箱船航海日誌 2006年06月

日々雑感、出来事などを思いつきに任せて綴っていこう

過去の日誌コンテンツ

’06/06/30 (金)

ご感想感謝


 先日お出かけくださったTさんから、箱船システムの音についてご感想メールをいただいた。長旅のお疲れをものともせず、ご帰宅直後にお送りくださったのである。ホストとしてはこれに勝る喜びはない。

 非常に詳細なご感想である。その中で僕の印象に残ったのは次の一節である。

 「お使いのサブウーハーは非常にスピード感があると感じました」

 量感とスピード感を両立させようと、異様なオーバーダンピング特性を持つ38cmウーファーE-145を選んだ僕としては、このお言葉はヒジョーに嬉しい。もちろん、Tさんとてベテランオーディオファンである。デメリットにもちゃんと気付いていらっしゃったはずで、それも踏まえてのお言葉だと、勝手に解釈してしまおう。

 しかし、音の感じ方は人それぞれである。中には「中高域に対して低域のスピードが不足気味、つながりが悪い」と評される方もいらっしゃるのだ。もちろんこれも真実をついているわけで、僕自身、できればさらに低域のスピード感を上げられればと、いつも思っている。ただ、それはヒジョーに困難で、僕の能力では追い切れていないだけなのである。

 ご感想が総じて高評価だったのは、音の好みが僕と似通っていることが理由だと思う。もし、Tさんが小口径スピーカーでヒソヤカに音楽を聴くような方だったら、まったく違った評価になっているはずだ。まあ、そういう人はウチへ音を聴きに来たりはしないワケだが。

 ともかくも、現状の箱船サウンドを楽しんでいただけたようで、大いに安心した。僕自身も久しぶりにまとめて音を聴けて、とても楽しい時間であった。

 ありがとうございました。次回は、秋頃に。

’06/06/29 (木)

処遇


 考え込んでいる。MkII導入後の現用スーパーネッシーの処遇である。箱船から撤去するのはもちろんだが、そのあとはどーしよーかしらん。

 ネッシーMkIIは、今も本堂でアクビしている。時々PA用として眠そうに鳴ったり、お参りのお客様から珍しそうにナデられたりして、静かな余生を送っているわけだ。本堂は広い(72畳ある)から、スーパーネッシーも隣りに立てておくこともできる、が、問題はキクイムシである。

 結論としては、金属パーツだけ取り外し、箱は切り刻んで焼却処分にするのが最良。と、わかっていても、9年間苦楽を共にしてきたスピーカーを我が手で破壊するのは忍びない。僕は、わりとモノへの執着心が強いのである。

 ユニットを外したあと、徹底的に除虫防虫対策し、ヤッパリ本堂に立てておこうかな。もし、キクイムシの完全駆除に成功したとして、それなら引き取ってやってもよい、というようなキトクな人、は、どこにもいないのである。

 まったく以って、困ったものだ。

’06/06/28 (水)

銘酒「西林寺誉」


 「西林寺誉」。この銘柄を見て、僕は思いっきり驚いてしまった。ウチの寺号そのまま。「こんな銘柄のお酒が、あるンですか」とたずねてみれば。

 先日のお客様から頂戴したお土産である。中身は埼玉県飯能市の「五十嵐酒造」という蔵の限定大吟醸で、ラベルはわざわざ特注してくださったわけである。1枚きりでも作ってくれるのだそうな。しかし「西林寺誉」にはビックリしました。なんだかシャレが利いていて面白い。大喜びである。

 昔はこんなサービスをしてくれる蔵は、なかったように思う。日本酒がお好きだった長岡先生へのお土産に、「長岡乃露」「方舟誉」「音之司」(『ねしつかさ』と読んで下さい)なんていうオリジナルラベルを付けて差し上げたら、ウケたかも知れん。惜しかったなァ。

 未だ、もったいなくて封を切れないでいる。大吟醸だから早く飲んだほうが美味しいわけで、大切にしすぎるとなおもったいないのである。明日の夜には是非ともいただいてみよう。おいしいお酒をちょっとだけ。楽しみである。

 心のこもったお土産、ありがとうございました。

’06/06/27 (火)

爆音量派


 今回は僕の業務の関係で、充分な時間を取ることができなくなってしまった。折角ご遠方からお越しいただきながら、申しわけないことである。どうかご容赦ください。

 Tさん、Sさんとおっしゃるお二人、特にTさんのほうは筋金入りの大音量派(ご本人曰く『爆音量派』)である。実はこの方、以前(一昔前、と言うべきか)に長岡先生のクリニックを受けていらっしゃる。その時の先生の評に曰く「(Tさんの音量は)もう筆舌につくしがたい。スカッドミサイルのつるべ打ちだ。大音量派として自他ともに許しているスタッフのKが身の危険を感じたというのだから、ただごとではない」と。

 長岡先生をして斯く言わしめるTさん、確かにつわものである。僕の常用音量もかなり大きいほうだと思っているが、それをニコニコ笑って楽しそうに聴いていらっしゃる。ひょっとしたら、もっと大きな音で聴きたいと思ってらっしゃったかもしれない。

 打楽器が大好きだとおっしゃるのも、僕と相通ずるものがある。パルシブで立ち上がりの鋭いADタイトルへの反応が凄い。大喜びっちゅう感じである。こりゃ確かに「爆音量派」かもしれない。

 Sさんは、特に小音量派ではないけれど、Tさんほどの音量は必要としない方のようだった。物静かで熟考型、激しく反応されるわけではないが、なかなか手ごわい感じのオーディオファンである。ご持参のソフトに柴田南雄の「合唱のためのシアター・ピース」(なんとAD! CDを上回る優秀盤である)があったところを見ると、やはり通り一遍のファンではないようだ。

 ご感想は後日に待つとして、短い時間ではあったが、僕も大いに楽しめた。自作ADプレーヤーに使うアームボードを、自ら鉛で鋳造したという話などを聞けば、オーディオへの熱意と行動力を思い知らされて驚いたり嬉しかったり。僕なんか爪の垢でも煎じて飲まねば遺憾のである。

 Tさん、Sさん、遠路遥々お越しいただき、ありがとうございました。SネッシーMkIIが完成する頃、またお出かけいただければと、思います。

 再会を祈念して。

’06/06/26 (月)

お客様


 遠方より友来たる。お二人とも初めてのご来訪だが、これまでに幾度もメールで連絡を取り合ってきたから、初対面の緊張感はさほどなかった。ご両人とも真正長岡ファン(世に言う『信者』ではない)だったことも、気楽に話せる大きな理由である。

 さて、箱船サウンドへの反応や如何に。詳しくはまた明日。

’06/06/25 (日)

最終形


 スーパーネッシーMkIIの最終決定図面が上がってきた。パイプの折り返し部分で、やや連続性に欠ける点があったものを修正、ベース部と第二パイプのプラグイン部分に補強材を追加、あとは前回の図面とほぼ同じ仕様で決定した。

