箱船航海日誌 2009年10月

日々雑感、出来事などを思いつきに任せて綴っていこう

過去の日誌コンテンツ

’09/10/31 (土)

年末への魂胆


 今日で10月も終りである。2009年の残りは正味あと2ヵ月。1年なんか「あっ」ちゅう間である。チマタでは、早くも年賀葉書が発売されたという。

 それなれば、というわけではないけれども、今年は例年になく早めに正月準備を始めている。年末にならないとできないことを除いて今のうちに完了し、できるだけ余裕のある大晦日を迎えようという魂胆である。除夜の鐘も今のうちに撞いておくか。エラい騒ぎに、なるだろうな。

 現状、全手順の1/3程度を完了したところ。あと1/3くらいはやっておけそうだ。残り1/3は、どうしても年末3日間くらいにならないと取り掛かれない。魂胆どおりにコトが進めば、随分と楽な年末が実現できる、わけだが。

 来月は、特にがんばりましょう。

’09/10/30 (金)

好天、その後は


 10月末とは思えぬ好天である。夏日寸前の、最高気温24℃。午後1時〜2時頃は、半袖でちょうど好い加減の暖かさであった。

 30日も同様の好天になると予報されている。大変結構。だが、こんなことが続くと思ったら大間違い。週末からは強烈な寒気が南下し、一気に冬へ突入するそうだ。日本海側の山沿いでは、霙か雪が降るという。

 ああ、イヤダイヤダ。

’09/10/29 (木)

高音質ディスク聴きまくり


 MYUさんからは折りに触れ、貴重な情報をお知らせいただいている。今日は拙掲示板まで、「高音質ディスク聴きまくり」で取り上げられたディスクを紹介するオーディオイベントのご案内をくださった。いつも本当にありがとうございます。

 AUDIO BASIC誌に連載中の「高音質ディスク聴きまくり」、僕は毎号とても楽しく読んでいる。地方在住の身としては、貴重な情報源なのである。最新号(52号)では、大いに興味を惹くディスクが紹介されていた。

 「THE ALL STAR PERCUSSION ENSEMBLE」(米FIM GS DXD 002)である。記事中、炭山氏がおっしゃっているとおり、以前長岡先生が優秀録音盤として紹介されたADの、最新CDバージョンだ。ちょっと珍しい純銀蒸着CDである。

 写真の如く、(P)1983のAD、(P)不明のCDが手持ちにある。ありがたいことに、どちらも友達からのいただきものである。ADはもちろん、CDもなかなか優秀。これだけ持ってりゃもう要らんじゃないか。とは考えない。僕は馬鹿でスケベなのである。

 記事を読んですぐさま買いに走った、ところが、TBMレコードではすでに売り切れ。二の手を捜してe-reco.comで見つかったが、入荷まで時間がかかるという返事で、只今到着待ちである。かなり丁寧に作られたCDのようだから、ヒジョーに楽しみなのである。31日のイベントでは、このディスクも聴けるのだろうか。

 もうちょっと近ければ、馳せ参じるのだけれども。

’09/10/28 (水)

旧い書簡に思う


 探し物をしていたら、とても懐かしいものが出てきた。友達からの書簡である。消印を見れば、平成9年(1997)になっている。12年前、スピーカーをネッシーMkIIからスーパーネッシーへ変更して間もない頃である。

 今も親しくご縁のある友達である。この頃は彼も僕もまだPCを持っていなくて、連絡は専ら電話か書簡であった。それが今ではe-mailにとって代わっている。便利になったわけだ。

 丁寧な手書きの書簡からは、友達の心の暖かさ、人柄が強く感じられ、懐かしさも一入である。e-mailに欠けている良さだと思う。便利になった反面、失われたものもあるのだ。

 手軽さ、便利さに負け、ついついPCに頼ってしまい、自分の手で文章を書かなくなって既に久しい。僕のバヤイは、生来の悪筆を隠す目的もある。本来、これでは遺憾のだろうと思う。友達からの旧い書簡を読み、改めて手書きの良さに感じ入ったのだった。

 久しぶりに、手紙を書いてみようかな。

’09/10/27 (火)

冬の匂い


 夜になっても雨は止まず、却って激しくなったようだ。台風20号の影響であろう、風も強めである。

 台風に伴う南寄りの風である。その所為か、外気温はさほど低くないものの、室内は寒い。終日、日照がなかったからである。室内温度19℃。一昔前は「適温は18〜19℃」などと言ったものだが、それでは寒いのである。僕は特段の寒がりなのだ。

