箱船航海日誌 2009年07月

日々雑感、出来事などを思いつきに任せて綴っていこう

過去の日誌コンテンツ

’09/07/31 (金)

夏が短い


 梅雨が明けないまま、7月が終わろうとしている。昨日今日の当地は、なにやらウスラ寒いような日であった。相変わらず僕は、憂鬱である。

 仄聞すれば、梅雨明けは8月2日頃となるそうで。今年の立秋は8月7日だから、2009年ホンモノの真夏は、たった4〜5日間で終わってしまうのである。2006年からの3年間では最短である。昨年は22日間もあったのに。何だかものすごく損したような気分だ。

 斯くなるうえは、立秋はもちろん、盆も突破して暑い夏が少しでも長く続くことを願おう。暑さがお嫌いな方には申しわけないのだが。

 がんばれ、太平洋高気圧。

’09/07/30 (木)

20年物


 只今避難中の、ADP2号に使っているアームケーブルである。オーディオテクニカ AT6109。これはヒジョーに旧いモデルである。発売は、たぶん1987年ごろではなかったかと思う。

 線材は、PC-OCCである。1.3m、12,600円。今でこそ1m数万円のケーブルなど珍しくもないけれど、当時としてはかなり高級なアームケーブルだった。それなりの決心をして、買ったような覚えがある。

 アンプ側RCAピンプラグ、アーム側5ピンソケットプラグ仕様である。元々は、WE-407/GTのスペアケーブルとして用意したものだ。相手方がいなくなってしまって幾星霜。久方ぶりの出番がやってきたわけである。

 407/GTに付属していたアームケーブル(CX-5006A同等品)と比較試聴した時には、切れが良くて鮮明、しかし多少の粗さがあり繊細感イマイチ、ちょっと刺々しい感じであった。ナドと、尤もらしいことを言うけれど、かれこれ20年前のお話だから、ほとんどアテにならないのである。

 今、久しぶりに聴くと、粗さ刺々しさはあまり感じない。切れもあるし鮮明でもあるけれど、ギョッとするような音ではない。良く言えばオーソドックス、有体に言えば毒にも薬にもならん、という印象である。20年間で熟成されたか、或いは劣化してヘタったか。たぶん後者だろう。

 早晩、然るべきものに交換したいと、思うがさりとて何を選べばよいのか。ハタと困ってしまうのである。

 ADP1号に使用中のオルトフォン TSW-5000SILVER(S)があれば、個人的にはベストだが入手困難である。どこかに安い中古がないかしら。ZONOTONEの8NTW-8080 Prestageはなかなか良さそう。でも、ちょっと高い。同社が来月上旬の発売を予定している新製品、7NTW-7060 Grandio。これなら2万円くらい(それでも高価だ)で買えそうだ。こっちのほうがハイCPかもしれない。

 AD周辺機器のことをあれこれ考えるのは、とても楽しいのである。

’09/07/29 (水)

蝉と子供たち


 未だ真夏は来ずとも、すでにアブラゼミが鳴き始めている。この蝉の声、夏空と強烈な暑さにこそ似合うのであって、ドンヨリした天気とはマッチングが良くないのである。何となく元気がないように聴こえるのは、僕の勝手な思い込み、なのだろうけれども。

 近頃、蝉取りする子供の姿を、とんと見かけなくなった。麦藁帽子をかぶり手には虫取り網。虫かごをたすきに掛けて樹を見上げる子供の姿。そんなに大昔のお話ではないはずだが、何だかずいぶん懐かしい風景なような気がするのである。

 ひょっとしたら、準過疎地と言われて久しい当地なればこそ、なのかもしれない。小学校の全児童数は60名を下回り、3年以内には複式学級制を導入せざるを得ない状況だという。蝉取りする子供が減った、のではなくて、子供の数そのものが減っているのである。

 斯くの如く衰え行く当地である。行政も馬鹿ではないから、それなりの対策を打っているようだがほとんど成果は上がっていない。ひとたび絶滅へ向かって走り出したある動物種の個体数を回復させるのは、非常に困難、或いは不可能だと仄聞する。それと同様のことが、起き始めているのだろう。

 とても、寂しいことである。

’09/07/28 (火)

夏男の憂鬱


 昨年の梅雨明けは、7月16日であった。それに比べて既に12日、今年の梅雨は未だに明けない。聞けば、太平洋高気圧の勢力が弱いそうで、梅雨前線を北方へ押し上げられずにいるらしい。

 早く明けないと、大好きな夏がなくなってしまう。僕は気が気ではないのである。などと心配してみたところで、こればかりはどうしようもないのだ。

 今日も空は雲に覆われている。憂鬱だなあ。

’09/07/27 (月)

それでも修理しますか


 ソニーサービスから、VPH-1252QJ修理見積りの連絡があった。どうやら修理可能な様子である。

 故障箇所は、やはりクーリングファンだった。完全にぶっ壊れていたのは1個だが、今後の安定動作のため、ファン全て(8個だか10個だか)を交換する。部品代、技術料、出張費、〆て75,800円ナリ。結構な額である。修理できるのだから、それはよし。作業続行してくれ、と依頼しようとしたところへサービスマンが言う。

 「最新のプロジェクターのほうが、ずっと明るくてきれいですよ。それでも修理されますか」

 今や少数派となってしまった三管プロジェクターユーザーの皆さん。この言、どのようにお感じになるだろうか。

 僕はちょっとカチンと来てしまった。なんか知らんが気に喰わん。と、思いつつ「もちろん修理してください。先日、あなたが引き取りに来てくれた時にも、そのように言ったはずです」と言っておいた。

 修理完了は、今月末日の予定だそうである。

’09/07/26 (日)

聞いて呆れる「キカイ好き」


 26日は毎年恒例、早朝からの境内草刈りであった。今年も60名以上のご加担を得ることができ、境内は見違えるほど美しくなった。途中、強めの雨に降られたにもかかわらず、2時間足らずで作業終了。皆様方には、唯々御礼申し上げるばかりである。ありがとうございました。

