箱船航海日誌 2007年06月

日々雑感、出来事などを思いつきに任せて綴っていこう

過去の日誌コンテンツ

’07/06/29 (金)

諦めました

 この調子では、日付の補正はとてもできそうにない。ついに諦めてしまった。不徳の致すところである。どうやら今年の航海日誌は、記録的な休載の多さになってしまいそうだ。これまでになく業務繁忙になっていることに加えて、体力気力の低下が著しいような気がする。遺憾です。

 ともかくも明日、明後日が終われば、少しく一息つける。はず。今の状態では趣味すらも楽しくないのである。

 早く終わらんかなあ、もう。

’07/06/26 (火)

多重ブッキング

 月末の行事準備に加え、火急の要件が複数重なり、エラいことになっている。またまた日誌上と実際の日付がメチャクチャである。申しわけない。来月1日までは、どうやらこんな調子が続きそうなグワイである。

 何卒、ご寛恕ください。

’07/06/25 (月)

末永く愛用


 ちょっと調べたいことがあり、何年かぶりにC-280Vの取説を開いたら、懐かしいモノが出てきた。C-280V記念テレフォンカードである。「GRAND PRIX GOLD AWARD」とあるところを見ると、何かの受賞記念であるらしい。1991年10月末に、当時の社長でいらっしゃった、故・出原眞澄氏のご丁寧な挨拶状とともに送られてきたものだ。

 すっかり忘れ去っていた。そういえばこういうものを貰っていたのだなあ。挨拶状の最後に「C-280Vのテレフォンカードを作成しました。同封しましたのでご利用いただければ幸いです」とある。そんなもん、勿体無くて使えますかいなと、今日まで存在を忘れるほど大切に保管してきたわけだ。

 この時から既に16年が経とうとしている。C-280Vは今もバリバリの現役である。一度はC-AX10に浮気をしてみたものの、すぐに元に戻してしまった。このプリには、得難い馬力と切れ、透明感と浸透力が、ある。さすがにディザインは旧くなった感が否めない、けれども、音は決して古くないと思う。

 「全社員が精魂込めて作り上げましたC-280Vを、どうぞ末永くご愛用くださいますようお願い申し上げます」

 感謝を込めて、今後も末永く愛用させていただきます。

’07/06/24 (日)

快調


 修理から帰ってきたP-700は、すこぶる快調である。どんどん聴きたいところだが、なかなかそうは行かず。であっても、一日のうち好きな時に音楽を聴ける環境が整っていることは、ヒジョーにありがたいのだった。P-700が欠けている間の箱船は、死んだも同然だったのだから。

 システムに異状が起きたバヤイ、その原因がどこにあるのかを特定するのはなかなかに困難である。殊に、システムが大型複雑化すればなおさらだ。今回はパワーアンプのリレーがつながった瞬間にノイズが出て、原因特定がし易かったのはラッキーだった。C-17の時は、プリかヘッドアンプかフォノEQかカートリッジかと、かなりまごついてしまった。

 尤も、箱船システムなど大したことはないのかもしれない。鳴らしているのは基本的にADとCDだけだし、帯域分割も低域のみ。大型だが複雑とは言い難いのである。これが精緻微妙に調整されたマルチアンプシステムだったりしたら、そりゃあもう大変だろうと思う。

 いろんな意味で、できる限りシンプルなシステムが良い。分かってはいても、自分が納得する音を求め、一旦やってしまったら後戻りできない。少なくとも現状よりヤヤコシくすることは、避けたいところである。

 ニンゲンもオーディオも、健康がいちばん。

’07/06/23 (土)

帰還


 P-700が帰ってきた。11日に送り出し、23日に戻ってきたから、修理に12日を要したわけだ。前回(5年前)は10日間だったから、ほぼ同程度の修理期間ということになるだろう。この手の製品としては、異例に速い、と言ってよいと思う。早速にシステムに復帰させ、鳴らしてみる。

 完璧である。トランジスタに取り付け補強金具が追加された前回ほど、音に大きな違いはないものの、今回も修理前より良くなっていることは明確に分かる。音に生気と力が漲っているのである。若々しくなった感じ。とても11年目の御老体アンプとは思えない。故障個所だけではなく、その周辺パーツも高信頼性の最新パーツに交換された、その恩恵である。

 年数が経っている分、修理費も嵩むだろうと予想していたわけだが、これが案に相違して良心的な費用で済んだ。驚くほど良心的、と言ってもよい。ビンボーなエンドユーザーとしてはヒジョーにありがたい。大感謝である。同時に、思わずアキュフェーズさん大丈夫ですかと、呟いてもしまうのだった。これも由緒あるオーディオ専業メーカーの、矜持なのだろうなあ。

