箱船航海日誌 2006年01月

日々雑感、出来事などを思いつきに任せて綴っていこう

過去の日誌コンテンツ

’06/01/31 (火)

バーゲン


 その昔、D2Dレコードで名を馳せた米M&K REALTIMEレーベル。何と言っても有名なのは「The Power and The Glory Vol.1、Vol.2」(RT-114、113)、さらには「Flamenco Fever」(RT-107)である。他にも優れた(駄作も)D2Dレコードがたくさんあり、当たり外れのDレンジは大きいものの、極めて魅力的なレーベルである。

 同レーベルの数タイトルが、あるショップのバーゲンセールで異様に安く出ていた。もちろん上記のような大物は含まれていないわけだが、それでもこれまでの相場からすると、人を馬鹿にしたような値段である。なぜこんなに値下げできるのかわからない。不良在庫を嫌ったか。

 純然たる中古盤である。それにしても安い。いちばん右のタイトルは以前の半額、左3タイトルに至っては1枚$5である。現レートで約585円。今までは結構な値段で、無理してまで買う必要はないかと遣り過していた。しかし$5となれば話は別である。安いヤツ大好き。大喜びで買ってしまった。

 $5、ナドというと、勘ぐってしまうわけである。大きな傷があるンじゃないか、ミスプレス盤ではないか、と。これがそうでもなくて、中古盤だから多少汚れてはいるが基本的には美品のようである。

 Cream(!)の2005年再結成ライブ盤(180g盤3枚組)もバーゲンで安かったし、今回はまさに「お買い得」であった。ヨカッタヨカッタ。

 いつでもどこでもこれくらいの値だったら、いいのになあ。

’06/01/30 (月)

持ったからには


 先日手に入ったFE-208ESの外箱に貼ってあった送り状。これはお店からウチ宛てのものではなく、卸からお店へ宛ててのものである。つまり、お店が最初に仕入れた時の送り状であるわけだ。

 発送年月日の欄には「2/3/28」と書かれている。おそらく2002年3月28日の意味だろう。208ES Ver.2が300本限定で販売開始されたのは2002年3月14日だから、まさにその直後である。それから4年近く、どういうわけか今日まで静かに眠っていたのである。

 それにしても300本は少ないと思う。1本だけ買う人はほとんどいないだろう、買うとしたら最低2本である。最大で150人。僕は畏れ多くも6本持っているし、知り合いには2本以上持つ人が4〜5人いる。ちゅうことは20本以上の所在が判明するわけだ。全体の約7%。これはもう凄い確率なのである。

 こんなに稀少なユニットを運良く手に入れながら、あたらデッドストックにしていたのでは間違いなくバチが当る。ので、やはりスーパーネッシーMkIIは実現させねばなるまい。

 責任重大である。

’06/01/29 (日)

D2CD


 歪み感が少なくきれいな音。言うは易く行うは難し、である。そういう音の出るシステムを構築するのはもちろん、ソフトにもなかなか出会えない。僕の好きなジャンル、ロックには皆無に近く存在しないのである。尤も、あの手のものは意識的に歪ませていて、それが音楽の一部になっているわけだから仕方ないのである。ディストーションやファズ(古いかな)なんていうエフェクターがあるのだから。

 数あるCDの中でも今日紹介するものは、特に歪みが少なく特にきれいな音で録音されている。「DICK HYMAN/PLAYS FATS WALLER」(米Reference Recordings RR-33DCD)である。(P)1990。全15曲59分28秒。

 ジャケットに見えるように、世界初のダイレクトカッティングCDである。ディック・ハイマンの演奏をコンピューター制御の自動ピアノ(ベーゼンドルファー 290SE)に記録し、それによる自動演奏をスタジオで即座にA/D変換してマイクロウェーブでカッティング室へ送り、ダイレクトにCDマスターを切ってしまう、というものである。

 スタジオからカッティング室までは直線で送信できるはずだったが、実際には山が邪魔で中継点を設けねばならなかったりして、作業は困難を極めたようだ。それでもレーベルの主宰者、キース・O・ジョンソン教授はへこたれなかった。数々の障害を乗り越え、ついに世界初のD2CDを完成させたのである。

 教授の熱意は見事に結実している。他に類を見ないほど、このCDの音は美しいのである。驚くばかりの透明度と音の切れ、しかも非常に柔らかくしなやかで、まさに美音と言うべきものだ。僕が聴いたことのあるCDの中では最高。これを超えるものはない。同時に作ったディジタルマスターからカッティングしたレギュラーCD(RR-33CD)、アナログマスターからのAD(RR-33)も出ているけれど、そのいずれもこの33DCDには及ばない。苦労した甲斐は、あったわけだ。

 「NUMBERED LIMITED EDITION」ということになっていて、手持ちのものはCD本体リードインエリア内側に「15114」の刻印がある。金蒸着CDである。'92年9月購入。14年近く経っているわけで、まだ買えるのだろうか。限定盤だから無理かな。

 と思ったら、イケるのである。Amazonで検索したら「4,361円、3〜5週間で発送」とヒットした。海外通販でも購入可能で、こちらは$30程度で買える。送料を考えに入れればAmazonのほうがわずかに安いか。ちょっと驚いた。これじゃちっとも限定じゃない、が、良いものが手に入るのは喜ぶべきである。

 「CDの音は生硬くて」とお嘆きの貴兄に、お勧めしたい1枚である。

’06/01/28 (土)

古楽を聴こう


 近頃、ロックやジャズ、ガシャガシャした音楽ばかり聴いていたら、今度は静かで透明な音楽がやたらと聴きたくなった。歪み感少なく生々しく、透明感が高く静かで、しかもオーディオ的に面白い音楽。とくれば、僕が思いつくのは古楽である。

 そこで聴いたのが上のタイトル。「JOCULATORES」(独RAUM KLANG RK-9301)である。(P)(C)の記載はない。'93年5月、タルビュルゲル修道院で録音。「13世紀〜15世紀の歌と踊り」という副題がついている。全20トラック74分58秒。

 このディスクは、本誌FMfan'96年18号のダイナミック・ソフトに取り上げられている。少し引用させていただくと、「ヨクラトレスとは中世の道化師のことで、ジョングルール(中世の平民楽士)の語源でもある」とある。曲は如何にも古楽で、どこかで聴いたことのあるメロディーが次々飛び出してくる。

 久しぶりに聴いたこのCD、あまりにも音が良いのに驚いてしまった。'96年9月に買って、かなり聴いたはずだが、改めて感激したのである。同グループの「fro fro」(RK-9503)は優秀録音盤だが、これもエエわ。

 冒頭まず驚くのは、音場の広さ高さである。極めて自然で生そのものといってよい音空間が、目の前に渺々と拡がるのである。そこへ小さく引き締まった音像で古楽器が立体的に定位、エコーはどこまでも美しく尾を引いて高い空間に消えて行く。

 音は切れ味鋭く、ピチピチと活きが良く若々しい。鈍った感じ、かったるさはまったくない。ヒジョーに清らかな音だ。長岡先生の評に「これだけのハイファイ録音でありながら突き刺さるような感じはなく、さわやかで穏やかである」とあるが、まったくその通り。こんなに良い音のCDは滅多にないのである。ADもSACDもタジタジ。

 聴いてよかった。やはり良いソフトとそうでないソフトの差は歴然として、ある。何をどのように聴こうとも、それは個人の自由。僕としては、たまには本当に音の良いものを聴いておかねば遺憾と、思うのである。

 サウンドマニアも音楽ファンも、是非とも聴いて欲しいCDだが、さて、今も入手できるのだろうか。Amazon(日本)ではヒットしなかった。HMVではBISの「Joculatores Upsalienses」にヒットしたが、このCDには当らなかった。レーベルは今も活動中らしく、新譜も出ているようだ。廃盤にさえなっていなければ、充分入手可能だと思う。「古楽なんぞ辛気臭くっていけねえや」とおっしゃるアナタ。