 当然ながら、僕も一緒に作業する。はずが、肝心の草刈機が絶不調である。普段ならエンジン一発始動、するべきが、どうやってもダメである。先日使ったときは何ら問題なし。ナンデかからんのだ。

 お手伝いいただいた方の中に、その筋のプロがいらっしゃったから、グワイを見てもらった。さすが、一瞬で原因判明。イグニッションプラグである。

 ご覧の通り、中心電極も接地電極もカーボンでマックロケ。完全に劣化し切り、ほとんどスパークできない状態である。火花飛ばなきゃ混合気バクハツしない。つまり、エンジンかかりません。

 午後、近くのホームセンターへ行き、新しいプラグを買って交換。398円ナリ。付け替えたとたん、元通り一発始動である。プロの診断に間違いはないのだ。

 考えてみれば恥ずかしいお話である。5年も6年も酷使すれば、プラグも劣化して当たり前だ。そんなことにすら気付かないユーザーとは一体何であるか。今まで動いていたのが不思議なくらいだ。使われる機械もいい迷惑である。

 これに学習して今後は、ワンシーズン終了後のプラグ交換を習慣付けることにしよう。年間、たった398円でメンテナンスできるのである。

 こんな有様では、エラそーに「キカイ好き」などと言えません。

’09/07/25 (土)

空席効果


 現状、リスニングポイントからの眺めは写真のようなふうである。前方視界、極めて良好。普段はプロジェクターに遮られ、ほとんど見えないSWが丸見えだ。この状態で音を聴いてみて、僕はビックリしてしまいました。音がヒジョーに良いのである。

 ある程度は良くなるだろうと、予想はしていたがそれを遥かに上回る変わり様である。文字通り、音がまっすぐにぶっ飛んでくる感じ。ストレート&ダイレクト。全域で鮮度とスピード感がぐんと上がる。実に爽快痛快である。

 「目の前にこんなに大きなものがあって、音に良いはずはない」とは、長岡先生の言である。音だけのことを考えれば、プロジェクターなんかない方が良いに決まっているのだ。充分わかっているつもりだった。「つもり」は遺憾。これほど影響が大きいとは。僕は考え込んでしまうのだった。

 ないほうが良い、とは言えども、現状VPH-1252QJを放り出すわけには行かない。修理不能であれば仕方ないけれども、そうでなければ使える間は使わねばもったいないのである。将来、この機器が完全にペケとなった時には、音への影響が少ない小型で手軽なプロジェクターへ移行するか。或いは思い切って映像から完全撤退するのも、選択肢の一つかもしれない。

 音と映像を高い次元で両立させるのは、至難の業であることを、改めて思い知ったのである。映像機器を導入して以来16年も経っていながら、この有様。お恥ずかしい限りでございます。

 7年前の1252故障時には、何故気がつかなかったンだろう。

’09/07/24 (金)

思案の為所


 プロジェクターの故障に伴い、緊急避難中のADP2号である。プロジェクター搬出入時の事故を避けるための措置である。アームなんか、コツンと当たっただけでぶっちゃけること間違いナシ。恐ろしいのである。

 カートリッジ、カウンターウエイト、それにTTプレートを外した状態で運んだ。なかなかに重い。キャビネット12kg、モーター9.5kg、スタビライザー込みのアーム約2kg、合計約23.5kg。これに砲金TTプレート3.1kgを載せると、システムとしての重量は26.6kgになる。

 個人的には、もう少し重くしたいところ。できれば40kg、贅沢を言えば50kgくらい欲しい。方法はいくつか考えられるから、そのうちやってみるのである。

 このプレーヤーを載せている土台部分の重さはどうか。山越木工房特製バーチラックが約50kg、中に収まっている御影石とDVD-H1000(+鉛板)が83kg、天板に敷いてある20mm厚鉄板が2枚で74.8kg、鉛インゴット36kg、真鍮角柱2本27.2kg。これらを合計すると、271kg。プレーヤーの約10倍になる勘定である。

 かなりの重さになっているわけだ。しかし、あくまでもこれは数字の上でのお話。もちろん、真実その重量があることに相違はない。とは言え、その重量を実際のオーディオに活かし切るには、それなりの使い様があるはずだ。重さ「だけ」で音が決まるわけでは、決して、ない。言うまでもないことである。

 今、プレーヤーと土台を眺めながら、どのようにやればより良いAD再生環境を作れるかと、思案している。ただ重い、ただリジッド、なだけでは上手く行かない。ガタやスリップも大敵である。必要に応じ、どこかに軟らかめの素材を使ったほうがよいような気がする。ADP1号は、現状そうなっている。キャビネットオリジナルのインシュレーターは、別の物に交換したい。

 ここは思案の為所、だ。

’09/07/23 (木)

1252QJ故障


 皆既日食は吉祥のシルシとする国があり、はたまた不吉な予兆と忌み嫌う国もあるという。その所為かどうか、我が家の太古三管式プロジェクター、ソニーVPH-1252QJが故障してしまった。

 2002年1月以来、7年ぶりである。前回はフライバックトランスのダウンで、完全に起動不能になってしまった。今回は起動と動作には問題なし、クーリングファンからの異音発生である。

 先日、HDDレコーダーに録画してある映画を観ようとスイッチを入れたところ、いつもよりファンノイズが大きいような気がした。観ている最中、静かなシーンになると、さっきよりさらにノイズが増えているようだ。シャーシャーと、何かが擦れるようなヒジョーに耳障りな音である。

 これはオカシイ。と、再生を中止し、カバーを開けてみる。B管レンズユニットの下側辺りにあるファンが、ノイズの発生源らしい。どのようなトラブルかまでは、シロウトの僕に分る筈もない。ただ、この状態で運転を続ければ、とんでもないことになりそうな気がする。

 すぐに販売店へ連絡すると、前回同様現場修理は不可能という。今日、この手の機器を専門にメンテナンスしているメーカーサービスセンターへ出かけて行った。7年前は、サービスマンから「必ず修理するから安心を」と力強い言葉をもらったが、今回は様子が違っている。