 とまれ、祝、P-700復帰、というところである。

’07/06/22 (金)

夏至に彩雲


 22日は夏至であった。さすがに日が長い。午後8時になってもまだ明るさが残っている。梅雨で鬱陶しい日が少なからぬ季節だが、僕はやっぱり今が好きである。

 この日記を書いている23日は、梅雨には珍しく爽やかな好天で、気温は高かったが湿気が少なく快適な日であった。予定していた身内関係のお祝い事には、言うことのないお天気である。日頃の行いが、よほど良いのだろう。

 ああ良い天気だと、空を見上げたら、虹色に輝く雲を見つけた。イワユル「彩雲」である。太陽と雲の位置関係により起る気象現象、と以前から聞き知ってはいたけれど、実際に見たのは初めてだ。古人曰く「めでたいしるしの随一のもの」と。瑞兆なのである。さほど珍しい現象ではないらしいけれども、これまたお祝いにはぴったりである。ちょっとうれしくなってしまった。

 夏至に彩雲。良い取り合わせである。

’07/06/21 (木)

今日も行事準備

 今日も行事準備で日が暮れてしまった。やるべきことがたくさんあって、忘れては遺憾のでホワイトボードに書き出し、終わった順から消して行く。書けば忘れないからだいじょーぶ、かと思えば、要件を書き付けること自体を忘れたりして、もうワケがワカランのである。やっぱりダメだなあ。

 とんでもないシクジリが、ないことを祈るのだった。

’07/06/20 (水)

行事準備

 今月末に控えているところの業務関係行事準備で、只今テンヤワンヤ(古いね)である。事務処理能力が著しく低い僕などに、こんなシゴトをやらせては遺憾と、思うのだが当番幹事になってしまっては致し方なし、らしい。ああ、困った困った。

 この方面に得手ていらっしゃる先輩からの強力なバックアップをいただき、たぶん何とかなるだろう、くらいのところまでは漕ぎ付けた、ような気はしている。何だか危なっかしいのである。

 今夜ももう少し仕事してから、寝ます。

’07/06/19 (火)

奉感謝


 山越さんからエクスパック500便が届いた。特にお願いしていた件はなかったはず、何を送ってくださったのだろう。あれこれ考えながら開封してみると。

 中にはAUDIO BASIC誌の最新号が入っていた。8日に紹介した号である。「既にご購入のこととは思いますが、記念にご笑納ください」という、ご丁寧なご挨拶である。この号に掲載された山越木工房さんの記事中、謹製スーパーネッシーMkIIが写真で紹介されていて、その記念にわざわざお送りいただいたのである。何ともありがたく、うれしいお気遣いだ。

 山越さん、ご恵贈ありがとうございました。送っていただいた本は、読まず大切に保管しておきます。

 さてそのスーパーネッシーMkII、ついこの間乗船したばかり、のように思っていたら、もう半年を過ぎているのだった。4月半ばに換装したFE208ES-Rのエージングは未だ中途だが、メインスピーカーとしてすっかり箱船に溶け込んだ感じである。もうずっと以前からそこにあるような。

 しかし僕は、今も日々新鮮な喜びを感じている。現状、P-700の故障で音が出せない。それでも楽しめるのである。一日一度は静かに眺めて、触って叩いてニヤついているのだ。僕にとっては、まさに「所有する喜び」のある、スピーカーシステムなのである。

 改めて、ご縁に感謝。

’07/06/18 (月)

会いたい人


 パソコンなるものと付き合い始めてから、間もなく早7年になる。写真は2001年6月のものだが、今もほとんど変っていない。

 基礎の、そのまた基礎知識すら持たぬにもかかわらず、ハードが近所にあれば何とかなるという、極めて楽観的(脳天気、とも言う)でいい加減にスタートした輩が、7年後の今も使い続けていられるのは、これ偏に友達のおかげさまである。

 僕のパソコン黎明期には、多くの友達から力をもらった。中でも、げんきまじんさん、流離いの旅人さんには、ひとかたならぬお世話になったのである。

 もし、このお二人がいらっしゃらなかったら、webページを立ち上げるどころか、初めて手にしたパソコンは忽ち粗大ゴミと化していたことだろう。大恩人だ。思えば、お二人とは随分なご無沙汰である。