 とうとうファンヒーターを稼動させてしまった。ああ、ヌクい。大変ケッコウである。けれども、これが動き始めると、部屋は一気に冬の匂いで充満し、何とも憂鬱な気持ちになるのもまた事実。今年もニガテな季節が、やって来るのである。

 そう、間もなく11月なのだから。

’09/10/26 (月)

寒雨


 先月、今月と好天日が多く、雨はほとんど降っていない。気温も高めの日が多かった。雨も曇も寒いのも大嫌いな僕としてはたいへんありがたいのである。

 こんなことはいつまでも続かない。続いたら困るというムキもあるわけだ。今日は終日冷たい雨模様である。気温も16℃くらい。寒いのである。

 好天、高気温の秋の所為で、国内産マツタケは空前の不作だと仄聞する。100g6万円だそうだ。ムチャクチャです。ちょっとしたお店でマツタケご飯食べたら、いったい幾らになるンだろうか。ああ、こわ。

 この雨が上がれば、ぐっと冷え込むという。そうなれば、遅まきながらのマツタケがどんどん出てくる、かしらん。

 あんまりカンケーないけど。

’09/10/25 (日)

二者二様


 持ち味が違う2台のADプレーヤーを使い分けていると、それぞれに合う、または合わないカートリッジがある。何を今さら、当たり前ではないか。

 当たり前だが、予想をはるかに超える違いが出るものがあり、思わず「なるほど、こーゆーことになるわけか」と、改めて面白がっているのである。

 総合的にはADP1号(写真左)のほうに一日の長がある感じだが、カートリッジによっては圧倒的にADP2号(同右)とマッチングがよいこともある。アームに始まりキャビネット、モーター、ヘッドアンプ、PEQ、果てはケーブルに至るまで、両者の再生経路にはほとんど共通点がないから、何が音を決めているのかゼンゼン分らない。

 それはともかくとして、今後は手持ちのカートリッジ全てを、両方で聴いてみなければ遺憾なあと、思うのであった。

 楽しみが増えました。

’09/10/24 (土)

アホか


 再修理保障が効くのは修理完了日から3ヵ月以内であると、明細書には明記してある。今回の修理では、まさに保障のおかげさまで大いに助かったわけだ。今回もその間はできるだけ頻繁に使い、不グワイの有無を観察せねばならないと、せっせと稼動させているVPH-1252QJである。

 今のところ、問題はまったく起きていない。至って正常である。ヨカッタヨカッタ。と、喜びながら今日も電源を入れたら、起動はするが画が出ない。スクリーンマックロケ。正常なら「20分待て」のメッセージ入り全白画面が出るはずだ。

 エラいこっちゃ。またまた故障か。いよいよ遺憾、こりゃもうダメだと、ガッカリゲッソリしながらレンズ側へ廻ってみて、オノレの馬鹿さ加減に一人ゲラゲラ笑ってしまいました。上の写真をご覧になれば、もうお分かりだろうと思う。

 レンズカバーを外していなかったのである。何をやってるンでしょーか。これでは画が出ないのは当たり前。外したら、ちゃんと映りました。アホである。

 8月にレンズクリーニングして以後、埃をできるだけ避けるため、使わない時にはレンズカバーを被せるべく習慣化しようと決めたのだった。使った後に「被せる」ことだけ覚えていて、「被せた」ことは忘れているのだ。絵に描いたようなマヌケぶりである。

 きっと、またやるな、これは。

’09/10/23 (金)

第一選択


 ここしばらくADP1号に使っていたHELIKONを、考えるところあってeminentに替えた。少々ご無沙汰、と思い調べてみたら、2月以来8ヵ月ぶりである。斯くも長くこのカートリッジを聴かなかったのは、初めてかもしれない。

 長いお休みで、最初はいささか寝ぼけた音が出るかと思いきや、まったく問題なしである。すごく良い音だ。M85さんにお手配いただいた試聴機を初めて聴いた時の感激が、鮮明に思い出される。

 やはり僕の第一選択カートリッジは、コレである。

’09/10/22 (木)

工事建設委員会


 来春から夏にかけて、当寺設備の一部改修工事を計画している。写真は、今晩開いた工事建設委員会の様子である。

 寺院とは、住職と檀家が一致協力して維持運営する、ある意味公共的な施設であると考えられる。所有権が住職個人に無いことはもちろん、住宅ですらない。宗教活動に具するための施設の一部を、便宜上住宅のように使用させていただいているに過ぎないのである。