 接合部の補強材、ルックスの点ではスマートさに欠けると、個人的には感じるところである。しかし、工作プロの意見をよく聞くと、これが必要であることを納得させられるのだった。ルックスは重要だが、全体の強度はさらに重要である。ここはありがたくプロのご進言を受けることにする。

 ベースと第二パイプの接合は、現用スーパーネッシーと同様、プラグイン式を避けて一体作り込みとする。強度を重視してのことである。高さ3,333mmの超トールボーイスピーカーとして完成するわけだ。

 そこで僕が心配だったのは、運搬である。栃木県から当地まで、送ってもらわねばならない。こんなに重くて巨大な物体を、送れるのか。

 可能なのである。但し、当然普通の便ではNG、専用の運搬用ケースを用意し、チャーター便で発送ということになる。それなりに費用はかかるが、これは致し方なしである。まさか自分で引き取りに行けるわけじゃなし。

 んで、次の心配は箱船への搬入である。スーパーネッシーは箱船の中で作ったから、心配の要はなかった。その前まで使ったネッシーMkIIは、南の窓から搬出したから、今回もそこからの搬入になるだろう。作業にあたっては人手が要る。相手は100kg、3m超の巨大スピーカーである。僕を含めて少なくとも5人、できれば6〜8人くらいは欲しいところである。

 搬入の日、人手のあるうちにユニット取り付け、設置、音出しまで一気に行ってしまいたいと考えている。おおよそ9月下旬から10月初旬になる予定。既に近くの友達には加勢をお願いしてある。先日の日誌に「独りでは何もできない」と書いたが、搬入設置に至るまで、ホントにその通りなのである。

 仲間があることのありがたさを、痛感している。

’06/06/24 (土)

如何にも怪しい


 今日は、僕にとっては記念すべき日である。本日を以って、昨年6月25日から数えて写真つき日誌365日365回を達成できたのである。

 とは言え、その間タイムマシン的更新でお茶を濁すこと多数、誠にお恥ずかしいことではある。しかしながら、生来の不精者がここまで継続できているのは、ひとえにご閲覧いただいている皆さんのおかげさまである。心から御礼申し上げたい。ありがとうございます。

 さて、今日の写真は、先日友達から「話のネタにどうぞ」と、お土産にもらったソフトである。このジャケット、内容は一目瞭然だろう。そう、テラークの「1812年」だ。AD、CDとも長岡先生推奨盤。オケはさほどでもない録音のこのソフト、それを有名にしたのは、なんと言ってもカノン砲の発射音、である。

 厚手の紙にツヤツヤの印刷、なかなか豪華な装丁のソフトだが、ハテ、これはいったいCDなのかSACDなのか。ジャケット左上には「DSD Direct Stream Digital」というマークが入っている。要するにSACD、かと思って開封してみたら、実はフツーのCDだった。

 ナンデこんな紛らわしい表記をするのか馬鹿にするなと、怒ってはイケナイ。実はコレ、彼の海賊盤天国、某国(とくに名を秘す)製なのである。ジャケットはもちろん、テラークのロゴマーク、ライナー・ノーツもそのまんま。カタログナンバーだけが強引に変えてある。テラークのようでテラークでない、ベンベン。それはナニかとたずねたら。如何にもアヤシイ雰囲気なのである。

 ジャケット写真を使ったピクチャーCD仕様のレーベル面には、誇らしげに「DSD+Direct SBM The Ultimate CD Sound」と謳ってある。そのわりにトリミングがいい加減で、オーケストラ、指揮者の名が中途半端に切れていたりして、どう見ても正規のプロがやった仕事とは思えない。ますますアヤシイ。

 で、音を聴いてみる。残念ながら、ダメダメだ。ダメダメダメと言ってもよい。どうしたことか、全編ノイズだらけなのである。プチプチ、パキパキ、ボソボソと、耳障りな雑音が出っ放し。音云々以前の問題である。こりゃ遺憾。

 正しく「話のネタ」ソフトだったわけである。その意味では役に立ったし、僕も勉強になった。こーゆー怪しげなモノが、世の中には存在するのだなあ、と。ありがとうございました。

 こんなことやってると、いろいろとグワイが悪いのでは、ないのか、某国。

’06/06/23 (金)

待っている


 特にムシ暑かった21日の午前中、お客様が見える前に業務に出かけたその帰り。境内へ通じる坂道上り口の草むらに、ふと目が行った。草の裏に黒い昆虫がとまっていたのである。あれってホタルじゃあるまいかと、坂の途中に車を停めて確かめてみれば。

 やはりそうだった。ご覧の通り、幅1cmほどの草の裏に、頭を下げ触覚を折り畳んだホタルが1匹、眤としている。触らないよう横からそっと覗き込むと、お尻の先端の発光器が大きい。立派なゲンジボタル♂である。

 夜、発光しながら飛ぶ姿は、皆さんご存知の通り。だが、昼間、葉の裏にひそむ姿は、あまりメジャーではないのではないか。田舎育ちの僕でも、こうして間近に見るのは初めてである。

 21日は夕方から雨になった。彼は、ちゃんとそれを知っていて、近くに水場のないこんな場所でも、夜を待てたのだろう。

 10日に満たない成虫時代の間、彼はほとんど何も食べない。わずかの水を飲む(吸う?)だけである。ただ我が遺伝子を次世代へ繋ぐのみに、その短い時間を使い切るのである。夜、力強く飛翔し、何としてもパートナーを得ねばならない。

 彼は今、その時を眤と待っている。

’06/06/22 (木)

お世話になります


 2年ぶりのご来訪は楽しい時間のうちに過ぎて行った。午前中から夕方まで、新規IRの依頼やら音聴きやらヨタ話やら、本当にあっという間である。毎度のことながら、無理で勝手な依頼に快く応じてくださって、まったくに感謝するばかりである。ありがとうございました。

 写真は、既にお馴染みJA-0506II用GMホーン、のようだがそうではない。適合トゥイーターは間違いなく0506II、しかし、材が違う。GM(砲金)と見比べると、色目がやや赤く銅の色に近い。見かけだけで判るほどの物知りじゃなし、「この材は何ですか?」と訊ねると。

 燐青銅製だという。砲金と同じく、銅合金の一つである。Sn(錫)3〜9%、Cu(銅)91〜97%の組織に、脱酸剤としてP(燐)0.03〜0.35%添加した合金だ。硬度が高く弾性に富み、磨耗性耐腐食性を持つ。特に海水にはほとんど侵されない特長がある。

 高硬度高弾性を利用し、コイルバネ、リレー用バネ、コネクタ、スプリングワッシャ、スナップボタンなどに多用される。要するに硬くて丈夫でビョンビョンしているわけだ。昔は燐青銅製ヘッドシェルなどもあったりしたが、最近はまったく見かけなくなった。もちろん、こんなに大きなカタマリとして見るのは初めてである。ムクマニアとしては琴線に触れまくり。見られただけでも得したような気分である。