 また、お会いしたいものだと、思う6月の夜。

’07/06/17 (日)

ムズムズ


 P-700を修理に送り出して1週間、1階のメインシステムの灯は消えたままである。さすがに少々の禁断症状が出てきたようで、何でもいいから聴きたくてムズムズし始めている。2階のサブシステムなら聴けるわけだが、夜間の大音量はNGだから、却ってフラストレーションが溜まってイケナイ。

 こうして随意に聴けなくなってみると、自分にとってオーディオがどれほど大切なものかを思い知らされるのである。たとえ1日数分であっても、好きな時に音楽を聴ける環境。それが大いなる活力に、なっているのだった。

 P-700、早く帰って来ないかなあ。

’07/06/16 (土)

冴えない


 拙掲示板上、N須さんからのご投稿に見える通り、米nonesuch盤「夏の夜の音楽」は、録音はもちろん、演奏、楽曲とも非常に優秀である。どうしたことか、ジョージ・クラムの曲にはレーベルの分け隔てなく優秀録音が多いのである。つまり、クラムを買えば優秀録音盤に当る、と言ってもよいくらいなのだ。

 ところが、何事にも例外は存在する。上のADは、そういう1枚である。「George Crumb / Makrokosmos III」(独AMU ETST 038)。(P)1984。1984年9月19〜20日、西ドイツ(当時)ケルンのMusikhochschule(ムジークホッシュシューレ?)で録音された、旧いレコードである。1993年10月3日購入。買ったのも随分ムカシだ。

 米nonesuch、米NEW WORLD、瑞BIS以外にクラムのレコードをリリースしているレーベルがあることを知らなかった当時、京都三条河原町東入ルにあった(今もある)「MEDIA SHOP」というお店で買ったものである。

 ここは一風変っていて、基本的には現代美術、建築、 デザインの洋書和書を扱う書店だが、片隅に少しばかりのADが置いてあり、しかも品揃えは非常に偏っていた。イーヴォ・マレツ、ペンデレツキ、ジョン・ケージ、ジョン・アダムズ、モートン・フェルドマン、アルヴォ・ペルトなどなど、凡そ一般ウケしそうにない作曲家のレコードばかり。こういう作曲家も、現代美術アーティストのうち、という見方があったのだろう。しかし僕には宝の山で、一時期随分とお世話になった。現在、ADの販売はしていないようだ。

 上のレコードもそういう中から見つけたものである。「クラム」というだけで後先考えずに飛びついた、わけだが、残念ながら悪いほうへ例外だったのである。

 箸にも棒にも掛からん、というほど悪くはないけれども、クラムの曲としてはいささかお粗末な音である。音場は狭小だし、音は埃っぽくて伸びがなく、レンジも狭く聴こえる。早い話が、何だか冴えないレコードなのである。

 一度、本家方舟へ持参し、聴かせてもらったことがある。先生曰く「クラムに珍しく、冴えないね」と、あえなく撃沈となった。そりゃそーだろうな。

 まあしかし、これはこれで価値あるレコードだと、僕は思うのである。

’07/06/15 (金)

梅雨入り


 14日、近畿地方が梅雨入りした。そのとおり、まさに絵に書いたような梅雨の天候である。激しくはないけれど止むこともない雨が、一日中降り続く。雨が嫌いな僕としては鬱陶しいことこの上ない、のだが、ここまで少雨だったことを思えば、この雨は慈雨である。

 草も木も田んぼの稲もカエルも、そしてこの季節ほんの短い間だけしか生きられないホタルも、みんな大喜びである。午後8時ごろ、業務の帰りに近所の川沿いの道を走っていたら、チラホラと幽けき光が飛んでいる。夏の入口まで、来ているのだ。

 昨年は梅雨明けまでに7月いっぱいを要した。今年はどうなるンだろうか。できれば早くに明けて欲しい。昨年よりは長く夏の陽射しを浴びたいと、思うのだが。

 人智及ばざるところである。

’07/06/14 (木)

サル出没


 今朝方、何だか外が騒がしいので出てみると、お隣りさんのご主人が「今、サルの家族が本堂の屋根伝いに山へ逃げてった」と言う。5頭の小集団だったそうだ。この辺りにもサルがいることは以前から知っていたけれど、ウチの近所へ出てきたのは初めてではないかと思う。まだその辺にいるかと思って見回ったが、既に姿はなかった。