 是非聴いてみてください。

’06/01/27 (金)

果報は寝て待て


 昨年今頃の日誌を読むと、スーパーネッシーMk IIの話題を書いている。それからちょうど1年。計画はどうなったのか。完全に停滞中である。但し、あくまでも「停滞」なのであって「途絶」ではない。完全に放棄したわけではないのである。と、言いわけしておこう。

 サクサク進まないのにはイロイロと理由があるわけだが、そのうちの一つにユニット確保の問題があった。スーパーネッシーでは20cmフルレンジ2発 /chを実現した。ならばMk IIは3発で行きたい。極めて単純な発想である。となるとFE-208ES Ver.2が6本必要になるわけで、あと2本足りない。208SSまではスペアを用意したものの、ESは余裕がなくて4本しか買えなかったのである。

 2階のD-55ESには208ESが着いている。こちらはVer.1である。何となればこれを外して使うことも可能だ。新旧ユニットが同じシステムに混在して良いものかどうか。おそらく僕の耳で聴き分けることは不可能、なら問題はない。しかし、できればすべてをVre.2で揃えたいと思うのは当然なのであって、あちこち捜して回ったのだが。

 いざ捜すとなると、なかなかに難しいのである。定評ある限定ユニットだから当然だ。特にVer.2は品薄で、滅多に出てこない様子である。オークションに中古が出品されていても相当な高値がつき、僕には手が出せなかった。シキタリにうるさいオークションは、シロウトが鉄火場に迷い込んだみたいで苦手なのである。

 それ以後、すっかり諦めたわけでもなく、しかしシャカリキになって捜すこともせず1年が経った。ユニットが無いとなるとMk II計画も勢いが出ない。いつか実現できればいいか、などとテンションは下がる一方である。

 先日、まったく別のものを探すにあるショップのwebページを見ていた。「スピーカーユニット」というコンテンツをクリックしてギョッとした。そこに、あったのである。「限定ユニット FE-208ES 2本一組」と。一瞬目を疑った。写真をよーく調べてみれば、どうやらVer.2に間違いないようだ。未開封未使用新品で、定価売り。1年前のオークションで、さほど状態の良くない中古品に定価以上の値がついていたことを思えば、これは超お買い得である。

 慌てて注文し、あっという間に今日、届いてしまった。何やら信じ難くもある。手に入る時ってえのは、こんなものだ。早速検品したところ、間違いなく新品、間違いなくVer.2である。2002年の発売から、4年近くも眠っていたのダ。果報は寝て待て。待てば海路の日和あり。諦めては遺憾のである。

 これでスーパーネッシーMk II実現にはずみがつく。ほど、単純ではない。第一段階をクリアしたに過ぎないのである。低インピーダンス化への対応、サブウーファー、リヤスピーカーとのレベル合わせ、トゥイーターのつなぎ方、など、問題は山積している。

 ユニットを手に入れた勢いで、後先見ずに突っ走る。それもいいかしら。

’06/01/26 (木)

興味本意


 ついこの間導入したばかり、だと思っていたら、今年の9月がくれば丸4年になるのである。DP-85。現在はすでにカタログ落ちし、DP-78へ世代交代している。光陰矢の如し。

 そのDP-78だが、非常に評価が高いようだ。僕が知る限りでは、DP-85を上回ると専らの評判である。それが本当なら、DP-78は大変なハイCP機だと言える。両者の価格差は、中級以上のプレーヤー1台分ほどあるのだから。

 位置付けとしてはどうなのだろう。型番からすればDP-77のグレードアップ・ヴァージョンと見るべきだし、価格を見てもそんな感じである。「77」の末尾に「L」や「V」を付けず、「78」としたことを穿ってみれば、7シリーズと8シリーズを合体させた新しいシリーズ、と取れないでもない。「85を凌ぐ音の良さ」と聞くにつけ、そんな勘ぐりもしてしまうのだった。

 できれば試聴してみたいところだが、そう簡単には行かないのである。そういうことに対応できるだけのオーディオショップが近所にないのは大いに遺憾。都から遠い悲しさである。

 僕が聴きたいと思うのは購入検討のためではなく、あくまでも興味本意である。4年経つとは言え、新調する気などサラサラない。GT-CD1は10年使ったわけだから、DP-85なら価格比からして17年7ヶ月と6日使わねばならん計算になる。まだまだである。

 電気的特性はともかく、筐体の作り、構造強度については85に一日の長があるように見える。大音量派の僕としては、その辺りにアドバンテージを見るわけだが、こりゃオーナーの欲目かしらん。

 信頼のおけるスジからチラリと聞いた話では、DP-78が極めて優れたディジタル・プレーヤーであることだけは、間違いないようである。さもありなん。

 聴いてみたいねえ。

’06/01/25 (水)

落ちない滑らない


 リスニングポイントの目の前には、ご存知VPH-1252QJがドンと置かれている。ピュアオーディオのみの観点からすれば、こんなところにこんなにデカいものが居座っていて良いはずはない。のはよーくわかっている。わかっているが映像も見たいから仕方ないのである。

 この天板が、ちょうど良い物置スペースに、なるのである。あまり重いものはNGだけれど、CDやリモコン、ADクリーナーなどを置くにはヒジョーにグワイがよろしい。ただ一点、困ったことは、手前に向かって傾斜していることである。プラスチックでできた斜面はたいへん滑りやすく、そのままでは何を載せても落っこちてしまうのだった。

 それを何とかしようと貼り付けたのは、コルクシートである。これでかなり改善され、デッドスペースの有効利用を実現できたのである。'97年に長岡先生が見えたとき「こりゃいいね、僕も貼ろう」とおっしゃっていた。

 最近、このコルクシートの滑り止め効果が著しく低下してきた。経年でコルクが乾燥し、カサカサになってしまったのである。若いうちはしっとりしていた肌が、歳を取ってヒカラびるのと同じことだ。僕は最近、無意識に指をなめながら本のページをめくる自分に気がつき、ハッとすることがある。知らず経年劣化を来たしているのである。愚息ドモの指先なんか、吸盤がついてるみたいだもんなあ。

 またしては物が滑り落ちるのはどうにもキボチ悪い。なら置かなきゃよいのだが、一旦ついてしまった習慣を変えるのは難しいものがある。僕はどーしてもここにモノが置きたいのである。

 たまたま行った100円ショップで滑り止めシートを買ってきた。もう随分前からあるものだから、珍しくも何ともない。石油系丸出しの素材で、うっかり敷くと酷い痕を残す恐れがあり、ずっと敬遠してきたのである。

 どうせヒカラびたコルクシートの上である。痕がついたら剥しゃあいい。と、一度敷いたらヤメられなくなった。CDケースやリモコンを放置すると、それを傷める可能性はあるものの、ちょっと置くだけなら問題はない。カチッとホールドして動かないのは快感である。工夫次第でオーディオ用途にもイケそうな感じではあるが、ちょっと柔かすぎて遺憾かな。

 受験合格のオマジナイ。には使えんか。

’06/01/24 (火)

希求、AD復刻


 15日に書いた「二番街の悲劇」のCDが、今日届いた。米Rhino系列のWounded Birds Recordsというレーベルからのリリースである。ゼンゼン知らん。ジャケットクレジットを見ると、CDとしての(C)は2004年になっている。わりと新しいのである。これが初めてのCD化とも思えないのだが。

 音としては、残念ながらハズレであった。30年前の国内盤ADに比べ、確かにレンジは広くなっているようだが、高域に強烈なクセがある。最も耳につきやすい帯域、5〜10kHzあたりにピークがある、というよりも意識的に山を作ってある感じだ。ヒジョーにウルサイ。BAD COMPANYのリマスター盤のようには、上手く行かなかった。まあ、良しとすべし。