 聴いてみたいならしばらく貸してあげる、というありがたいお言葉。それじゃあ御礼は磨きをかける(DHKである)っちゅうことで如何でしょうと、しばし箱船にご逗留願えることになった。

 弾いてみると、明らかに砲金とは違う音がする。鳴きのピッチがより高いのである。以前作ってもらった超々ジュラルミン製ホーンにやや近い感じ。「チシーン」と鳴って濁りはない。硬さ、弾性の高さが音に出ているようだ。

 GMと換装すれば音が変るのは間違いないだろう。良くなるか悪くなるか、それは聴いてみないとわからない。楽しみである。

 わざわざお出で願って無理を聞き入れてもらった上に、こんなものまでお借りして、ありがたいやら恐縮するやら。

 Kさん、Mさん、今日は本当にありがとうございました。

’06/06/21 (水)

独りでは何もできない


 21日は、ここ2年ほどご無沙汰だった友達が、久しぶりに来てくれることになっている。実は、僕のほうからお願いしたのである。突然のお願いにもかかわらず、快く応じてくれた。彼は、ヒジョーに気さくで優しいのである。

 写真に挙げたのは、現用スーパーネッシーに使っているところの、インナーリング(以下IR)である。今回、スーパーネッシーMkIIを計画するにあたり、考え込んでいたのが、このIRの件である。

 ユニット必要数6本のうち、2本は新規購入してあるものを使い、4本は現用を移植する。では内外リングの処遇はどうするか。2本新規製作、4本はユニットと同じく移植する。外リングはバッフル形状の関係から、6本新規製作を依頼すべきか。

 現用IRを流用するとなれば、入れた時のハンタイ、紐でくくって管から引き出さねばならない。バッフル穴からはゼッタイに出せないのである。当たり前だ。考えただけでメンドクサイ。「取り付ける」という作業には結果への期待感があっていいけれど、「取り外す」ほうにはそれがない。新SPへの期待感はあるものの、だ。

 そこで得意の思考停止。IRも6本新調することに決定。と言っても僕が作れるものではなく、然るべき方面へ依頼するわけである。それが、今回のお願い、というわけだ。

 形状、内外径は基本的に同じ、厚みを増やし取り付けネジの径もサイズアップしたい。現状M5をM6へ。取り付け穴にタップを切ることも考えたが、諸般の事情を鑑みて見送り。現用と同じく、タップ無しボルトナット締め付け方式で行く。

 と、これは僕が勝手に思い描いているだけ。スーパーネッシーMkIIの図面を元に、実際施工してくれる友達とじっくり相談したいと考えている。

 本体基本設計製作、周辺部品の設計製作。すべての点で多くの友達からバックアップを受けることができてこそ、スーパーネッシーMkIIは実現に近づいて行くのである。

 言葉に表せないほどの、ありがたさを感じている。

’06/06/20 (火)

冷やす季節


 箱船でオーディオするに一切の空調を必要としない季節。それも早過ぎようとしている。今日は特に暑い日で、この辺りの最高気温は29℃、晴れていたとは言え梅雨のさなかで湿度は高く、体感不快感は大きかった。

 箱船室内も随分と暑く、特に2階は日中30℃を超えてしまった。今年初めての冷房稼動。夏は大好きだが、オーディオ中のSNが下がってしまうのはちょっと残念。年中エアコン不要の気候に、なるはずはないから仕方がないのである。

 箱船が完成して今年で13年、長岡先生が方舟を運用された期間(1987〜2000)と同じになった。重大な問題にはならないにしても、あちこちに経年劣化が出始めていることは確かである。現用のエアコンも以前に比べれば騒音値が上がっている。いずれは新調せねば遺憾。

 その時はチョイと工夫を凝らし、できるだけノイズレベルの低いタイプに変更できればと、今から考えている。筐体そのものは頑丈でも、ディーテイルに関してはメンテナンスフリーとは、行かないようだ。

 13年経って気付くのだから、悠長な話である。

’06/06/19 (月)

秀か愚か


 最近、拙掲示板へ得体の知れない投稿がしばしば見られるようになり、管理者としては非常に困惑し、また対応に苦慮している。尤も、こういう状況はウチに限ったことではない。webページを管理運営する仲間内では、皆同じような苦労があるようだ。

 見つけ次第、できるだけ迅速に削除するわけだが、それで済む問題でもないように思える。少なくとも良心を以って投稿されたのではないようなものを、一瞬でも見せられるのは不愉快だし、何よりそういうゴミ以下の投稿によって仲間からの貴重な情報が削除されて行くのは我慢ならない。

 迷惑メールに象徴されるが如く、ネットの利便性を逆手に取り、己を偽り人を欺き不当な利益を得ようとする下品極まりない輩が、昨今多すぎるように思われる。年端もいかない女子中学生が、アイドルアイテムを餌に人を騙し、100万円以上の詐欺を働いていたという事件も記憶に新しい。

 投稿するに多くの制限をかけたタイプの掲示板へ変更する。それも一つの方策ではある。しかし、誰もが気軽に、高いハードル無しに投稿できてこその、自由BBSである。できるなら制限はかけたくない。コアでディープなマニアだけの、澱んだ閉空間にはしたくないのである。

 利便性の高さによって、利便性が蹂躙されている現状。「○○と鋏は使いよう」という諺が脳裡をよぎる。

 ニンゲンという動物、頭が良いのか馬鹿なのか。

’06/06/18 (日)

まさにその場に


 8日に載せたSY-99さん録音の「2006 八ヶ岳」。DVD-Aは相変わらず再生不能だが、今度は同内容のDVD-V仕様盤をご恵贈いただいた。製作者ご本人としては上位フォーマットでの試聴を推奨されたいところであろうが、不自由な再生環境しか持たない僕への大いなるご配慮である。これならウチでも再生可能だ。ありがとうございます。

 マスターはDVD-A盤に同じ、48kHz/24bitにダウンコンバートされている。DVD-A盤に比べるとサンプリングが1/2だが、それでもCDフォーマットをはるかに上回っている。早速聴いてみた。

 SY-99さん録音には大きな特長がある。これまでに何度も書いてきたことだが、尋常ならざる音場の広さ高さ深さが、再現されることである。音場感に優れる理由の一つに、録音が広いDレンジを持っていることが挙げられる。とすれば、標本化周波数はもちろん、それ以上に量子化ビット数が上がることに大きなメリットがあるのではないかと、シロウトは単純に考えてしまうわけである。

 それはあながち間違いでもないようで、今回のディスクはこれまで以上に音場感が凄い。森の中にいる鳥1羽1羽、すべて居場所と大きさを特定できそうなほどの定位感、とても部屋の中で聴いているとは思えない音場の広大さ、日の出とともに気温と湿度が変る森の空気感、それに応じて変化して行くさえずりの響き。まさに「その場に居る」というリアルな音場がありありと再現される。