 野生のニホンザルである。このサルは日本列島の固有種で、哺乳綱サル目オナガザル科マカク属に属する。学名Macaca fuscata。体長50〜60cmくらいで、♀より♂の方がやや大きくなる。オナガザル科のクセにシッポは短かく、これはニホンザル特有の形質だそうだ。

 国内分布の南限は鹿児島県屋久島、北限は青森県下北半島で、特に下北半島に生息する一群は、ヒト以外すべての霊長類の分布域北限にあたるという。そう言えばサルの仲間の棲むところといえば、熱帯亜熱帯の暖かい地域が多いことに気がつく。ドカ雪降るところに棲むサルは、世界的に見ても珍しいのである。

 近畿地方で有名なニホンザルの生息地としては、大阪府箕面(みのお)市の箕面山(箕面山自然動物園)がある。ここは大阪府北部に位置し、僕の実家がある高槻市から遠くなく、子供の頃、家族で出かけたこともある。

 その時の思い出は、あまり楽しいものではないのだった。観光客ズレしたサルにお弁当をハタき落され、とてもコワかったのである。それ以来、僕はニホンザルがニガテです。

 その体験に拠らずとも、サル族一般、妙にニンゲンに似た風貌がブキミに感じられ、どうもいけない。近親憎悪というか何と言うか、余裕を以って眺めることができないのである。動物園のサル山などで、若いお母さんが小さな子供に「ほらほら、おサルさん、かわいいね〜」とかゆってる姿を見ると、アンタはえらいなあと、妙なところで感心してしまうのである。ボカァどうやってもカワイイとは思えない。

 今朝方出てきた5頭のニホンザル、山へお帰りたのならばケッコウだが、間違っても家の中に入ってきたりせんで欲しい。勝手に(了解取ったりはゼッタイしないだろう)冷蔵庫開けて何か食ってた、なんてご近所さんの話もあったりして、そーゆーことはどうかご遠慮願いたいのである。

 しかしまあ、いろんなケダモノがお出ましになること。

’07/06/13 (水)

大好きです


 P-700の故障により、只今メインシステムは休止中である。いつでも聴けると思うとちっとも聴かない(聴けない)クセに、どうやっても聴けなくなってみれば、今度は矢鱈と聴きたくなるのだった。ワガママなヤツである。

 というワケで、昨日からサブシステム緊急始動である。ボリュームのガリはだいぶんと治まり、ほぼ正常に戻っている。ムカシからPRA-2000ZRの弱点は、このボリュームに有りと言われている。パワーアンプも充分に暖まり、ちょっとばかり調子が出てきたようだ。どれもこれも太古の機器ばかり、よくがんばっていると思う。

 久しぶりに聴くD-55ESは、やはり正しくBHの音である。通りが良く浸透力のある中高域、ソリッドに締まったスピード感抜群の低域。往年の名作と言われるだけのことは、ある。なにしろ、これの進化形であるD-58(ES)よりも良い、と言う人もいるくらいなのである。ボリュームをガバと開けば、オーディオ的快感ここに極まれり。痛快至極な音が聴けるのだった。僕は何だかとても嬉しくなってしまった。

 基本的にはパワーアンプで20cmフルレンジを、片chあたり1個鳴らしているに過ぎない、極めて単純なシステムである。スーパー・ウーファーにもネットワークは入っていない。一言で「オーディオ」と言っても、いろんなシステムがあるわけで、しかし僕はつまるところ、単純明快なシステムの音が、好きなんだなあ。

 シンプル&ストレートの良さを、再認識。

’07/06/12 (火)

4色混ざれば


 神保彰さんの最新ソロアルバム「Four Colors」(日キング KICJ-518)は、あっという間に届いてしまった。いつ買いに行こうか、などと考えあぐねているよりも、ずっと話が早いのである。少しく貯まっていたAmazonポイントを使い、少々安く買えたし。ヨカッタヨカッタ。

 早速聴きたい、ところだが、1階のシステムはP-700が修理に旅立ってしまって音が出せない。2階のHMA-9500IIを持って降りてつなげば一応のカッコウはつくけれど、それは何となくイヤダ。ので、素直に2階のサブシステム(GT-CD1、PRA-2000ZR、HMA-9500、同MkII、D-55ES、DRW-1MkII)で聴くことにする。

 久しぶりにスイッチを入れたら、プリのボリュームはガリガリである。うひゃー。やっぱり時々は鳴らしておかないと駄目だなあ。こりゃ遺憾と、数十回グリグリセルフクリーニングしたら、だいぶんと静かになった。それ以外は何ら問題なく、ちゃんと聴くことができた。これまた、ヨカッタヨカッタ。