 よって、各種設備に手を加えるバヤイ、住職の一存で計画を進めることは絶対にできないし、してはならない。檀家総意としての是非を問わねばならないのである。総意によって計画を是とされたらば、即座に小委員会を設置し、若干名の委員を選出する。計画の推進実行は、その委員諸氏によって為されるわけである。

 今回選出された委員諸氏は、文字通り「建設」的かつ協力的、加えて行動力のある方ばかりである。すでに複数回の会合を開いているが、住職としては心から安心して全てをお任せできるのであった。

 今夜の委員会も、極めてスムーズに議事が進み、重要な案件を円満無事に決議していただけた。心から感謝せねばならないと思う。皆さん、本当にありがとうございました。おかげさまでございます。

 計画完遂まで、何卒よろしくお願い申し上げます。

’09/10/21 (水)

敢えて、奢る


 WE-407/23のインサイドフォース・キャンセラー(以下、IFC)は、錘の重量でアームを外側へ引っぱる力を加える方式である。ゼロバランス、針圧、ラテラルバランスを調整するバヤイには、錘を外して作業せねばならない。各種調整が終わったあと、最後にIFC錘の糸を所定の目盛に引っかけて再生準備完了となるわけだ。

 ところが、しばしばこれを忘れるのである。ちょっとグワイが悪い。尤も、IFCをかけないほうが音がよい、という説もあるから、イノチにかかわるような大問題ではないとも言える。個人的には、IFC有りのほうを採るから、やはりかけ忘れは困るのである。

 そこで、昨日のSUS円柱が登場する。使い方は写真の通り。極めて単純明快。IFC錘の置き台、である。

 錘を完全に外して他の場所へ置いてしまうと、付け忘れる可能性が高い。ので、アーム脇に糸を充分緩められるだけの高さを持った台を置き、その上に錘を避難させておくわけだ。こうすれば、調整後の錘かけ忘れを防げるし、錘の紛失という最悪の事態も避けられるのである。

 高さを違えて3種用意されているのには、理由がある。いくら事前に寸法を測っていても、実用に際しては不グワイがあるかも知れない。高さ40mmを基本として±5mmで3個作っておけば、いずれかが適合するだろう、という友達の配慮によるものである。

 実際に使ってみると、3個とも何ら問題なく適合する。写真は30mmタイプを使ったところ、僕としてはこれを標準としたい。30mmφの外径寸法も絶妙、アームのすぐ脇に置いても再生の妨げにはならない。常設して使えるのである。

 高ささえ適合すれば、何もSUSムク円柱でなくともよいのである。たとえばフィルムケースでもOKだろう。そのような無駄を承知の上で敢えてSUSを奢るところに、趣味の面白さがあるのだと、僕は思う。

 実に、楽しい。

’09/10/20 (火)

ステンレス円柱3種


 いつも多くの教えを乞うている友達から、写真のようなものが届いた。なんだ、これは。毎度コレばっかりだケレドモ。

 ステンレス円柱3種。径はいずれも30mmφ、高さだけを5mm刻みで違えてあり、右から40mm(実測221g)、35mm(同192g)、30mm(同170g)となる。ステンレス丸棒から切り出し、丁寧に加工研磨してあるのはご覧の通り。たいへん美しい鏡面仕上げである。もちろん、製作は友達の手によるものだ。ありがとうございます。

 分銅のようにも見えるわけだが、本来の用途は別にある。タネを明かせば「なにもそんなことに、大袈裟な」と思われるかもしれない。が、「そんなこと」に拘るを以って「趣味」と謂うのであってみれば、この円柱はまさに「趣味の一品」なのである。

 続きは、また明日。

’09/10/19 (月)

今度こそ、復帰


 VPH-1252QJは、その後正常に動いている。例によって目をショボショボさせながら、各種調整も完了した。

 先月末に録画しておいた「東京JAZZ 2009」、120インチスクリーンでで見るのは初めてである。なかなかきれい。旧いプロジェクターだが、少なくとも母屋の46インチ液晶テレビ(最近愚妻が買いました)より自然だと感じた。液晶のカリカリした画は、イマイチ好きになれない。パッと見では、くっきりしてきれいなのだけれども。

