箱船航海日誌 2008年03月

日々雑感、出来事などを思いつきに任せて綴っていこう

過去の日誌コンテンツ

’08/03/31 (月)

花未だ

 26日の日誌で触れた庭の桜、やはり3月中の開花はならなかった。ちょうどあのあくる日、27日から寒の戻り(と言うには時期外れか)があり、今日に至るまで冬のような天気が続いている。30日は特に寒く、冷たい雨が降って最高気温は9℃。これでは到底咲けないのである。

 週間予報を見ると、今週の水曜日あたりからは回復傾向で、季節に応じた陽気になりそうなふうである。蕾の成長グワイもあわせて考えるに、開花は4月4日か5日あたりになるか。いずれにしても、昨年より遅くなることは間違いないだろう。

 毎年のことだが、待ち遠しいのである。

’08/03/30 (日)

analog誌に思う


 analog誌最新号を購読した。僕の感覚では、つい最近創刊されたばかりの新進オーディオ誌、という印象なのだが、気がつけば早19号である。「analog誌」としての第1号は2002年9月に発売されているから、もう5年半にもなるのだった。ちっとも「つい最近」ではないのである。

 発売日には、近所の書店で毎号5〜6冊が棚に並ぶ。それが比較的短い間に完売するようだから、オーディオ誌としてはよく売れているほうではないかと、思うのだが、どーなのだろうか。おそらく、買うニンゲンは決まっているのだろう。少ないながらも、固定客を獲得しているわけだ。

 僕は創刊号から欠かさず購読している。この雑誌のファンである。ハード情報だけでなくADソフトのニューリリース情報なども載っているし、よくできたオーディオ誌だと思う。

 だが、一読者としては注文もあるわけだ。カートリッジやヘッドシェルの紹介記事に、それらの自重、重量が示されていないことが、しばしばある。細かいことだと言う莫れ。AD再生にこだわる者にとって、極めて重要な情報なのである。メーカーから示されたカタログ値に記載がないから、というのは言い訳にはならない。評者(が無理なら編集部)が測定し、実測値として記載することは不可能ではないはずだ。

 「analog」を標榜するオーディオ誌であれば、その程度の配慮はして欲しい。音の評価は人それぞれだから、定量的に表すことが困難であるのは当然で、しかし自重や寸法、コンストラクションは恣意的な影響を受けない定数であって、それこそが読者にとっては大切な情報なのである。少なくとも僕は、そのように記事を読んでいる。

 今後、さらなる紙面の充実を期待したい。

’08/03/29 (土)

ローカットなし


 昨日載せたレコードは、例によって外盤A級セレクション入りしているタイトルである。第3集285番。永くADを見つけることができなかった僕は、これまでCDでガマンしてきたのだが、実はこのCD、ある意味でADを超えていたのである。

 第3集190ページに載っているADのF特写真を見ると、低域は40Hzまで、30Hz以下は急降下している。爆発音や雷鳴などの効果音が曲中でふんだんに使われているにしては、やや不自然とも思える形になっているのである。

 これがCDになると、ずいぶんと変わってくるのだった。全曲でF特を採ると、25Hz〜2kHzあたりまでほぼまっ平ら、つまり、超低域が猛烈なハイレベルで記録されているのである。実際、CDには「WARNING ! DIGITAL SOUND EFFECTS. Lower levels are recommended for initial playback until a safe level can be determined for your equipment.」という注意書きがついている。いきなり大音量再生すると、アンタの装置は壊れるよ、というわけだ。それほどに無体な音が、入っているのである。

 このことは長岡先生も後年オーディオ雑誌の記事中で触れていらっしゃって、「超低域についてはCDの圧勝」という意味のことを書かれていたと記憶する。特にラスト曲、ポルカ「雷鳴と稲妻」の終わりで鳴り響くホンモノの雷鳴は凄い。下手をすると本当に装置を破壊してしまうような音が、ハイレベルで入っている。これがADでは、トラッキングの問題を避けるため、超低域をカットしてあるらしいのだ。