 箱船のDVD-V音声の再生環境は、現状決してベストではないと思う。何しろ機器は7年前の御老体、パナソニックDVD-H1000なのである。ディジタルの世界で7年前といえば、それはもう太古の昔、イニシエの機器なのだ。にもかかわらずこのパフォーマンス。毎度のことながら、SY-99さんブランドの音源には、驚かされるのである。

 今のところ、DVD-H1000のD/OからDP-85のD/Iへ繋いで聴くことができずにいる。向後、レイアウトに工夫を加えそれが可能になれば、さらなる向上を見ることは明らかである。是非ともやってみたいことの一つだ。

 SY-99さん、今回も刮目すべき音源、ありがとうございました。

’06/06/17 (土)

入り口から出口まで


 手元にあるものは、ご覧の通り8cmCDである。これが1988年版。今日、友達からのメールで「後年、追悼企画で12cmCDに復刻されてるよ」と教えられ、ハッと思い出した。

 そうだった。2001年5月に音元出版から発行された「不思議の国の長岡鉄男 1」の企画で、応募者全員に復刻12cmCDがプレゼントされたのだった。お持ちの方も多くいらっしゃるだろう。そう、あの音源である。

 どういうわけか僕はこれに応募しなかった。何故だろう。2001年、僕は長岡先生が亡くなったことを、受け容れることができていなかったのかもしれない。

 それはともかくとして、このCDの音である。

 ハッタリも何もない、ただひたすらに自然な音である。化粧気もなく気取ったところもない。ある意味淡々とした音だが、しかし情報量は多い。鮮度は極めて高く、リアルである。弓が弦を擦る様が生々しく再現される。Vc、Cbとも厚く豊か、音像はソリッドで薄っぺらさがない。但し、音楽専用ホールで距離を取って聴く音とは随分と印象が違うから、聴き手によっては評価が分かれそうな気はする。

 音場は先日書いたガムランと同様、方舟の音場そのままである。ただ、響きにどことなく硬さを感じるのは、録音時期が方舟完成後1年足らずであることが影響しているのかもしれない。文章に表現するのはヒジョーに難しい。「硬さ」を「新しさ」と言い換えてもよい。オーディオルームとしてのエージングの浅さが感じられるのである。この点、ガムラン録音とは随分印象が違って聴こえる。

 もちろん、音源、演奏者の数、ルームアクースティック調整の仕方、録音機器、季節など、相違点は多い。だが、それを考えに入れても、響き(方舟内の空気、と言ってもよい)にできたての匂いを感じるのだった。かたや完成1年足らず、かたや7年以上。違って当然か。

 いずれにしても、良い録音と聴いた。先生はオーディオ評論家であって録音のプロではない。プロから見れば随分いい加減なところも、あるのだろう。しかし、入り口から出口まで長岡イズムに統一された音を聴くと、大いに納得させられるものがあるわけだ。

 その意味で、非常に価値の高いソフトだと、思う。

’06/06/16 (金)

小川氏つながり


 小川洋氏つながりでCDをもう1枚。

 写真のCDは、音元出版のオーディオ・アクセサリー誌第50号(1988年秋号)で企画された、方舟でのチェロとコントラバスの生録音源をもとに作られたものである。これもまた読者プレゼント(抽選で50名)があり、この時はヒッシの思いで応募したがみごと落選した。

 それが今手元にあるのはナーンデカ。最近こんなのばっかりだ。'99年9月、僕が録音した花火の生録を持って方舟にお邪魔した折、長岡先生からいただいたのである。

 「花火」のほうは僕のミスで録音時にローカットフィルターが入ってしまってNG、しかしそこから話題は生録方面へ。「生録といえば、以前方舟でもされたことがありましたね。確かチェロとコントラバスのデュオでしたか。CDの読者プレゼントがあって、僕も応募しましたが見事にハズれました」と言ったら、先生黙って2階へ上がり、ややあって戻って来られたと思ったら「これ、1枚だけ残ってました。アナタにあげます」と。

 ヒョウタンから駒。わらしべ長者。11年越しの入手が叶って大喜びしたのは当然である。「ええーっ、よろしいんですか」と言うと「アナタにはいろいろ貰っちゃってるから。ホンのお返しです」。先生は義理堅い江戸っ子だったのである。

 この記事を企画担当されたのが、当時音元出版のエディターでいらっしゃった小川さんであった。もちろん、昨日メールをいただくまで知らなかった事実である。何ともご縁の深いことだ。このとき既に、6年後のガムラン録音に続くルートが出来上がっていたのである。

 録音は1988年7月30日。方舟が完成して1年に満たない頃である。読売日本交響楽団のチェロ、コントラバス奏者(当時)、渡辺暁氏と星秀樹氏のデュオ。8cmシングルCD仕立てで全16トラック19分57秒。

 ネッシーの前、左チェロ、右コントラバスという配置はジャケット写真に見える通り。先生の得意ワザ、物干し竿スタンドパイプに砂を詰めダンプしたヤツをマイクスタンドとし、これまた得意のテクニクスRP-3800E、直結するDATはテクニクスSV-MD1とソニーDTC-D10である。どちらも当時最新のポータブルタイプDATだ。

 2本のマイク間隔は30〜40cm、高さは2m弱、音源からは3m弱。この頃の方舟は、装置のラックが右の壁際に縦積みされていたから、演奏者とマイクの間には障害物がなく広々としている。プロジェクターも脇へ移動させたようだ。

 この時は高級(と言うか、まっとうな録音用)マイクも併用されている。試聴の結果、CDマスターに選ばれたのは、はやりRP-3800Eだった。記事には「最も自然な音で聴けた」とある。DATはSV-MD1である。トラック12、13、14に他のマイクとDATの組み合わせで録音したものが試聴トラックとして収録されている。

 前振りが長くなってしまった。例によって、イムプレッションは明日に。

’06/06/15 (木)

生命力が漲っていた頃


 レコーディング・エンジニアの小川洋さんから、とてもありがたいメールをいただいた。「『方舟』にガムランがやってきた!!」は、企画、取材、編集すべて小川さんが担当された記事だったそうだ。これには驚いた。先日の付録CDに始まり、SoNAISHレーベル、それに方舟のガムランと、すべて小川さんが関わられたお仕事だったわけで、不思議なご縁を感じざるを得ない。長岡先生のお導きか。

 昨日は不詳と書いた録音日時、小川さんからのご教示により判明した。'94年11月20日だったそうである。ガムラン演奏グループ「スカル・ジュプン」を方舟へ招聘できたのも、小川さんのご縁によるものである。

 箱船での再生環境は、パイオニアD-07Aから光ケーブルでDP-85へディジタル信号を送る。最新とは言えないまでも、録音当時から見ればかなり進化したDACで聴くことになるわけだ。