 今回の修理が、どれほどの延命効果をもたらすのか。それは今後も継続して使ってみないとわからない。メーカーは「これでしばらくは大丈夫」と言う。それを信じて、大切に使って行こうと思う。

 いつまでイケるかしらん。

’09/10/18 (日)

次回は2012年


 写真は、法要が始まる直前に撮ったものである。準備の最終確認をしているところだ。

 朝7時から始まった今日の法要は、150名以上の参詣を得て夕方4時前、大過なく無事に終了した。撤収作業を終わり、帰ってきたのは午後7時であった。

 気楽なヒラでも、やはりそれなりの緊張感はあったようで、少々くたびれました。ともかくは、無事に終えることができて、ヨカッタヨカッタ。お天気も上々だったし。皆さん、本当にお疲れさまでした。

 次回開催は、2012年秋である。

’09/10/17 (土)

三年に一度


 17日、近隣のお寺で法要あり。さらに18日は、同じお寺で前日を上回る規模の法要が続く。2006年から3年ぶりの開催である。

 前々回2003年はウチが当番寺院で大騒動、前回は実行委員長でヤッパリ大騒動。しかし今回はヒラだから、気分はずいぶん楽である。お当番の和尚様は、本当にお大変なのである。

 準備はほぼ完了した。あとは本番を待つのみである。

’09/10/16 (金)

同じSUS製であっても


 写真左に見えるのは2000年1月、友達に依頼して作ってもらったスタビライザーである。試作第2号SUS製。形状はMICRO ST-10に倣ってある。実測重量980g。

 有体に言えば、成功作とはならなかった。どこかしら音に鈍さと重さがあり、抜けが悪い。同時期に作った試作第1号純銅製スタビライザーに比べても、如何にも面白くない音になってしまったのだった。今ではほとんど登場の機会がなく、すっかりコレクション入りしてしまった。爾来、SUS製のスタビライザーにはあまり良いイメージを持っていなかったのである。

 恥ずべきことだと、思う。たった1回の、しかもヒジョーにいい加減な実験によってSUSに不信感を抱く、とは、たいへん愚かなことなのだ。ご恵贈くださったSUSスタビライザーでADを聴き、それを思い知らされたのである。

 極めて鮮明で、一音一音がくっきり浮かび上がる感じ。鈍さ重さは皆無、音抜けも非常によい。全域にわたって力感の向上が凄い。特に際立つのは低域の充実感である。筋骨隆々としたハードな低域が、ぐんぐん押し寄せてくる。これは痛快である。同じSUSであっても、随分と音が違うのだ。何故だかゼンゼン分りません。

 一つの要素だけで音が決まるほど、単純なお話ではないのである。材質、形状、重量、仕上がり精度など、音を変えるファクターは無数にあるのだろう。役割としては、タダの重石であるスタビライザーに多くの製品があるのは、その証左かもしれない。

 とまれ、優秀なSUS製スタビライザーに、僕はとても喜んでいる。

’09/10/15 (木)

素晴らしい贈り物


 SUSプラッタをお借りしている藤崎氏より、素晴らしい贈り物を頂戴した。写真の、SUS製ADスタビライザーである。もちろん、藤崎氏オリジナルである。ご厚意には、心から感謝せねばならない。本当に、ありがとうございます。

 僕が現用するものよりも底面積が広く、背が高い。対して括れ部分の径は少し細めになっているから、総重量ではやや軽く、それでも実測890gある。一般的には重量級といえる。

 工作精度が極めて高く、ルックスは最高。プラッタに同じく、非常に注意深く丁寧に加工されていて、まったく研磨せずともご覧のような輝きがある。SUSをここまで美しく仕上げるには、相当な技術を要するはずだ。ドシロウトの僕でも、想像に難くないのである。

 非常に掴みやすい、のは、括れの大きい形状と、加工の優秀さに拠るところが大きい。指に吸い付くような感触なのである。これには大いに感激した。よほどマヌケなことさえしなければ、落下事故の心配はないだろう。

 一見、鳴き易そうでいて、実際にはまったく鳴かない。指先で何処を弾いても、爪の音がするだけ。それもそのはず、この形状に至るまでに、幾つかの習作を製作された上での最終型なのである。よく考えられているのだ。

 斯くの如く懇切丁寧に作られたものが、悪かろうはずもない。肝心の音も、ルックスに違わぬ素晴らしいものであった。

 詳しくは、また明日。

’09/10/14 (水)