 それよりも嬉しかったのは、今日の写真に取り上げたタイトルである。「KOSSOFF KIRKE TETSU RABBIT」(日ユニバーサル UICY-9588)。2005年11月発売の国内CDである。オリジナルを忠実に再現した紙ジャケット仕様。24bitリマスター盤とあるが、これは初回限定仕様らしい。二版目からはリマスターなしになるのか、24bitでなくなるのか。よくワカラン。

 FREEの解散後、ギターのポール・コゾフとドラムのサイモン・カークが、日本人ベーシスト山内テツ(知る人ぞ知る)、キーボード奏者のラビット(本名はジョン・バンドリック)と組んで作ったタイトルである。4人の名前がアルバムタイトルになっているわけだ。1971年発表。

 ADには一時期プレミアがついていて、オリジナル米プレス盤は高値を呼んでいた。僕はリアルタイムでは買えず(そりゃそうだ。だって小学生だったンだから)、'88年6月にADを入手している。大阪のレア盤専門店で4,800円。未開封新盤でこの値なら安いと思ったのを覚えている。

 FREEファンにとって宝物のようなレコードである。パーマネントなグループというよりはセッションに近いアルバムで、しかもこれ1枚きりで終わっていることがネウチを上げるわけである。当時薬物でラリラリだったと言われるコゾフさん、しかし実にハートフルなギターを弾いている。

 音は、ちょっと悲しい。全体的に曖昧模糊としていて、レンジも狭く切れもない。ロックというジャンルであることを差し引いても、ほめられるものではないのである。とりあえず録音しました、みたいな音だ。これも致し方なしと、思っていたわけだが。

 元々のマスターが違うのか、24bitリマスターの威力なのか、このCDは優秀である。大げさに言えば、音全部を純水で洗い直したような艶と輝きが出ている。歪み感が劇的に少なくなり、聴感上のレンジは大幅に拡大。見通しが格段に良くなり、切れと透明感がぐんと向上しているのである。これはちょっと驚きだ。あくまでも「ロックとしては」の但し書きつきの話だが、こんなに音が良かったとは。かなりの大音量でも、非常に気持ちよく聴けた。大当たりと言って良いだろう。

 最近、SIMPLY VINYLからFREEの2ndアルバムが180g盤ADで復刻されている。それに倣ってこのタイトルも、この音のままAD復刻してくれんだろうか。

 マニアックに過ぎて、遺憾かな。

’06/01/23 (月)

縁薄しSAEC


 このカートリッジを登場させるのは4年半ぶりである。SAECのC3。ローコストだがベリリウムパイプのカンチレバーにラインコンタクト針と、本格派MCカートリッジだ。久しぶりに見ると随分武骨で、しかしHELIKONやeminentに通ずる作りの強固さを感じる。当時25,000円、現在ではこの価格でこういうタイプは見かけなくなった。

 上位機種にC1というモデルがあった。60,000円だったと思う。僕が最初に買ったSAECのカートリッジはそれである。長岡先生の評価はC3のほうが高かったが、ナゼかC1を選んだのである。たぶん、高価なほうが音が良いと、思ったのだろう。

 C3を骨太にしたような音で、スピード感、繊細感はイマイチ。低域の馬力と押し出しは凄かった。力でぐいぐい押してくる独特のサウンドは魅力的だが、同じ時期にMC-L1000を仕入れたのが悪かったのである。

 L1000の音にすっかりノックアウトされ、それきりC1はお蔵入り同然の扱い。最後はとうとう実兄に譲ってしまったのである。

 勿体無いことをしたと思う。たとえ好みに合わずとも、個性豊かなカートリッジとして存在価値は高いのである。今、改めて聴けば、ムカシ聴き切れなかった魅力を再発見できるかもしれない。C1、C3が揃っていれば面白かったのに。

 先日、中古市場に出ているのを発見した。滅多にないことである。写真に見る限りでは比較的きれいなものだ。ちゃんとしたお店だったから、音が出ないようなモノは売らないだろう。これは買いだと、突撃したが時すでに遅し。逃してしまった。残念。

 尤も、発売から20年近く経っているわけだから、仮に未使用でも劣化は免れない。初期の音が出るかどうか怪しいものである。と、これはイソップ童話「キツネとブドウのふさ」的負け惜しみ。それでも、欲しかったなあ。

 WE-407/GTと言いC1と言い、何だかSAECとは縁が薄いのだった。

’06/01/22 (日)

春遠し


 さすがに大寒ともなれば、雪が降るのである。驚いたことに、週末の東京方面はエラいことになっていたようだ。都心の10cmは、こちらでの1mよりも大変だろうと思う。すっ転んで腰と首の骨を折る大ケガをした人もいると聞いた。まさにイノチにかかわる10cmなのである。

 成田空港も完全に機能麻痺し、飛行機が飛べない。成田の雪対策には不備があるんじゃないかと、怒りまくる乗客がいた。予め備えがあって初めて不備かそうでないかが決まるわけである。これほどの大雪への備えなんか元々ないのだから、不備もクソもないだろうと、僕は思うがどうだろうか。無理矢理飛んで落っこちるよりいいだろうに。侮っては遺憾のである。

 成田近くの街では20cm積もったと、友達から聞いた。千葉県ですぜ、ダンナ。都市機能完全にダウン。そういう時は家で眤としているのが一番ですよと、言いかけたら食糧買い込みそうしていたと。さすが、賢明でいらっしゃいます。

 関東が落ち着いたれば、次はこちらの番らしい。夕方から酷い降りである。23日の朝は、2週間ぶりの除雪作業になりそうだ。ウチら辺では20cmくらい屁でもないけれど、これまでに積もったヤツ(写真の如くである)が根雪になって残っているから始末が悪いのである。

 日本全国、雪害に悩まされる今冬、3月の声を聞くまでは油断できない。

’06/01/21 (土)

大丈夫か


 ソフトネタが続くことをご容赦願いたいのである。

 一昨日書いた「Coming soon」タイトルは、未だそのままである。この場合の「soon」は「もうすぐ」ではなくて「いつになるかワカラン」を意味するわけだから、気長に構えて狙うしかないのである。

 それをチェックするついで、ショップを徘徊していて面白いレコードを見つけた。上のタイトルである。「Mary Stallings / Fine and Mellow」(米CLARITY RECORDINGS CNB-1001)。1990年7月31日〜8月2日、サンフランシスコのワールバーグ・レコーディングスタジオで録音。(C)(P)1990。既に手持ちがあり、'96年7月に買っている。

 テクニカル・ノートによると「録音機器のすべてに最高品質の電源コードを使用し、極性を徹底的に管理した上で録音した」とある。貧弱な英語力でさらに読めば、どうやらマイク2本のみの、いわゆるペアマイク録音であるらしい。こだわりのレコードなのである。

 当時、このレコードはもちろん、レーベルさえも寡聞にして不知であった。耳の確かな友達が「いいレコードがあるよ。買っておこうか」と知らせてくれたのである。そりゃもう是非にと、彼のおかげで入手できたものだ。

 内容はジャズ・ボーカルである。ピアノ、サックス、ベース、ドラムのカルテットをバックに、マリー・ストーリングス(スターリングス?)さんが歌う。音に伸びと切れがあり、特に声のリアルさと実在感は抜群。音場も驚くほど自然で、各楽器と歌手の位置関係が手に取るように分かる。友達の言に間違いはない。これはホントに良いレコードである。

 既に持っているレコードを見つけて何が面白いのか。それにはワケがある。実は手持ちのものは第2ロット盤である。1枚両面カッティングの、要するにフツーのレコードだ。今回見つけたのは第1ロット盤である。片面カッティング2枚組という、音質優先無駄承知の限定ヴァージョンなのダ。当時のCLARITYは、こういうことをやっていたのである。これを逃して何とする。