 冒頭、長岡先生と小川さん(このこともメールで知った)の会話で始まる。

 先生「これねえ、もっと前から入れちゃおう。うん、しゃべりや何か入ってるところから」 小川さん「もうしゃべってます」(笑い) 先生「そっちの笑い声とかさ、全部入れといて、(演奏が)始まる前からね」 小川さん「はい、じゃあお願いします」と演奏が始まる。長岡先生の声は、とても懐かしい。

 メンバーは全員日本人(だと思う)だが、演奏は非常に上手い。リズムとグルーブが安定していて、危なっかしいところがまったくない。僕もヘボだが一応ドラマー、それくらいはわかるのである。

 Dレンジが極めて広く、pppはボケずfffでも崩れず濁らない。マイク2本のみデッキ直結の効果で鮮度は非常に高く、まさに生そのものと言ってよい。これはリアル方舟の音だ。ただ、マイクがローコストの所為か、やや厚みに欠けて薄味な印象を受けることは否めない。この辺りはメリットデメリットの綱引きになるわけだ。

 「スリン」という竹製の笛は、かなり鋭い音を出すが、艶があってきれい。ビートの頭で「ヴォワーン」と打ち鳴らされるゴングは圧力があり存在感抜群。大多数を占める青銅製パーカッション群は、アタックが強烈でカキーンと来るがうるささやかましさは皆無。どちらかと言えばしなやかな音である。切れがよく伸びもある。全体的に音に力があり、大音量再生すると痛快これ極まりない。

 音場は「方舟」そのもの。聴いていると何やら懐かしい気持ちになってくる。振り向けば後ろで長岡先生が腕を組みアゴを撫でながら笑っていそうな気配がして、いささかグッときてしまった。方舟の空気を、思い出すのである。

 先日の付録CDに比べると、かなりパーカッシヴでニギヤカな曲と演奏である。かたやオープンエア、かたやインドア。オープンエアが本来の演奏ロケーションだろうと思うが、こういうガムランも捨て難い。公のソフトになっていないのが、残念である。

 「方舟」に生命力が漲っていた頃の、貴重な音の記録。

’06/06/14 (水)

方舟のガムラン


 AB誌最新号の付録がガムラン生録音源のCDだと聞いて思い出したのは、かつて方舟で録音されたガムランのDATである。

 FMfan'95年第2号('94年12月26日発売号)、通巻750号記念特別企画「『方舟』にガムランがやって来た!!」。写真に見える通り、まさに方舟の中にガムラン演奏グループ「スカル・ジュプン」を招いて生録する企画である。記念写真中央は民族衣装で正装し、愛用のチェンチェン(写真左に見える楽器)を手にする長岡先生である。ちょっと、カワイイ。

 この企画には読者プレゼントが付いていた。録音されたガムラン音源を、DAT2種(48kHz/16bit、96kHz/16bit)、DCC(ディジタル・コンパクト・カセット。仇花になってしまった)、MD(これまた役割を終えた)、CD-Rの5種メディアにし、抽選で計75名にプレゼントするというものだ。

 何を思ったか知らないが、僕はこのプレゼントに応募しなかったのである。たぶん、ボケッとしているうちに締め切りが過ぎてしまったのだろう。後になって悔やんだのを覚えている。

 なのに手元にDATがあるのはナーンデカ。当時しっかり応募し見事当選した友達が、なんとありがたいことに譲ってくれたのである。「ウチにあるよりここにあったほうがいいから」と言って。僕はとても感激しました。大感謝である。

 メディアはDAT、48kHz/16bit版である。SONYのDATデッキ、DTC-2000ESで録音したマスターから、同じくSONY DTC-59ESへディジタルコピーしたテープだ。SCMSにより、このテープからの孫ディジタルコピーはできない。今やこれも無意味に近くなってしまったが。

 録音日時については記載がないのではっきりしない。たぶん'94年11月〜12月頃だろうと思われる。マイクはローコスト測定用、テクニクスRP-3800E。知る人ぞ知る、テクニクスの超ローコストスペアナSH-8000に付属していたマイクである。僕も3本持っている。

 これを床から2mの高さに設置、音源からマイクまでは写真で見る限り約5m弱といったところか。演奏グループ(16名)はネッシーに向かい合う形で展開、マイクはLRネッシーのセンターに設置。マイク背後の120インチスクリーンは巻き上げられ、露出したスチールラックは毛布で覆って反射を抑えてある。この他、機器の上にはドアマットやクッションの類を載せた、とある。

 2曲演奏して、うち1曲はバチで叩く太鼓(『クンダン』というそうです)の強打でマイククリップしてしまった。もう1曲は掌で叩く曲風で無事クリア。メディアに仕立てられているのはこちらのほうである。曲名は、わからない。

 さて、音だが、それについてはまた明日。

’06/06/13 (火)

刈る


 冬は大雪で毎日除雪に追われ、夏になったら盛大に伸びる草の除草に追われる毎日である。ちょっと放置すれば境内は原野の様相を呈してしまい、どうにもいけない。ので、せっせと除草するわけである。

 活躍するのはエンジン草刈機である。とにかくこれで辺り構わず刈りまくる。ツナギ着て頭にタオル巻き防護ゴーグルにナガグツ履いて刈りまくる。時々ヘビなんかも刈る。ミミズも刈る。バッタも刈る。ボーズのクセに、地獄行きだ。

 境内をずーっと刈り進み、ぐるっと回ってきたら起点はまた草が伸びているという、建設的なんだか非建設的なんだか、ワケのワカランことになるのである。雑草の生命力は凄いです。

 刈る現場のロケーションがゴルフ場みたいなところばかりなら、いい。しかし現実は砂利あり石あり太い木ありコンクリートあり、回転刃にとってはヒジョーにキビシイ環境なのである。写真は僕が常用する草刈機用チップソーである。電ノコの刃ではありません。1週間も使えばボロボロ、著しく切れ味が落ちる。

 1枚5,000円くらいの高級品もあるが、そんなモノはもったいなくて使えない。専ら1,350円のローコスト刃を、頻繁に交換することで対応している。5,000円の刃でも、石や砂利には勝てないのである。これは消耗品なのだ。

 ちゅうわけで、明日も朝からブイブイ草刈りします。

’06/06/12 (月)

鮮度高くリアルに


 暦通りに更新できていないことを、どうかご容赦願いたいのである。

 AUDIO BASIC誌の連載記事で、毎号楽しみにて読んでいるのが「高音質ディスク聴きまくり」である。市川二朗氏と高崎素行氏(MYUタカサキの代表でいらっしゃる)、それにまとめ役の炭山アキラ氏、それぞれが紹介推奨される優秀録音盤はもちろん、それについての3氏のコメントも非常に楽しい。その昔、別冊FMfanに連載されていた「長岡鉄男の外盤ジャーナル」の匂いを残しながらも、また違った雰囲気でソフトを紹介する、僕にとっては嬉しいページである。