 そういうこともあって、今回の180g復刻盤には大いに興味を持ったわけである。オリジナルADと同じようにローカットされているのか、或いはCDと同等の超低域レベルが確保されているのか。

 上のF特写真は、復刻盤ADのB面を全曲通して採ったものである。どうやらローカットはされていないようだ。但し、最も危険なラストの雷鳴は、CDに比べて大幅にレベルを落としてカッティングされている。さすがにその部分は危機回避したようである。F特に現れている超低域は、専ら他の効果音、「鍛冶屋のポルカ」でのアンヴィル(金床)の連打に伴うものであったり、「狩りのポルカ」での猟銃の発射音であったりする。

 A面も超低域たっぷりで、その意味では非常に楽しめるADになっている、のだが、いささかの不満もある。長岡先生が「特にしなやかで肌ざわりがよい」と評された弦楽器の音が、どうもチガウのである。悪い音ではないのだが、ややキツめでとんがっていて、本来のテラークの音とは印象が異なるのだった。

 ジャケットにあるクレジットをよく読むと「Universal Music Limitedによる復刻」とある。さらに「Telarc was not involved in the mastering or manufacturing of this product, and the production quality is solely the responsibility of the Licensee.」とも。テラークは製造を許可しただけで、実際の復刻作業には一切関わっていない、と。このあたりが、テラークらしからぬ音の、遠因になっているのかもしれない。

 ちょっとばかり惜しい気はするものの、個人的には大いに喜んでいる。もともと僕はシュトラウス一族の曲が大好き(単純なのである)で、実に楽しく聴くことができたのである。

 オリジナル盤を、なおのこと聴いたみたくなってしまった。

’08/03/28 (金)

New LP


 「EIN STRAUSSFEST」(米TELARC DG-10098)である。

 TELARCレーベルのADは、比較的まとまった数が中古市場に出ている上、さほど高価ではないことが多いから、マイナーレーベル(今や完全にメジャーだが)としてはかなり入手し易いほうに入ると思う。このあいだも、録音が良くて有名なタイトルが$2.99(今なら293円くらいか)で出ていて、思わずゲラゲラ笑ってしまいました。

 ただ、中には何故かなかなか見つからないタイトルもある。例えば「OMNIDISC」(DG-10073〜74)などは滅多に出てこないし、あっても高価である。冒頭に挙げたタイトルもそのうちの一つで、今日に至るまで僕はどこにも発見したことがなかった。ナンデこれだけがヒットしないのかと、フシギで仕方なかったわけだが。

 先日、「テラークなんか山ほど出てくるのに、いっつも欲しいヤツだけがないンだな」などと独りボヤきながら、ウスラぼんやりとwebショップの検索窓に「telarc」と入れてみたら。

 ヒットしたのである。「EIN STRAUSSFEST」に。これはビックリ。しかも[ Factory sealed. New LP $39.99 ]とある。未開封新盤、こりゃ買いだっ! いや待て。考え足らずで飛びついてロクなことはない。いつものようにしくじるぞ。僕は馬鹿でスケベなのである。

 詳細をよく読んでみて、やっぱり驚いてしまった。180g復刻盤、だったのだ。こんなモノがあったとは、ついぞ知らなかった。いつの間に出ていたのか。おそらくはショップからは新着案内メールがあったのだろう、しかしマトモに読まずホカしていたに違いない。ちゃんと読まんと遺憾のである。

 但し、どういうルートで復刻されているのか、肝心なところの説明がない。TELARCが直にやっているとも思えず、と言って「○○レーベル復刻」とも書かれていないのである。web上にあるジャケット写真を見ると、中国語表記の三角シールが貼ってあったりして、何となくアヤシイ雰囲気をカモシ出してもいるわけだ。