 「場合によっては修理不能ということもあるから、了解してほしい」という。悲しい現実である。購入から13年、ディスコンになってからも既に久しい。最早、完全にコアな映像マニアだけのものになってしまった三管式プロジェクター。その中でも、旧い部類に入るモデルである。覚悟すべきは致し方なし。

 僕は今や、映像への興味をほとんど失ってしまって、極めて不マジメなVファンに成り下がっている。今をときめくBDの再生環境がないのはもちろん、DVDパッケージソフトすら滅多に買わない。最新映像機器の情報もまったく知らないし、どーやって繋ぐかさえ、ゼンゼンワカランのである。そうなってしまったのには、幾つかの理由があるワケだが、ここでは省略。

 そうは言えども、修理不能はやはり困るのである。たまさかには映画も観たいし、家族(主に、愚妻)にゴマも摺らねばならん。

 修理完了を、祈るのである。

’09/07/22 (水)

皆既日食


 3年前の日誌に「どうやったって行ってやるぞ」と意気込んで書いたライブ皆既日食であったが、結局は家にいて部分日食を眺めるだけに終わってしまった。残念だが、仕方ないのである。

 雲はやや多い天候だったが、充分に楽しめた。部分日食とは言え、当地で観測できる食分は約80%と大きく、日食特有のブキミな薄暗さも味わえたのである。

 写真は最大食分を少し過ぎたところ、午前11時7分ごろに撮ったものである。不出来な自作フィルターを通している所為で、極めて不鮮明。どうやら三日月形の太陽が確認できる、ということで、ご容赦願いたいのである。

 絶好の観測ポイント、になるはずだった悪石島、屋久島は、残念ながら最悪の天候でNG。硫黄島近海への皆既日食観測クルーズは、船長さんの見事なルート選定で最高のロケーションとなったようだ。自然相手だから、こればかりは致し方ないのである。

 中継で見る皆既状態は、素晴らしかった。黒い太陽(正確には、太陽に重なった月)の周りにコロナが煌々と輝き、拡大映像ではプロミネンス(太陽表面に立ち昇る巨大火焔)もはっきりと確認できた。お天道様はフシギです。

 次回、日本国内で皆既日食が観測されるのは、26年後の2035年9月2日である。この時の皆既帯は、北陸地方から北関東を通る。富山県富山市での皆既食継続時間は1分16秒程度とされている。

 愚息ドモはもう1度チャンスあり。僕は、もうダメだろうなあ。

’09/07/21 (火)

伸び代に期待


 カートリッジ → WE-407/23 → HZ-1 → C-280V(内蔵PEQ MM入力)。カートリッジ → EPA-100MkII → C-17 → AE86製PEQ → C-280V(チューナー入力)。

 前者が新規ADプレーヤーの、後者がメインADプレーヤーの、プリアンプまでの信号経路である。共通点はほとんどないに等しい。これに加えてキャビネット、ケーブルもまったく違っている。

 たとえ同じカートリッジを使ったとしても、音に違いが出るのは当然である。さらに、その違いが何によるものなのか、おそらく僕の耳では聴き分けられないだろうと思う。そのような状況であることを先にお断りしておいて、新規ADプレーヤーの印象を書いてみたい。

 第一印象は昨日書いたとおりである。さらに軟硬玉石ジャンルいろいろ、幾枚かのADを聴き進めてみると、ややソフトを選ぶ傾向があることが分かってきた。どちらかと言えばジャズやフュージョンなどほうが得意なような感じ。現代音楽やオーケストラなどは、僅かながらレンジの狭さを感じる部分がある。

 高域の切れ、スピード感は素晴らしい。低域の伸び、深み、力感がもう一息。HZ-1+C-280Vの組み合わせからすると、能力を発揮し切れていないように思われる。これはひょっとすると、キャビネットの脚がオリジナル(ゴム+スプリング複合型インシュレーター)のままであることが原因かもしれない。この辺りは、向後の使い方次第で改善できるンじゃないかと思う。

 音像、定位は極めて明確、だが、音場はもう少し拡がって欲しい感じである。やや制限されているような印象で、ギョッとする実在感が得られにくい。

 今のところはこれくらいの印象である。設置直後にしては立派なものだ。アームケーブルはわりとテキトーなもので間に合わせているし、HZ-1 → C-280V間ケーブルにも再考の余地あり。伸び代はまだまだあると、個人的には考えている。

 今後、大いに期待したいのである。

’09/07/20 (月)

初音


 入手から2ヶ月、ようやくWE-407/23を使える環境が整った。最初のカートリッジには、18年前WE-407/GTで最後に鳴らした、MC-L1000を選んだ。

 まずは音質云々よりも、妙な歪みや雑音が出ないかどうかなど、基本的な部分を確認しながら聴いた。なにしろ、お世辞にも状態が良いとは言えなかった中古品である。結果、両チャンネルともまったく問題なし。極めて健常である。動作にも危なげはない。

 第一印象としては、如何にもアナログらしく切れが良くて繊細感抜群、良い意味でのオーソドックスサウンドと聴いた。設置直後はともな音が出ないのがADプレーヤーの常、だと思っていたら、いきなりイイ音が出てしまった感じで、少々驚いている。

 明日からは、さらに詳しく聴いていく。

’09/07/19 (日)

設置完了


 設置完了した新規ADプレーヤーの全景である。自作キャビネットでないプレーヤーを使うのは、ヤマハGT-2000L以来18年ぶりである。

 昨日の日誌に書いた、設置に関する問題点とは。17日の写真をご覧になれば、或いはお分かりかもしれない。アームスタビライザーが下方へ出っ張ってしまい、キャビネットの脚と設置面間のクリアランス内に収まらないのである。要するに、そのまま置いたらスタビライザーがつっかえてしまうわけだ。

 脚はある程度高さ調整できるから、最も高い位置にすれば出っ張りを逃げられるかもしれない。だが、プレーヤー全体の安定が保てなくなる。それは絶対に避けたいのである。ならどうするか。

 先代プレーヤーキャビを支えていたのは、60mm×60mm×450mmの真鍮角柱である。これで下駄を履かせることにした。写真の通りである。出っ張り楽々クリア。だが、これはこれでデメリットがありそうだ。