 さて、「Four Colors」である。全10トラック、56分17秒。オーストラリア、メキシコ、ベネズエラ、日本、4カ国のミュージシャンが集まって演奏する超国籍アンサンブル、というのがアルバムタイトルの由来。

 全編、明るく軽快でスムースな楽曲で統一されている。暗く陰鬱な曲は一つもない。これ見よがしの「ドラマーのソロアルバム」という感じではなく、全体のアンサンブルを重要視して作ってあるように感じた。と言ってもやはりそこは超名人神保さん、随所にウルトラテクニックが散りばめられていて、「叩く人たち」が聴いても大満足だと思う。

 全曲オーバー・ダビング一切なしの、基本的にはスタジオ・ライブ録音である。そのメリットは非常に大きく、軽やかでリラックスした雰囲気の中にも、ミュージシャンの間にある丁々発止の緊張感が見て取れる。実に痛快爽快。まったくに見事な演奏である。

 音楽ファンにもドラムファンにも、ついでにオーディオファンにも、自信を持ってお薦めできる、優れたソフトである。

 僕もこんなふうにドラムを叩けたら、ナドと思うのは、あまりにも不遜。

’07/06/11 (月)

きたなく散らかる


 4月にFE208ES-Rへの換装作業をしてから、箱船はまともに掃除していなかった。何だかキタナイのである。ちらかっているだけならまだしも、汚れっぽいようではどうにも遺憾。P-700を動かしたのと、近々来客がありそうなことを機会に、重い腰を上げて大掃除と相成った。

 動かせるものは動かし、隅々まで掃除機をかけてみると、なるほど結構な量の埃である。箱船はネコの出入を禁止してあるにもかかわらず、少なくない量の体毛が吸い取れる。人間(ほとんど僕)が体にくっつけ、せっせと運び込んでいるわけだ。

 ものすごく目の細かい砂、のようなものも取れる。常時換気の所為で、外気とともに粉塵が入り込むのだろうか。ひょっとしたら某国原産の黄砂かもしれない。今年も酷かったし。

 散らかっていた工具やケーブル類を整理し、ラックからはみ出したADCDも片付け、雑誌類を放り出したら、随分とスッキリして気分爽快である。やっぱりたまさかには整理掃除をせんと遺憾なあ。当たり前である。

 「きれいに散らかす」のが音を良くする極意と聞く。なかなかに難しいのである。

’07/06/10 (日)

発送準備


 午前中、P-700をシステムから外し、発送準備をする。動かしたついでに底面や細かいところまで掃除をした。箱船は普段の生活に使っていないから、埃はかなり少ないほうだと思う。それでも放熱気流が下から上へ抜ける関係で、底面は結構汚れていた。

 掃除が終わって、ヨイショヨイショと箱詰め完了。5年前と同じように、メーカーへ向けての発送前に記念撮影をしておこう。元箱は、前回の修理時にアキュフェーズの厚意で新しくなっていて、その後の保存に注意したから極めて健全な状態である。箱だけでも10Kgくらいありそうな、ヒジョーに頑丈なものだ。47Kg超のアンプを安全保護するには、これくらいでないとアブナイのである。

 今日は日曜日だからメーカーとの連絡が取れない。発送は早くて明日、或いはそれ以降になるだろう。まあ、ここは慌てても仕方がないのである。

 11年目に入り、今や老境の域に達したP-700だけれども、今後も交換の予定はまったくない。明るく男性的で、極めてパワフルな音に、僕は惚れこんでいるのである。

 無事の復帰を願っておこう。

’07/06/09 (土)

奇妙な一致


 不思議なこともあるものだ。

 昨晩から、パワーアンプP-700が不調(電源投入直後にノイズが出る)である。こいつはさっさと修理に出さねばならない。元箱引っぱり出して発送準備をしながら、以前にも同じようなトラブルが起きたっけ、アレはいつのことだったかと、過去日誌を繰ってみてビックリ。

 5年前の、同じ日なのである。2002年6月8日。話題にしたのも今日と同じ日、6月9日である。偶然とは言え、奇妙な一致に驚いてしまったわけである。

 2002年は機器の壊れ年であった。年頭に三管プロジェクターVPH-1252QJが故障、続いて2月にJA-0506IIが断線、そんでもって6月にP-700が故障と、随分忙しかったのである。どうやら今年もそういう巡り合わせにあるようだ。1月のC-17故障に続き、2件目になる。使えば傷む。これは当然の成り行きだから、その都度対応すればヨロシイ。