 とまれ、信頼のおける店が扱っているのだから、大きな間違いはないだろう。ゴチャゴチャ言ってみたところで、現物を見聴きしないことには何も始まらないのである。結局即座に注文してしまった。○○の考え休むに似たり。

 さて、この盤の正体や如何に。

’08/03/27 (木)

2006バージョンはSACD


 今日は実に久方ぶりに、SACDを1枚紹介したい。「BOY WITH GOLDFISH」(米Albany RECORDS TROY053)。(C)1980、1991、2006。それぞれAD、CD、SACDの(C)だと思う。同タイトルのADは2005年8月6日、CDは同年8月19日の日誌で紹介したことがある。

 今回はハイブリッドSACDバージョンなのだが、どういうわけかカタログナンバーはCDと全く同じ「TROY053」である。同番号で混乱しないのだろうか。或いは、ハイブリッドSACDということで、従来CDは廃盤になっているのかも知れない。

 原盤ADは、外盤A級セレクションにも選ばれているところの、優秀録音盤である。CDはそれに比してもう一息だった。今回のSACDはどんなグワイかと、好奇心と期待感を持って買ってみたわけである。僕はこのタイトルが大好きである。音も良いし曲もいい。ので、全曲通して聴いてみた。

 CDに比べて高域はしなやかで、切れ、透明感もあり、ボーカルも綺麗である。低域は充分な量感がある。だが、ややソフトタッチで恐怖感は後退する。音場は広く、響きも美しい。充分優秀録音盤と言えると思う。1991年盤CDは凌いでいると聴いた。ただ、残念ながらADを上回る、というわけには、行かないようだ。

 尤も、ADは突出した優秀盤であるわけで、それと比較するのは酷、とも言える。さらに、今や入手困難、あっても経年中古盤、しかも高価なADに比べ、安く($17程度で買える)容易に入手できるとなれば、このSACDの存在価値は大きいのである。

 マイナーな曲にもかかわらず、永くカタログ落ちせず、しかもSACD化までされるのは、やはり曲の良さ(ひょっとしたら、珍しさ)と、優秀な録音の為せる業だろう。

 ついでにAD復刻、してくれんかなあ。

’08/03/26 (水)

8回目の桜


 野の花は元気いっぱいである。では、桜はどうなっているだろうか。

 御覧の通り、である。25日午後3時頃に撮った写真だが、咲き始めるにはもう少し間がありそうな感じ。しかし、ここ数日でいっぺんに大きくなっていて、この陽気が続けば今月中の開花も望めるかもしれない。

 昨年は3月中ギリギリいっぱいの、31日に開花したと日誌に書いてある。航海日誌を書き始めて7年半、最も開花が早かったのは2002年である。3月29日。さすがにそれには間に合いそうもない。

 航海日誌で桜を話題にするのも、今年で8回目になった。2001年の日誌をふり返ると、何だかずいぶん昔のような気がする。と同時に、本当にあっという間の7年間であったようにも思われて、ある種の感慨に浸ってしまうのだった。

 年々歳々花相似たり 歳々年々人同じからず。

’08/03/25 (火)

勝利の代償


 春を告げる花、と言って、個人的にはこれを忘れるわけには行かないのだった。オオイヌフグリ、である。

 欧州・アフリカ原産の帰化植物だから、ゲンミツには「日本の春を告げる花」とは言えないのかも知れない。けれども、在来種である「イヌフグリ」は今やRDB「絶滅危惧種II類」(絶滅の危機が増大している種)に指定されるほど稀な花になってしまっていて、滅多に見られないから仕方ないのである。外来種は、強いのである。

 「イヌフグリ」の名の意味は、ご存知の方も多いだろう。無理矢理漢字表記すれば「犬陰嚢」。有体に言って「犬のキンタマ」である。由来は、果実の形がそれにそっくりだから。確かに日本在来種「イヌフグリ」の実は、ヒジョーによく似ている。

