スカーンと突き抜けるような爽快感はない。次の瞬間には崩壊してしまうんじゃないだろうかと、思わせるような緊張感が常時ついてまわり、聴いていてハラハラする。はっきり言って疲れるのである。そこが魅力だ。当時、この手の音楽は掃いて捨てるほど出てきたが、その中にあって一聴して彼らとわかるサウンドである。

 初めて聴いた時は「なんちゅう難解な音楽か」と感じた。折角乗りかかってるのに、ナンデここで変拍子なのよと、イライラしたのである。高校生の頃だ。パープルだリッチーだレインボウだと騒いでいたガキンチョには、深すぎてワカランかったのである。

 今聴くと、なかなかに面白いのである。フィル・コリンズは異様に上手い。後年、ポップになってしまった彼と同一人物とは思えない。ヘタレたフィルはキライだ。やっぱり変拍子でしょう。何と言っても「正統でないふるまい」ですから。昔とはエライ違いである。

 '80年代に解散。'92、'97年には再結成されたと聞くが、今はどうしてるのかしら。

’05/12/08 (木)

爪の垢でも


 映像系の雑誌を買うのはほんとうに久しぶりである。前回はいつ読んだか忘れるくらいに。「ホームシアターファイル」。本屋さんで立ち読みしてみたら、面白そうな工作図面の付録つきで1,000円。コリャお得だと思わず買ってしまいました。

 図面もそうだが内容もなかなかに楽しめるものだった。近頃友達のおかげで少しばかり知識が増えた(ような気になっている)ので、ナルホドそうだったのかと膝を打ったり、ウチでも使えそうな機器を見つけて喜んだり。毎号とは言わずとも、時々は読まなきゃ遺憾のである。

 読者訪問の記事が充実していて、多くのホームシアターが紹介されている。専用タイプ、リヴィング共有タイプ、いろいろある。それら全てに共通することは、いずれも部屋がヒジョーに綺麗なこと。整理整頓されているのは至極当然、加えて造りやインテリアが如何にもスタイリッシュなのである。カッコイイ。美しい。極めて上質で快適そうな住空間である。

 我が箱船をふりかえってみる。なんという殺風景な、なんという武骨な、なんという不格好な空間なのだろうかと、ゲンナリしてしまうのである。筐体そのものの強度を最優先(ア○ハさんの設計ではないから安心です)し、内装にはお金をかけられなかったにしても、使い手の美的センスがあれば幾分かでも美しくできるはずだ。

 三管プロジェクターを導入した頃、当時S社のプロジェクターエンジニアでいらっしゃったM氏が僕の部屋を見ておっしゃったこと。

 「女性を招待できる部屋に、して下さい」

 それから10年以上経った今も、状況はまったく改善されていない。相変わらず「女性を招待できない部屋」のままである。

 「ホームシアターファイル」に登場するファンの、爪の垢でも煎じて呑め、と。

’05/12/07 (水)

日本オーディオ史


 「長岡鉄男の日本オーディオ史 1950〜82」(音楽之友社刊 ISBN4-276-24101-4)である。'93年10月30日第一刷発行。長岡先生の著書の中ではかなり新しい方である。

 この本には思い出がある。買ったのは'93年11月17日。箱船の完成日である。オーディオ機器の引越しをしながら、一休みしては雑然とした箱船の中で読んだ。のはもう12年も前かと、何だかウソみたい。

 オーディオ黎明期からCD誕生までの32年間を、カタログとともに辿ったオーディオ史である。実に面白い。第1章「オーディオ草創からステレオの登場まで」では、先生個人のオーディオ草創期にも触れてある。

 初めて買われたスピーカーが、ナショナル8P-W1(後のテクニクスEAS-20PW09、いわゆる『ゲンコツ』だ)×2のBHシステムだったと。評論家以前から、長岡鉄男は長岡鉄男だったのだ。「これも因縁だと思う。もし他のスピーカーを買っていたら、今の仕事にはついていなかったかもしれない」。う〜む、なるほどなあ。