空席埋まる


 ゲンミツに音だけのことを考えれば、ナイほうがよいプロジェクターである。けれども、、やはりこうして空席が埋まってみれば、何となく落ち着くのだった。VPH-1252QJ、無事帰還である。

 今回の不グワイは、スイッチONしても正常に起動しない、というものだった。仮設置直後、サービスマンが居るうちに、きちんと改善されているかどうか確認したところ、どうやら大丈夫なようだ。今度こそはホンマモンの「修理完了」に、なって欲しいと願うのである。

 前回修理に不備あり、ということで、この修理は無償となった。添付されてきた明細書には、部品代、技術料、出張料などが計上されている。税込合計額を見て、ビックリ。前回を遥かに上回る、凄い額である。

 尤も、自己負担になっていたとしても作業依頼するつもりだったから、得をしたという感覚よりもメーカーさんお気の毒、といった感が強い。ありがたいことだと、思う。

 心配していたレジストレーションメモリーは、消えずに残っていた。微調整は必須だが、大騒動はせずに済みそうである。ヨカッタヨカッタ。

 気がつけば、故障発生から3ヵ月。長かったなあ。

’09/10/13 (火)

明日、帰還


 再修理に出していたプロジェクターVPH-1252QJが明日、やっと帰ってくることになった。8月26日から48日ぶりの帰還である。

 ずいぶん永くかかってしまったのは、故障箇所の特定に手間取った所為だと聞いている。こちらとしては、きちんと修理されていさえすれば何ら文句はない。手早い、けれどもいい加減な作業をされるよりずっと良いのである。

 前回の修理後は、それまでのレジストレーションメモリーが消えずに残っていたから、再調整は比較的楽だった。今回はどうだろうか。サービスに聞けば、電源系統のパーツを数多く交換したという。過去の修理履歴からするに、このバヤイはメモリーが飛び「工場出荷状態」に戻っている可能性が大なのだ。

 そこからの調整は、なかなかホネが折れるのである。

’09/10/12 (月)

入魂の一作


 まずは実践、の前に、研磨を実行せねばならないのだった。モノには順序、ということがあるわけである。

 このように外して蛍光灯の明るい光で照らしてみると、白熱灯下では目立たなかったくすみが、顕わになるのだった。研磨の不均等、というよりは、やはり研磨後の洗浄が不充分だったようである。何事も、手を抜いてはイケマセン。

 このTTプレートと初めて出会ってから、もう7年が経った。爾来、ずっと使い続けている。音の良さは言うまでもないことだが、加えるに、モノとしての魅力が極めて大きいのである。今以て僕は、見飽きない。眺めているだけで勇気が湧いてくるような、不思議な力があるのだ。

 入魂の一作とは、このようなものを指して言うのだろうなあ。

’09/10/11 (日)

実践


 現状、ADP2号のSUSプラッタと砲金TTプレート間には、fo.QTTシート RS-912の2mm厚タイプを挟んである。この使い方で再生される音に、不満があるわけではない。

 得難いご厚意によって試聴させていただいているSUSプラッタである。それを思えば、漫然とこのまま使い続けるのも礼を失した行為とも言える。使用条件を変えたバヤイ、音がどのような変化を見せるのか。それを素直にお伝えすることも、ご厚意に報いる一つだと考えるのである。

 一度、fo.Qシートを取り去り、SUSプラッタに砲金プレートを直載せした状態で聴いてみようと思う。加えて、1mm厚タイプも使ってみたい。現在、ADP1号に具しているものである。何となく、2mmは厚すぎるような気がしてならない。例によって科学的根拠に乏しい、僕のいい加減な「勘」である。

 まずは、実践。

’09/10/10 (土)

秋冷


 台風が去ったあと、当地は一気に寒くなってしまった。今朝の気温10℃、最高気温は18℃である。さすがにもう半袖は厳しく、夜になると暖房が欲しくなる感じだ。

 今月2日を最後に、とうとう蝉の声が消えた。台風の風が、夏の欠片も吹き飛ばしてしまったようである。ついでに木々の枯葉も吹き飛ばし、庭は落葉でタイヘンなことになっている。

 冬枯れの季節まで、落ち葉掃きに専一である。

’09/10/09 (金)

もう一度


 昨日と似たような上の写真は、ADP2号の砲金TTプレート現状である。7月末から使い始めて3ヵ月と少し、よく見ると外周部5cmくらいの幅で色が変わり始めている。全面同じように磨いたはずが、どうしてマダラになってしまったのか。