 今号(第39号)の「Topical Disc 1」に選ばれているのは、高崎氏推奨の「SoNAISH / gut bass duo」(日sonaish 001)である。記事を読み、こりゃあ聴いてみたいタイトルだと、思って注文の算段をしかけていたところへ高崎氏よりサンプル盤を頂戴した。今回の紹介を機に、MYUタカサキさんでも取り扱われることになったそうである。

 AB誌の記事にある通り、知る人ぞ知るコントラバス奏者、斎藤徹と井野信義のコントラバス・デュオである。楽器だけでなく、弓、弦、松脂にまでこだわって演奏されているようだが、悲しいかな僕はそちら方面にトンと暗くていけない。斎藤氏のwebページに詳しいので、そちらをご覧いただいたほうがよいと思う。僕は単純に聴いたイムプレッションだけを述べよう。

 偶然か必然か、レコーディング・エンジニアは先日紹介したAB誌付録CDと同じ、小川洋氏である。2005年12月8日(お釈迦様がお悟りを開かれた日である)、多摩川の「いずるば」(小ホール、或いはライブハウス? 恥かしながら寡聞にして不知)で録音。全9曲62分30秒。

 Lchに斎藤氏、Rchに井野氏のベースが定位する。といって昔のピンポンオーディオのような不自然さはない。両者の距離感、間にある空気感もリアルに再現される。比較的近くで聴いている感じで、音像はやや大きめだがこれが自然なサイズなのである。

 冒頭から厚みと力のある音が飛び出してきて圧倒される。柔らかく、しかもソリッドで量感と締まりが両立したいい音だ。装置には低域のトランジェントが厳しく問われるだろう。グワイが悪いとボケボケのヘンな音になってしまいそう。

 鮮度は非常に高い。演奏の質も高く、コントラバスを表情豊かに鳴らし切っている感じ。ホイッスルや金属打楽器、合いの手なども入って飽きずに聴かせる。中高域は繊細で歪み感極少。立ち上がり立ち下がり良くトランジェント抜群。この辺り、付録ガムランCDに共通するものを感じた。音源、ロケーションはまったく違っていても、そこは小川氏の腕とセンスの良さが出ている。さすがである。僕としてはトラック3「街」という曲が面白かった。

 「Topical Disc 1」に選ばれるだけのことはある。これはいいソフトだ。CD番号に見える通り、これがsonaishレーベル第一作目になるわけである。今後の展開にも注目し、是非ともヒイキにしたいレーベルである。

 高崎さん、この度はありがとうございました。今後もご期待申し上げております。

’06/06/11 (日)

ムクマニア


 友達とオーディオヨタ話をしていて、ムクマニア、カタマリマニアの話になった。艶やかに磨き上げられた金属の塊、幾重にも年輪を重ねた樹の切株など、重くて中身の詰まったものに異様な魅力を感じてしまう人種。それをムクマニアと呼ぶ。

 僕は言わずと知れた偏執的ムクマニアである。が、友達もかなりのもの、否、僕以上と言ってよいだろう。僕とはスケールが違う感じだ。

 写真は、彼がADプレーヤー用に用意した金属のカタマリである。φ150×200mm、SUS304(磁石に反応しないステンレス。イワユル『18-8ステンレス』といわれるもの)の円柱だ。上に乗っているのはアクセサリーのページに載せているスタビライザー 3である。巨大さが分かろうというものだ。こんなに大きなサイズの円柱なんて、初めて見た。凄い迫力魔力だ。

 重さはどれくらいになるのか。SUS304の比重は7.93g/立方cm、鉄より重いのである。ざっと計算して1個約28kgということになるわけだ。ちゅうことは4個で112kg。脚だけでこの重量。脚だけですぜ、ダンナ。フツーの家では床が危ない。何だかエラいことになってます。

 本来、インシュレーターとはこういうモノのことを言うのだと、僕は思う。殊にアクースティックな振動に敏感なADプレーヤーの基礎部分となれば、これくらいやっても過分ということはなく、むしろ理想的である。彼はちゃんとした理詰めによってこれを選択したわけで、単にムクマニアの血が騒いでいるだけではないのである。

 僕はアホなムクマニアだから、ウチでは使い道がないと判っていても、パブロフの犬よろしく「コレ欲しい」スイッチが入ってしまうわけである。現物を見て、触って、持ち上げて、コツコツ叩いてみたい。もの凄く魅力的である。

 ソリッドな金属塊。魔力的に惹かれるのだった。

’06/06/10 (土)

音場感抜群


 急を要する業務出来、更新が遅れてしまった。ご容赦ください。

 さて、AUDIO BASIC誌第39号付録のガムラン現地録音CDである。今回は小川洋氏の手による録音である。小川氏とは数年前、自衛隊富士総合火力演習でお出会いしたことがある。とても気さくで行動派、魅力あるお方だった。

 録音についての詳しいことは本誌をご一読いただくとして、ここでは箱船システムで聴いたこのCDのイムプレッションを書いてみたい。

 大変優れた録音である。一聴して驚くのは、音場が非常に広いことである。一応屋内ステージということになっているが、虫の声が盛大に入っているし、周りに森(林?)の気配が感じられる。音から受ける印象は半野外という感じだ。独特の空気感がいい。バリ島の風の匂いを知らない僕でも、なんとなく想像できるような録音である。ダミーヘッド録音の効果も高いと思うが、それよりも現地での生録であることが大きくモノを言っているような気がする。

 聴感上のレンジが広く、特に高域の伸びと繊細感は抜群。トランジェントが良く、しかも歪み感極少。種類の多いガムランの音が見事に融け合いながら、しかも混濁しない。176.4kHz/24bitで4GBのコンパクトフラッシュに記録した、とあるが、さすが4倍ハイサンプリング、ハイビットの効果は高い。CDフォーマットにダウンコンバートされても、良さは充分感じられるのである。

 ガムランのパワー、繊細感、全体の音場を存分に楽しめる優秀録音である。個人的にはこの繊細感に加えてもう一息の爆発力、瞬発力などがあれば最高、なのだが、ヤバンで濃い音が好きなヤツの言うことだからあまりアテにはならない。

 こうなるとダウンコンバートする前のマスターを聴いてみたくもなる。それは当然叶わないことだから、やはり読者プレゼントのSACDを狙うべきだろう。早速応募ハガキを出そう。

 こんなことを書いてしまうと、競争率が上がるかしらん。

’06/06/09 (金)

早39号


 本日発売の、AUDIO BASIC第39号である。'93年の創刊当時(FMfan臨時増刊『はじめてのオーディオ』が始まりだったと思う)から休まず購読しているけれど、もう14年目39号にもなるのだなあ。最早新進オーディオ誌とは言えず、すっかり古参誌になった感じ。時が過ぎるのは速いのである。