 けれども、帰化植物である「オオイヌフグリ」の果実は、どう見ても犬のキンタマには見えないのだった。実の形はゼンゼン違うのに、花が似ていて大型だからと安易に「オオ」という接頭語を付けられてしまったのだ。漢字で書けば「大犬陰嚢」。でっかい犬のキンタマ。エラいことである。

 「でっかい、犬のキンタマ」なのか「でっかい犬の、キンタマ」なのか、僕としてはヒジョーに気になるところなのだが、まあ、そんなことはどーでもよろしい。少々気の毒な名前を付けられてしまったものの、生存競争には圧勝したのだから許してもらうことにしよう。

 在来種のほうは、絶滅の危機に晒され、やがては消える運命にあるのだろう。残念で寂しいことだが、これも致し方ないことである。しかし、名前はしっかり遺して去り行くわけだ。

 片隅へ追いやられた仕返し、かも知れない。

’08/03/24 (月)

誠実


 お彼岸最終日の23日、境内にある祖師とご先祖様のお墓参りをしたら、あちこちにスミレが咲いていた。寒かったこの冬も、ようやくにして終わったらしい。ヨカッタヨカッタ。

 葵のような形をした葉のスミレ、調べてみるとタチツボスミレである。最も一般的なスミレである。頭に何も付かないただの「スミレ」は、葉が細長く花が小さい。どちらかと言うと山の中に多く、うちの庭でもわずかに見られるだけである。

 タチツボスミレにしても、決して大形の花ではないわけで、落ち葉に埋もれるように目立たずひっそりと咲いている。けれども、これを見ると僕は、春の訪れを強く感じるのだった。

 「スミレは苔のはえた石の下で半ば人目にかくれて咲いている。 空にひとつ光っている星のように美しい」

 イギリスのロマン派詩人、ウィリアム・ワーズワース(1770-1850)の詩である。花言葉は、「誠実」「控えめ」。

 この花が盛りを迎える頃には、桜も咲くか知らん。

’08/03/23 (日)

超A級


 何ともタイミング良く、昨日話題にしたレコードが、今日届いた。まだまだ時間がかかると思っていたら、存外に早く到着して驚いている。

 昨日は「CDと同タイトル」と書いたが、現物が届いてみればちょっと違う。ADのタイトルは「DRUMS IN CONCERT」(独THOROFON MTH149)。ジャケットも基本的には同じディザインだが、御覧の通り色目が違っている。

 演奏メンバーは同一のようである。A面6曲、B面3曲、全9曲収録。CDより1曲少なく、しかも内容も違う。CDに同じなのは9曲のうち4曲、あとの5曲はまったく別の曲である。CDは現代曲集、という感じだったが、ADにはJ.S.バッハ、スカルラッティ、ハイドンの曲がそれぞれ1曲ずつ、ヴィヴラフォンの独奏で収録されている。

 ADにも(C)(P)や録音データの記載はない。演奏者の紹介文に「1974年からハノーバー放送交響楽団の主席打楽器奏者を務め、云々」という記述があるところからして、それ以降の録音、たぶん'70年代末くらいではないか。ジャケットのヘタり方(歴戦の勇者、っちゅう感じの傷みグワイである)からみても、かなり古いレコードだと思う。

 ヘナヘナでハゲハゲのジャケットを見て、盤の状態に危機感を持ったのだが、それほど悪くはなくて安心した。多少の汚れはあるものの、致命的なキズはなかった。レコパックは後回しにして、ともかく聴いてみる。

 恐るべき実在感。このレコードの音は、その一言に尽きる。CDを大きく上回る見通しの良さ、生々しさ、切れ、スピード感がある。CDではやや力が不足していた低域も、ぐんとソリッドで押し出しが良い。音場はさらに広く深く、リアルそのもの。超A級録音と言ってよいと思う。