 まず、重心が高くなる。さらに、底板と設置面のスキマが大きくなり、不要な共鳴空間となる恐れがある。

 前者は、致し方なし。ガマンする。というよりも、おおかた大丈夫だろうといい加減に遣り過ごすのである。後者は、空間に12kg鉛インゴットを3本置き、その上に硬めのフェルトを敷く。足元の重量増加と共鳴防止の一石二鳥を狙った、つもり。

 TTプレートは、SP-10MkIIのオーナーである友達から同時に借り受けた、Y31さん謹製砲金プレートである。研磨し防錆紙で厳重に包装し、大切に保管してきたものを登場させた。新規プレーヤー完成記念である。

 構成機器の全てが、20年〜30年前の製品である。だが、ルックスから古さは感じない。サブプレーヤーとするには贅沢に過ぎる、ゴージャスなプレーヤーになったと思う。今日市販されている国産ADプレーヤーの中に、これほどのものが幾つあるだろうか。

 ルックスが良くとも、肝心なのは音である。如何なものでしょうか。

’09/07/18 (土)

アームも付いた


 アームパネル裏側は、昨日の写真に見えるが如く「穴、埋めました」丸出しだが、表はご覧の通りである。言わなきゃ分からない、程度にはお化粧できたと思う。

 元はベニヤ合板にローズウッド突板仕上である。同じ材の突板が手許にあるのだが、ちょっと色目が暗くて面白くない。ので、今回のお化粧にはバーズアイメイプル突板を使ってみた。

 アイロン接着タイプの簡易型である。簡単に貼れると思ったら然に非ず。買ったのは10年くらい前の大昔、粘着材が風邪をひいてしまってさっぱりくっ付かない。仕方がないから両面テープ(ニチバンのナイスタック)で貼り付けてやった。まあまあ、グッドである。

 左端に見える円筒形の物体は、新しくWE-407/23用に開けた穴の抜き板である。ホールソーがあればラクチン、残念ながら持ち合わせがない。ので、円周上にドリルで穴を開け糸ノコで切り繋ぐ、という原始的な方法で抜いた。穴内側のデコボコは、ヤスリで削り落とすわけだ。

 アームパネル本体は30mm厚ベニヤ合板製だが、積層が細かく、しかも非常に硬かった。タダのベニヤではなくて、ひょっとしたらアピトンかもしれない。

 メーカー推奨取り付け穴径は、30mmφである。アームベース下部の径を実測すると、26.8mmφだった。おそらく、穴開け作業で位置がずれたバヤイでも、実装段階で微調整を可能にするための遊び分を見てあるのだろう。

 取り付け位置が少々ずれたところで、悪影響がないことは先日書いたとおりである。それよりも、個人的には穴とベースに遊びがあることのほうがイヤダ。ケガキ寸法27mmφ、抜いたあとのヤスリがけ工程で微調整し、ギリギリで入るようにした。

 モーターは付いた。アームも付いた。ADプレーヤーとしての体裁が整ったわけである。あとはうまいグワイに設置するだけ、だが。

 これがまた、少々問題アリ、でありまして。

’09/07/17 (金)

穴を塞ぐ


 中古キャビネットSH-10B3、モーターは何の問題もなく取り付け完了。ちょっと頭を使ったのは、アームパネルである。

 WE-407/23のアームベース取り付け穴径は、メーカー推奨30mmφである。アームパネルに開いていた穴径は38mmφだから、これは明らかに大き過ぎる。位置もグワイが悪かった。つまり、新しく穴を開け直さねば使えない、ということに、なるわけだ。

 テンプレートを使って調べてみると、既存の穴とは重ならない位置に開けられることがわかった。見てくれさえ気にしなければ、穴あけ作業だけでWE-407/23が取り付け可能となる。但し、アームパネルは穴だらけ。それはさすがにイヤダ。既存の穴は塞ぎたい。どうやって。3秒考え、エポキシ樹脂で充填することに決定。

 一言にエポキシ、といっても、硬化後の硬度が高いもの低いもの、収縮が多いもの少ないもの、イロイロある。ここはできるだけ硬く、しかも収縮の少ないタイプを使いたいのである。

 道具小屋を家捜しすると、「コニシボンド E250」というヤツが出てきた。コンクリート、金属、木材向きの、野外施工用2液性エポキシ接着剤である。取説には「硬化後の硬度が高く、接着力は非常に強い。100%硬化樹脂で肉やせがほとんどなく、充填接着も可能」とある。うむ、これで行こう。

 まず、穴の表側をテープで塞ぐ。エポキシの流出防止と、硬化後の平面を作るためのテープだから、しっかりと貼り付ける。パネルを裏返し、平らな板に置いて穴へエポキシを流し込む。1/3くらいまで流し込んだら一度ドライヤーで暖め、粘度を下げて周りの面(木材)に染み込みやすくする。あまり暖め過ぎると表面が硬化し始めるから要注意。それを3回ほど繰り返し、ギリギリ一杯まで注げたらもう一度暖める。

 1時間ほどで初期硬化が始まるが、最低24時間は静置する。完全硬化を確認できたら、表のテープを剥して作業完了である。作業の様子を写真に撮っておけばよいものを、気が逸ってすっかり忘れました。

 写真は、既に新しい穴を開け、アーム取り付け完了したあとにパネル裏から撮ったものである。灰緑色に丸く見えているのが充填した穴の痕だ。完全硬化したE250のエポキシ樹脂は石のように硬く、アームパネルの補強にも役立っていると思う。僅かながら、重量増加効果もある。

 もちろん、表面にも同じような痕が残るわけである。実用上はそのままでも問題なし。だが、そこは何らかのお化粧をしておきたいのである。

 明日は、表の様子を話題としたい。

’09/07/16 (木)

青と白


 ULS-3XにオルトフォンMC-Rohmannを取り付けると、こんなふうになるの図。PH-L1000との組み合わせとは印象が違い、ずいぶんと涼やかに見える。青と白のコーディネイトは、夏向きで良いかしら。