 この本の1年後に「日本オーディオ史2 アナログからデジタルへ」(同社刊 ISBN4-276-24102-2)が出て、「オーディオ史」シリーズは完結する。「2」もたいへん面白い本である。

 CD誕生以来、23年が過ぎた。「オーディオ史」というにはまだ歴史が浅い感じである。が、近年はメディアやフォーマットの変遷が激しく(進化しているかどうかは別)なっている。音に遅れを取っていた映像分野もディジタル化が進む。もし長岡先生が今もご存命ならば、CD以降のオーディオ界をどう書かれたろうか。

 '82年からの30年、「日本オーディオ史3 1982〜2012」も読みたかったと、思うのである。

’05/12/06 (火)

初雪


 強い北風がひゅうと吹く。黒い雲が空を覆う。雷がゴロゴロと鳴る。気温は10℃に届かず、とても寒い。街の風景は、たちまちモノトーンと化すのだった。初雪である。

 それにしても実に鬱陶しい天気だ。2005年カメムシ予測は当りかもしれない。今年の初雪は昨年より20日以上早いのである。車のタイヤはまだノーマルだし、いささか慌てるのである。同様の人は多いらしく、朝から近隣道路での事故や渋滞の情報が聞こえている。たとえ1cmの積雪でも、ノーマルタイヤで走ることは自殺的行為なのである。

 長い長い冬が、始まってしまった。ああイヤダイヤダ。と、文句ばかりタレていても仕方がないのである。冬は雑草が生えないし、木の葉も落ちないし、雪が積もれば境内のアラも隠してくれるし、良いこともあるじゃないかと、感謝すべし。望むらくは、もう少し日照があればと、思う。

 しかし立冬からほぼ1ヶ月、冬至まであと17日である。冬至を過ぎれば日が長くなるほうに転じるわけで、そうであってみれば冬もそんなに長くはない。と無理矢理考えることにしよう。

 願わくは、一冬を無事に過せんことを。

’05/12/05 (月)

逆目狙うも沈没


 昨日に続き米EVERESTのタイトルをもうひとつ。「スクリャービン/交響曲第4番『法悦の詩』 作品54/レオポルド・ストコフスキー指揮/ヒューストンSO」(米EVEREST SDBR-3032)。(C)1959だから、録音は'58〜'59年ごろだろう。

 これも旧い録音である。昨日のレコードとは違って立派(?)な再発盤だ。写真ではわかりにくいが、ジャケットの印刷は三原色がズレズレでひどくウスラボケている。オリジナルジャケットのヤシャマゴコピーみたいな感じだ。どう見ても音が良さそうには感じられないのである。購入は'95年、大阪のレコード店、だったと思うが定かではない。

 「1枚370円均一」というワゴンセール(と言うよりはダンボール箱セールである)で、激安に喜び1箱まとめて買ったウチの1枚である。中身はノンサッチのジャケット毒々しい盤、ターンナバウトのカス盤などゴチャ混ぜで、店が不良在庫に困って投売りしたのだろう。

 あまりにもひどいジャケットなので、逆に興味が涌くのである。曲は派手なことで有名だし、指揮者はストコフスキーだし、ひょっとしたらひょっとする、というヨミもあった。まさにバクチ的ソフトである。

 予想的中。するほど上手くは行かないわけである。ハイ上がりで粗削り、音に艶がなくカサカサしている。管楽器は威勢良く飛び出してくるが厚み不足でウルサイ。音場はpとfでふにゃふにゃ変り、ヒジョーに不安定である。旧い録音の悪い部分ばかりが表に出てしまった印象だ。尤も、聴いたものは何番目のエディションかも分からないような再発盤だから、オリジナルだともう少しは良いのかもしれない。

 EVEREST、再発盤、ジャケット印刷ズレズレ、370円。逆目を狙ったつもりが見事に外したわけである。ま、こんなもんでしょう。

 狙って当てるには、まだまだ修行が足らんのである。

’05/12/04 (日)