 故障は残念だが、心配はしていない。アフターケアは完璧、新品同様になって帰ってくるのは間違いないのである。僕はただ、修理完了を待っていれば良いだけだ。アキュフェーズ製品で、ヨカッタヨカッタ。

 ただ、しばらく聴けなくなるのは、ちょっとツラいかな。

’07/06/08 (金)

生彩あり


 今日、AUDIO BASIC誌第43号(2007年夏号)が発売された。前号までは「BSfanの別冊」という位置付けだった本誌だが、今号から独立した雑誌になったそうだ。表紙にも「独立創刊号!」の文字が見える。

 出版システムに暗い僕には、それが何を意味し、メリットなのかデメリットなのか、判断は出来ない。とまれ、喜ぶべきことではある。独立、おめでとうございます。

 今回も小川洋氏の録音によるCDが付録してある。バリ島現地録音の、ジェゴグである。未だ聴いていないが、これはヒジョーに楽しみである。僕はジェゴグが大好きなのだ。ただし、再生は難しい。特に、低域の解像度に劣るシステムには厳しいソースである。大丈夫か、箱船システム。

 とても嬉しい記事も掲載されている。222〜225項「Sound People」に、僕が大変なお世話になっているところの、山越木工房さんが取り上げられているのである。長濱貞治氏によるインタヴュー形式で、山越さんの真摯なお人柄が十全に伝わる、良い記事になっている。是非、ご一読をお薦めしたい。

 今の時期、AA誌、AB誌、analog誌と、季刊オーディオ誌が次々と発売になる。ここ数号、どの雑誌も一時のオーディオ氷河期を乗り越え、少しく元気を取り戻してきたように感じている。祝着至極である。

 なお生彩あり、オーディオ誌。

’07/06/07 (木)

近所では買えず


 この辺りのCDショップ店頭に、神保さんの最新ソロアルバム「Four Colors」があるだろうか。いささかならず不安を抱きながら、最も品揃えの良い店へ行ってみた。

 結果は、NGである。カゲもカタチもございません。まあ、そりゃそーだろうな。フツーに考えて、置いてあるワケはないのである。売れないものは店頭に置かない。健全なる商売の定石である。もちろん、神保さんのCDだから売れない、のでは決して、ない。単純に購買層が薄いだけなのだ。演歌やアニソン、今様J-POPなんかは、山のように積んであるのだケレドモ。

 近所での店頭買いは諦めた。と言って京都大阪まで買いに行く時間もない。結局、例によってネット通販に頼るのである。Amazon japanなら2日ほどで届くというから、さっさと注文してしまった。やはり地方在住の者にとって、通販はありがたい。

 何だか久しぶりのソフト購入である。これでは遺憾なあ。

’07/06/06 (水)

嬉しげに


 4日の日誌で少し触れたところの、神保彰さんのソロアルバムである。「Cotton」(日トクマ・ジャパン 32JC-157)。(P)1986。21年前、神保さんにとっては初のアルバムになる。

 僕の手持ちはCDである。購入は1986年6月12日、当時はADも併売されていた。それを知っていてなおCDを選んだのは、たぶんまだCDが珍しい時代だったからだと記憶する。今ならゼッタイADを買うンだろうけれど。ご覧のとおり、ジャケット左下にサインをもらった。氏のアルバムのうち、僕はこの「Cotton」が最も好きである。

 随分旧作だから、いささか御無礼か知らんと思いながらサインをお願いすると「あ、『Cotton』ですね。懐かしいなあ。初めてのソロだから、とても思い入れが強いんです」と、にこやかに応じてくださった。こちらの意を汲んで、気遣ってくださったのかもしれない。とても嬉しかった。

 先月23日、氏10年ぶりの新しいソロアルバムが発売されている。「Four Colors」(日キングレコード KICJ-518)という。バックメンバーは一部「Cotton」と同じ、録音はどちらもロサンゼルスと、共通点のあるものになっている。先日のライブの折にも「とても良いアルバムに仕上がりました。是非聴いてみてください」と神保さん自身の言葉があった。こら聴かな遺憾、と思いながら未だ買っていないのである。はよ買えって。

 来年もまた福知山でのライブがあるそうだから、その時は「Four Colors」のジャケットにサインしてもらおうかな。

 ドラムヒーローの前では、オッサンもまるっきり子供並みである。

’07/06/05 (火)