 と、喜ぶのはまだ早い。これがあったショップは、カタログ表記がかなりいい加減なのである。「45RPM!」と書いてあって届いてみたら33回転盤だったり、「180g VIRGIN VINYL!」のはずがペナペナの反りまくり盤だったり。今回も現物を見るまでわからない。2枚組にしては安いし、なーんだか不安なんだなー。

 今や滅多に見かけなくなったCLARITY RECORDINGSだし、ま、いいか。

’06/01/20 (金)

どこで買ったかと思えば


 BAD COMPANYのアルバムを1stから4thまでまとめ買いし、さて5th以降はどうしようかと、考えながらADラックをごそごそしていたら、こんなレコードが出てきた。「BAD COMPANY / 10 FROM 6」。1st〜6thまでの6タイトルから10曲抜粋して編集、つまり「10 FROM 6」というわけ。いわゆるベスト盤である。

 ハテ、こんなレコードいつどこで買ったのか。最近でないことだけは確かだが、まったく忘れてしまっている。そもそもが、こんなのを持っていたことさえ、記憶になかったのだから。ペナペナの安っぽいジャケット、これは輸入盤である。(C)1985だから、古いタイトルだ。

 例によって内袋に購入年月日が記入してあった。「'87・08・22 / オランダ・アムステルダム」。あっ、思い出した。1987年夏の「東西霊性交流」でオランダへ行った時、アムステルダムのレコード屋さんで買ったのだった。うひー、こんなの買ってたんだなあ。

 現在ではユーロに変ったオランダ通貨は、当時「ギルダー」が使われていて、不確かな記憶を辿れば1ギルダー/80円くらいではなかったかと。ジャケット残っている値札を見ると「15.00」とあるから、1,200円くらいになるわけだ。

 何だか懐かしいのである。わざわざオランダへ行ってまでこんなの買わんでもエエような気もする。ヨソの国のレコード屋さんで買い物がしてみたかったのだろう。何しに行ってるンだか。まあしかし、そのおかげで日誌のネタにもできるしBAD COMPANYまとめて聴けるし、19年経ってもちゃんと役に立つからリッパなものだ。

 箱船で聴くのはたぶん初めてである。タイム・カプセルの如し。

’06/01/19 (木)

Coming soon


 一日一度は必ずチェックするレコードショップがある。新盤よりも中古盤に重きを置いて在庫を持つ店である。初めて買い物をしたのは2002年11月、ノッケから顧客情報の受け渡しにトラブルがあり、非常に不安なスタートだった。

 救いだったのは、受注担当者氏がたいへん親切だったこと。不都合の改善に誠実な態度であたってくれたおかげでトラブルは解消、事故なく荷物を受け取ることができた。こちらのタドタドしい英文メールにも懇切丁寧に答えてくれたのは、とても嬉しかった。

 その後、幾度も利用しているがトラブルはない。もちろん事故もない。受注、送料確認、発送報告と、以前に比べてカスタマーサービスもぐんと向上した。新着案内も頻度が増したし、この3年間でずいぶん愛想が良くなった印象である。国外のお客さんが増えたのかしら。

 中古盤中心ということで、ムカシ買えなかったA級盤もたくさん見つかった。よほどのレア盤でない限り、価格も常識的である。取り扱いジャンルも幅が広く、クラシックのみならずロックやジャズのタイトルも充実しているところが、僕にとってはヒジョーにありがたいのである。尤も、ハズレを掴むこともママあるわけだが。

 先日届いた新着案内に、目のタマが飛び出すようなタイトルが含まれていた。どひー。エラいこっちゃ。すぐに注文せねばと、一瞬色めきたったがよく読んだら「coming soon !」と書いてあった。まだ入荷していないのである。

 こうなると一日一度のチェックでは気が済まない。暇さえあればこの店のトップページへ突撃、まだかまだかと、まるで亡者か餓鬼の如くである。1点ものの中古盤、ここで買い逃したら次はいつになるかワカラン。ヒッシである。これがまた、楽しいのであるが。

 今こうしているうちにも入荷するかも知れん。チェックチェック。

’06/01/18 (水)

ケーブル10年


 今年は2006年かと、ぼんやり考えていてフと気がついた。今も使っている6N銅単線自作ケーブルのType1を、初めて作ってから10年になるのである。MJ誌に載っていた広告を見て、線材を山本音響工芸へ直接買いに走ったのは、そうか、1996年だった。

 それから1年間、試行錯誤を繰り返し現用に具しているものはType4である。作り方は別ページにある通りだ。

 以来9年、進化は完全に止まっている。新しいアイディアがないこともないのだが、FOSTEXのWAGCが出て、自作はもういいかなと、思ってしまったのも事実である。

 実は1ペアだけ、Type5が存在する。2本の芯線をきつくツイストし、鉛シートの巻きをもう一重増やしたタイプである。ツイストしたのは少しでも曲げやすくするため、振動に強くするため。これはなかなか音が良かったと記憶する。

 1ペアしか作らなかった理由。恐ろしく面倒だからである。テフロンチューブに通したφ1.6mm単線に、キツく、しかも規則正しい撚りをかけるのは至難の業だ。シロウト普請の域を超えた作業だと思う。やり始めてすぐに後悔し、途中で投げそうになりながら何とか完成させた。が、こんなもん二度と作らんと、思ったのだった。

 このケーブルは今、僕の手許にない。行先は作る前から決まっていたのだ。本家方舟である。長岡先生からのリクエストにより、C-290V→TA-N1のために作ったものである。'97年か'98年だったと思う。結果、方舟システムにとってグレードアップになったのか、大きなお世話だったのか。最後期の方舟サウンドに、わずかでも寄与できていたのなら、存外の喜びなのだが。

 あの頃僕は長岡先生から、大きなエネルギーをもらっていたのである。

’06/01/17 (火)

兀々たる


 ついでに注文したほうが先に届いてしまった。常時在庫があるか無いかの差である。やはりBack Street CrawlerよりBad Companyのほうが知名度高いのかしら。たぶんそうだろうなあ。ポール・ロジャースは今も元気で、QUEENで歌っているし。

 1stから4thまでと、2002年に出たライブ盤の5タイトルを買った。5th以降もADでは持っているけれど、今回はパス。グループに勢いが感じられず、イマイチ好みではないからだ。

 写真は2ndアルバム「STRAIGHT SHOOTER」(米SWAN SONG 92436-2)である。オリジナル・リリースは1975年4月2日で、(P)(C)1974。この盤はディジタル・リマスターCDだが、何時リリースされたのか正確にはわからない。Amazonのページには「1994/07/19」とある。リマスター盤とは言え結構古いのである。

 数ある彼らのタイトルの中で、これが最も好きで、しかも最も音が良い。従来持っていた大昔の国内盤を聴いてさえそうなのだから、リマスターしてあるとなれば、それなりに期待するのであった。

 これは当りだ。ロックとしては大当たりと言ってよいかもしれない。今回は明らかにCDの勝ち。国内盤ADに比べてはるかにレンジが広く、特に低域の充実が著しい。バスドラムとベースが太くて力強く、しかも明瞭でフヤけない。中低域がしっかりしているのは、ヒジョーによいことだ。

 全体的に埃っぽさがなく、ロックにありがちな不透明感が少ない音である。モヤモヤせず抜けが良いので、聴いていて気持ち良い。必ずしも質が向上しているとは限らないディジタル・リマスター盤だが、これに限っては非常にうまく決まっていると感じた。良い買い物ができたと大喜び。

 全曲僕好みの骨太で男性的なロックである。この兀々(ゴツゴツ)として不器用な感じが、ロック中年にはタマランわけです。これを聴いてしまうと、最近のどんなロックもナヨナヨとして中性的なものに感じられ、どうにも遺憾のである。しかしこんなに汗臭く暑苦しいロックは、もはや時代が欲していないのだろう。なのにCMに'70年代ロックが多用されるのは、コレ如何に。