 MYUさんからのご投稿にも見える通り、今号の付録CDはガムランのバリ島現地録音である。これはヒジョーに楽しみである。滅多にない貴重な音源が付いて1,300円は安い。皆さん是非とも購読しましょう。綴じ込み葉書で応募すれば、同内容のSACDをゲットできるかもしれない。僕はゼッタイ応募するぞ。

 などと喜んでいるけれど、実はまだ聴いていないのである。今夜は少々業務繁忙、明日の夜は聴けると思う。僕は本家方舟で生録されたガムランのDATを持っているから、それと比較してみるのも面白いだろう。

 というわけで、続きはまた明日。

’06/06/08 (木)

SY-99ブランドは進化する


 音場録音の名手、SY-99さんが前回箱船にお越しになってから、早1年が経った。と、ちょうど昨日、過去日誌を見て思い出していたところへ、新しい録音が届いたのである。氏の粋な計らいか。いつもありがとうございます。

 「2006 八ヶ岳」(YO-00069DVD)である。ディスク番号に見える通り、今回のディスクはDVD-Aである。

 氏は昨年末、ソニーの固体メモリーディジタルレコーダー、PCM-D1を導入された。経緯は氏のwebページに詳しいから、是非ご覧いただきたい。今録音はそれによる96kHz/24bit収録となっているのである。

 この記録をこれまでのようにCD-Rメディアへ落とすとなれば、当然ダウンコンバートする必要があるわけだ。それでは折角のハイサンプリングレート、ハイビットフォーマットが生かし切れない。勿体無いのである。

 広帯域フォーマットを無駄にせず、しかも自作できるメディア、といえば選択は一つ。DVD-Aしかないのである。F特、Dレンジとも大幅拡大、これは大いなる進化だ。

 ご本人の言葉を引いてみる。「これまでのCD-Rに比べて、DVD-AUDIOにして聞くと、厚み、質感、余韻といったところに差が出るようだ。聞いていても、より自然であるし小さい音にも質感が伴う点は、CD-Rに差をつける」とある。F特も掲載しておられる。ちょっとビックリするようなカタチである。一見の価値あり。効果は顕著なのである。

 問題は再生環境だろう。SY-99さんもそれは重々ご承知の上だ。「とは言え、DVD-AUDIO規格を聞ける人口はどれ位になるのだろうか。CD・SACDを聞ける環境はあってもDVD-AUDIOはねぇ」と、おっしゃっている。実際、拙箱船にも、DVD-Aを再生できる機器は、ないのである。何せ未だに太古のプレーヤー、DVD-H1000なのだから。

 そうであっても、折角にお贈りいただいたディスクを「聴けません」ではあまりにも無礼というものである。それに、CD-R時代よりも音が良いとなれば、何としてでも聴いてみたいのが当たり前。ともかく96kHz/24bitのPCM信号が取り出せる機器があれば、あとはDP-85のDACに任せればよいわけだ。

 製作者ご本人としては、「録音を本当の意味でそのまま聞かせられるようになった」DVD-Aを選択されるのは当然であろう。編集のための周辺機器の整備、使いこなしには随分なご苦労があったと仄聞する。SY-99ブランドの音場録音シリーズ、進化止まるところを知らず。

 プレーヤー、何とかせんと遺憾。

’06/06/07 (水)

今度は何年


 現用スーパーネッシーは、1997年7月3日から板を切り始め、同月20日に完成した。ユニット(当時はFE-208SS)を取り付けトゥイーターを加えアンプに繋ぎ、システムとして音が出たのはそのあくる日、7月21日である。上の写真はその日に撮ったものだ。

 トゥイーターはFOSTEX T-925Aを2個、間に0.82μFのコンデンサーを挟み、シリーズで繋いである。その昔、長岡先生がD-70にT-925を2個繋いでいらっしゃった手法をそのまま真似たわけだ。結果的には大失敗。超激辛で異様に神経質。わずかに首を傾げたり俯いたりするだけで音が激変する。僕のようなガサツなニンゲンにはとても追い切れるようなものではなかったのである。

 ので、すぐにシッポを巻いてT-500A1個のオーソドックスな方法に変えた。以来9年間、フルレンジ、トゥイーターとも変更を加えながら箱船リファレンスとして活躍してきたわけである。

 9年間は短くない時間である。完成当初の砂を噛んだような音からは想像もできないような音で鳴っている。少なくとも僕の耳には心地良く響いている。FE-208ES Ver.2の力と、箱のエージングが進んだ結果である。

 当時長岡先生の担当編集者、現在はオーディオ評論家としてご活躍中の炭山アキラ氏には、完成直後(1997年8月5日)の音を聴いていただいている。「定位、スピード感文句なし」という評価をいただいたわけだが、イヤイヤさぞお耳にキツかったことだろうと思う。その節は失礼致しました。氏はその後も幾度かお越しになっているから、音の変遷についてもよくご存知である。

 そのスーパーネッシーも、いよいよリタイヤの時が近づいてきたようだ。現状の音に不満があるわけではない。それどころか、頭のどこかには今の音を失うことへの恐れもあるくらいだ。しかし、だからと言って現状に安穏としていたのでは面白くもない。新しい音を聴いてみたいという好奇心もある。

 再び一からのスタートになるだろう。しかし、音が練れてゆく過程を楽しむことも、趣味としてのオーディオの一側面である。そうであってみればスピーカー更新は、楽しみが増えると喜ぶべきなのである。

 上手く使いこなせるまでに、今度は何年かかるだろうか。

’06/06/06 (火)

無い智慧を絞って


 スーパーネッシーMkIIベース部側面図である。真横からはこういうふうに見えるわけだ。平面図で見るほどバッフルが出っ張った感じはない。比較的上手くまとまっていると、思うのは親の欲目か。

 側板に示してある6個の点は、ターミナル取り付け用の穴である。オリジナルネッシー、スーパーネッシーとも、従来は天板にあったものだ。ターミナルとトゥイーターを最短距離で繋ぐことを第一の目的にすべく、天板ターミナル方式となっていたわけである。僕は現在バイワイヤリング方式を採っているから、特に天板ターミナルにする必要はない。却ってトゥイーター設置にスペース制限が出てしまうデメリットのほうが大きいのである。

 そこで側板下方へお引越し願い、さらにユニット1個あたり一組ずつ独立させ、計6個設けることにした。もちろん、接点が増えるデメリットはある。だが、それよりも使いこなして行く上での接続の自由度を取りたいという狙いである。

 ともかくは至極単純に3パラで行くつもり。将来への展望としては、3ユニットのうち1個、或いは2個をF特コントロールして鳴らしてみたいという考えもある。その場合には、端子を独立させておいたほうが都合よく使えるわけだ。

 もし、このスピーカーが実現すれば、少なくとも10年、或いはそれ以上使うつもりでいる。であってみれば、今のうちに細部まで注意深く考えておかねばならない。図面が届いて以来、無い智慧を絞る日々が続く。