オオスカシバ


 ウチの前庭には、大ぶりのクチナシがある。ちょうど今、白い花を咲かせて辺りには独特の甘い香りが漂っている。かなり濃い匂いだから、好みの分かれるところだろうと思う。僕はどちらかと言えば、ニガテである。

 時を同じくして、毎年のように写真のムシが飛び始めるのだった。「オオスカシバ」(大透翅)という。学名Cephonodes hylas。チョウ目スズメガ科ホウジャク亜科に分類されるガの一種である。わりとどこにでもいるヤツだから、ご覧になったことのある方も多いと思う。

 蛾のクセに昼行性で、飛び方は蜂やアブのようだから、ひょっとすると蛾だとは思っていない人もいるかもしれない。僕も子供の頃は蜂と間違えて逃げ回ったことがある。和名に見えるとおり、翅が透きとおっているのも大きな特徴。であるはずが、写真の個体はそうなっていない。ちっとも透明じゃないのである。

 実はコレ、サナギから羽化した直後の個体だったのだ。この時点での翅はまだ鱗粉に覆われていて、いわゆる一般的な蛾に同じ様相である。羽化から数時間、飛翔の準備運動で翅をブルブルっとやった途端、鱗粉が脱落して透明な翅になるのである。「オオスケズバ」状態での写真は、羽化直後しか撮れないから珍しいそうだ。

 彼らの食草はクチナシであって、開花と同じ時期に羽化するのも面白い。これからパートナーと出会い、♀はクチナシの葉の裏に1mmにも満たないほどの小さく黄色い卵を産み付ける。生まれた幼虫は非常に食欲旺盛で、時にはクチナシを丸坊主にするほどだ。

 姿形はグロテスクで、終齢幼虫は60〜65mmくらいの大きさになり、かなりブキミである。写真を載せたいけれど、キボチワルイから自粛する。お見せしたら「あっ、コイツか」とお分かりになる方もいらっしゃるハズ。興味がおありになるムキは、検索してみてください。

 オオスカシバが飛べば、初夏が終り梅雨の季節が近いことを知るのである。

’07/06/04 (月)

ワンマン・オーケストラ


 いささか旧聞になってしまった。珍しくも福知山のライブハウスで、彼の超絶ドラマー神保彰さんのライブがあった。この情報を見つけたのは、最近ますますドラムにお熱の愚息1号である。「是非に行きたい」と言う。そりゃオレだって行きたいと、一緒に行ってきた。

 JR福知山駅近く雑居ビルの2階、60人も入れば満席、というほどの小規模な箱である。ドラムセットはステージ上、ではなくて、会場の中央、つまり周囲360°客に囲まれる形でセッティングされている。どこからでも観てください、というわけだ。ファンを大切にする神保さんならでは気遣いである。それにしても、自信がなければこうは行かないだろう。僕はセットの正面やや左、愚息1号は背後に座った。手を伸ばせばセットに触れるほどの距離である。

 開演までの間、セットの写真撮影はOKということで、幾枚か撮ってきたうちの1枚が上の写真。ヤマハの「神保彰プレステージモデル」である。シンバルはK.Zildjianの、これまたカスタムモデル。それに「YAMAHA DTXTREME Drum Trigger System」というMIDI規格のエレクトリック・ドラムが組合された、かなり複雑なセットである。

 演奏は、たっぷり2時間半、もう最高だった。「筆舌に尽し難い」とは正にこのこと。こんなに間近で神保さんのドラムを聴けるなんて、何だか夢を見ているようでもあった。もともと大ファンだったけれども、もう一度ホレ直してしまったのである。いやー、本当に素晴らしい演奏だった。

 演奏が終わったあと、持参した神保さんのソロアルバムのジャケットにサインしてもらい、二言三言お話しし、僕も愚息1号も大満足である。

 あそこまで行くとドラマーではなく、最早「芸術家」と呼ぶべきだ。

’07/06/03 (日)

久しぶりのソフト、しかし旧譜


 今日は最近少しくご無沙汰の、ソフトを話題にしてみたい。と言っても新しく買ったものではなくて、もちろん新譜でもない。ハードに偏りすぎて、ソフトの充実に手が回らなくなっているのである。お恥ずかしいことでございます。

 「Bojan Gorisek plays George Crumb」(蘭AUDIOPHILE CLASSICS APC101.301)。(P)(C)1997の、3枚組CD BOXである。購入は1997年9月25日だから、当時はサラピンの新譜だったわけだが、それから既に10年経っている。思いっきり旧譜である。