 磨き方が一様ではなかったこと。洗浄が不充分だったこと。おそらくこの二点が、大きな原因だろうと思う。要するに、磨いたヒト(僕です)に、不手際があったのである。

 シロウトの手作業で、斑なく一様に磨き上げるのはなかなかに困難である。洗浄作業も同様だ。作業完了直後は均一に仕上がったように見えていても、時間の経過とともに不グワイが浮き上がってくる。現状、その通りになっているわけである。

 解決方法は一つしかない。もう一度丁寧に磨き、丁寧に洗浄する。幸い、箱船2階の研磨工場は店開きしたままだから、ここは一気にやってしまおう。

 これもまた、楽しみの一つだ。

’09/10/08 (木)

輝き、戻る


 ご覧の通り、砲金製TTプレートはたいへんきれいになりました。使用開始当時(2002年7月)に寸分違わぬ、ツルツル鏡面が戻ってきた。こうして磨き終わってみれば、やっぱり美しく輝いているほうがヨイのである。当たり前だ。

 とても嬉しいから、早速音を聴いてみた。ここのところ、藤崎氏謹製SUSプラッタによって音が良くなったADP2号の試聴に専らであって、1号を聴くのは久しぶりである。

 良い音だと思う。永く使っているADP1号には、やはり「一日の長」というべきものがあるようだ。どこかしら、どっしりと腰を据えたような落ち着きが感じられる。5年間、本体を動かすことなく使い続けている恩恵だろう。

 視覚が聴覚に与える影響の大きさを、改めて感じたところもある。TTプレートがきれいになると、音も一緒に美しく艶やかになったように聴こえてしまうのだ。不思議だが事実である。まあしかし、この現象には個人差があると思う。僕は、馬鹿でスケベな「ムクモノ・ヒカリモノマニア」だから、きっとバイアスがかかりやすくできているのだ。

 ADP1号、2号とも、たいへん好調。おかげさまである。

’09/10/07 (水)

4年分のくすみ


 ADP1号に使っている、Y31さん謹製砲金TTプレートである。ADP2号に磨き立てのものを載せて以来、それまであまり気にならなかったくすみが目立ってしまって仕方がない。比較対象があるというのは怖いものである。久しぶりに磨くことにした。

 何時から磨いていないのだろうかと、過去日誌を調べてみて驚いた。前回の研磨は、2005年10月である。知らぬ間に4年も経っていたのだ。そんなに永い間、磨かないまま使っていたなんて。

 けれども、そのわりには汚れもくすみも極めて少ないように見える。これはやはり、元々の工作精度の高さと、素材が優秀であることの証左だと思う。非常に丁寧に、一切手を抜かず作ってあることを、改めて思い知らされるのである。

 研磨は例によって、ダイヤモンドペースト#15000のみで実施する。表面のくすみを除去するだけだから、さほどの労苦はなく、すでに半分以上終わっている。

 明日は、美しくなった姿をお目にかける予定であります。

’09/10/06 (火)

複雑怪奇


 人間の目で見て「クルクル」回っているように見えるフォノモーターも、ミクロ的に監視すれば、やはり「カクカク」回っている、ということは、無学な僕にもわかる。以下、そのことについて書いてみる。けれども、元より浅学非才の輩が書くことである。誤りがあれば、謹んでご叱正、ご教示をお受けしたいと思う。

 モーターには「コギング」(モータにおいて、電機子と回転子との磁気的吸引力が回転角度に依存して細かく脈動する現象)というものがある。ドライブ方式の如何に関係なく、モーターそのものに発生する現象である。1976年にSONYが発表したフォノモーターTTS-8000は、原理的にコギングが発生しないブラシアンドスロットレスモーターを採用していたと仄聞するが、これは特例だと思う。

 コギングから逃れ、できるだけ滑らかな回転を得るためにいろいろな方策が立てられている。その一つが、フライホイール効果である。モーターに弾み車を取り付け、その慣性でコギングを熨す、という考え方である。フォノモーターのバヤイ、その弾み車がプラッタになるわけだ。

 モータートルクが強大になればコギングも大きく、トルクが小さければコギングも小さくなる。単純に考えると、小トルクモーターに大慣性プラッタを組み合わせれば、極めて滑らかな回転が得られそうだ。

 滑らかな回転、という点ではそれがベストかもしれない。しかし、LPを再生するのがADプレーヤーの役目である。LPの音溝を針先がトレースする時に発生する負荷抵抗に、ビクともしない強力なトルクが必要にもなるのだ。だとすれば、大トルクモーターに大慣性プラッタを組み合わせたほうが良い。のか。