1958年


 何とも言えない特徴的なジャケット、この雰囲気はこのレーベルでしか味わえない。米EVERESTである。この頃のタイトルは、幾枚か復刻もされているから、ご存知の方も多いだろう。ジョージ・アンタイルの「コロボリー」(SDBR-3003)などは有名である。

 上のタイトルは「プロコフィエフ/バレエ組曲道化師/ウォルター・ジュスキント指揮/ロンドンSO」(米EVEREST SDBR-3001)である。正確な録音日時についての記載はない。(C)1958とあるから、たぶん'57年か'58年頃だろう。今回手に入ったのは、復刻盤ではなくオリジナル盤である。ジャケット状態も盤質も良く、そのわりにはずいぶんと安かった。不人気なのかしらん。

 50年近く前とはとても思えない録音である。レンジが広く歪み感が少なく、非常に爽やかで見通しの良い音だ。音場感も極めて自然で生々しい。EVERESTにはとんでもないモノが沢山あり、買う時にはちょっとした勇気が要るのだが、これは当り盤である。

 尤も、これは長岡先生の「レコード漫談」(赤本)に取り上げられているから、バクチ的要素は少ないわけだ。先生の評に曰く「まず、レンジの広さに驚かされる。全体としてはハイ上がりなのだが、情報量が多く、音場が広く、奥行き感があり、32Hzあたりでもかなりのレベルで入っており、重低音、超低音の空気感も感じられる。SN比はイマイチ。」とある。

 「コロボリー」のオリジナル盤(1958年)も持っているけれど、音はともかくSN比が悪いのには往生した。経年劣化や取り扱いの悪さ、と言うよりは盤質(プレス?)の悪さに由来するもののようである。それに比して今回のレコードはかなり静かで、「SN比はイマイチ」とは思わなかった。

 旧い録音に素晴らしいものがある、てなことは既に常識で、今さら話題にするほどのことでもない。CDやSACDで山のように復刻されている昨今である。むしろ、新しいものの中に良いものが少ないという現状を悲しむべきである。ある程度の評価を得ている最新ソフトを聴いてみても、どうもパッとしないことが多い。結果、知らず我が目は過去の録音へ向いてしまうのである。

 時々凄いヤツにも当るのだが、もう少し増えてくれんかなあ。

’05/12/03 (土)

ちょっと外しました


 仏HMから出ているアトリウム・ムジケ/パニアグアのタイトルは、そのほとんどを複数枚持っている。僕はファンなのである。

 だが、「アラブ=アンダルシアの音楽」(仏harmonia mundi HM-389)、これだけが1枚きり。次がどうしても手に入らなかったのである。そもそもが中古市場へ滅多に出ない。世に出た枚数が少ないのか、持っている人が手離さないのか。今回、最初の購入('88年7月)から17年にして、ようやく2枚目を手に入れた。

 録音は最高である。艶があり透明で清澄、切れが良く繊細感抜群。音場は三次元的に広大で、何度聴いても飽きることがない。

 長岡先生の評価(外盤A級セレクション第1集6番)通り、A面最後の2曲に入っている水の音は特に秀逸である。聴いているだけで喉が渇きゴクゴク飲みたくなるような、冷たくて透明で美味しい音。水道水ではなく清冽な湧き水を思わせる。音だけでそこまでイメージできてしまうのである。

 2枚目にこだわる理由。それは、1枚目が独プレスDMM(ダイレクト・メタル・マスター)盤だからである。オリジナル仏プレスと比較すると、DMM盤は概して音色がドライな傾向になる。ひどく悪いわけではゼンゼンない。艶や色気といった曰く言い難いようなものが、僅かながら後退するのである。かの有名な「古代ギリシャの音楽」(HM-1015)などは、その違いがよくわかるタイトルのひとつだ。ユネスコマークつき仏プレス盤に人気が集まるのはその所為である。