 ドシロウト研磨のカーソルには、問題がなさそうで一安心である。アルミナセラミックスはほとんど撓らないから、僅かの狂いで割れる恐れがある。ビスを締めるのは恐々だったが、どうやらOKだったようだ。

 「SAEC」の刻印がある先端面、丸い抜き穴がある面とには、まだ傷が残っている。これ以上は手を出さないほうが安全と見て、研磨しなかった。調子に乗ってやり過ぎて、本体を壊してしまったのでは元も子もないのである。

 実測重量26.78g。手持ちの中ではどちらかと言えば重いほうに入る。WE-407/23ではもちろん、EPA-100MkIIでも何ら問題のない自重である。

 あとはWE-407/23で聴くだけ、である。新規ADプレーヤー(といっても太古製品構成である)はほぼ準備が整っている。

 明日からは、そのADプレーヤーの準備顛末を。

’09/07/15 (水)

シェル交換


 ULS-3Xに取り付けてみたいカートリッジ、とは、オルトフォンのMC-Rohmannである。このモデルは、カートリッジベースの穴にネジが切ってあるタイプだから、カーソルはバカ穴でないと困るのである。

 これまではビクターPH-L1000と組んで使ってきたものを、ULS-3Xに付け替えるわけだ。取り付けビスにはもちろん、M2.6βチタン合金製を使う。8mm長がちょうどよいグワイである。

 久しぶりに外してみて、リード線が非常に柔かいことに驚いた。しかも、細い。元々付属されている6N銀線シェルリードである。買えば高い。この柔軟さと細さは、音にかなりの影響を与えそうに感じる。MC-Rohmannにある独特の上品さ、雅な印象は、このリード線に拠るところが大きいのかもしれない。

 ともかくはこのままシェルだけを交換し、様子を見ながらリード線も他のものに交換しても面白いと思う。あまり高級なものは畏れ多くて使えない。個人的に気に入っているテクニカのAT6101か、マイソニックのMR-1Rhあたりになるだろう。

 WE-407/23と組み合わせて聴くのを、楽しみにしている。

’09/07/14 (火)

及第点


 今回、バカ穴でないとグワイの悪いカートリッジをULS-3Xで使おうと思い立ち、傷だらけカーソルの研磨を実施した。成功する自信は、ほとんどゼロ、である。

 いきなりピカールなどで磨いても、とても取り切れるような傷ではなさそうだ。深いのである。粗目番手から始め、段階を踏んで細目へ進む方法を採る。と言って、どの辺りの番手から始めればよいのか、見当がつかない。ので、そのあたりはテキトーで行く。

 傷のグワイからして、耐水ペーパー#1500 → 同#2000 → 同#3000 → 同#4000 → ピカール → ダイヤモンドペースト#8000 → 同#15000、という段取りではどうかと目算を立てる。ええいダメモトだ。ともかくやってみるべし。

 エラい手間、のようだが、面積が小さいから大したことはない。まずは硬く平らな板の上に耐水ペーパーを置き、切削油を少量垂らして研磨する。砥石で包丁を研ぐような要領である。

 第一段階#1500。たいへんグワイがよろしい。この段階で、深い傷のほとんどが目立たなくなった。これは思いの外うまく行きそうである。何だかちょっと嬉しくなってしまった。

 順調に最終段階DP#15000まで進んだ結果が、写真左のカーソルである。大変ケッコウです。うまく行き過ぎ、と言ってもよい。オリジナルを上回る、鏡面仕上げになった。

 但し、切削角度が違う面との境界線(稜線)の直線性は甘い。平面性も良くないはずだ。まあ、ドシロウトの手作業としては、及第点ではないかと思う。

 次は、カートリッジ取り付けへと進む。

’09/07/13 (月)

カーソルプレート


 写真は、SAECのヘッドシェルULS-3Xに付属する、カーソルプレートである。これがないとカートリッジをシェルに固定できなくなるのであって、非常に重要なパーツである。方式としては、ビクターPH-L1000と同様だ。

 写真はオリジナルのカーソルである。2つの穴にM2.6ビスを受けるネジが切ってある。カートリッジ側からビスを通し、カーソルのネジ穴で固定するわけだ。使ってみればすぐに分かるが、曖昧さが少なくリジッドな取り付けが実現する、優秀な方式だと思う。

 但し、欠点もある。ベース穴にネジが切ってあるタイプのカートリッジは使えない。やってできないこともないかもしれないが、神業的作業になるだろう。僕には到底無理です。

 しかしユーザーの中には、そのようなカートリッジをどうしてもこのシェルに取り付けたいと考える人も、いるわけである。充分理解できることだ。以前、中古で手に入れたULS-3Xの前オーナー氏は、まさにそのような人だったらしい。付いてきたカーソルは、ネジ穴にドリルを通し、バカ穴に加工してあったのだ。

 それはそれで結構である。充分有用なのだ。ただ、加工後の仕上げがヒジョーに雑だったのには、大いに弱ってしまった。

 ドリルを通したあとには、必ずバリ(穴周辺の盛り上がり)ができる。そのままではグワイが悪い。下手をするとシェル本体を割ってしまう可能性もある。削り落とさねばならない。その作業に目の粗いヤスリを使ったのだろう、深く醜い傷が、盛大に刻まれていたのである。特に表上面は、ひどい状況であった。

 バリさえ取れれば実用上は問題ない。その通りなのだが、僕はガマンできない。千枚通しの先っちょでゴリゴリ引っ掻いたようなものを使うのは、絶対にイヤダ。何とかせねば遺憾。

 明日は、その顛末を。

’09/07/12 (日)

矜持は何処


 ご親切なご厚意によってお借りできた取り付け図のおかげさまで、SP-10MkII用の自作キャビネットを設計完了した。設計などとはおこがましい。従来の長岡式に少しだけ手を加えただけのことである。

 さて、板取り図ができれば、実際の板に書き写して裁断せねばならない。実はワタクシ、それが億劫で億劫で。切るのはもちろん、その前段階、板に線を引くこと自体、イヤなのである。何故か。最近、ひどく老眼が進んでしまって、近視メガネを外してなお、手許が見難くなっているのだ。