 このほかにも、小トルクモーターに小慣性プラッタを組み合わせ、回転の揺らぎは徹底して電気的ハイスピードに制御する、という考え方もあると聞く。いずれにしても、事態はそんなに単純ではないのである。

 モーター、回転制御、慣性、ドライブ方式、その他諸々の要素が複雑怪奇に絡み合いながら、ADプレーヤーは成り立っている。何処にベストバランスがあるのか、僕などに分ろうはずもない。ただ、個人的には、曖昧さが少ないと感じられる、強力なモーターによって構成されたDDが好きである。

 だからと言って、その他のドライブ方式がDDに劣っているとは、まったく考えない。DDが好きだと言いながら実は、往年の名機MICRO SX-8000IIに、未だ憧憬を持っていたりするのだ。エンドユーザーとしては、複数の方式が鎬を削っている状況であればあるほど楽しめるものだと思う。しかし、それは望むべくもないのが現状である。

 致し方ないところだと承知しながら、少しく残念でもある。

’09/10/05 (月)

DDはカクカク回る


 「ベルト・ドライブプレーヤー(以下、BD)はクルクル回るが、ダイレクト・ドライブプレーヤー(以下、DD)はカクカク回る」

 オーディオファンなら、こんなお話をどこかで一度は、耳に(或いは目に)されたことがあると思う。僕はどこで聞いたのだろう。おそらく、大昔のオーディオ誌上だったと思う。

 もし、DDが本当に「カクカク回って」いるとしたら、こりゃ大変だ。ワウもフラッターもクソもない。音にならんのである。ほとんどDDプレーヤーしか使ったことのない僕なんか、二十数年間ずっとそんな音を聴いていたことになるわけで、我がオーディオのコンカンを揺るがす大事件、なのである。エラいこっちゃ。

 そんなアホな。実際には、BDだろうがSD(糸ドライブ)だろうがAD(アイドラー・ドライブ)だろうがDDだろうが、全てクルクル回っているのである。動いたり停まったり、間歇的にカクカク回るようなプレーヤーは、どこを探したって存在しない。

 では、何故DDにこのような風評が立ったのか。知識豊富な友達からもらった技術的情報の中に、それを推し量るヒントがあった。

 DDプレーヤーからプラッタを外し、モーターだけを回転させたとする。このバヤイ、定速で回転するものと、起動と停止を繰り返しながら回転するものとの2つに分かれる。前者は速度検出センサーがモーター内に仕込まれている方式、後者はセンサーがターンテーブル外周部にセットされている方式である。

 センサーがモーター内にあれば、プラッタの有無に関係なく回転検出が正常に行われ、問題なく定速回転する。プラッタ外周部にセンサーがあるバヤイ、プラッタを外してしまうと正常な回転検出が不可能となる。結果、起動と停止を繰り返す、イワユル「カクカク回転」となってしまうわけである。

 2方式、どちらが優れているかについては、この場では触れない。ともかく「DDカクカク回転疑惑」の論拠は、ここにあると思われる。とんでもない誤解である。或いは、装置として完全形でなく、正常に動作していないものに対する「言いがかり」と言ってもよい。

 さて、現在のADプレーヤー事情を俯瞰してみるに、BD圧倒的優勢である。国産製品ではDDが多いものの、近頃元気な外国製品ではそのほとんどが、BDを採っている。

 やはりDDは、カクカクしててダメなのだろうか。

’09/10/04 (日)

ちっともアリガタくない


 一昨日の明け方、左手に走った強い痛みで目が覚めた。より正確に表現すると、「痛い」というよりは「熱い」感じである。蜂に刺されたバヤイと似ている。何事かと調べてみると、左薬指、掌側第二関節あたりを、ナニモノかに刺されたようだ。

 実行犯の姿は既に見えず。とりあえず虫刺され用の薬を塗って、ちょっとヒリヒリするものの大したことはあるまいとそのままにしておいた。

 それが今、エラいことになっている。第一関節から付け根までの間が、真っ赤になって通常の1.5倍くらいに腫れ上がっている。パンパンで指が曲がらない。加えて、ひどく痛痒い。正に、蜂に刺された予後と同様の症状である。