 Bojan Gorisekは、1962年スロヴェニア生まれのピアニストである。これまたお恥ずかしいことに、僕はそれ以外この人のことを何も知りません。「ボヤン・ゴリセック」と読んだら、きっと誤りなのだろうなあ。

 このCDを買ったのは、ジョージ・クラムの曲集だったから。店頭で「オヲっ、クラムだっ」と飛びついてしまったワケです。チョコっと検索してみたところでは、アイヴズやサティなど、現代作曲家の曲を弾いていることが多いようで、クラムを弾くのもその流れかしらん。もし、このピアニストについて詳しい方は、是非ご教示ください。

 1996年、スロヴェニアの首都、リュブリャーナのガルス・ホールで録音。録音スタッフはすべて現地のスロヴェニア人で、名前を正確に読もうにも僕には不可能、なので省略。3枚のうち、DISC2に僕の大好きな「MAKROKOSMOS III」が収録されている。

 この曲は先日載せた通り、米nonesuchレーベルに超優秀録音盤が存在する。瑞BISからもAD(LP-261/262)が出ていて、ちょっとパワフルさに欠けるがこちらも優秀である。あと、独AMU Recordsというレーベルからも同曲ADが出ている(ETST 038)。これはいささか歪みが多く埃っぽく、クラムの曲に珍しい貧相な録音だ。僕の手持ちはこの3つ、このCDが4つ目になるわけである。

 演奏は、非常に良い。クラムの曲の色彩感を十全に表現している。録音も「超」とまでは行かずとも、水準以上の優秀録音である。透明感がとても高く、音に濁りや滲みが少ない。打楽器の切れが良く、生々しくリアルである。アンプリファイド・ピアノ(ケージのプリペアード・ピアノのご親戚さん)の質感もよく出る。音場感も良い。

 惜しむらくは、BIS盤に同じく少々上品で、パワフルさに欠けるところである。低域がやや薄い感じ。まあしかし、nonesuch盤が例外的にクソヂカラのある録音なのであって、それと比較するのは酷とも言える。僕はクドいほど濃くてヤバンな音が好きだから、上品な音には物足りなさを感じてしまうのである。音(の好み)は人なり。遺憾です。

 このCD、現在も入手可能だと思う。

’07/06/02 (土)

オーディオデビュー


 1日とは打って変わって、今日は大変暑かった。昨日と同じ調子のいでたちでオツトメに出かけたら、えらく汗をかいて大いに弱ってしまった。なんだかよくわかりません。

 愚息2号が、突然「僕の部屋でも音楽が聴けるようにできないか」と言い出して驚いている。どーしたんですか急に、などと、思わず訊ねてしまった。オーディオなんぞ興味なし、と見ていたのは、親の勝手な思い込みだったらしい。

 どのようなモノをご所望で、と水を向けると「CDが聴ければいい」と言う。そうか、それなれば何とかして進ぜようと、請合った、けれどさあ、どーしよーかな。

 スピーカーとCDプレーヤーは何とかなりそうである。問題はアンプだ。古くてもいいからちゃんと動くプリメインがあれば一番、しかし残念ながら無い。箱船2階ではHMA-9500、同MkII、PRA-2000ZRがアクビしているけれど、さすがにこれは大掛かりに過ぎるだろう。

 ケー○デンキで、オールインワンのミニコンポでも選ぶのが最も無難でラクチンだとは思えども、それじゃあ何だか面白くないしなあ、などと、余計なことを考えてもしまうのである。オーディオマニアは遺憾です。

 とまれ、祝、愚息2号オーディオデビュー。

’07/06/01 (金)

寒いけれど初夏


 6月である。相変わらず気温のDレンジが広くて、今日は天気が悪くヒジョーに肌寒い日になった。例年この季節はこんなことが多いものだけれど、今年はとりわけ上下差が大きいような気がするのは、僕だけだろうか。

 日が暮れると、いまだに暖房器具が欲しくなるくらいだが、それでも季節は初夏である。虫や花はよーく知っていて、出るべき(ホントは出て欲しくないケド)虫はお出ましになり、咲くべき花はちゃんと咲いている。昼間はシャクヤク、夜はカオリバンマツリの香りが漂ってきて、ちょっといい気分である。

 オーディオもSN良好に楽しめる時期、なのは重々分かっていても、どうにも業務繁忙でゆっくり聴いているヒマがないのは悲しいのである。まあ、焦らずとも、そのうち落ち着ける時が来るだろう。一般的なオーディオ環境からすれば、僕はヒジョーに恵まれていることを忘れてはならない。

 もうすぐ、夏である。