 そういうわけでもう1枚、とこだわってきたわけだ。しかし、今回の物も独プレスDMM盤であった。純然たる中古盤。ジャケット、盤の状態は非常に良く、M+の看板に偽りなしである。仏盤でなかったのは残念だが、これはこれで喜んでいる。

 仏プレス盤、今後も気長に探して行くとしよう。

’05/12/02 (金)

似合わないから


 この手のアクセサリーが出回り始めたのは、いつの頃だったろうか。クリスタルガラスブロックの中に点々で立体的な像や絵を彫り込んだ、アレである。正式名称は知らない。「クリスタル3Dアート」とか言ったかな。

 ガラスブロックに対して3方向から1点で交わるようにレーザー光線を当てると、その交点の温度が上がりスポット的にガラスが溶融する。それが白い点になって残り、この点を立体的に並べて像を描く、という仕組みだそうだ。

 通常、クリスタルガラスとは酸化鉛(PbO)を添加したものをいう。10%前後の含有率でセミクリスタル、24%以上でフルクリスタルと称する。通常のガラスに比べ透明度、屈折率が上がり、比重も増すのである。3Dアートに使われるクリスタルには、さらに高い透明度と屈折度を狙いPbOを32%以上添加したものもあると聞く。

 当初はなかなかの値段で、5cm立方体で5,000円くらいだったか。最近は少しばかり安くなっているようだ。上の写真のものは、はっきり言ってマガイモノ。たぶんセミクリスタルでさえない。彫り込んである像も仕上がりが雑だ。愚息がどこかの縁日で買ったものである。500円だったと、言ってます。

 そうではあっても、暗い中で下から光をあてればそれなりに綺麗だ。実はこの光、SP-10MkIIIのストロボ部なのである。専用のディスプレイ台もあるけれど、それを用意するほどのものでもなし。

 PbO含有率の高いクリスタルガラスは、透明度屈折度が上がるかわりに重く、柔らかく、脆くなる。鉛が入るのだから当然である。となれば、オーディオ機器のスタビライザーに向いているのである。できるだけ大きなものを買い込み、機器の上に載せて下から光を当てれば、美しく効果の高いスタビライザー完成。小さいヤツは脚にしましょう。

 結構な考えだが、箱船には絶対似合わないだろうな。

’05/12/01 (木)

また一年


 12月1日の日誌書き出しは、毎年ほとんど同じである。能がないのである。しかしやっぱり感慨は同じ。長い1年だったとは、とても思えない。実に早かった。充実していたからなのか、頭の回転が遅くなったからか。たぶん後者なのである。

 HDDレコーダーを設置してある位置は、ご覧の通りである。メインに使うADプレーヤーの右側。カートリッジに近いわけである。AD再生にとって、良い環境とは言えない。不要輻射を嫌い自らの電源ユニットさえセパレートさせているのに、HDDなどがご近所さんにあって良いわけはないのである。

 実際、影響はある。ADを聴きながらHDD主電源をON/OFFすると、一聴瞭然だ。明らかにOFF時のほうが音が良いのである。ONでは何となくトゲトゲしくざわざわした感じになる。AD再生時にはHDD主電源OFF。これは鉄則であるらしい。

 レイアウトの変更も有効だと思う。映像、ディジタル関係機器を反対側へ移動させれば、影響はもっと小さくて済むだろう。わかっちゃいるけど動かせない。プリアンプとCDプレーヤー、プロジェクターと映像機器の位置関係からして、今の配置がベターなのである。

 まあ、スイッチを切るくらいたいした手間にもならないから、これでいいだろう。昔はいちいちピンコードを差し替えて聴いていたこともあるくらいだから。むしろ、ADを聴き終わった後、HDD主電源を入れ忘れることのほうが問題である。予約してある録画が飛んでしまうおそれあり。これはホントにやってしまいそうな気がする。「電源入れろ!」と書いた付箋を、HDDに貼り付けておくか。

 かっこ悪いね、どーも。