 このレコードを聴いて、尚更に長岡先生のCD評を読みたくなり、もう一度探してみた。やっと見つけました。別冊FMfan56号(1987年冬号)誌上「長岡鉄男の外盤ジャーナル」(302ページ)の1枚目に紹介されていたのである。評の一部を抜粋する。

 「割と高域のエネルギーが多いが、切れ込みの鋭さは第一級。透明、鮮烈、ダイナミックで、カラフル、ハイスピードで散乱するサウンド。特に金属打楽器は抜群。ホールエコーもたっぷりで、音像は特に小さく、音場は特に広い。推奨盤」

 CDでこの高評価である。もし、先生がADを聴いていらっしゃったならば、幻に終わった「外盤A級セレクション第4集」に、間違いなく収録されていただろうと思わせるほど、このレコードは素晴らしい。

 ひょっとすると、今も方舟のどこかで、出番を待っているのかも、知れない。

’08/03/22 (土)

さて、ADは


 ここでCDを紹介するのは久しぶりなような気がする。尤も、永く休んでいたのだから、そりゃア久しぶりで当然なのである。失礼いたしました。

 「Wurzburger Percussions-Ensemble / DRUMS」(独THOROFON CTH2003)である。(C)(P)表記なし。録音データも不明。買ったのは1990年1月31日、18年前の古いCDである。確か、長岡先生がどこかで紹介されていたはず、と、資料をあたってみたが見つからない。ご存知の方がいらっしゃれば、是非ご教示ください。

 表題の通り、打楽器が大活躍するCDである。フィンク、ケージ、カウエル、リーベルマン、ショスタコーヴィッチなど、現代作曲家の作品が10曲収められている。

 このCDの音は、強烈である。ハイにCDらしからぬ伸びと切れがあり、まさに目の醒めるような音だ。立ち上がりが鋭く、トランジェント最高。最新のCDでも滅多に聴けない音だと思う。どちらかというとハイ上がり、というよりも、低音が少しばかり足りない感じはある。

 音場感も非常に良く、楽器の配置が目に見えるようだ。実に鮮明でリアル。スタジオ録音だが、決してデッドではなく、ホールエコーもきっちり捉えられている。

 ナンデ突然古いCDを引っ張り出したのか。実は最近、同タイトルのADを海外ショップ(在独)で発見したのである。大昔、友達が持っていたものを一度見た(聴いた、のではない)ことがあるだけ。何故聴かせてもらわなかったのか、今となっては思い出せない。

 この音を、ADで聴いたらどーなるのか。考えただけでワクワクする、わけだが、ちょっと待て。必ずしもADのほうが良いとは限らない。CD最高AD最低、というようなケースもよくあることだ。

 ともかくは到着が待たれるのである。後日、改めて報告したい。

’08/03/21 (金)

買っておいてヨカッタ


 お人寄せは、基本的に嫌いではない。活気があってよいし、多くの人から種々のお話しを聴けるのも楽しいのである。しかし、気を遣う、のは間違いない事実であって、特に昨日のように「食べる」ことをお世話するバヤイには、やはり心配事が増えるのだった。ああ、無事でヨカッタ。

 春の行事が一つ済み、ヤレヤレとレコードを聴く。体調万全、というにはもう一息の今、やはり壮絶録音系は避けてしまうのだった。ラックから出したのは、上のレコードである。

 「ポウル・ロヴシング・オルセン作品集」(丁PAULA PAULA36)。(P)1984。外盤A級セレクション第3集266番。P、Vn、Va、Vc、Clの組み合わせで演奏する室内曲集である。

 このレコードの音は、本当に素晴らしい。長岡先生は紹介記事中に「全体として、繊細、透明、しなやかだが輪郭のはっきりした美しい録音」と述べていらっしゃる。正しくその通りの音である。さらに言えば、しなやかでありながら驚くべき切れと浸透力があり、レコードの一番最初の音が出た瞬間、「あっ、いい音!」と叫ばずには居られないような支配力がある。