 ジャケットディザインも秀逸だ。と思ったら、デザイナーはPink Floydのジャケットで有名な、Hipgnosisである。

 さすがです。

’06/01/16 (月)

寒波が去ればAD


 寒波が厳しい間、室温が上がらずAD再生は非常に苦しかった。ファンヒーターとエアコンを併用して18℃に達するのは3時間後。カートリッジが暖まるのにはさらに時間がかかる。これでは光熱費がシャレにならないので、CDや映画ばかり聴いたり観たりしていたわけだが。

 ここ数日、今度は異様に暖かい日が続く。命の危険を感じるほど寒かったり、キボチ悪いほどヌクかったり、なにやらバランスの悪いことである。まあしかし、暖かいのは結構なことで、こうなると室温も容易に上がるのだった。ファンヒーターだけを回し1時間足らずで18℃が確保できる。2時間で20℃。安心してADが聴けるのである。

 ADの音は、良い。良いと言って差し障りがあるなら、僕の好みにぴったりの音が出る、と言いかえてもよい。CDだけを聴いていれば、決して悪い音ではなく、文句もない。だが、改めてADを聴けば、やはり何かが違うと感じるのだった。

 良し悪しではないのかもしれない。音のディーテイルについて違いを述べるのは難しく、強いて言えば「音の成り」が違う感じなのである。

 AD再生は、SACDやCDとは違い、不確定要素が多い。室温に大きく左右されるのもその一つだ。よくもまあこんなにいい加減なものが、商品として通用しているものだと、驚くほどである。加えて、一つ一つの要素が互いに影響し合い音を変えてしまうから、ますます話がヤヤコシくなるのである。尤も、そのヤヤコシさが、趣味性の高さになっているとも言えるわけで。やめられんなあと、思う。

 こういう時、「I can't argue with a sick mind」って、言うのかしらん。

’06/01/15 (日)

二番街の悲劇


 オーディオマニアの中にBack Street Crawler(以下BSC)を知る人は、それほど多くはないかもしれない。元FREEのギタリスト、ポール・コゾフ(コソフ、とも)が'75年に結成したロックバンドである。僕はFREEのファンだが、どちらかといえばBSCのほうが好きなのである。

 このグループが残したレコードは少ない。正規アルバムは2枚だけである。写真は最後となった2ndアルバム、'76年発表の「2nd STREET」。最後となったそのわけ、それはコゾフが'76年3月19日に、亡くなったからだ。25歳の若さだった。ジャケット裏には小さな字で寂しく「DEDICATED TO KOSS」とある。ジャケットディザインと「二番街の悲劇」という邦題は、秀逸だと思う。

 このアルバムを元気に録音した後、プロモーションツアーの移動中、飛行機の中で亡くなってしまった。死因は心不全と聞くが定かではない。

 これを買ってから、早30年が経った。ロックとしては録音が良いほうで、レンジが広く歪み少なく、厚みと実在感のある音はなかなかのものである。それ以前に音楽として非常な愛聴盤であり、大げさではなく擦り切れるほど聴いた。聴き過ぎてホントに擦り切れかかっているらしく、最近はノイズが増えていささか苦しい音になってしまった。

 中古市場を漁り、スペア盤を買えばよいのである。ところがどうしたことか、1st「The Band Plays On」は見つかるが、この2ndのADがなかなかヒットしない。ので、CDでもいいやとAmazonで検索したら、今はいっぱいあるンですねえ、コゾフ関連のCDが。以前はこんなに出てなかったと記憶するが。

 大喜びで注文する。勢い余ってBAD COMPANY、FREEの買い漏らしタイトルまで頼んでしまった。結構な数のカスタマー・レヴューが載っている。コアなファンがいるのだなあと、ちょっと嬉しくなりました。

 とても楽しみである。楽曲が変るわけではないのに。

’06/01/14 (土)

2006年初荷


 2006年のレコード初荷が届いた。昨12月27日に注文しておいたものである。やはり年末年始は時間がかかるようで、今回は注文から到着まで17日間を要したことになる。まあ、無事に着けばまったく文句なし。フツーである。

 今回は米Crystal Clearのタイトルを中心に4枚ほど。ディープ・パープルのタイトルは未入荷で買えなかった。

 写真はそのうちの1枚である。「San Francisco Ltd」(米Crystal Clear Records CCS-5004)である。(C)(P)1976。お得意のD2D、45回転盤だ。

 内容や音についての予備知識はまったく無し。見るのも聴くのも初めてである。では何故に手を出したか。そりゃあもうD2D、45回転盤であることと、カタログ上では「限定ホワイト・ヴァイナル重量プレス盤」と紹介してあったからである。

 このレーベルは昔、白くて重い盤でプレスしていた時期があったのだ。白いレコード。見たことないから手に入れたい。ただそれだけの理由である。僕は物見高いのだった。

 白いレコードってどんな質感なのだろうと、ワクワクしながらジャケットから出したら、何のことはない普通の黒盤である。よくあるパターンだ。なーんだガッカリ。しかし状態は非常に良いし、硬くて重い重量盤であることは間違いないから、まあこれでよいのである。

 肝心の内容である。ジャンルで言えばジャズ寄りのフュージョンという感じの音楽だ。似たものとしては、sheffield labから出ているテルマ・ヒューストンのタイトル(LAB-2)がある。珍しいものではないが、嫌いではない。気楽に聴けてヨロシイ。

 さて、音である。D2D、45回転盤という立派な肩書きからすると、残念ながらいささかチープな音だ。鮮度の高さは分からないでもないけれど、聴感上のレンジは随分と狭く感じる。中域は通りが悪くモヤモヤしているし、ローもハイも伸び悩み、締まりも切れも不足気味。全体的に曖昧模糊とした印象だ。イワユル一つの「冴えない音」である。2006年初荷は、ハズレでした。

 ヤッパリこのレーベル、成功D2Dは「The Fox Touch Vol.1、2」だけなのである。

’06/01/13 (金)

Finite Impulse Response


 もったいない使い方をしている、箱船のC-AX10である。極めて多機能なディジタル・プリアンプを、単なるSW用ローパスフィルターとしているのだから、バチが当たってもおかしくないわけだ。ではあっても不可欠な存在であるのも確かなことで、このプリアンプなしに現在の箱船システムは成り立たないのである。

 現状の設定は、fc70Hz、スロープ-24dB/octということになっている。フィルタータイプはIIR(Infinite Impulse Response)である。写真左が現状SWのF特。リスニング・ポイントで測定したものだ。80Hz以上がきれいに落ちている。

 このプリはもう一つのフィルタータイプを持っている。FIR(Finite Impulse Response)フィルターである。位相回転がなく、IIRと同じ条件なら、音質では有利になるという。条件さえ合えばFIRを使いたいところ、なのだが。

 これが上手く行かないのである。IIRではfc70Hz〜24kHzまで25ポイント、スロープは0dB/oct 〜 -96dB/octまで7種類選べるものが、FIRではfc4ポイント、スロープは-36dB/oct固定となり、選択範囲が限られるのである。最も低いfcでも500Hz。スロープはともかく、問題はfcだ。

 写真右はFIRフィルターでfc500Hz、-36dB/octに設定し、同じくリスニング・ポイントで測定した時のF特である。当然のことながら80Hz以上の形がまったく違い、中域までしっかり出てしまっている。

 9mHのコイル1個でハイを切るよりも、200〜500Hzのレベルが10dB以上高い。箱船の環境において、この形でSネッシーに繋ぐのはちょっと苦しいだろう。無駄を承知でC-AX10を使う意味がない。それでもモノは試しと、この設定でSネッシー共々鳴らしてみる。何事も勉強である。