 けれどもそれを厭うていては、いつまで経ってもキャビネットが完成せず、楽しみにしているWE-407/23も使えないのである。ヤッパリ切らにゃならんか。

 煮え切らずウジウジしながらネット徘徊していて、マズいもの(上手いもの?)を発見してしまった。SP-10MkII用テクニクス製キャビネットの格安中古品である。型番をSH-10B3という。30年くらい前の、旧い製品である。安いわりに状態はまずまずだ。アームパネルにはすでに穴が穿たれている。

 こんな値では滅多に出ないなあ。と、3秒考えて、手を出してしまいました。自作派の矜持、何処へやら。と同時に、メーカー製を知ることも重要なのだと、都合の良いリクツを考えてみたりもする。今日は僕の誕生日だし、まあ、いいか。

 いずれにしても、入手してしまったら存分に使い倒し、大いに楽しむだけである。モーター取り付けに関しては問題ないだろうけれども、穴開きアームパネルのほうには一工夫要りそうである。WE-407/23に合った位置、寸法ではないからだ。

 さて、どうなりますか。

’09/07/11 (土)

謎の円盤 UFO


 8日に載せた入道雲の写真は、3枚撮ったうちの1枚である。ボツにした2枚のうち1枚に、妙なものが写っていることに気がついた。上の写真がそれである。

 原寸1280×960の写真から280×210の画角でトリミングしたものだから、イマイチ不鮮明である。入道雲の中ほど右側に、何か得体の知れない飛行物体が写っている。なんだ、これは。撮った時にはまったく気がつかなかった。ひょっとしてこれは「謎の円盤 UFO」(なぞのえんばん ゆー・えふ・おー)ではないのか。イヤ、形状からしてそうに違いない。

 これは遺憾。今すぐ英国のとある映画会社の地下深く秘密裏に作られた地球防衛組織「SHADO(Supreme Headquarters Alien Defence Organisation)」に通報しなければ。沈着冷静なストレイカー最高司令官の下、即時撃破してもらうのだ。

 なーんちゃって。そんなことがあるわけないのである。たぶん鳥か何かが通りかかったのだろう。実しやかなUFO写真の正体なんか、凡そその程度のもんである。

 1970年から1971年にかけて放送された、イギリスAPフィルムズ製作のSF特撮ドラマ「謎の円盤 UFO」。オープニング音楽と矢島正明のタイトルコールがものすごくカッコ良くて、小学3年生だった僕は毎回ドキドキしながら食い入るように見たものだ。

 あの頃の「UFO」は、あくまでも「ユー・エフ・オー」であった。それがいつの間にやら「ユーフォー」などと、軽薄で馬鹿な読み方に変わってしまって、きっとこれはUFO専門テレビプロデューサーY某の所為だろう。でも「ユーフォー」だったからこそ、某ピンクナントカのヒット曲になり得たンだろうな。そんなこと、どーでもよろしい。

 ドラマの時代設定は、1980年である。放送当時は9歳のガキだったから、10年後がずいぶん遠い未来に感じられて不自然さはまったくなかった。最早29年前になるわけで、今を以ってなお「SHADO」が組織されたとは、寡聞にして不知である。

 あっ、そうか。秘密裏組織だもんな。人知れず暗躍しているのだ。

’09/07/10 (金)

痕はあれども姿は見えず


 ナニモノかが地中を掘り進んだ痕跡。言わずと知れた、モグラである。以前はまったく見かけなかったこの痕跡、ここ2ヶ月間ほどで同じ場所に数回発見している。何故だかゼンゼン分からない。新しく地域開拓したら、思いのほか居心地が良かったのかしら。

 それにしても、マンガのようにわかりやすい通過痕である。未明までは雨が降っていたから、この場所は水たまりだったわけで、しかも発見したのは朝の6時過ぎである。もう少しタイミングが良かったら、モグラが土中を掘り進む様子をライブで見られたかもしれない。惜しい。とゆーほどのモンでもないか。

 悠長なことを書いているけれども、田んぼに水が張られているこの時期、稲作にとってモグラは害獣なのである。畦に穴を穿ち、水漏れさせてしまうのだ。田んぼだけではなく、畑にとっても厄介なヤツなのだ。さらに、最もモグラを嫌うのは、ゴルフ場経営者(管理者)だという。

 ゴルフ場にモグラが棲み付いたら、さあたいへん。わずかな傾きや隆起が問題になるゴルフコースにあって、この通過痕である。ティーグラウンドもフェアウェイも、ましてやグリーンなんかメチャクチャだ。さらに加えて、モグラが通った痕の上にある芝は、根を切られて完全に枯れてしまうのである。

 芝の下にはモグラの大好物ミミズが沢山いて、恰好の棲家になりやすい。彼らの駆除対策(近年は寄り付かないようにする対策が多いと聞く)は、ゴルフ場にとって必須なのである。

 その点、ウチの庭はまったく問題なし。できれば土中を隙間なく掘り回って欲しいくらい。そうすれば、雑草が枯れる。当然、そんなに上手くは行かないのである。

 捕獲したモグラをしばらく土中へ戻さずにおくと、わりと簡単に死んでしまう。「モグラは日光に当たると死ぬ」と言われる所以だが、これは本当にそうなのだろうか。

 真実の死因、それは「餓死」である。彼らは、四六時中食べていないと餓死するのである。掘っては食べ、食べては掘り、土中進軍は文字通り「命がけ」である。それだけに、より良い食糧事情の開拓が、極めて重要なのだ。

 ミミズあるところにモグラあり。ウチの庭、ミミズがたくさんいるのかな。

’09/07/09 (木)

平和な日


 一昨日から愚妻が出かけていて、この2日間は主夫をしている。僧堂生活のおかげで、さほど苦にはならない。どちらかと言えば楽しみながらやれるほうだと思う。

 ひさしぶりに主婦業を任されて思うこと。ヒジョーに多忙であり、また重労働である。ちょっとぼんやりしていたら、家の中は忽ちグチャグチャになってしまうのだ。しかも、僕は2〜3日の代打だが、基本的に年中無休である。感謝せねば遺憾なあバチが当るなあと、独りごちるのであった。