 「ナントカの考え休むに似たり」とも言う。僕独りでやっているならまさにその通りだが、そこは優秀な友達からのバックアップを得ているから大丈夫。尤も、そうでなければ基本的な計画すら危ういのである。

 皆さんのおかげさま。

’06/06/05 (月)

もう一味


 2日に載せたCDの続編である。「GREENSLEEVES / A COLLECTION OF ENGLISH LUTE SONGS」(米DORIAN RECORDINGS DOR-90126)。(C)(P)1989。録音は1989年1月、DOR-90109と同じホール。歌手、演奏者も同じである。全25曲68分03秒。タイトルにある通り、誰でも知っている名曲「グリーンスリーヴス」が収められている。

 同じホール、同じ演奏者、プロデューサー、エンジニア、エディターも同じ。違いは録音時期だけである。DOR-90109から1年4ヶ月後の録音になるわけだ。素直に考えれば、結果に大きな差異が出るはずはない、のだが、そこは音楽を録音するという作業の微妙なところなのだろう。明らかに音も、音場も、違うのである。

 一般的な水準からすれば、このタイトルも優秀録音である。しかし、90109を先に聴いてしまうと、いささか色褪せてしまう感は否めない。

 90109にある清澄な感じ、透明感、美しさ、静かさ、そのどれもがもう一息不足しているのである。全体的にくすみが感じられ、艶が失われている印象だ。音像もやや大きくなり、リアルさが後退する。ヴォーカルとリュートの位置関係は明確に出るけれど、厚みが足りずやや平板な表現になる。何か言うに言われぬ「もう一味」が足りない感じなのである。充分美味しいンだが何か足りない、という料理にも似ている。

 録音した季節の違いが音に出ているのだろうか。9月と1月。しかし、ホールはエアコンで温度管理されているだろうし、あまり関係ないか。それよりもやはり、わずかなセッティングの差異が、影響していると考えるべきだろう。

 レコーディングの困難さを、感じるのである。

’06/06/04 (日)

看護


 昨日載せた「天狗巣」病巣のアップ写真である。写真右下方向が健常な枝に繋がっていた部分で、ご覧の通り幹の表面は滑らかで綺麗である。

 そこから少し左へ進んだところ、赤い矢印から上の部分からが病枝になる。幹の表面にひび割れが入り、ゴツゴツしている。さらに二股に分かれる部分は、コブのように変化している。これは「天狗巣病」の典型的症状だそうだ。病変部分を少しでも残してしまうと、そこから再発することもあるというから、健常部分も含めて切除する必要がある。

 この病気、悪化すると樹全体に蔓延し最後は枯死するわけである。健常な樹に取り憑き、ついにはオノレもろとも滅ぼしてしまうあたり、癌とヒジョーに似ているのである。癌は感染しないけれど、コイツは胞子を撒き散らすというから、余計に始末が悪い。困った病気である。

 ニンゲン様は、グワイが悪くなれば言葉に訴えることができる。しかし、樹はそういうわけに行かない。ただ黙って、眤と耐えているだけだ。立派である。

 できる限り、よく看てやりたいと、思う。

’06/06/03 (土)

外科手術


 ようやくにして「天狗巣」の病巣を切ることができた。やってみればどうと言うことのない作業だが、何だか億劫だったのである。

 切って地面に下ろしてみると、小さく見えた病巣もなかなかの大きさである。異様に枝葉が茂り、しかも葉が非常にこまかい。健常な葉と比べれば、半分くらいの大きさしかないのである。明らかに病変しているわけだ。「桜の癌」と言われるのも頷けるというものである。

 病巣はすぐに焼却しなければ遺憾。放置すると切った枝からも胞子がばら撒かれ、他の桜へ感染するからである。ちょうど庭の草刈の後だったから、刈り取った草と一緒に燃やしてやった。

 枝の切り口には、先日仕入れたトップジンMペーストを塗布し、腐りが入らないようにする。上手いグワイに好天だったから、すぐに乾いて保護できたようだ。

 さて、これで元気を取り戻してくれるか、庭の若桜。

’06/06/02 (金)

静かに聴きたい


 業務が立て込み、少々疲れ気味である。肉体的にはさほど厳しくはないものの、精神的なプレッシャーが比較的大きいのが僕の仕事である。こういう時は、できるだけ静かな音楽を、できるだけ綺麗な音で聴きたくなるのだった。

 最適のタイトルが上のCDである。「THE ENGLISH LUTE SONG」(米DORIAN RECORDINGS DOR-90109)。(C)(P)1988の、古いCDタイトルだ。録音は1987年9月6日〜7日、ニューヨークのトロイ・セーヴィングス・バンク・ミュージックホール。ロン・マクファーレーンのリュートを伴奏に、ソプラノのジュリアン・ベアードがイギリスのトラッドを歌う。全27曲65分11秒。

 清澄、とはまさにこのCDのためにあるような言葉だ。どこまでも静かで、美しく、透明で、清々しい。しかも極めてリアルである。この音を聴いていると、ささくれた神経が落ち着いて行くのが実感できる。

 心地良く聴くには、小音量すぎても大音量すぎてもイケナイ。実際に人が歌う歌を、生で聴く程度の音量に設定するのがよい。いわば実音量。できればフルレンジで再生したいところである。

 長岡先生の推奨盤(たしか『ディスク・ホビー』だったと思う)でもあったから、既にお持ちの方も多いと思うが、未聴の方には今さらながらも是非聴いていただきたいCDである。20年近く前の古いタイトルだが、今でもこれを凌ぐ録音には簡単に出会えない。派手ではないが、優秀録音である。

 この頃のDORIAN RECORDINGSには、優秀なタイトルが多かった。

’06/06/01 (木)

汗ばむ水無月


 早6月である。ついこの間まで寒い寒いと文句ばかりタレていたら、2006年も半分が過ぎようとしている。

 今日はところによって猛暑になったと聞いているが、当地は最高気温21℃と、この季節にしては低いくらいのものだった。但し、湿度は高かったようで、朝のうち境内の草刈をしていても汗が乾きにくく不快だった。梅雨の季節が近いことを感じるのである。

 雨がよく降り水だらけの6月なのに「水無月」とはコレ如何に。字面だけを見てしまってはイケナイのである。「水無月」の「無」は、「〜の」にあたる連体助詞「な」として使われている。ので、「水無し月」ではなく「水の月」という意味になるわけだ。ナルホド、これなら納得である。

 ただ、梅雨で雨がよく降るから「水の月」なのではない。本来の意味は、陰暦6月になると田に水を引いたから。たまたま梅雨の季節が陰暦「水無月」と重なってしまっただけのことである。

 随分と日が長くなった。今月21日の夏至までは、ひたすらに昼が長くなるのである。なんて素敵なんでしょうか。しかし、夏至を過ぎれば短くなるほうに転じるわけで、そう考えると年中で最も良い季節は、本当に短いものである。

 今を楽しみましょう。