 やはり遺憾。E145のパンパンしたキャラクターがモロに出て、低域の深みが著しく阻害される。中低域のカブリが酷く、それを低減しようとSWのレベルを下げると、今度は超低域の空気感が見事に消え失せてしまう。SWの位相を反転させてもみたが、問題はそういうレベルではないようで、ほとんど改善なし。完全にミスマッチングである。

 ただ、FIRフィルターの素性の良さは感じられた。マッチングのまずさはさておき、音そのものだけに注目すると、さすがにIIRよりは質が高いようだ。鮮度が上がり音に力が出る感じ。エネルギー感が殺がれることなくストレートに音が飛び出してくる感じは、IIRでは聴けないものである。質の良いコイル1個でローパスした時の音に、やや似ている。

 結論。現状環境ではIIRでつなぐのがベター。FIR、或いはそれと同等の高品位フィルターで、しかも現状のfcとスロープが実現できればそれがベスト、ということになるだろう。そうするにはそれなりの投資が必要。あとは僕の決心次第だ。

 向上の可能性が見つかったと、大いに喜ぶべきである。

’06/01/12 (木)

脆弱


 雪がらみの話題ばかりで恐縮です。昨年から今年の雪は、将来きっと「平成17-18年豪雪」として記録に残るだろうから、リアルタイムで書いておくのも無意味ではないと、考えるわけである。

 11日は晴れたり曇ったりの煮え切らない天気だった。が、寒さは随分と緩み、日が差せばどことなく春の匂いさえ感じられるほどである。こういきなり暖かくなられては、これまでの寒さと悪天候がウソみたい。キツネにつままれているようだ。

 降雪は小康状態で、時々小雨が降る程度。ありがたいことだが、気温が上がって怖いのは屋根の雪である。氷河の動きよろしくジワジワと上から押し出され、巨大な塊が軒から垂れ下がる。厚さ80cm以上。舌のように突き出た部分が自重に耐え切れなくなった時、ドッと落下してくるわけである。

 その時、真下に人がいればどーゆーことになるか。固く締まって半ば氷と化した重い雪が、数メートル頭上から落ちてくる。良くて大ケガ、悪くすればシヌのである。実際、死亡事故が起きたこともある。危険極まりないのである。

 晴天、雨、風、雪。いずれも適度であれば、天の恵みとも言えるありがたいものである。しかし、ある線を超えて度が過ぎれば、市民生活を著しく害する脅威となる。極度に文明化された現在の社会は、こうした自然の脅威に極めて脆弱なのではないかと、感じるのだった。空を見上げ、もう降らんでくれと、祈ることしかできない。

 人間なんか、その程度の存在である。

’06/01/11 (水)

気がつけば入手難


 9日、10日の2日間は降雪中休みだそうで、両日とも除雪作業を免れた。但し、寒さは極めて厳しく、踏み固められた雪は完全に凍結してパキョパキョである。慣れているはずの僕も足元をすくわれ、思いっきり腰を捻ってしまった。冬なんかちっとも良いことないよっ。

 さて、今日の写真はご覧の通り、ウーファーユニットである。ご存知JBL E145-8。基本的にはSR用途38cmユニットである。質は多少なりとも犠牲にし、そのかわり丈夫で長持ち。少々ムチャしても壊れない、のが売りでもある。

 8年半、大音量で酷使して未だケロッとしている。腰が抜けた感じはまったくない、どころか、エージングが行き届いて絶好調、といった風でさえある。SRレベルからすれば、ホームオーディオくらい屁でもない、か。

 とは言うものの、未来永劫にわたって壊れない、わけはないのであって、いつかは寿命が来るだろう。寿命が来れば換装せねばならない。使い始め当初は、あまりの音の悪さに別ユニットへの交換ばかり考えていたが、今となってはこのユニットを使い続けたくなっている。使いにくいしルックスは武骨である。だが、これでしか出せない音があることに、気がついたのだった。

 世の中上手く行かない。(自分にとっての)価値に気付いた時には、すっかりディスコンに、なっているのである。今や新品は買えず、この機種のリコーンキットも出ていない。箱船システム得意の「壊れたら終り」アイテム入りしてしまったわけだ。

 されば中古を捜すほかに道は無し、と、検索する。これがなかなか見つからないのである。2226(H、J)や2235Hなど、現行製品の中古はあっても、肝心のE145が出てこないのだった。仕方ないのである。現状すぐにぶっ壊れるわけでなし、気長に捜すことにしよう。

 システムにディスコン機器が多い状況。あまり健康的とは言えないのである。

’06/01/10 (火)

庭駆け回る


 ネコは喜び庭駆け回る、のである。愚猫2号ユズにとっては初めての冬で、しかも滅多にないドカ雪にコーフンするのか、雪の中で大ハシャギである。キタキツネみたいな奴だ。雪に穿たれた足跡の中に身を潜め、眼をマクマクさせて除雪スコップの動きを狙う。ヘンな猫。寒くないのかね。

 しばらく遊んだあとは急いで家へ駆け込んだところを見ると、ヤッパリ寒かった、と言うよりは肉球がチベタかったンだろう。イエネコのご先祖様はリビアヤマネコといって、およそ雪や寒さとは無縁の地域出身である。寒冷地仕様には、なっていないのだ。

 9日は一日とても良いお天気で助かった。久しぶりに早朝の除雪休業。いつもながら思う。太陽の力は凄い。雪嵩が一気に30cmくらい減った感じだ。こういう天気が4〜5日続いてくれればと、思うけれどダメみたい。明日の予報は、また雪マークである。

 春、未だ遠し。

’06/01/09 (月)

庭は巨大迷路


 雪降り止まず。7、8日の2日間でさらに60cm積もった。日当たりの良いところでも120cm以上、吹き溜まりではご覧の通り、180cmを超えたのである。北側の軒下では2mを超えている。窓から見えるのは雪の壁。

 当地に住み始めて17年、こんなことは初めてだ。さすがに怖くなってきた。気象庁発表によると、今日で峠を越え今後は寒気の南下が緩み大雪は無いと、言うが信用ならん。例年なら本番はこれからなのである。これ以上降ると、タダの大雪ではなくて災害になってしまう。既にそうなっている地方もある。

 幹線道路は早朝から大型除雪車が入るから、今のところ市民生活に重大な障害が出ているという話は聞かない。ただし、雪の遣り場にはかなり困っている様子である。

 先月降り始めの頃は除雪車単独での作業だったが、今は大型ダンプとペアになって走る。除いた雪をダンプに積み、雪捨て場へピストン輸送するわけだ。捨て場では雪が巨大なピラミッドみたいになっている。こりゃ春まで消えんなあ。

 ウチの庭もエライことになった。通路の両脇は雪の壁。巨大迷路みたいだ。カマクラどころの騒ぎではない。開通したばかりの立山黒部アルペンルートじゃないンだから。ウカツに歩けば雪崩で死ぬかも知れん。家の庭で遭難します。へえ、そうなんだ。シャレている場合ではない。

 人間様も自然には敵わないのである。

’06/01/08 (日)

七草に祈る


 1月7日は「人日の節句」であった。この朝に七草粥を食すれば、1年を無病息災に過せるという。春の七草は以下の通り。芹(セリ)、薺(ナズナ)、御形(ゴギョウ:母子草)、繁縷(ハコベラ)、仏の座(ホトケノザ)、菘(スズナ:蕪)、清白(スズシロ:大根)。

 ナズナは早い話がペンペン草、ホトケノザはオオバコの別名である。セリ、スズナ、スズシロは野菜だから、どこでも買える。あとは野原で採るわけだが、真冬には難しい。食べようにも七草揃わないのである。昔の人は、秋のうちに揃えておいたのかしらん。

 今は便利なもので、スーパーの野菜売り場へ行けば、ちゃんと七種類セットにして置いてある。ご丁寧にお粥の炊き方までついているものもあるのだ。冷ゴハンでお粥を作ってはイケマセン。それでは「お粥」ではなく「ス雑炊」になっちゃいますから。ちゃんと生米から炊きましょう。