 激しく寝ボケる愚息2人を叩き起し、朝ゴハンを用意し弁当を持たせて学校へ送り出す。後片付けして洗濯し、居間を掃除してオツトメに出かけ、ヤレヤレ一段落と帰ってきたら、愚猫2号が縁側で幸せそうに居眠りしていた。

 当家は今日も、平和です。

’09/07/08 (水)

入道雲


 この見事な入道雲は、月曜日に撮ったものである。恰も真夏がやってきたかのような光景だが、残念ながらこのあと今日までは典型的梅雨モヨウである。

 先週土曜日にもでっかい入道雲が出た。直後、一天俄かにかき曇り、猛烈な雨と直径2cm以上の雹が降り出した。夏、しかも2cmを超える雹が降るのは、当地では極めて珍しい現象である。

 昨年の近畿地方の梅雨明けは、7月16日であった。今年はどうなるのだろうか。真夏大好きの僕としては、1日でも早いことを祈るのである。

 太平洋高気圧さん、がんばってください。

’09/07/07 (火)

来訪あり


 昨夜、げんきまじんさん突然の来訪あり。ちょっとばかり驚いたけれども、上手いグワイに今日は時間割に余裕がある日でヨカッタ。

 昨年8月から11ヶ月ぶりのお出かけである。短い時間であったが、レコード聴いたりヨタ話したり、とても楽しいひとときを過ごさせていただいた。ようこそお越しくださいました。

 何だか健康的にマックロケである。タドンですか。イヤ失敬、オーディオと並ぶもう一つの趣味、テニスに専一でいらっしゃる結果である。最近、名のあるアマチュア大会のシングルスで優勝されたと聞いた。かなり本格的なのである。おめでとうございます。

 インドア趣味の権化みたいなオーディオと、明るく健康的なテニス。両者を同時に趣味としている人、とは、ひょっとしてヒジョーに少ないのではないか、と、僕は思う。ご自身の中では、ちゃんと一脈通じるものがおありなのだろうけれども。

 げんきまじんさん、オーディオも待ってます。

’09/07/06 (月)

苦行


 必要に駆られ、ケーブルの入れ替えをした。ラック後方はご覧の通りの有様である。硬く重く取り回し極めて不自由なケーブルがウネウネ這い回っている。オマケにプリアンプはラックの奥に引っ込んでいるから始末が悪い。

 ケーブルを引っかけないように注意深く足場を決め、身をかがめてラックに頭を突っ込む。ほとんどヨガの行者である。これでケーブルが素直に引き抜ければまだよい。コレットチャック式プラグがほとんどだから、スリーブを緩めないと抜けない。緩めようとしたら両隣の端子に挿してある自作ショートピンが邪魔して回せない。ショートピンを抜こうとしたら滑って抜けない。くそー。

 文句を山ほどタレながら、ようやくにして交換を完了したあとは、すっかり息が切れてしまった。ああしんど。

 これからどんどん歳を取り、オーディオ爺さんになったらこんなこととても不可能だと、痛切に感じてしまった。ケーブル交換でさえこうなのだから、40kgも50kgもあるような機器を、どうやって動かすと言うのだ。

 いみじくも晩年の長岡先生は「オーディオはある意味、苦行ですよ」とおっしゃったことがある。魅力も魔力もあるオーディオだが、まずは身体健康であらねばならんのである。

 健全なオーディオは健全な身体に宿る。

’09/07/05 (日)

書いてから聴け


 昨夜、日誌を書く前にちょっと聴いてから、と1階の椅子に座った。レコードを1枚聴いたら面白くなって、2枚、3枚4枚5枚。そのうち生命の危険を感じるような恐ろしい眠気に襲われ、とうとうガマンできずに更新もせず寝てしまった。

 「聴いてから書く」という順序は、低能率に過ぎてNGなようだ。「聴いたら書けない」と考えるべきで、「書いてから聴く」ことにしておかないと、いつまでも更新が止まってしまいそうである。

 ことほど左様にオーディオとは魅力的であり、またある種の魔力があるように思われる。同じシステムで同じレコードを聴いているにもかかわらず、以前より上手く鳴ってみたり何やら冴えなかったり。何年やっても飽きないのは、こういうところに原因があるのかもしれない。

 今夜はまず書いてから、後で聴ければ聴くことにするのである。

’09/07/04 (土)

知るを楽しむ


 昨日までに書いたクリスタルイヤホンのお話、これはもちろん僕のアタマから出たものではない。先日書いたトラッキングエラー角の話題に同じく、一人の友達からの教示によるものである。

 この1年、数え切れないほどの智慧を授けてもらっている。好奇心だけは人一倍強いクセに、肝心の知識が致命的に欠落している僕にとっては、本当にありがたいことである。

 「生涯学習」という言葉がある。幾つになっても学習は大切なのである。何事も勉強です。けれども、現実はなかなかそう行かないことが多いようにも思う。

 若い時は、教えて欲しいと言わずとも、年長の人々が色々と世話を焼いてくれるし、知らないことがあっても大した恥にはならない。「そんなこと知らん。わはは」と言っておけばだいたいは通ってしまうのだった。

 だが、現在の歳(あと1週間ほどで48歳である)にもなると、誰も教えてくれなくなるのである。知っていてアタリマエ。「知らないこと=恥」という公式が自然出来上がってしまう。迂闊に人様に教えを乞えば「コイツいい歳コイて馬鹿か」と思われやせんかと危惧するし、実際そのように見られることも多いだろう。

 しかし、いくら歳を取ろうとも、知らないことは知らないし、ワカランことはワカランのである。特に僕は、学生時代に怠け倒したクチだから、状況は悲惨である。であればこそ、オノレの無知さを素直に曝け出し、教えを乞える友達がいてくれるありがたさを今、痛切に感じるのである。