 中でもピアノは最高。ガーンと強打した時の分解能と厚みがすごい。濁りはまったく無く、清らかで美しく、しかも底力のある音には、もう感激するばかりである。いやあ、これまたいいレコードだ。癒されます。

 僕はこれを2枚持っている。手に入れたのはまだ新盤が自由に買える頃、だったから、もうずいぶん前になる。しかも、何故か非常に安かったはずだ。たぶん、1,500円くらい。今、入手が比較的難しい盤だと仄聞するにつけ、あの時買っておいてよかったと、思う。

 尤も、そうではない盤のほうが、多いわけだが。

’08/03/20 (木)

春彼岸

 春彼岸の中日である。「暑さ寒さも彼岸まで」ということで、今日は暖かな春の日になる、予定だった。しかし、ニンゲン様が勝手に立てた予定通りになどならないのが、自然の営みなのである。天候は雨、最高気温は11℃と、一昨日までに比べて格段に寒い日と、なってしまったのだった。

 それでも今日午前10時からの彼岸供養会には、50名ほどの方々がご参拝くださった。お彼岸のお経を一緒にあげ、僕の法話(お説教では、ナイ)を1時間聴いていただき、西国三十三ヶ所霊場の御詠歌を皆で奉詠し、お当番さん手作りのお弁当を食べて、会が終われば午後2時過ぎ。

 寒い供養会ではあったけれど、それぞれご満足いただけたようで、住職としては大喜びである。お寺は、お参りの方々があってこそ、の存在なのである。年中だーれも来ない、薄暗い寺だったら、僕は却ってビョーキになってしまうかもしれない。

 あとはホンマモンの春が、来るだけである。

’08/03/19 (水)

優しいレコード


 体調を崩す前、海外ショップへ注文しておいた幾枚かのADが届いている。リアルハードサウンドマニア向きの強烈な音のものもあるのだが、病み上がりの身には少々辛く、できれば穏やかな音を聴きたい。こういう時にぴったりのレコードが、上手いグワイに1枚、含まれているのだった。

 「ALAIN KREMSKI / Musiques rituelles pour cloches et gongs」(仏AUVIDIS AV4704)。「鐘とドラのための典礼音楽」という邦題で、外盤A級セレクション第3集210番に取り上げられている。

 僕はこのレコードがとても好きで、と言っても今までは手持ちになかった。もうずいぶん前、友達に聴かせてもらって以来のファン、なのである。だからもう、僕はこれが欲しくて欲しくて。ジャケットの雰囲気も好きだし、ようやく手に入って大喜びしている。

 壮絶録音とはまったく違う、非常に穏やかで深みのある録音である。「鐘とドラ」と言っても、グヮングヮン打ち鳴らすのではなく、極めて優しく、繊細に、音の響きを確かめ慈しみながら演奏しているような印象。敢えて古い言葉で表せば、ヒーリング・ミュージック、といったところか。

 聴き手によってはタイクツすると思う。僕は、この音と音場、曲と演奏に、大いに癒されるのだった。何年ぶりかに聴いても、感激はいささかも色褪せない。いいレコードだ。

 音楽を聴ける程度まで、回復できたことを、喜びたい。

’08/03/18 (火)

永い休暇

 永らくのご無沙汰をしてしまった。先月27日から昨日までちょうど20日間、休載したことになる。「船長の戯言」を公開して以来、最長の連続休載である。

 休載の原因。まあ、いろいろあったわけだが、健康上の問題が最も大きな理由である。これほど体調を崩した冬は、初めてだ。体力も然ることながら、気力の減退が極めて酷くてすっかり参ってしまった。

 先週あたりから、当地もかなり春めいてきた。その所為かようやくにして気力が戻ってきたようで、今日から日誌更新を再開することにした。

 永い休暇をいただきました。今後もまた、よろしくお願い致します。