 くずてつ家では、毎年食べることになっていて、家族互いの健康を祈念するのである。お粥に入れるのは刻んだ七草と、それだけでは頼りないから、焼いた餅も入れる。やや強めに塩を利かせれば、とっても美味しいお粥が出来上がるのだった。

 「語源由来辞典」によると、この風習は平安時代中期頃に中国から伝わったものだとある。「人日の節句」には七種の菜を暖かい汁物にして食し、邪気を避ける習慣があった。それが日本では15日の「小豆粥(あずきがゆ)」の影響で、室町時代以降に汁物から粥へと変わったそうだ。古い風習なのである。

 記録的大雪で、村内は大変なことになっている。軒が潰れる被害も出始め、ウチもいささか危なくなってきた。どうにか息災に過せることを心から祈りながら、七草粥を食べるのである。

 ともかくは、雪が止んで欲しいのだが。

’06/01/07 (土)

30年経って気付いたこと


 イーグルスのライブを見ていたら、突然ジョー・ウォルシュのライブが聴きたくなった。「ロッキー・マウンテン・ウェイ」の影響である。

 「JOE WALSH RECORDED LIVE〜You can't argue with a sick mind」(米MCA MCL-1613)。(C)1976。発表も1976年である。'80年頃の再発輸入盤ADだから、番号はアテにならない。今ならCDが確実だろう。

 副題を直訳すれば「あなたは病気の心と言い争うことができない」となる。言うなれば「やめられまへんな」っちゅう感じだろう。

 '76年といえば、ジョーさんはすでにイーグルス入りしていたわけだ。録音は加入直前だろうと思われる。全曲通してのバッキングメンバーにドン・フェルダー(g)、1曲限りのコーラスにドン・ヘンリー、ランディ・マイズナー、グレン・フレイが参加している。ほんとんどイーグルスですな。ティモシー・B・シュミットはまだポコに在籍していたはず。

 ツイン・リードギター、ツイン・ドラムの強力な編成で、ソロアルバムから6曲を演奏する。演奏は最高、若さの勢いでグイグイ押してくる。ジョー・ヴァイタル(ds)とアンディ・ニューマーク(ds)、それにウィリー・ウィークス(b)のリズムセクションは超強力である。ジョーさんはどちらかといえば歌うほうに専念、ギターはドン・フェルダーに任せているような印象だ。切れの良いリードギターはドンさんの独擅場。イーグルスよりもさらにハードなアメリカンロックである。

 残念なのは、音である。レンジが狭く歪みが多い。特に低域不足は致命的で、低音感を十分に出すべくボリュームを上げると、中高域の歪みがモロに出て酷いことになる。このジャンルにはありがちなことだ。仕方ないのである。

 それでもこのレコードが大好きだ。初めて国内盤を買ったのは'76年の終り頃だから、おおよそ30年経っているわけで、ずっと飽きずに聴き続けている。まさに「やめられまへん」のである。

 つらつらおもんみるに僕は、ジョーさんが加入してからのイーグルスのほうに魅力を感じるし、彼のソロアルバムは全て聴いている。ドン・ヘンリーやグレン・フレイのソロは1枚も持っていないのに、だ。

 詰まるところ僕は、イーグルスが好きだというよりは、ジョー・ウォルシュのファンなのでは、ないのでしょうか。

 そうだったのかと、今頃気付く。アホか。

’06/01/06 (金)

もう最高


 昨年10月に録り逃したEAGLES FAREWELL 1 LIVE。再放送の折には絶対逃してなるものかと、力んで待ち構えていた。無事録画完了。早速大喜びで鑑賞する。

 2004年11月、オーストラリア・メルボルンでのコンサートを収録したものである。直前の2004年10月末には来日コンサートがあり、それにほぼ同じ内容からの抜粋とみえる。曲の合い間にメンバーのインタヴューを交え、たっぷり2時間。僕はもう堪能イタシマシタ。

 タイトルを素直に受け取れば「さよならライブ」ということになるわけだが、「1」とついているところがミソである。リーダーのドン・ヘンリーによると、あくまでも「1回目のさよなら」だそうで、2→3→4→5....とメンバーの体力ある限り続けるそうだ。ファンとしては嬉しい限りである。

 僕の好きなドン・フェルダー(G)がいないのは残念だが、あとのメンバーは4人ともヒジョーに元気である。'94年の映像に比べて随分歳を取ったように見えて、実はあの時よりパワーアップしている感じだ。演奏は実に上手い。声も良く歌もうまい。特にジョー・ウォルシュのヴォーカルは、若い頃より艶と伸びが出たようですばらしい。人体器官のなかで最も老化しないのは声帯であると、どこかで聞いたことがある。鍛えれば若返るのかしら。

 「LONG RUN」から始まって「ならず者」まで、選曲はファンが涙を流して喜ぶものばかり。グレイテスト・ヒッツ・コンサートという感じだ。ジョーのソロ作「ロッキー・マウンテン・ウェイ」が飛び出した時には、ボカァほんとに泣いてしまいました。トーキング・ボックス、かっこいー。

 画はHDで高精細、音も力と透明感があり雰囲気満点。圧縮のデメリットは感じない。まったく文句はございません。最高の映像ソフトが手に入った。

 「Hotel California」から30年。彼らの存在は既に、ロック・クラシックである。

’06/01/05 (木)

THE JAZZBOILERS


 MYUタカサキさんから、お年玉をいただいた。この歳になってお年玉とは。なんて幸せなんでしょうか。ありがとうございました。

 紹介するのはそのうちの1枚。「THE JAZZBOILERS / Groundworks」(日BOILER ROOM JBCD-03)である。

 先ずはTHE JAZZBOILERSから紹介せねば遺憾だろう。知る人ぞ知る、ニューオーリンズジャズバンドである。活動の中心はライブで、毎月1回だけ井の頭公園に出現し、tb、bj、cl、tp、ts、b、dsの7人組が、楽しく明るいジャズを次々に演奏する。アマチュアだが演奏は極めて確かである。全6曲42分54秒。

 中でも目を惹くのはdsである。空き缶、和太鼓、鍋のフタ、ベニヤの箱などを組み合わせた自作ドラムセットを縦横無尽に叩きまくる。これがなかなかのもので、音だけ聴いていたらそんな楽器だとはとても思えない。演奏の上手さがあってこそだろうと思う。

 このCDは3作目になる。ライブ一発録音、いわゆる生録音源である。録音データの記載がなく、正確なことはわからない。2005年1月以降であることだけは確かなようだ。

 このCDを買うともう1枚、写真右のデモCDが付いてくる。こちらはタカサキさんご自身の録音による同グループの生録盤である。つまり、2枚組になっているわけだ。ジャケットは無く、ピクチャーCD仕様になっている。こちらは全9曲68分39秒。本編CDでは聴けない曲も収録されている。

 どちらもマイク2本による一発録り、極めてシンプルな録音である。本編のほうは全体的に控えめな印象で、やや大人しい音である。生録としては少々鮮度が足りないような感じはある。僕の好みからするとちょっと喰い足りない印象はあるものの、決して悪くはない。

 これが付録CDになると、俄然元気が出る。野外での録音だから、音としては非常にデッドでドライである。だからといって決してカスカスの痩せた音にはならない。ラッパはバリバリと切れがよく輝きがあり力強く鳴る。ドラムは空き缶の音が鋭く立ち上がり、非常にトランジェントの良い音である。野外演奏のワリを最も喰いそうなベースも充分な低音感があり、しかも締りが良い。演奏ものびのびしていて爽快である。

 タカサキさん曰く「トラック8のトランペットはDレンジが広すぎてマイクアンプがクリップしています」と。確かにちょっと歪みが乗るキライはあるけれど、強烈で極めて生々しい音が聴ける。個人的な好みとしては、付録CDのほうをヒイキしてしまうのだった。