 写真はこの1年以内に、友達が贈ってくれたものである。これが全てではない。沢山ありすぎて、一度には紹介できません。目に見える「物」の数も然ることながら、それを上回る無形の知的財産を、僕は友達からもらっているのである。

 知る楽しみを、味わっている。ありがとうございます。

’09/07/03 (金)

カートリッジ導通検査器


 或る日、あなたが愛用するカートリッジの片ch、あるいは両chの音が、忽然と消えた。エラいことである。最初に疑うべきはカートリッジ、なのだが信じたくないから、先ずはアンプを調べ、ケーブルを調べ、シェルリードを調べ、シェルを調べ、最後にカートリッジ本体を調べるだろう。

 コイルを含めた内部配線のどこかに断線があれば、そのカートリッジはジ・エンドである。正常な導通があるかどうかを調べねばならない。さて、どうやるか。

 通常、電気関係で導通を調べるに具されるのは、テスターである。僕もオモチャみたいなディジタルテスターを持っている。導通を見るわけだから、カートリッジにだってこれを使えばよいのではないか。

 イケナイ。そんなことしては、絶対にイケナイ。仮にそのカートリッジが健全であったとしたら、テスター棒を触れた瞬間に昇天するかもしれない。相手は1/100mmオーダーの極細線コイルなのである。一瞬にして焼損する可能性大。運良く難を免れたとしても、カートリッジは電気的にも機械的にも致命的なダメージを受けることになる。コイルに直流を流したら、何になるか。小学生でも知っている。

 では、どうやってカートリッジの導通を調べればよいのか。プロはオシロスコープを使うそうだ。まさかアマチュアが、そのためだけに高価な測定器を買えるはずもない。そこで登場、クリスタルイヤホンである。

 クリスタルイヤホンにつながる2本のコードにそれぞれ探針を付ける。イヤホンを耳に入れ、各chのホット−コールド端子に触れる。カートリッジ出力端子の色分けで言えば、白−青間(Lch)、赤−緑間(Rch)になるわけだ。

 端子に触れた時、イヤホンから「カリカリ」と音が聴こえれば導通OK、無音なら導通NG(どこかで断線)である。なぜカリカリ音が出るのか、もちろんちゃんとした根拠がある。例によって僕にはきちんと説明できないから省略。ともかく、導通していれば音が聴こえるのだ。

 この時の電流は極めて微弱だから、カートリッジにダメージを与えることはない。現用HELIKONで実験してみたが、まったく問題なし。ついでに数年前に片方の音が出なくなったMC-L1000も調べたら、Rchからはカリカリ音が聴こえなかった。やはり断線しているのである。

 できればそういったトラブルなどには遭いたくないものだが、あると考えておいたほうがよいと思う。実際僕はMC-L1000断線に2回遭遇している。原因が判明したところで為す術はない。とは言え、何もワカランままにしておくよりは、ずっといいのである。

 クリスタルイヤホン、今のうちに入手しておかれることをお薦めしたい。

’09/07/02 (木)

セラミック製でも「クリスタル」


 写真は、今やあまりお目にかかれなくなった、クリスタルイヤホンである。近年は需要が減少し、生産を撤退するメーカーが多いと仄聞している。実際、小売店でも「在庫限り」というところが散見される。

 僕が子供の頃は、イヤホンといえばコレ、だったような気がする。いささかならず耳に不自由があった亡祖母が使っていた補聴器にはこれが付いていたし、中学生時代に技術の授業で自作したトランジスタラヂオキットにも付属していた。

 「クリスタルイヤホン」の名称は、圧電素子にL-酒石酸カリウムナトリウム(別名 ロッシェル塩)の結晶、つまりクリスタルを使ったことに由来する。シンプルな構造でイヤホンを作れるため、大変重宝された。ただ、この素子は湿度に弱く、数年で動作しなくなるという欠点がある。

 そこで現在はチタン酸バリウムという、セラミック素子を使っていて、ロッシェル塩タイプは皆無だそうだ。チタン酸バリウムは長寿命なのである。ならば厳密には「セラミックイヤホン」とするべきところだが、今も慣習的に「クリスタル」の名で呼ばれている。死してなお名を残すロッシェル塩かな。

 何時頃から閑職へ追い込まれたのだろう。再生レンジは狭く、もとよりオーディオ用途としては非常に苦しい。'70年代終り〜'80年代に一世を風靡した「ウォークマン」の登場も、無影響ではなかった、ような気がしないでもない。

 そのようなものを、何故にここで話題とするのか。実はコレ、アナログマニアなら一つは持っていたい、たいへん有用なテスターとなり得るのである。

 タネあかしは、また明日。

’09/07/01 (水)

夏近し文月


 7月である。夏が近くなると、いろんなムシや動物たちはヒジョーに元気である。今朝方、オツトメの帰り道にある農業用水路を何気なく覗いたら、水面にでっかいナマズさんがいてビックリした。写真がそれである。携帯カメラで撮ったから、イマイチ不鮮明である。ご容赦ください。

 立派なヒゲを生やした、40cmはあろうかという大物である。あまりきれいとは言えない用水路のこと、酸素不足でパクパクしてるのか、と思ったらどうもそうではないらしい。

 よく見ると、水面には5cmにも満たないような小魚がたくさん泳いでいる。ナマズさん、それを愛でている、わけではない。早い話が、お食事中だったのだ。水面近くをユラユラ泳ぎながら、小魚の群れが目の前に来たところを大きな口でバクッと行くのである。なかなかにゴーカイだ。

 ナマズは基本的に夜行性のはずで、朝っぱらからこんな姿を見られるのは珍しいのではないか。普段、しばしば通りかかる用水路だが、ナマズを見たのは初めてである。

 時ならずこの魚が騒ぐとナニが起こるか、皆さんよくご存知だろう。一般的には科学的根拠のない迷信、とされているけれども、一方で因果関係をマジメに研究している学者さんがいるとも仄聞する。重大な新発見があった、とはついぞ聞かないケレドモ。

 コイツを見て思わずヒョウタンを連想してしまうのは、一種の職業病かしらん。