 これは、と思った。以前にも同じような経験があるのだ。犯人はアリガタバチに違いない。当地では「コシボソ」と呼ぶ、羽のない蜂の一種である。体長2.5mm〜3mmの小さなヤツだが、コイツの毒はなかなか強力である。然るべき薬を使っても、症状が治まるには最低1週間はかかるだろう。

 幸い、アナフィラキシー・ショックも起きなかったし、まあ、仕方がないのである。ただ、猛烈なカユさには、往生するのだ。

 体の免疫機構が、アリガタバチの毒と戦っているのである。

’09/10/03 (土)

10年目へ


 拙webページ「船長の戯言」は、今日から10年目へ入ることになる。開設以来9年が経ってしまったなんて、まったくウソのようだ、と、毎年同じような感慨を持つのだった。

 先日、修行時代を共にした旧い友達から、連絡があった。それはもうずいぶんなご無沙汰であって、とても懐かしい思いで手紙を読ませてもらったのである。聞けば、このwebページを折に触れ読んでくれていたそうだ。

 元より「戯言」と題し、凡そ役に立っているとは思えない駄文である。そんなものでも何処かで旧い友達が読んでいてくれたのだと知れば、続けてきた甲斐もあると言うもの。ありがたいことである。

 そういえば昨秋、同時期にも似たような出来事があった。たまさかではあっても、斯かるご縁があればこそ、僕は日誌に駄文を連ねるを止めることができないのだろうと思う。

 もちろん、これまで親しくご閲覧くださり、また貴重な情報をご投稿、ご教示、時には大変なご親切をいただいてきた方々へ感謝せねばならないのは、言うまでもない。まったく以って、おかげさまである。心から御礼申し上げます。本当に、ありがとうございます。

 今後とも、何卒よろしくお願い申し上げます。

’09/10/02 (金)

馬鹿なしくじり


 昨日のシリカゲルを、5分間チンした結果が上の写真である。見事コバルトブルーへ戻って再生完了である。当然の結果だが、何だかとても嬉しいのだった。

 加熱直後はヒジョーに熱いから、新聞紙に拡げて冷ましているわけだが、ここでちょっと面白いことに気が付いた。

 写真は拡げた直後のもので、きれいな青色である。しばらく眤と見つめていると、端のほうからどんどん色が薄くなり、3分ほどでやや紫がかった青に変化してしまった。要するに、湿気を吸っているわけである。

 シリカゲルの変色が分るほど、この部屋の湿度は高いのか。いや、違う。敷いてある新聞紙の湿気を吸っているのだ。常温のシリカゲルを拡げたバヤイなら、こうはならないだろう。なまじ熱いものだから、新聞紙に含まれた水分が一気に水蒸気化し、シリカゲルが湿ったのだと思う。

 早く冷ましたい一心で新聞紙へ拡げ、乾かしたシリカゲルをまたぞろ湿らせてしまったわけだ。実にマヌケなお話である。リクツを弁えない無知の輩は、こーゆー馬鹿なしくじりをやらかすのである。

 もう一度陶器の皿に戻し、今度は3分間チンして青色へ戻し、容器のまま冷めるのを待つことにした。

 「失敗は成功の母」。というには、あまりにも次元が低い。

’09/10/01 (木)

仕事後のシリカゲル


 「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」。早くも10月である。

 8月25日の日誌で話題にしたシリカゲルである。その時、「水分を吸着するにつれ、青→赤紫→淡桃(ピンク)色と変色する」と書いた。こんなに深い青色のものが、本当にピンク色へ変化するのか。と、馬鹿な僕は疑ってかかったものだが、1ヵ月と少し経ってみればご覧の通りである。

 このようになるべく作ってあるわけだから、当然なのだ。そうと分かっていても、ヤッパリ不思議である。このシリカゲルは、音もニオイもなくちゃんと仕事をしていたのだ。エラいものである。

 友達から送ってもらった時、交換時期について丁寧な解説がついていた。

 「まだ青みが残っている状態で湿度35%を キープする。完全にピンクに成り立てで45-50%程度。そのまま放置すれば、次第に部屋の湿度に近づいて行く。交換の時期は、完全にピンクになってからで十分間に合う」

 上のシリカゲル、青みはほとんど残っていないが完全にピンクでもない。デシケータ庫内の湿度計はは40%を指している。まったく友達の解説どおりなのである。もうしばらくは交換(或いは再生)せずとも大丈夫。だが、ここまで変色したものを再生するのも面白い。

 明日は、コイツを電子レンジで加熱してみよう。