 僕の好みはさておき、どちらも大いに価値あるCDだと思う。2枚組で1,600円。ヒジョーに良心的な価格である。

 推奨盤。

’06/01/04 (水)

旧友


 三が日が終わり、ようやく一息つけた感じである。12月の大雪対策と正月準備のクタビレが出て、少々グッタリしている。が、達成感があり、精神的にはヒジョーにヨロシイ。

 たくさんの年賀状をいただいた。業務雑事に取り紛れ、お返事できないこともあるので、この場を借りて御礼申し上げたい。ご丁寧な年賀状を、ありがとうございました。今年もよろしくお願い申し上げます。

 上の写真は、あるオーディオ友達からもらった年賀状から。15年来の旧友である。比較的近場の在住でもあるから、以前は頻繁に行き来していた。本家方舟へ一緒に行ったこともあるし、'97年の「オーディオ漫遊記」では前日からやって来て準備を手伝ってくれた。ここ数年、お互い業務が多忙になったり、公私身辺慌しかったりで、ずいぶんご無沙汰している。

 こうして写真を拝見すると、相変わらず元気にオーディオしている様子で、ちょっと安心した。知り合った頃のメインスピーカーはD-55だったが、現在はご覧の通りD-37ESに替わっているようだ。

 住環境の制限で、スピーカーはダウンサイジングになっているけれど、彼の持つ装置は凄い。強力な機器がズラリと揃っているのである。写っていないのが残念だ。ソフトもADCDとも優秀盤中心にガッチリ揃っている。

 最後に聴かせてもらったのはいつだったろうか。まだD-55の頃だったかな。非常に端正で解像度に優れた、高品位サウンドであった。住環境が変りスピーカーも変り、しかし今も良い音が出ているに違いない。使い手が同じなら、機器や環境がどうあっても音はそんなに変らないものである。

 雪が解けて春になった頃、再会できればと、願う。

’06/01/03 (火)

長岡イズム千里を走る


 昨日書いた方のD-58ESである。極めて美しい仕上がりだ。前面両コーナーは大きく面取りしてあり、これが高級感をカモシ出すわけである。使ってあるのは7プライくらいの合板だが、日本で手に入るものとはいささか質感が違うように見える。マホガニーのようでもあり、それにしてはやや目が粗くも感じられる。少なくともラワンやシナではない。

 どんな板なのか訊ねてみた。22mm厚オクメ合板だという。オクメ材。寡聞にして不知である。ので、調べてみたれば。

 Okume、Okoume。オクメはオコウメともガボンマホガニーとも呼ばれる、カンラン科Aucoumea属の広葉樹である。高さ60mに達する大木になるという。産地はガボン、ギニア、コンゴなどの西アフリカで、合板材の他、マホガニーの代用品としても用いられる木材である。日本では合板=ラワン、みたいな認識があるように、欧米では最も一般的な合板材になっているそうだ。

 気乾比重0.46、ラワンのそれが0.38〜0.64だから、ちょっと軽めに当っちゃった、くらいのラワン合板だと思えばほぼ間違いないだろう。

 トノコのようなもの(或いはシーラーか)で2度目止めし、ポリウレタンニスを3層塗り、最後はシェラックニスを1層塗って仕上げたと彼は言う。手間がかかっているのである。自然塗料として最近注目されているシェラックニス、なかなか美しい光沢と風合いが出るものだと、初めて知った。日本ではかなり高価だが。

 トゥイーターは、おそらくT-90Aではないかと思う。リングも着けてあるし、ユニットも正しくFE-208ESである。Ver.1かVer.2かは、わからない。

 製作中の写真も見せてもらった。音道仕切り板の木口はすべてラウンド加工し、木ネジと小型のカスガイを使った頑丈で丁寧な工作である。板の裁断精度が高いようで、接合部分はどこもバチッと決まっている。工作のウデもかなりのものである。これで良い音が出なければウソである。

 音楽に国境はない、とはしばしば使われる言葉だ。それに倣えば、まさに自作オーディオに国境はないのである。言葉も文化も気候も違う遠い国にあって、やっていることはまったく同じ。ついでに悩みまで同じなのは、何だか可笑しくもある。

 千里走るのは、悪事ばかりではないのである。

’06/01/02 (月)

マルセイユからの手紙


 昨年末の29日、「D58ES and DIY」という件名の、英文メールが届いた。見たことのないアドレスだったから、最初はいささか警戒した。が、件名からして悪意メールではないことは明らかである。読んでみたれば。

 英語で書いてあるが、どうやらフランス南部・マルセイユ在住の人らしい。フランス語よりは英語のほうが通じやすいかと、気を遣ってくれたか。3行程度の短いメールだったから、翻訳ソフトを使わないでも相手の意を汲むことができた。中学生程度の英語知識は、まだどうやら残っているのである。

 曰く「あなたのサイトを発見し、興味深く写真を見た。中でもサブウーファーが気に入った。それを踏まえ、10インチ(25cm)、12インチ(30cm)ユニットを使い、D-58ESにマッチングのよいサブウーファープランを立ててはくれんか」とまあ、そんな内容であった。

 ヒジョーに難しいことである。D-58ESにベストマッチの25cm〜30cmサブウーファーなんて、そんな簡単に設計できるものではない。しかし、遥々フランスからのメールである。「できません」と一言で済ますのもあんまりだ。ので、推奨ユニット(と言っても限られる)、形式、内容積、ダクトのチューニングなど、最小限の基本設計を知らせてお茶を濁したのである。

 写真はこの方のオーディオルームである。大小多くの自作スピーカーが置いてあるが、メインはD-58ESのようだ。床も壁も非常に丈夫そうで、方舟に通ずるものを感じる。しかし、何かしら日本人にはないセンスが感じられるからフシギである。照明も美しいし、床は大理石張りのように見える。やっぱり、マルセイユかな。

 フランスにも、こういう人がいるのだなあと、ちょっと嬉しくなってしまった。ドライブ系に関しての詳しいことはわからないが、凡その音は想像できる。相通ずるところが、必ずあるはずだ。

 先方はフランス語→英語の翻訳ソフトでメールを書き、こちらは日本語→英語の翻訳ソフトでメールを書く。こんなんでダイジョーブなのか。そこは同じ長岡ファン、「上記のプランが理解していて、それが必ず成功されているというわけではない、理解してください」みたいな直訳英語でも、充分通じるのである。互いに誠意を以って接すれば、何の問題もなし。

 長岡先生の遺産。ワールドワイドウェッブの恩恵。ありがたいことである。

’06/01/01 (日)

年頭御挨拶


 明けましておめでとうございます。

 昨12月は滅多にない大雪で、この調子では正月はどんなヒドイことになるのだろうかと非常に心配した。が、今日はご覧の通り、これまた滅多にない晴天であった。まだまだ雪はどっさり残っていて、青空に映える風景はとても美しい。2006年は、幸先が良い感じである。

 さて、今年のオーディオは、昨年同様ソフトの充実に力を注ぎたいと思う。再三書いてきたように、ソフトあっての装置である。どんなに優れた機器を揃えても、その能力を十分発揮させるにソフトなしではお話にならない。ソフトとハードは両輪なのである。

 限られたソフトで次々と機器を買い替え、音の出方の違いを楽しむ。それも一つの立派な趣味だと思うけれど、少なくとも僕の好みではない。馬鹿でスケベな僕は、己が状況に可能な限り、いろんな音楽、いろんな音を、聴きたいのである。

 もちろん、ハードウェアへの関心がなくなってしまったわけではない。琴線に触れる機器が出てくれば、アッサリと買い込んでしまうかも知れないのである。いい加減にします。

 2006年、今年もまた、よろしくお願い致します。